2016年12月 / 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月


第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2009.12.06 (Sun)

【2009インカレ】12/6 3位決定戦 東海大VS青山学院大

ライバル対決は青学大に軍配
因縁のシーズン最終戦

東海大学86(18-22,18-18,25-32,25-26)98青山学院大学
091206aogaku1.jpgどのチームもインカレでの優勝を一番の目標に掲げて臨む。だが後一歩で日本一という夢を目前で断たれた、この3位決定戦は他の順位決定戦以上に複雑な心境であるに違いない。だがそれ以上に東海大と青山学院大にはもっと複雑な意味合いがあった。遡れば今の4年生が入学前年の2005年におけるインカレ決勝、そして入学後も2006年新人戦準決勝、2007年新人戦決勝を始め、今年の関東トーナメント準決勝やリーグ戦において数々の名勝負を繰り広げてきたライバルだ。

だが、この試合は両者ともに懸命さの見える好ゲームであったと言えるが、それでもどこか勝利への執念が欠けていた印象を残した。準決勝では青学大は慶應大相手に、負けたとはいえ青学らしい試合を見せ、ある意味納得の敗戦を迎えた。一方の東海大は前半リードを奪いながら日本大に逆転負けを喫した。この順位決定戦に臨むには複雑な心境であったに違いない。

試合後、普段は厳しいことで知られる長谷川監督(青山学院大)は目に涙を浮かべながら語った。「インカレ前に陸(陸川監督・東海大)から練習試合の申し出があった。だけど僕は東海とは決勝でやりたいから断った。陸も“わかった。じゃあ決勝で会おう”って言って納得してくれた」

道半ばにして断たれた優勝。しかしその想いは選手のみならず、指揮官、スタッフも同じだ。望まざるステージで相対した、ライバル関係の両者。彼らの心中を知りえるのはこの4年間でそれぞれの物語を作り上げた彼らのみである。

写真:苦しみながらも4年生である渡邉はこの1年チームを引っ張った。

※試合の詳しいレポートと青山学院大・小林高晃選手、東海大・前村選手、古川選手、鮫島選手、石井講祐選手のインタビューは「続きを読む」へ。

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【GAME REPORT】
091206yoda.jpg先に流れを掴んだのは青学大。東海大は青学大のゾーンディフェンスに対し、#17前村(4年・SG)、#24古川(4年・SF)の3Pで先制するも、その後は攻めあぐみミスが目立つ。その間にも青学大は#16比江島(1年・SF・洛南)の3連続得点や#7渡邉(4年・PG)の速攻でリードを奪う。中盤、両者アウトサイドからの単発の得点となるが、終盤には東海大は#36養田(3年・PF)のリバウンドシュートや#27石井(4年・SG)の3Pで得点を伸ばす。一方の青学大も#0橋本(3年・PG)の3Pや#7渡邉のアシストを受けた#32中川(2年・C)のレイアップが決まり、18―22でこのQを終える。

2Qのスコアは18―18と互角。東海大が#0満原(2年・C)のバンクショットや#24古川の3Pで点差を詰めれば、すかさず青学大も#16比江島のドライブや#7渡邉の3Pで逆転は許さない。それでも東海大は#24古川の連続得点で逆転に成功。ここまで両者懸命さは伺えるものの、ディフェンスではどこか緊張感を欠いた様子が見える。ここで青学大がタイムアウトを請求。すると青学大は得点には繋がらなかったものの、#4小林高晃(4年・SG)がアグレッシヴなディフェンスでスティールに成功。さらに#4小林高晃がジャンパーを決めると、これに触発されたか、#16比江島が東海大#7遥(3年・PF)を豪快なブロックで止め、そのままの流れで速攻をワンハンドダンクで叩き込み再逆転。また続くディフェンスで相手のミスを誘い、#0橋本が速攻をバスケットカウント。これには東海大もたまらずタイムアウト。だが青学大は#5辻(2年・SG)の巧みなドライブや#4小林高晃のスティールから#23湊谷(3年・PF)が速攻を決めるなど勢いに乗る。それでも東海大は冷静さを失わず、#36養田がレイアップやドライブから#24古川にアシストを決め、点差を維持。結局点差は変わらず36-40で前半を終了。

091206hiejima.jpg3Q、東海大が反撃に出る。東海大は前半ミスが目立ち鳴りを潜めていた#17前村が青学大のゾーンを突破するドライブを決めると、#5多嶋(3年・PG)が3Pで続き開始1分で逆転。さらに東海大は#17前村がドライブをバスカン。これに対し青学大も#0橋本の3Pや#16比江島のリバウンドシュートなどで食らいつく。それでも東海大は#0満原の3Pやまたも#17前村が強引なドライブから#7遥にアシストを決め4点のリードを守る。なかなか波に乗り切れない青学大はここでタイムアウト。すると青学大はオフェンスが活性化される。直後に東海大#7遥、#17前村にドライブを許すものの、青学大は#27宇田川のドライブ、#16比江島のドライブからのバスカン。さらに東海大のディフェンスが中に収縮する中、外からは#7渡邉が3Pを射抜く。すると#16比江島が併せのプレイや3P、さらには会場を沸かせる速攻からのダブルクラッチと3連続得点でいっきに東海大を突き放す。東海大も#24古川が連続得点で食い下がるも、次の一手を見出せない。すると青学大はラストプレイで#0橋本が3Pをブザービーター。怒涛の攻撃を見せた青学大が61-72とようやく2桁リードを奪った。

4Q、青学大の攻撃は止まない。#16比江島の併せのプレイで先制すると、#4小林高晃がジャンパーを決め15点差。東海大は#17前村がフリースローを獲得するも2投外したりと、立ち上がりが悪くタイムアウト。すると東海大は#36養田が奮闘。#36養田は連続得点やブロックなど攻守に活躍を見せる。しかし早い段階で点差を詰めておきたい東海大であったが、ここで青学大は#23湊谷のジャンパーに#4小林高晃、#7渡邉が連続3Pで一気に20点差をつける。試合を4分残してあまりにも重い20点のビハインドを東海大は#0満原のバスカンや#7遥、#0満原の連続3Pで懸命に返していく。だがそれでも青学大は#0橋本がドライブやアシスト、さらには#7渡邉が3Pと着実に追撃をかわす。東海大は残り2分で#24古川がスパークするも、タイムアップ。86―98で青学大がシーズン最終戦を、これまで数々の名勝負を繰り広げたライバル東海大から白星を勝ちとった。


【INTERVIEW】
「いかに鼓舞して、チームをいかに一つにできるか」
チームの魂を問い続けた仕事人

◆#4小林高晃(青山学院大・4年・SG・主将)
091206kobayashitakaaki.jpg青学大が強者であることは間違いないが、順風満帆なシーズンとはいかなかった。チームが抱えた問題が表面化したのは、昨年のインカレで敗退した国士舘大戦だ。「気持ちがないチームは勝てない」と長谷川監督に言わせた闘争心の欠如。それこそはかつての青山学院大が観る者を魅了した理由であり、チームの魂である。そしてこのチームでプレーする者には要求される重い責任だ。
この1年、主将として小林は常にその問題に向かい合い続けたはずだ。しかし新チームとなっても、青学大は40分間全員が闘争心を表現することはできなかった。もちろんインサイドの若返りや豊富な選手層といった新たに加わった要素を全て取り込みきれなかったこともある。だが、根本の問題である闘争心の重大さがわかっているだけに、今シーズンの小林の口は重かった。だが一つの希望が見えたのが準決勝の慶應大戦だ。リーグ戦でも両者の戦いはある意味大学界の一つの最高峰を示したが、今期3度目のこの戦いはそれが顕著だった。そして敗れはしたが慶應大との一戦で一筋の光が見えたことは紛れもない事実だ。この試合では全員が闘争心を剥き出しにしている様子が見えた。
残す戦いはオールジャパン。JBLという格上と対戦する機会は学生にとって様々な意味合いを持つ。青学大は最後の戦いで今シーズンの確固たる答えを見出すことができるか、注目したい。

―今の率直な気持ちは?
「優勝を目指して、結果3位にはなっちゃいましたけど、最終戦は勝って終われたので、今のところはいい気持ちでいますね」

―昨年のインカレで国士舘大に敗退した時から、勝ちたいという気持ちを表現することが課題だったと思います。このインカレで負けはしたものの慶應大戦でそれが表現できたと思うのですが、シーズンの締めくくりとしていかがでしたか?
「そうですね。気持ちとかも集中力にかかってくると思うので、リーグもこの大会も最初の方はダメだったんですけど、終わり3試合が集中してできていたので。終わり良ければって言うことで、締めが良かったんで。そういう意味では気持ちを出せて、いいシーズンだったと思います」

―湊谷選手が顕著だと思いますが、周りの選手が“勝ちたい”という感情を表に出せるようになった理由はなんでしょうか?
「この大会で言えば、最後の大会なのでいい形で締めくくりたいっていうので。一人ひとり何も言わずとも、気持ちが変わっていったと思いますけどね」

―小林選手とってインカレはどんな大会ですか?2年生の時には優勝を味わっている特別な大会かと思いますが。
「やっぱり1年間の集大成を出す場だと思っていますし、一番優勝したい大会で1年間ここを目標にやっているので。一番勝ちたい大会ではあります」

―今年はキャプテンという役割でしたが、いかがでしたか?
「やっぱり下級生の方が人数も多いですし、1人でまとめるのは相当難しい。試合で言えば僕と渡邉が協力しますし、練習とか他の場面では4年生5人で協力してやっていたので、キャプテンだからチームをまとめるっていうより、4年生っていう自覚を持ってチームをまとめるようにはしていました」

―青山学院大で4年間プレイして感じることはありますか?
「練習はどこよりもしているはずですし、最近の青学は負けることが許されない評価なのでプレッシャーもありました。勝った試合もありましたし、負けた試合でも大差で惨めな負け方はしなかったし、負け方にもいろいろとあると思います。1試合、1試合どれだけ集中していくかっていう事を感じさせられるチームだったと思いますね」

―長谷川監督から学んだことはなんでしょうか?
「いろんなことがありますけど、やっぱり気持ちの強い人ですし、厳しい人なので。僕たちも反発する時もあったんですけど、やっぱりすごい監督です。大切ないろんなことを教えてもらいましたね」

―長谷川監督が“気持ちが大事だ”ということをよくおっしゃっていますが、チームとして精神面での雰囲気はいかがでしたか?
「まぁ、いろんなやつがいますから。気持ちが前面に出るやつもいれば、出すのが苦手で内に秘めるやつもいる。でも前面に出せるやつはそれでいいと思うんですけど、内に秘めるやつは試合に出るなら前面に出していかないといけないと思います。僕らはいかに鼓舞して、チームをいかに一つにできるか。渡邉と2人で積極性を出させてまとめるようには心がけました」

―学生の大会として最後の相手が因縁のある東海大でしたが、思い入れはありましたか?
「この代の東海は僕らが新人戦の準決勝でやってから、結構負け越しています。相性は一番悪いチームだとは思いますけど、一番やりたいチームでした。最後にこの相手っていうのはやっぱり何かあるのかな?って思って試合に臨みました」

―残すはオールジャパンですね。昨年は青学らしくない試合でインカレが終わってしまいましたが、オールジャパンはインカレの後に自分たちらしさを取り戻した大会ですよね。
「もうオールジャパンは完全にチャレンジャーなので、1つ勝てばJBLに当たると思いますし、そこで食らいついてあわよくば1つでも倒せれば、最高の形で終われると思っています」



「自分たちにしかできないことがある」
主将として“シーガルス”を追い求めた軌跡

◆#17前村雄大(東海大・4年・SG・主将)
091206MAEMURA.jpg前村らが入学した時の4年生は言わずと知れた、日本代表の竹内譲次(日立サンロッカーズ)を始めとするゴールデンエイジだ。1学年で5人もの選手をJBLに輩出した翌年の東海大には、「戦力ダウン」の声が当然のように付きまとった。しかし前村らはその年、ゴールデンエイジでも成し得なかった新人戦優勝を成し遂げた。それは“個々の力”では及ばなくても、“チームの力”で勝てるという、東海大が出した新しい答えだった。
前村はキャプテンになった今年、陸川監督の理想とする学生らしさ、シーガルスらしさを先頭に立って表現した。「自分が一番先頭に」と、プレーで率先して引っ張る姿が印象的だった。学生のバスケットの面白さは技術以上に団結力からなる勝利への飽くなき執念にある。前村は強固なリーダーシップを発揮するタイプではないが、彼が伸び伸びとバスケットを楽しんでいる日の東海大は強かった。そして、それが波及するように全員がバスケットをすることの楽しさと、チームであることの連帯感を常に感じさせてくれた。リーグ戦で、一度は鴎もその羽を休めることになったが、インカレでは再び復活し、見事なバスケットを展開した。彼らは彼ららしい“シーガルス”をはっきりと見せてくれた。


―今回の結果について。
「ずっと優勝を目指していたので、4位っていう結果は本当に悔しい。けれど過去のことは変えられないし、あの時こうしてれば良かった、っていう気持ちもあるんですけど、そんなこと考えているなら次のことを考えたほうがいいと思います。今は次のオールジャパンに向けて、どこよりも早く動き出したいなって気持ちです」

―石井選手ももうすでにオールジャパンを目標に掲げていましたが、東海大の選手は他大と違い、なぜすぐに次の目標を見据えることができるのでしょうか?
「そうですね、学生の大会は最後ですけど、やっぱりまだ同じメンバーで、このメンバーでコートに立てるからだと思いますね」

―今年は4年生の結束力の強さが印象的でしたが、前村選手から見て今年の4年生はどんな仲間でしたか?
「今年の代は4年生がまとまりたがりな感じなんです。みんなが仲もいいし、一つになって、そこにいいチームを作ろうっていう気持ちがあって、そこにいい後輩が付いてきてくれた。だから本当に陸さん(陸川監督)が理想としている、観ている人に“フルフルワクワク”させるようなチームを目指してやれました。結果、インカレでも応援してくれた人たちもいたと思うので、求めていたチームになれたと思います」

―自然にまとまったというお話ですが、キャプテンとして苦労などはあったのでしょうか?
「キャプテンとしてやっぱりみんなをまとめるっていうよりも、自分がキャプテンとして、周りに見せなきゃいけないっていうところに自分の考えがあって。周りに指示をしてまとめるよりも、自分が先頭に立ってやる。陸さんの理想とするチームを作るためには、キャプテンが一番にしないと後ろもついて来ないと思ったので、周りにやらせるというよりは、自分がどうあるべきかをずっと考えていました」

―前村選手のキャプテン像というものは、誰かからであったり何かの影響などはあったのでしょうか?
「僕はキャプテンっていうものを、ミニバスも中学も高校も大学も結局全部やってきました。まぁ、憧れのキャプテン像みたいなものがあったらやりやすいなって考えたこともあって、そういうのをトーナメントの時くらいまでずっと模索しながらやっていたんです。最後になって思うのは、いろんなキャプテンの人たちがいましたけど、結局そういう人たちを真似するよりは自分らしいキャプテンをやることが一番いいかなって。そこで自分にしかできないこともあると思います。もちろん理想とする人たちもいたし、自分らしさじゃないですけど、そこをもっと引き出したキャプテンになろうって思ってやっていました」

―“自分らしいキャプテン”になろうとしたきっかけなどはあったのでしょうか?
「やっぱりきっかけって言ったら、最後岩下にブロックされたことです(春のトーナメント決勝慶應大戦)。最後に僕が勝負にいったところでブロックされて、負けさせてしまったっていうのもあるし、そういうところから責任感じゃないですけど、このチームを勝たせたいなっていう想いがどんどんどんどん強くなりました。やっぱりそのためには、ああいう場面で自分で決められるくらい自分が強くならないと、やっぱりダメだなと思ったので。きっかけはあのプレーですね」

―リーグ戦中というのは、その“このチームを勝たせたい”という気持ちが上手く結果に表れなかった時期だったと思いますが、あの時はどんな想いがありましたか?
「リーグ戦は良い時もあれば、悪い時もあって、チームとして波がありました。チームとしての戦い方がわからなくなったりもしました。ある意味ずっといい風に来て、悪いところを見ないでやっているよりは、悪いところをみんなで理解できた部分もあります。それが分かってインカレに臨めたっていうのが大きいし、リーグの試合の期間の中でチームがすごく成長していって、それがあったからこのインカレもいいチーム状態で入れたのかなと思いました」

―オールジャパンも残しているので振り返るには早い気もしますが、この1年を振り返っていかがですか?
「振り返るとあっという間でした(笑)。4年間の中で1番早かった。去年の12月にインカレ負けてすぐにキャプテンになったんですけど、今シーズンを4年生で早く始めたくて、陸さんに話しにいきました。どこよりも早く始めようと思って、始めた時は“トーナメントまでまだ長いな”って思った時もあったぐらいです。でも実際やっていれば無我夢中だし、チームとしてもどんどん良くなっていく。本当にあっという間で。まだオールジャパンがあるからいいんですけど、もっともっとプレーしたいです」

―この4年間はいかがでしたか?
「あのゴールデンエイジの人たちもすごいんですけど、やっぱり新人戦を優勝した時から“自分たちにしかできないことがある”っていうのがすごいわかったし、自分たちが一つになってチーム力を上げればデカいことができるってみんなもわかっていたと思います。偉大な先輩もいましたが、そこで自分たちの学年がまとまっていたのがすごく良かったと思います」

―応援団が試合の合間に“やってやれないことはない!”って声をみんなで張り上げていますが、あれは…?
「去年もみんなやっていたんですけど、去年は陸さんがやっていたことに対して、ちょっとみんな恥ずかしかったこともあって(笑)、あまり言ってなかったんですよ。でも今年のチームになって、本当にみんな純粋だし、トーナメントから儀式みたいな感じでした。陸さんがああやって声を張り上げてやってくれると、みんなも馬鹿になって本気でやれて、気合いもすごく入るし、闘争心も涌いてきます。本当にいい精神状態でコートに入れるから、やっていて楽しかったです」

―練習後も何かみんなで声を出していますよね。
「ずっと陸さんが“我々が勝つ!”みたいなことを言っていて、今年もそれを言うのがわかっていたから、チームみんなが陸さんより先に“勝っーつ!!”とか言い出しました(笑)。みんな陸さんが何言うかわかりだして、みんながなに考えているかもわかりだして。そういう日常からもチームの一体感を感じられるようなチームになりました」

―次はオールジャパンですが、目標はなんでしょうか?
「JBLのチームをぶっ潰すことですね(笑)。学生よりレベルが高いっていうことはわかっていますが、学生らしいバスケットをして、見ている人たちに感動してもらったり、東海のバスケットを観たいと思ってもらいたい。そういう試合をして結果がついてくればいいですし、自分たちのバスケットが間違いじゃないってみんな信じています。そこだけ信じてやっていきたいです。もう余り時間はないですが、でもやることをやってJBLを倒します!」



「今まで重かったものがふっきれた1年」
東海大を支え続けた“エース”という象徴

◆#24古川孝敏(東海大・4年・F)
091206FURUKAWA.jpgルーキーだった新人戦、当時2年生だった西村文男(JBL日立)が有望な新人として紹介してくれたのが彼だった。思い切りのいいシュートで次第に頭角を現すと、いつしかゴールデンエイジに混じって立派に仕事を果たすようになる。日本代表同士が激突したその年の慶應大とのインカレ決勝戦を始め、大事なシュートを決める活躍を見せて存在をアピール。そして「がむしゃらだった」というこの1年の活躍が古川の後に続く“評価”となった。
そしてゴールデン以降の3年間、古川は東海大の得点源としてチームを背負ってきた。「エース」の看板は決して軽かったはずはない。思うようにシュートが入らなかった時期もあるし、大きなものではないがケガで数試合を欠場するということもあった。それでも本人は淡々と努力を怠ることなく、シュートを打ち続けた。特に今年は例年以上にプレーにも積極性が見え、立派にチームを引っ張る活躍を見せてきた。このインカレでは明治大の金丸晃輔に対する見事なディフェンスも見るものの心を打った。そのどれもが古川の4年間の研鑽を物語っており、そうした部分は最も東海大らしい選手でもある。
4年間を振り返りながらも、寡黙な努力家はもちろんまだ満足しない。残るオールジャパンという戦いにも、これまでと同じく全力で向かっていく。


―4位という結果について。
「優勝を目指してやってきたので満足のいく結果ではないですが、やっぱりこれが自分たちの実力なんだなということをしっかりと受け止めなければならないなと。今年は自分が最後の年だということで、今までのインカレよりも思いいれも強かったし、本当に優勝したかったです。悔しいですね、本当に。でも、やっぱり自分たちはまだここまでだったんだということは真摯に受け止めなければならないので、これを次へのステップのために生かして、オールジャパンまでに死に物狂いでやっていきたいと思います」

―前日の敗戦の影響というのは?
「自分の中では切り替えてやると思ってやっていたし、チームとしてもそう思っていたと思うので、特にないとは思います」

―試合を振り返って。
「出だしからリードされる形だったんですが、我慢をするということは常に意識していたことではあったんですが、ちょっと我慢し切れなかったところがあったなと。後半になって相手のシュートが入り始めたところで、逆にこっちはあまりシュートも入らなかったし、いい場面で打つっていうことができませんでした。そこでちょっと開かれたとかなとは思います。(それは青学のディフェンスがよかったからですか?)うーん。前半はそこそこ攻められていたから…自分たちで崩れてしまったのかなと思います」

―リーグ戦は東海らしさが少し見えなくなった時期もありましたが、インカレではらしさを存分に発揮できたのではないかなと思いました。インカレまでの1ヶ月はどういったことをしてきたのでしょうか?
「特別なことはやっていなくて、リーグからずっとやってきたことを続けていただけです。リーグで見つかった修正点もあったので、そこを修正するということはしてきたし、よかった部分は伸ばしいこうと。ビデオを確認しながら、みんなで何がよくて何がいけないのかというのを共有したことで、ステップアップできたんじゃないかなと思います」

―今年は代表でチームを離れることも多かったですね。帰ってきた後はすぐにチームにアジャストできましたか?
「そうですね。あまり違和感はなかったし、逆にいい影響を自分ももらえました。代表で学んだことを何かしらチームに還元できないかと考えながらやっていました。少し変わったところでやってきたという部分で、チームに刺激を与えられたのではないかなと思っています」

―また、今年は石井選手(#27)を始め、周りの4年生が大きく伸びた年でもありましたね。
「本当にそうですね。チーム全体で戦えるっていうのはすごい強みであると思っています。こうなることで自分にも危機感が生まれました。あいつらにあって僕にないものもあるので、参考にしたりだとか、練習中から勝負したりして、お互いに切磋琢磨できました。すごくいい刺激を与え合いながらできたんじゃないかなと思います」

―高校時代は全国大会でも上位に進んだわけではなかったわけですが、大学に入学して、いつもリーグ優勝やインカレ優勝を争うチームのエースになった4年間というのはいかがでしたか?
「気づいたらここにいました(笑)。まず、自分がこんなところでやれるとは思っていませんでした。自分はチャレンジするつもりで東海に来たので、はじめのうちは、本当にがむしゃらにやっていました。だから、こんなに試合に絡むだとか、スタメンで試合に出るだとかは全く想像できませんでした。でも、それが当たり前になってしまわないようにと思っていました。高校の監督とかに感謝の気持ちもあるし、ここでやれるということに感謝しています。入学当時は、自分の中で目標というのがあまりなかったんです。特に1年生の時は、一緒にいた4年生とできたことに対して、自分は挑戦者だという気持ちでいっぱいでした。でも、そこでやってきたことで、得るものがあって試合に出られたのかなとは思います。ただ、そこから個人として成長する部分はあまり大きく見られていないなと。今年も成長したっていう感覚は個人的にはないんです(苦笑)。ただ、今まで重かったものが吹っ切れたというか、思い切りできるようになって、前よりはよくなったのかなとは思います」

―東海の選手たちはみんな古川選手がエースだと思って信頼していますよね。
「みんながそう思ってくれてることはすごいありがたいことであって、同時に責任でもある。こう言ってくれるならば結果を残さなければならないなということを感じながらやっていました。でも、この大会では個人的に結果は残せませんでした。チームとしても4位でしたし。個人はよかった部分もあったし、悪かった部分もあったということで、あまりいい状況ではなかったなと思います。悔しい気持ちが個人的に、という部分ではあります。そこからステップアップできるように見直してやっていきたいです」



「一瞬一瞬を大事にして、最後まで東海らしく」
シーガルスの一員として信じてきた4年間

◆#27石井講祐(東海大・4年・SG)
091206ISHII.jpg東海大は“チーム”としての在り方を強く重んじるチームだ。監督、選手、スタッフが勝利のために分け隔てなく信頼関係を築く。だからこそわかる自分の役割。この1年の石井の役割は、かつて担っていたポイント起用の3Pシューターだけにとどまるものではなかった。積極的なドライブやオフェンスリバウンド、ディフェンスでも存在感を示した。プレーの幅は昨年とは段違いに広がっている。それは石井が責任を担う4年生となり、チームを勝たせるためにベンチスタートの自分に課した新たな役割だ。信頼する仲間とバスケットをする喜び、だからこそどんな形でもチームに貢献する。さらに試合以外では寮長の一人として私生活のまとめ役としても大きな役割を担った。
冷静そうに見えて、コート上では熱い。準決勝では外れたシュートに大きな声で悔しさを発散する姿もあった。そうした熱さを持つからこそ、ワンポイントでもコートに姿を現したときは目が離せない存在でもあった。
インカレは終わったが、まだオールジャパンを見据えて石井の戦いは続く。


―学生として最後の試合を終えた今の気持ちは?
「優勝を目指していて、結果優勝はできなかったんですけど、今まで自分たちがやってきたことは間違いじゃなかったと、信じています。それでも優勝できなかったのは足りない部分があったということなので、またオールジャパンに向けて足りなかった部分をやって行くだけだと思っています」

―足りなかった部分とは?
「そうですね…やっぱり1本のフリースローだったり、シュートだったり、リバウンドやディフェンスの精度って言うんですかね。そういうところを練習中から一つ一つのプレーにもっと集中していかないと、試合でちゃんと出ないんだなと思いました」

―そういった部分の課題がリーグ戦からインカレにかけて、大きく改善されたと思いますが、どうして改善されたのでしょうか?
「リーグ戦途中から、重いというか速攻が出ない試合をしていました。春のゲームを見直したら、すごくみんな動いているし、ディフェンスを頑張ってブレイクも出ているし、インカレではそこを取り戻そうと。チーム全体で共通意識を持ってやってきたことで、やることも明確になって士気も上がっていったんじゃないかなと思います」

―リーグ戦からインカレにかけて改善された部分について、チームとしてどれくらい納得していますか?
「今の自分たちの持っている全力は尽くしたと思います。でもまだ足りていないので、まだまだです。できなくて後悔というよりはまだまだだなと思っています。自分たちの力は出し切ったけれど、まだまだ足りないからもっとやらなきゃって」

―例年インカレの最終日のインタビューでは“この大会が最後”という気持ちを多くの選手から感じられ、オールジャパンは記念で出るような位置づけの選手が多いかと思うのですが、石井選手はまだ先を見据えている感じですね。
「学生最後の大会ということなんですけど、これで全てが終わりじゃないし、このメンバーでまだオールジャパンでプレーができるし。練習とか一緒にいられる時間を全力で頑張って、オールジャパンはいい結果を出したいっていうのが今の気持ちです」

―東海大は本当に信頼関係も強く仲間意識が強いチームですよね。
「みんな真剣に話し合う時は集まって話し合うし、みんなやろうとしていることに対して、同じ方向を向いて取り組むので、一緒にやっていて楽しかったですし、心強い仲間だなと思います。オールジャパンまで4年生が一緒にやれるので、一瞬一瞬を大事にして、最後まで東海らしくやりたいなと思います」

―学生の大会として最後の試合で青山学院大が相手でしたが、これまで様々な因縁がある相手だけに思い入れはありましたか?
「僕が入学する前から東海と青学はインカレの決勝でやったりとか、入学してからもチーム内で自然と青学をライバル視する空気が流れていました。4年間リーグ戦でもトーナメントでも青学はちょっと違うっていうことをずっと感じていたので、4年間最後の学生の大会の試合が青学って言うのは何か縁があるというか、感じますね。勝ちたかったですけど」

―東海大での4年間を振り返っていかがですか?
「1年生の時にBチームだったりとか、2年生の時に新人戦で優勝できたりとか、いろいろありました。今率直に思っているのは東海で良かったなって。バスケの技術のこと以外でも、練習に対する気持ちの持ち方とか、人生に対する考え方とか。陸さん(陸川監督)を始め、森先生とか、周りの方から教わることができました。いろいろありましたけど、東海でやってきて良かったなと思います」



「自分らしくいることが大事」
不完全燃焼を悔いつつも、未来のシーガルスに思いを託す

◆#45鮫島宗一郎(東海大・4年・SG・副将)
091206SAMEJIMA.jpg鮫島が頭角を現したのは昨年のリーグ戦。けが人の多発によって手薄となったフォワードのポジションを、立派にカバーする存在として登場した。インタビューには慣れていないので、と最初は自分の考えをすらすらと表現はできなかったが、誠実な人柄は見えた。今年はケガもあってそう多くコートに立てた訳ではないが、シーガルスの副将として常に礼儀正しく接してくれ、応援席では常に最前列でチームを鼓舞した。リーグ戦で試合に復帰してからはピンポイントの起用でしっかり役目を果たす姿もあった。石井と2人「ベンチから出るからこそ、考えずに思い切りやろう」と話し合っていたことが理由の一つだ。
本人は副将としてどうあるべきか考えたようだが、自然と自分らしくできていたのではないだろうか。インカレ前、Bチームがオールジャパン予選に臨んだ。総出で応援に駆けつけたAチームの中で、鮫島は最前列でずっと立って誰よりも大きなアクションでチームに声をかけ続けた。インカレでは古川から託されてお守りを持ち続け、この3位決定戦では最後にコートに立って思い切りよくシュートを放った。そのどれもが鮫島らしく、拍手を送りたくなる姿だった。



―インカレは2回戦で怪我というアクシデントがありましたが、この最終日までどのようにチームに関わってきましたか?
「もう怪我をしたしていないは関係なく、それから副キャプテンという立場も最後は関係なく、このチームが好きだし、このチームで勝ちたいという自分の思いや、感じたことをそのままやっていただけでした。今シーズンは副キャプテンになってから、色々と立場や責任を考えてしまって、自分の中でずっともやもやしていたら、春にも怪我をしてしまって悪循環に陥ってしまっていたんです。振る舞いとしても言葉を選んだり格好つけたりしていたんですが、最後は自分が少しでもプラスになれることをありのままにやったつもりです」

―そのありのままの思いを、チームとして表現することはできましたか?
「正直…不完全燃焼というか。リーグの時からなんですが、自分達のいいときと悪いときの差が顕著に出てしまって。見ている方もそれを感じるので試合に出ているやつらと話したりしてきたんですが、それを繰り返していくと逆に皆考えてしまったという感じです。やっぱりいいときってシンプルに攻めているんですが、そういう僕たちらしさを出せなかった。もちろん場面、場面では出ていたんですが、そういう意味で臆病になってしまった自分達がいました」

―今日の3位決定戦もですか?いつもと変わらずハッスルしているという印象でしたが。
「今日は昨日負けてしまって…なんだろうな。いつもなら試合前は“入っている”んですよ。集中した状態で皆いるんですが、今日は準決勝で負けてしまって切れそうな気持ちを何とか何とかつないで、という感じだったので、やはりこの試合も不完全燃焼でした」

―最後に青学に勝ちたかったですよね。
「そうなんですよね。東海と青学って、バスケにかける気持ちとか取り組み方とかがすごく似ていると思うので、すごくライバル意識があるんです。なのに臆病になった自分達がいた。それが本当に悔しいです」

―その中で、ラスト5分にアップの指示が出た時は、どんな気持ちだったのですか?
「あのときは、いいのかどうかわからないですが、メールをくれたり応援しに来てくれたりしていた去年の先輩たちの顔がまず単純に浮かびました。あと、今回大阪に来てすごくお世話になっている大産大の先生達が正面にいるのはわかっていましたし、さらに試合出られない皆もいるし、Bチームの皆もいるし、試合の展開としてはなかなか難しい点差でもあったしで。そういうのを全部ふまえて、コートに立たせてもらえてありがとうという気持ちだけでした」

―その皆に囲まれた東海大での4年間はどんな4年間だったと言えますか?競争は常に激しかったと思いますが。
「4年間で何回もBチームに落ちましたね。最初はAチームに入ったんですが、石崎さん(巧・現JBL東芝)の代のときに(#27)石井とかと一緒に落ちてしまって、それで文男さん(西村・現JBL日立)のときにまたAチームに上がってと。Aチームでは、自分も大きな舞台に立ちたいので、うまい人たちと自分とどこが違うんだろう、自分に足りないところはなんだろうなという視点で見ていました。これを自分にプラスしていけばもっとよくなるなというポイントがすごくわかったので、選手としてもですが、人として成長するにはすごくいい環境だったと思います。陸さん(陸川監督)にしろ、森先生(森億Aコーチ)にしろ、今はJBLの日立にいる佐々さん(元Aコーチ)や小山さん(元ストレングスコーチ)などすごく魅力的な方が多くて、本当に色々な刺激を受けてました。少しは成長できていたらいいな、と思います」

―Bチームの話が出ましたが、Bチームの代表としての役割というか、託されていたのではないですか?
「確かにつながりで言うと、Aチームでずっとやっていたやつらより一緒にいる時間も多かったので、お互いのことをより深くわかり合えていると思います。だからそういうやつらが後ろで応援してくれているというのはすごく嬉しいし、これはA・Bに限らず何か問題が起きたときは腹を割って話せる同期が揃っていたので、本当にもう、今の気持ちは“感謝”だけです」

―先ほど悩んだという話もありましたが、インカレまで副将をやり終えてどんな感想ですか?
「少し言ったんですが、副将に対するイメージが最初はあって、そういう型にはまろうとした自分がいました。でも、なぜミーティングの結果自分が副キャプテンになったかというと、自分らしくいたからなれたと思うんですね。それに気付いたのはつい最近なんですが。気付くまではどうやったらいい副キャプテンかとかそういうのばかり考えていたんですが、最初に副キャプテンになった理由を曲げてまでやろうとしている自分に気付いて、そは自由に、自分らしくいることが本当に大事だと思いました」

―4年生はスタッフも多くいましたよね。スタッフも含めた4年生への思いを聞かせてください。
「スタッフは裏方なので目立たないかもしれませんが、本っ当に僕らのスタッフは日本一だと思います。朝ウエイトというメニューがあるんですが、朝の7時半からなので僕ら選手も6時には起きています。でもさらにその前に起きて補食のおにぎりを作ってくれたりなどなど、僕らがプレーに集中できるように全ての準備をやってくれて、言葉にできないくらい感謝しています。だから、優勝ってものを…優勝は名誉なことじゃないですか。優勝という形で恩返ししたかったですが、できなかったですね…」

―気持ちは伝わっていると思います。準決勝で負けた後、スタッフの4年生も泣いているのを見て、“チーム”というのを感じました。
「今年は、結果に一喜一憂するんじゃなくてやることをやるだけというスタンスでやってきたんですが、でもやっぱり昨日結果が出たとき泣いてしまいましたね。そういう意味ではもっと成長しないといけないなと思いました。チームとしてはすごく…悔しいですけど、目指すところは、もっと高いところにあったので」

―その試合中、ベンチで何かを手に握っていましたよね。それは何だったのですか?
「あれは、(#24)古川の親戚の方が買ってくれたスタートの5人分のお守りです。僕は2回戦の明治戦で怪我をしてしまったのですが、次の試合から古川から“ちょっと持っててくれ”と渡されたんです。それで勝ち運が少しでもきてくれたらいいなと思って、持っていました」

―先ほど行っていた“目指すところ”へ来シーズンこそいけるように、まだオールジャパンはありますが、新しいチームへ伝えたいことは何かありますか。
「後輩達はすごくうまくて、個人能力も僕らの比ではありません。そういう意味で楽しみというこれからへの期待と、もちろん感謝と、それからまだあと1ヶ月あるので、絶対にこの今のメンバー皆が持ち味を出して、1個のシーガルスという作品を作って終わろうというのがあります。それでまた僕らがいなくなったあとには、新しく入ってくるやつらと、その個性が出た新しいシーガルスを作ってほしいなと思います」
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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