2016年12月 / 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月


第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2009.12.03 (Thu)

【2009インカレ】12/3 2回戦 東海大VS明治大

激闘を制したのは持ち味を存分に発揮した東海大
充実のシーズンとなった明治大はベスト16で幕

東海大学85(24-14,20-21,25-21,16-20)76明治大学
091203tokai.jpg2部リーグでは圧倒的な強さで他チームを凌駕し、順位決定戦では専修大を撃破。高さと機動力、更には抜群のオフェンス力を持ち合わせた明治大とベスト8を懸けて戦うは、東海大。東海大は昨年のインカレでは天理大に破れ、ベスト8入りを逃している。また、今年のリーグでは1週目以降の結果が振るわず、まさかの5位となった。だが、このインカレでは東海大が不調から這い上がり、明治大を下してベスト8入りを果たす形となった。

点の取り合いなら明治大に軍配が上がったに違いない。だが、東海大はそれをさせなかった。1部でも屈指のディフェンス力で明治大のシュートを次々とシャットアウト。このディフェンスに明治大のシュートセレクションも悪くなってしまい、いい形でオフェンスができなかった。また、立ち上がりに10点を離されたことでコートに立つ面々がちぐはぐしてしまい、今シーズンあまり見なかったミスも多々起こった。

混戦の1部リーグを戦ってきた経験が、ここで生きた。苦しい中でも東海大には余裕が見えた。逆に、2部リーグでは敵無しだった明治大は接戦を経験してこなかったことが選手たちに焦りを生んだ。これで東海大は昨年逃したベスト8入りを果たす。あとは、“優勝”の2文字へ向けて、チームで突き進んでいくだけだ。

写真:勝利を喜ぶ東海大。まさに全員で勝ち取ったゲーム。

※試合のレポートと東海大・前村選手、明治大・金丸英悟選手、川崎選手、岩澤選手のインタビューは「続きを読む」へ。

[続きを読む]

【GAME REPORT】
091203kanamarukosuke.jpg1Q、先制点は東海大#17前村(4年・SG)のジャンプシュート。だが、明治大も#14金丸晃輔(3年・SG)が4連続得点で返して、序盤は9-2で明治大。だが、この後から東海大#5多嶋(3年・PG)が3Pや#17前村とのコンビプレーで得点を重ね、これ以上点差を開かせない。また、#17前村は明治大ディフェンスをかき回してアシストを増産。1Q中盤には17-11と逆転してみせる。ここで明治大は前半1回目のタイムアウト。だが、その後も東海大が#7遥(3年・CF)の連続得点で21-11と10点を離す。タイムアウトから約3分近く無得点だった明治大は、残り1分11秒で#3金丸英悟(4年・PF)がなんとか3Pを沈めるも、それ以降が続かず。また、東海大#24古川(4年・SF)が明治大#14金丸晃輔をシャットアウトする好ディフェンスを見せる。また、最後の1プレーで#17前村が#0満原(2年・C)に絶妙なアシストを送り得点し、1Qを24-14で東海大が10点リードで終える。

2Q立ち上がり、ミスが出た東海大に対し明治大は#24岩澤(4年・SG)のアシストから#14金丸晃輔、#3金丸英悟の機動力を生かしたプレーや3Pで得点する。だが、東海大は#5多嶋が明治大ディフェンスを掻い潜ってシュートを沈めて、一歩も譲らず。その後も、一進一退の攻防が続いていたが、中盤になると、東海大が連続リバウンドでチャンスを得る。しかし、肝心のシュートが決まらず、それ以上突き放すには至らない。一方、明治大は4分11秒で#21川崎(4年・F)の3Pが連続で決まると4点差までの追い上げに成功する。だが、次の一手が出ない。その間に東海大は#27石井(4年・SG)と#24古川の3連続3Pで再び点差を広げる。明治大も#14金丸晃輔がリバウンドシュートを沈めるも、44-35で東海大が9点のリードを保って後半へ。

091203tajima.jpg3Q開始早々、明治大は#14金丸晃輔の3Pが決まる。すると、次のプレーで東海大#7遥が明治大#19田村(2年・PF)に対しアンスポーツマンライクファウルの判定を取られる。立ち上がりの2プレーに湧く明治大だが、もらったフリースローを決めきれず。それでも再び4点差まで詰め寄る。しかし、点差が詰まると東海大もすかさず#17前村が決め返して譲らない。明治大も#14金丸晃輔がシュートを沈めて3点差まで持ち込むが、この後の時間帯で、ミスが出てしまう。そんな明治大を尻目に、東海大は着実に得点を重ねていく。3Qも終盤になると、3点を争う展開に。だが、明治大はその3点を詰めきれず。逆に東海大はその3点を詰めさせず。最後は、東海大#7遥のバスケットボールカウントや#46大塚(4年・SF)の3Pとフリースロー、さらには#0満原のミドルシュートと4連続得点で点差を13点まで離して最終Qへ。

最終Qも明治大#14金丸晃輔の3Pから始まり、まずは10点差に戻す。次のプレーでは東海大#7遥がジャンプシュートを沈めるが、明治大は#14金丸晃輔が連続得点で東海大を追いかける。また、ディフェンスでも足を動かして東海大に得点を奪わせない。このチャンスを生かし、#19田村がフリースローをきっちりと静め、さらに#3金丸英悟がゴール下で体を張ってリバウンドシュートを沈めて残り7分で4点差まで詰め寄る。その後も好ディフェンスを見せる明治大だが、残り5分33秒で、24秒を守りきったかというところを東海大#5多嶋が放ったボールがリングに吸い込まれて3Pカウント。これには明治大の面々もうなだれてしまう。それでもタイムアウトで切り替えをはかり、次のプレーでは#3金丸英悟がリバウンドシュートを決めて5点差に。その後は点差があまり動かず、4点を行き来する展開になる。明治大にとって、この4点が遠い。ゴールへ向かう姿勢は崩さないものの、明治大が決めれば東海大もすかさず決め返して、同点へと持ち込めない。終盤、明治大は全員で足を動かし、ボールを狙いに行くが、東海大も冷静でもらったフリースローはきっちりと沈めていく。明治大#21川崎、#24岩澤が次々と退場していく中、東海大は「やりきろう」と互いに声をかけ、最後までしっかりと戦い抜いた。最終週コアーは85-76。粘る明治大を振り切った東海大が昨年逃したベスト8進出を果たした。


【INTERVIEW】
「自分がいい時は東海のチームもいい」
主将としての存在感こそがチーム勝利の鍵と確信

◆#17前村雄大(東海大・4年・SG・主将)
091203maemura.jpgリーグ戦、気になったことの一つは前村の存在感が試合を追うごとに薄れていくことだった。春シーズンはそれとは全く逆。彼の活躍こそが東海大を準優勝にまで導いたとも言える。ガードが立ち止まり、オフェンスがちぐはぐする様子は、インカレに向けて東海大の懸念材料だった。しかし、この試合ではその不安を見事に吹き飛ばしてみせた。機動力のある前村の動きが、東海大にいい流れを生み出し、明治大から勝利を奪った。
リーグ終了から1ヶ月。各チームはそれぞれ課題に向き合い、短所の克服と長所をさらに伸ばすように練習を積んできた。だが、それは試合に出せてこそ意味がある。東海大は明治大という関東屈指のオフェンスチームを守りで押さえることで、再び優勝候補に名乗りを上げてみせた。


-初戦はあまり良くなかったですが、明治戦に集中していたのはありますか?
「明治を意識してやっていたのはあるかもしれません。立命館も対策はしていたんですけど、マッチアップゾーンに少し戸惑って、初戦だったので固くなってしまって、相手のペースに合わせてしまいました。後半古川のシュートが決まって良かったんですが。2戦目はもうふっきれていたし、特に古川のディフェンスが良かった。あいつが得点を取るんじゃなくて、ディフェンスをやってくれて、その分多嶋が得点を取ってくれていたし、周りも共有できていたし、狙うところが5人とも一緒だったから良かったと思います」

-こんなにいい東海大のディフェンスは久しぶりに見ました。
「リーグが終わってからめちゃくちゃディフェンスの練習をしてきました。ローテーションやコミュニケーションや細かいところまでビデオを何度も見て強化してきました。そこができないとうちが出したいプレーが出ないので、そことリバウンドの精度を上げることだけをやってきました」

-リーグ後半から前村選手自身の調子があまり良くないように思っていたのですが。インカレ初戦も良くなかったので今日はどうかと思いましたが、今日は動きがとても良かった。
「そうなんですよね。あれ(今日のような動き)が出せないとダメですね。それまではチームがやりたいことを見ようとしていて動きが悪くなっていたのはあります。インサイドのプレーを起点にしようとして、自分が優先順位なんじゃなくて、インサイドが優先かなと。するとどうしてもうまくいかなかった。だから自分の能力を使うのを第一に出さないとダメだなと。最後のインカレだし持ってるものを全て出さなきゃって臨んだらチームにもいい影響が出てきたので、こういうプレーを続けなければというのは実感しています」

-そこがリーグ戦でうまくいかなかった第一の部分かなと思うのですが、では自分を変えることで良くなってきたと?
「みんなに、僕がいい試合は勝ってると言われるんです。僕が点を取ってたりとか、コートで印象づけている時は東海としていい状態にあると言われるんです。で、負けてる試合は自分が1点とかしかで仕事ができていないんですよね。だからそれは考えますね」

-今回激戦区に入って厳しい試合が続くと思いますが。
「でもそれが逆に良かったのかなと思います。立命館も明治も気が抜けないし、昨日を接戦で勝ち上がったので今日もいい緊張感を持って試合に入れたし、一試合一試合しっかりものにしていけます。逆に大差で勝って油断してしまうという形にはしたくなかったので、いいところに入っているんじゃないかなと思います」

-今日は大塚選手(#46)を始め、控え選手もしっかり仕事をしましたね。
「4年生がすごく気持ちがあって、良かったです。リーグ終わってから森田(#4)も多嶋に代わってゲームに入ることが増えてきたし、チームがいい状態できています」

-でもまだ通過点ですね。
「とりあえず引退が伸びました。でも後輩とまだバスケットをできるのがすごく楽しいし、まだここからです」

写真:アグレッシブなプレーを連発した前村。倒れ込んでガッツポーズ。



「僕からすれば1番の4年生だった」
◆塚本清彦ヘッドコーチ(明治大)
―試合を終えて。
「東海が1枚上手で、ゲームをコントロールしていた。うちは、厳しいゲームというのが9月の第3週の拓殖大戦からほぼなかった。1桁点差で終わることもあったけれど、終わってみれば、2、30点は開いてしまうゲームが多かった。今日みたいな試合は長くやれていないので、その中のアジャストが…。多嶋君(東海大#5)のハーフラインからの3Pが入らなければ勢いに乗れていたと思うけど、それも全て“たられば”の話。多嶋君の1Qの3Pは本当に痛かったですね…。あれを取り戻すのが大変でした。あとは、2回ゾーンに入って、リバウンドが取れなかった部分。ここは駒水(#31)という考え方もあったけれど、チームディフェンスということを考えたときに田村(#19)だと思って彼を使いました。選手はよくやってくれました。僕の力不足でした。東海は、“心・技・体”というものがトータルコーディネートされています。尊敬の念を抱きます。明治はまだまだで後手に回ってしまいました」

―選手には焦りが見えましたが。
「何とかしようという試合を何回やってきたかがポイントだったと思います。そこが、今年の1部と2部の違いだったなと。リーグの中でシビアな試合をしてきたのが1部。それが出来ていれば、焦りではなくて、次のセレクションに対する切り替えとかトランジションの速さに変わっていたかもしれません」

―今年の4年生は、塚本ヘッドコーチが初めてリクルートをした選手ということで、彼らに対する思いは特別なものだったと思うのですが、いかがですか?
「明治の中にルールがなかったのを、作っていったという最初のチームだったんですよね。英悟(#3金丸)、紘史(#21川崎)、岩澤(#24)、飯沼(#41)など、4年生に対しては、“4年間よくここまで心技体というものを作り上げられるように努力してくれたな”と。その部分では、本当にこちらは頭が下がる思いです。他のチームには負けているとは思わないです。だから…なんとか勝たせてあげたかったですね。ただ、コーチの力足らずでした。彼らには、この4年間で培ったものを、今後の人生の中でどう生かしていくか。心技体のトータルコーディネートがどの場面の中でも大切だということをこの4年間で教えられたと思うので。負けはしましたが、僕からすれば1番の4年生だったし、今後も“ファミリー”だから。負けた悔しさというものを、セカンドライフの力に変えていって欲しいなと思っています」



“嫌われ者になる”という決意が“チーム”を作り上げた
明治大の大黒柱であり魂である彼のラストメッセージ

◆#3金丸英悟(明治大・4年・主将・PF)
091203kanamarueigo.jpg試合終了のブザーと共に、天を仰いだ。最終結果はインカレベスト16。“もっとできる自分達”を信じて戦ってきたが、目標の日本一には届かなかった。
言い訳はせず潔い。そして、常にストイックだった。最後のインタビューの受け答えは実にサバサバとしていたが、彼が一言ひとことを確認しながら答えた質問があった。それが、“キャプテンとして過ごしてきてどうだったか”だった。春先から課題としていたコミュニケーション不足を克服するために、“嫌われ者”になる決意をしてから、これまでのことを思い出すように、丁寧に言葉をつむいだ。そして、「自分も変われたし、チームも本当に変われた」と答え、「良かった」と続けた。だが、それはキャプテンだからやってきたことではないと言う。
「チームだから」。
個人能力の高さが目立つ明治大にとって、“チームになる”ということは1つの大きな課題でもあった。今年、最後の最後で結果は出なかったが、彼は確かに感じていたに違いない。自分達が“チーム”になれていた、ということを。


―試合を終えて。
「ずっと負ける気がしないというか…ずっとどこかで逆転できるだろうと思っていました。でも、ポイントで相手に入れられてしまったり、要所をしっかり押さえられてしまいました。こっちのペースになったとしてもすぐ切られてしまって…。その辺り、相手は1部でずっと大変な試合をやってきた経験が大きかったなと思います。チャンスは何回もあったと思うけれど、そこで詰められなかったです。基本的なことから大切なことまで、ミーティングで言われていたんですが、そこでやられてしまった感がありました。ただ、それが出来ていない割には、点差は離れても10点くらいで我慢できていたんですが、逆にそのままズルズル行ってしまいました。もっとやれたなという悔しさはあります。でも、ここで勝たなきゃだめでした。相手の方が強かったと思うしかないですね。結果は結果なので、しっかりと受け止めます」

―ズルズル行ってしまった要因というのは?
「リバウンドをずっと取られてしまってこちらのペースに出来なかったことです。うちも2部でリバウンドを取って勝ってきたので、やっぱりリバウンドを取れる方が勝つなと思いました。最後までリバウンドを取れなかったのは悔しいですが、そこが相手の強さだったのかなとも思います」

―2部のインサイドも白鴎大のアビブ選手(#30)や国士舘大の馬選手(#13)、順天堂大の山本選手(#4)や趙選手(#10)など強いですが、東海は違いましたか?
「2部も個人個人で見たら変わらず強いと思いますが、チームで見たら、やっぱりポイントを押さえてくるなと。ルーズボールの執着心も終わってみたらすごかった。そういう部分で負けてしまったのかなと思います」

―前日のケガの不安はありましたか?
「本当に昨日のケガは予想外だったんですけど、そんなの言い訳にしても意味がないので、トレーナーの池田さんにがちがちにしてもらってやりました。痛みはありましたが、そんなので負けていてもダメなので。関係ないです」

―関係ないと言っているのに重ねてで申し訳ないのですが、試合最後のトラベリングは、足が痛かったのかなと感じました。
「…(苦笑)。確かにあれは…止まれなかったというのはありました。だからそのままドリブルに行ったんですけど、やっぱり止まれなくて、間に合いませんでした。まぁ…しょうがないですね」

―4年間を振り返っていかがですか?1年生の頃からコートに経つ機会が多かったですよね。
「1年の頃からずっとトップ(Aチーム)で経験を積ませてもらいました。言葉に出して何かを言うという先輩はあまりいなかったけれど、古さん(古橋義則、07年度卒)とか、態度で示してくれて、気持ちが伝わりました。俊さん(伊與田俊、08年度主将)も、背中から伝わるものがありましたし。トップにいて、色んな先輩に色んなことを教わりました。だから、今年のリーグでも結果が出せたと思います。塚さん(塚本ヘッドコーチ)は、自分のいいところを引き出してくれました。練習はすごくキツいですが(苦笑)、他ではない練習だと思います。厳しい中でも、僕は本当に伸び伸びやれました。“自分はこんなことができるんだ”と思った4年間でもありました。3Pも打てるようになりましたし。大学4年間は、バスケを楽しんでやれたと思います。もちろん辛いこともありましたが、色々なことができたし、バスケを楽しく出来た4年間でした」

―今年1年はキャプテン務めましたが、いかがでしたか?
「…本当に大変でした(苦笑)。最初はそんなに大変じゃないのかなと思っていたんですが、自分達の代は言わない奴が多くて。夏合宿くらいにめちゃくちゃ怒られて、リーグ前に崩壊状態になりかけたんです。そこで見直したときに、言いたいことを言っていない自分がいたので、開き直って。“嫌われてもいいから言おう”と思いました。自分の気持ちを言わないでダメよりは、言ってダメの方がいいですから」

―リーグ戦はチームに厳しく声をかける姿が多く見られましたよね。春とは全く違う姿に驚きました。
「春はチームの方向性も見えていなかったし、4年生は就活もあったからぐちゃぐちゃでした。でも、夏合宿からは練習中もチーム全体に厳しく言ってきました。支えてくれる甘い奴は自分以外にいっぱいいるので(笑)、自分はムチになって、ひたすら厳しく…。でも、そうすることでピリピリした中で練習も試合もできるようになってきました。練習を厳しくやることが試合で厳しい場面を乗り切れることに繋がるので、そこからチームが変わりましたね。自分も変われたし、チームも本当に変われました。でも、キャプテンだからやってきたわけではないんです。チームだから。チームとして本当に伸びた1年でした。だから良かったかなって思います。ミスしたときに、“どんまい”、“大丈夫”というのは、そいつにとっての優しさではないんですよ。だから、厳しく言っていました。でも…だから勝てたんだと思っています」

―来年、1部を戦う後輩達へ向けて。
「来年からは1部でリーグ戦も大変になるし、試合数も多くなる。本当に大変になると思います。だからこそ、チームが1つじゃないと勝ってはいけないと思います。1人だけではなくて全員で支え合っていってほしいです。僕らはインカレ優勝を果たせなかった。だから、インカレ優勝という目標はまだ残っている。みんなでそこを目指して頑張っていってほしいです」



「それぞれが自分の役割を全うできる4年生だった」
明治大いち“我慢”のプレイヤー

◆#21川崎紘史(明治大・4年・F)
091203kawasaki.jpg「紘史は本当に我慢が…(笑)」(#3金丸英悟)
明治大の3人にインタビューしながら、川崎が後輩達に残せたものは何かという質問に、真っ先に金丸が答えた。その答えが、上記の言葉だ。感情をあまり表に出すわけではない。淡々と、そして冷静にプレーする。だが、それが彼の“我慢”からなるものだということは、チーム全員がわかっていた。タレント揃いで、派手な選手が多く集まる中、川崎は目立たない部分を黙々とこなした。決して、目立てないプレイヤーではない。だが、周りが生かされるために自分が何をすべきかを考え、プレーしてきた。こういうプレイヤーがいてこそチームの均衡が保たれるということを忘れてはならない。
彼のシュートが決まった瞬間、ベンチは総立ちで拍手、応援団は大歓声を送る。それが、彼が明治大に必要不可欠な存在であるという、何よりの証明だったのではないだろうか。


―試合を終えて。
「まだ実感がないんです。正直、試合のことも思い出せないんですが…。要所は押さえられたのかもしれないですね。流れを自分達で切ってしまったところもあったけれど、切られたところもあった。そういうのは、1部のタフな試合を14試合戦ってきた経験が、東海は出たのかなと。今思えば、そういうのもあったのかなと思います」

―試合を通してなかなかシュートの確率が上がってこなかったですね。会場の天井がかなり高くて、いつもとシュートの感覚が違うというのはありましたか?
「入っていなかったというのは事実です。打ち続けられたことは良かったですが、入らないときに他に何を頑張らなくてはならないか、というときの踏ん張りが足りなかったのかなと思います」

―4年間を振り返って。
「色々な試合に出させてもらって、経験させてもらいました。練習では、今までにやったことのないような練習をやったりしたし、韓国遠征も行きました。たくさんの試合をした4年間でした。その中で、本当にいろいろなことを学んだ4年間でした」

―同じ4年生に対して、何か思うことはありますか?
「最上級生になってから、キャプテンの英悟(#3金丸)を筆頭に役割分担…というのは変かもしれないけれど、言う奴は言うし、チームを盛り上げようとしてくれる奴もいました。みんながそれぞれ自分の役割を全うできる4年生だったのかなって思います。だから、英悟(#3金丸)も言っていたけど、みんなで支え合えたし、刺激しあって、切磋琢磨できたのかなというのはあります」

―今年の4年生は塚本ヘッドコーチが初めてリクルートした選手たちなんですよね。塚本ヘッドコーチの元でバスケットをしてきていかがでしたか?
「塚さん(塚本HC)はいろいろなところのバスケットを見てきて知識が豊富なので、僕達に色々な事を教えてくれました。今まで教わったことのないようなことや、考え方を教えてくれたので、本当に勉強になりました。でも、塚さんは全部を教えてくれるわけではないんです。少し言って、そこからは自分達の発想が大事だということを言われ続けてきました。考えながらやるというのは肉体的にも辛いこと。でも、考えながらやるということが楽しいということと、それが出来たときの喜びというのは本当に大きかったですね。それでチームもまとまることができたので、本当によかったと思っています」



大学でPGを経験し全ポジションを経験
苦い思いが成長を促し、明治大の正司令塔へと導いた

◆#24岩澤裕也(明治大・4年・SG)
091203iwasawa.jpg「ポジションアップが一番大きかったですね」
岩澤の4年間は、司令塔へのポジションアップから始まった。ここまで順風満帆だったわけではない。先輩には伊與田俊(09年度卒)や山下泰弘(09年度卒)を始めとした根っからのポイントガードがおり、“経験”がものをいうポジションにあって、なかなかその機会を掴むことができなかった。
4年となった今年、春先は下級生ガードと出場時間を分け合った。だが、本格的にシーズンが始まると正司令塔は岩澤で定着していく。周りのプレイヤーが昨年からずっと試合に出ている中、彼だけが今季スターターとなった。「自分のところが危ない」と悩み、試行錯誤を続けた。結果、彼はコートになくてはならない存在となった。彼が折れることなく、4年間を駆け抜けられたのは、かけがえのないチームメイトの存在があったからだった。
「このメンツが支えてくれる」。
苦い思い出と共に、この力強いチームメイトたちもまた、彼の4年間を語る上で不可欠だ。


―試合が終わった瞬間は涙もありましたね。
「終わった瞬間は、まず応援してくれた人たちに申し訳ないという気持ちが強かったので、自然とこみ上げてくるものがありました。最後の1プレーは、点差的にはもう厳しかったんですよね。そして自分は4ファウルで。どうしようか迷ったんですが、ここは止めに行こうと思って、ファウルをしました」

―4点がなかなか縮まらず、苦しかったのではないでしょうか?
「こっちが4点のところで乗り切れていなかったということもあるし、その時に東海の粘り強さみたいなものが出ましたよね。向こうは苦しみながらもシュートを決めてきたりだとか、リバウンドを結構取られてしまって、セカンドチャンスを与えてしまったことが、最後まで追いつけなかったことに繋がったと思います」

―東海大と2部のチームとでは、やはり“違うな”という感じはありましたか?
「そうですね。2部にはないチームなのかなとは思いました。トランジションも早いですし、そういうところで1部だなというのを感じました。でも、もっとやれたなという思いもあります」

―大学入学後、ポジションアップして始まった4年間だったと思います。振り返ってみていかがですか?塚本ヘッドコーチにもポジション柄、怒られることも多かったのではないですか?
「4年間を考えると、やっぱりポジションアップが1番大きかったですね。1・2年の時は試合経験もなかったので、苦労しました。ミスも今よりもひどくて…。でも、みんなの支えがありましたし、プレイングタイムも増やしてもらって、最後4年でなんとか形に出来たかなとは思います。4年間は楽しかったですよ。特に4年になってからは、責任も感じるようになったということもあって、思い切りやれるようになったことがいい方向へと繋がったのかなと感じています。塚さん(塚本HC)は自分達の発想でやれということをおっしゃっていました。なので、求められることは高かったかもしれないんですが、それができたときのやりがいは大きかったですし、自分を成長させてくれたなと思っています。いきなり“1番や!”と言われたときは戸惑いましたが、やっぱりそれはそれでやりがいがありましたし、たくさんの経験をさせていただいたなと感じています。塚さんの下でバスケットをしてきて本当によかったです」

―新人戦の頃は、辛そうにバスケットをしていたので、正直、辞めてしまうのではないかなと思いました。
「そんなに辛そうでしたか?でも、確かに新人戦の時はハーフまで運ぶのさえ辛かった思い出があります…(苦笑)。3年の時にフォワードに戻ったりして、正直、4年目はどうなるのかなと思っていました。でも、結局1番でやれってことを言われて。苦い思いもありましたが、もう“やるしかないな”と。このメンツが支えてくれるので。あとは、僕のところだけが危なかったので、チームは僕次第なのかなと思いました。4年目は本当に“やるぞ”という気持ちでした」

―春先は岸本選手(#35)や佐藤選手(#11)と岩澤選手を使い分けている感じがありましたが、トーナメント中盤からはスターターは岩澤選手で定着しましたよね。これが、岩澤選手が明治大のコートにいなくてはならない存在ということの証明だと思ったのですが。
「春は行央(#35岸本)とか卓哉(#11佐藤)とか、下級生にもいいガードがいるので、試しながらというのが塚さんの中であったと思うんですよね。でも、4年で最後ということで、僕も“スタートの方がいいです”ということを伝えました。(それは意外ですね。あまりそういうことを言うタイプではなさそうですが)意外ですか?(笑)でも、ガッツリ言ったわけではなくて、塚さんに“スタートとシックスマンだったらどっちがいいか?”って聞かれて、“スタートの方がやりやすいです”と伝えたんです。そこからスタートに定着していった感じですね」

―4年間を共に過ごしてきた仲間に言いたいことはありますか?
「この2人(#3金丸と#21川崎)は、“チームのために”という献身的な部分をすごく持っていました。他の選手のことを考えられるし、我慢してやってくれていたので、そういう意味では本当に尊敬しています。他の4年生もみんなそういうメンツだったので、この学年というのは“チームのために”と思ってプレーしてきた選手が多かった学年だったと思います。もっと自分のためにガツガツやってもよかったんじゃないかなとも思うんですが、でも、それがこの学年の良さだと思います。こういう仲間に出会えて、本当によかったです」




3選手がお互いに考える、“後輩に残せたもの”とは?
インタビューが途中からクロスしたため、最後は3人に一緒になって思いを語ってもらった。互いのことを語る彼らから、4年間を共に歩んだ様子が伝わってきた。

―金丸英悟選手が後輩に残せたものとは?
川崎「インサイド陣のいい手本になっていたと思います。英悟って走るのがすごい速いじゃないですか。ああいう風にインサイドが走ってくれるから周りが生きるんだよということの、お手本だったなと思います。なので、そういうところを後輩も分かってくれているんじゃないかなと思います」
岩澤「英悟はキャプテンだから、キャプテンシーが。僕らは強く言うということができないメンバーばかりだったんですよね。その中で強く言うということを買って出ていってくれたことは本当に大きかったし、後輩達の中にも強く印象を残していると思います」

―川崎選手が後輩に残せたものとは?
金丸「紘史は本当に我慢が…(笑)。相当我慢してやってきたので、そこはすごいところだなと。めちゃくちゃゲームに出ているのに、目立たないようなところでずっと頑張って。それでも何も言わないし、文句一つ言わない。こういう風に我慢し続けるってなかなかできないし、そこを後輩がわかってくれていたら、自分としても本当にいいなって思います」
岩澤「自分以外への選手への思いやりが強いですね。自分よりも他の選手のことを考えてくれているなというのを感じています。あとは、英悟も言っていますが、ずっと我慢をしてくれて。弱音も吐かず、本当に我慢強くやってきていました。なので、この“我慢”と“思いやり”が後輩達にも伝わっている部分なのではないかなと思います」

―岩澤選手が後輩に残せたものとは?
金丸「岩澤が4年の中で一番辛かったんじゃないかなと思いますね。中学校までインサイドで、高校で3番やって、それで大学で1番ですからね(笑)。一番難しいポジションで、チームを生かさなきゃいけない。2年生の新人戦でも一番悔しい思いをして、それでもここまでやってきた。本当に努力家ですね。そういうところを後輩達が見てくれていたらいいなと思います」
川崎「確かに、一番は努力家という部分かなと。あとは、岩澤自身、かなり気配りができる人間だと思います。ポイントガードだったからというのはあったかもしれないけれど、色んな人と率先して喋ったりして、潤滑油みたいな役割をしていたなと。なので、そういうところを見て後輩達が勉強してくれたらと思いますね」
関連記事

テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

EDIT  |  23:50  |  2009インカレ  |  Top↑
 | BLOGTOP |