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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2009.12.03 (Thu)

【2009インカレ】12/3 Aコート2回戦レポート

東海大は鉄壁の守りで明治大のオフェンスを70点台に封殺
鹿屋体育大は延長の末のアップセットで1年の進化を披露

091203kanoya2.jpg2日目、Aコートでは大会を左右する大きな試合が2つあった。今大会最も激戦区と言われるBブロック。この日の負けはここでシーズン終了を意味する。

1部復帰で勢いに乗る明治大は、東海大と対戦した。リーグ戦では後半に失速し、インカレ初戦も重かった東海大。しかし、この日のディフェンスは明治大にほとんど自由にオフェンスをさせなかった。立命館大相手にも、明治大相手にも全く気を緩めることなく対策をしてきたが、それが完全にはまった。勝利は“ディフェンスの東海大”を改めて認識させるに十分な内容だった。

もう一つ、昨年全国区に名乗りを上げた鹿屋体育大が法政大を延長戦で下した。出足こそ法政大にリードを奪われたが、まったくひるまず追い上げた。細かい勝負所では法政大が上だった。しかし、鹿屋体育大も集中を切らさずにシュートを決め続け、ファウルゲームで追いすがる法政大を振り切ってベスト8。金星をあげた。「日本一」を目指すチームが確実に前進しているという証をこの勝利で見せた。法政大は昨年と同じくベスト16。この日で引退となる4年生たちは能力と知名度では大学に入るより以前からバスケ界で知られた顔。惜しまれる引退となった。

その他の2試合は第1シード日本大、1部昇格の拓殖大は余裕を持って相手を下し、ベスト8進出を果たした。

写真:チーム一丸で法政大から勝利を手にした鹿屋体育大。


【12/3 Aコート結果】
拓殖大学89(19-21,24-8,23-24,23-17)70京都産業大学
東海大学85(24-14,20-21,25-21,16-20)76明治大学
鹿屋体育大学101(13-25,32-20,10-19,26-17,20-16*)97法政大学 *OT
日本大学104(23-17,31-13,25-13,25-18)61白鴎大学

※拓殖大対京都産業大、日本大対白鴎大のレポート、白鴎大・千葉選手、藤江選手のインタビューは「続きを読む」へ。
※東海大対明治大、鹿屋体育大対法政大は別途掲載します。

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【REPORT】
2004年以来のベスト8進出を果たした拓殖大
京産大は#23田代を中心に奮闘するも及ばず

拓殖大学89(19-21,24-8,23-24,23-17)70京都産業大学
091203HASEGAWATOMONOBU.jpgベスト8を懸けた、Aコート第1試合は拓殖大と京産大の一戦となった。
試合の立ち上がりは重かった。両チームとも開始約2分間無得点。試合が動き出したのは8分15秒、京産大#23田代(4年・SF)の3Pが決まってから。この得点を皮切りに、拓殖大にもスイッチが入り、#26上杉(2年・F)のジャンプシュートに#22松崎(3年・G)の3Pと続く。この後は、互いに点の奪い合いとなるが、京産大が#23田代アシストから#7菊池(4年・PF)の得点など連続得点をあげて、1Qは京産大が21-19でリードを奪う。2Qの先制点も京産大だった。#13岩田(4年・SG)のバスケットカウントで得点すると、拓殖大はディフェンスをゾーンにすると戦法がピタリとはまる。京産大はこれ以後、無得点の時間帯が続いてしまう。ディフェンスで流れを掴んだ拓殖大は、#22松崎の得点に加え、#5根木(2年・G)の速攻など、次々と得点を重ねていき、一気に逆転に成功する。京産大はたまらずタイムアウトを請求するが、相変わらず拓殖大のゾーンディフェンスを攻略できず。それでも#7菊池がなんとか3Pを決め、食らい付いていく。だが、2Qも終盤になってくると、拓殖大が完全に主導権を握る。京産大も、メンバーチェンジなどで立て直しを図りたいが、24秒オーバータイムをとられ、さらには細かいミスも続いてしまい、きっかけが作れない。結局、京産大はこのQは8得点に留まってしまい、チームも43-29で大きく水を開けられてしまう形となった。

3Qの立ち上がりは、京産大ペース。ディフェンスをゾーンディフェンスに帰ると、そこから流れを掴む。オフェンスでは#23田代と#13岩田が外から3Pを射抜いてじわじわと点差を縮めていく。なかなかいい形で得点できない拓殖大は、一時9点差まで詰められてしまう。だが、それ以上は点差を縮めることができず、逆に拓殖大に連続得点を許してしまう。4Qになると、拓殖大が一気に畳み掛ける。だが、京産大も#23田代、#7菊池が奮闘し、次々と外角シュートを沈めていくが、拓殖大は冷静に対処。最後まで京産大を寄せ付けないまま、拓殖大が余裕の勝利を収め、ベスト8入りを果たした。


終始白鴎大を圧倒した日本大が余裕のベスト8入り
白鴎大は完敗も、”やりきった表情”でシーズンを終える

日本大学104(23-17,31-13,25-13,25-18)61白鴎大学
091203kurihara.jpg日本大と白鴎大の一戦は、日本大のワンサイドゲームとなった。だが、1Qはほぼ互角だった。白鴎大は#30アビブ(1年・C・岡山学芸館)を起点にオフェンスを展開していく。対する日本大は、#4栗原(4年・F)、#9篠山(3年・G)を中心に得点。互いに譲らず、なかなか点差が離れない。23-17と僅差で終えた1Qだが、2Qに入ると日本大が一気に白鴎大を畳み掛ける。2Qの立ち上がりに日本大はディフェンスで白鴎大からミスを誘発し、連続速攻を浴びせ10点を開く。白鴎大はたまらずタイムアウトを請求する。その後は、#00藤江(4年・F)の3Pや#30アビブのゴール下が決まり、4点差まで詰め寄るも、日本大は#4栗原3Pにルーズボールにと積極的なプレーでチームを引っ張る。再び点差を広げた日本大は、栗原の後に#9篠山と続いて、白鴎大を突き放す。白鴎大は2回目のタイムアウトを取って立て直しを図りたいが、日本大の勢いは留まるところを知らず。前半を54-30で終える。

後半に入っても、日本大の勢いは止まらない。#9篠山の連続得点から始まったこのQも日本大は終始安定したゲームを繰り広げる。対する白鴎大は1Q同様、#30アビブにボールを集め、そこからの展開を試みるが、日本大のディフェンスを打ち破るのは容易ではなく、点差が開いていってしまう。4Qになっても流れは変わらず。日本大はベンチメンバーを使いながら余裕の試合運びで、終了のブザーを待った。対する白鴎大は外角シュートを積極的に狙っていくも、リングにはじかれてしまう。それでも、#5千葉(4年・C)や#00藤江ら4年が最後まで諦めずにリングへ向かうも、千葉はファウルアウト。藤江も思うようなオフェンスをさせてもらえず、タイムアップ。日本大が104-61で完勝し、ベスト8へと駒を進めた。

写真:栗原は24点のチームハイ。余裕を持ってベスト8進出。


【INTERVIEW】
努力で勝ち取ったプレイングタイムとスタートの座
著しい進化を遂げた彼にとっての4年間は
「やりきった」という言葉に凝縮

◆#5千葉慎也(白鴎大・4年・主将・C)
091203chiba.jpgインタビュー中、「実は…」から始まったのは、身長の話だった。自分のことをよく「小さい」と笑っていた彼だが、見ている者には決して小さくは見えなかったはずだ。それは、他チームのセンターに比べたら小さいという話かと思っていた。だが、
「実は…藤江(184cm)より小さいんです(笑)。自分は182cmくらいしかない」
#30アビブと共に白鴎大のインサイドを守ってきた彼は、フォワードの藤江よりも小さかった。だが、先にもあげたが彼は決して小さくは見えなかったはずだ。それが彼の存在の大きさであり、彼のプレーだった。昨年のリーグ戦中盤からスターターに抜擢され、以後、白鴎大インサイドにはなくてはならない存在としてコートに立ち続けてきた。上背はないながらももぎ取るリバウンド、コートの外まで必死でルーズボールを追う姿は、彼を見てきた人ならば絶対に目に焼きつき、印象に残っているのではないだろうか。
引退試合となったこの試合。チームは惨敗を喫した。だが、涙はなかった。その理由を聞いた。
「本当にやりきったときって、自分は涙が出ないんです」
そう、これが彼の4年間を表している。


―試合が終わった瞬間は?涙もなく、やりきったという表情だったなという印象を受けました。
「悔いだけは残したくなかったので、どんなことがあっても、楽しくこの4年間やってきたことを出せればいいなと思って試合に臨みました。こんな結果になってしまったんですが、自分の中では、楽しく自分のプレーができたかなと思っています。やりきれたし、楽しくバスケットを終わることができたので、今はスカッとしています」

―日本大と戦ってみていかがでしたか?なかなか得点も伸びませんでした。
「相手のディフェンスがよかったっていうのもありますけど、日大という名前に負けてしまって後輩たちが硬くなってしまいました。そこで、藤江(#00)頼みになって悪循環が生まれてしまって、あまり点が伸びませんでした。あとは、いつもと違って、フォーメーションをやっても1回目でシュートを狙える場面で狙えなかったとていうことが多かったです。そこで次のオフェンスをやらなきゃいけないのに、それができなくて藤江にパスを出してしまって、そこでの1対1しかなかったことがいけなかったですね」

―白鴎大で過ごした4年間はいかがでしたか?
「関東という高いレベルに挑戦しに東北からはるばるやってきた甲斐がありました(笑)。この高いレベルの中で、身長が180cmでセンターやってるのは自分だけだと思うんですよ。あ…パンフレットには188cmって書いてあるんですが、実は182cmくらいしかないんです!勝手に書かれているのでちょっと恥ずかしいんですよね(苦笑)。だから、大学1・2年のときは本当に通用しなかったですね。身長はどうにもならないじゃないですか。“じゃあどうしようか?”と考えて、体を作って、シュート練習をしっかりやりました。そうしたら、案外通用して。特に4年になってからの1年間それを感じることができました。だから、東北からはるばる来て挑戦した甲斐があったなって思っています。それに、スタメンにもさせてもらいましたし。4年間通して本当に楽しかったし、結果も出て本当によかったです」

―スタメンになったのは昨年のリーグからでしたが、今ではコートになくてはならない存在になりましたよね。
「いやーただ、4番ポジションがいなかっただけだと思いますよ(笑)。今は自分よりも、宇津江(#12)の方が上手いので。自分は、ルーズボールとリバウンドで買われていたので、なくてはならない存在というよりも、それは自分しかできないことなので、その点では本当に齋藤先生(齋藤監督)に使っていただいて、すごく感謝しています」

―千葉選手のリバウンドとルーズボールには、心を動かされたファンも多いと思います。そういう風に観ている人に感動を与えられる選手はなかなかいないと思うのですが、千葉選手はそれができる選手だと思いました。
「…恐縮です。自分にとっては、バスケットの中ではリバウンドとルーズボールが生きがいだし(笑)、正直、それしかないと思っているんです。だから、そこを見ていてくれる人がいるだけでも、バスケットをやっていてよかったなと思いますね」

―今年1年はキャプテンを務めてきましたが、いかがでしたか?
「僕はそんなにまとめる力があるほうではないんです(苦笑)。だから、ここまで自分がキャプテンをやってこれたのはみんなのおかげだと思っています。藤江だったり、バタ(#88)だったり、ほかの4年生や後輩に助けられてキャプテンができたと思うので、もう感謝しかないですね。もともとキャプテンっていう柄じゃないですからね(笑)。本当にみんなには感謝の気持ちでいっぱいですね」

―同じ4年生に対して、何か思うことはありますか?
「スタメンでは藤江と楽しく一生懸命引っ張っていって。とはいえ、藤江におんぶに抱っこ状態だったんですが(笑)。そこは藤江もわかっていて、ちゃんとカバーしてくれました。他の4年生でAチームだったら、雪野(#20)とバタが。いつも“お前なんかにキャプテンなんてできねーよ”とかいじってくるんですが、裏では自分をキャプテンとして立ててくれて感謝しています。本当にいい奴らでした」

―今年はコート上で藤江選手と話す機会が多く見られました。自然と2人で話すようになったんでしょうか?
「そうですね、自然にですね。去年から反省で、コミュニケーションが少ないということがあったので、柱でエースである藤江が何を考えていて、どういうプレーをしたいのかというのがわからなければ得点も伸びていかないので、自然に話すようになっていましたね」

―自分が後輩たちに残せたものは何だと思いますか?
「能力のない自分みたいなやつが、こうしてスタメンになれるのは、日々のウエイトだったり、練習から頑張る姿勢であるということ。試合だったら、リバウンドやルーズボールなどの見えないところを頑張る。こういう役割をする選手がいなければダメだ、ということを見せられたのかなと思います。来年からは藤江がいない分、みんなで頑張るチームにならないといけないと思うので、自分みたいなポジションの奴が多くなっていって欲しいなと思います。そうでなければ、勝っていけないと思うので、そこは感じ取ってくれたかなーとは思うんですよね。…気づいてくれるかな?(笑)でも、あいつらならわかるはずです。努力も惜しまない奴らだし、来年のほうがいい結果を残せると思います」

―身長も大きくなくて、キャリアもあまりない中、そこまで頑張りきれるのはなぜなんでしょうか?その粘り強さはどこから来るものなんでしょうか?
「それは負けず嫌いっていうのもありますが、高校で金子力先生と川村選手(※)から教わったものですね。一緒に川村さんと出ていたときというのは、自分にできることって限られていたので、その中でできることを自分で見つけてきわめて、向上させていくというのをずっと考えながらやってきました。そういうところからですかね?あとは、ずっと小さいチームでやってきたので。自分が高校3年のときなんて自分がセンターですから(笑)。そうしたら、やることといえば、走ることとリバウンドとルーズボールしかないので、そういうところからだと思います」
※千葉選手はリンク栃木ブレックス#1川村卓也選手と同じ盛岡南高校出身。学年は川村選手が1つ上。金子力氏は盛岡南高校監督。

―こういうことを考えると、白鴎大のカラーとして、努力して伸びていく選手が多いということがあげられるのかなと思います。千葉選手しかり、片岡選手(※)しかり。
「うちは無名の大学なので、なんとか有名大学に食らいついて勝ってやろうっていう気持ちを持っている奴らが多いので、努力する奴が多いんですよね。能力がなくても、努力でカバーしていっています」
※片岡大晴。2007年度白鴎大主将・現JBLリンク栃木ブレックス。

―お話を聞いていると、本当にやりきった4年間だったんだなという印象を受けました。
「やりきりました。勝てなかったのは悔しいですけど…。本当にやりきったときって、自分は涙が出ないんですよ。去年はほっとして涙が出たんですけど、自分が妥協しないでやりきったときは涙が出ないんです。だから、今は楽しかったという気持ちでいっぱいです。まあ、試合では残り6分くらいで退場したんですけど(笑)、やりきったので気持ちよかったです」


「白鴎&九産の皆ありがとう」
4年分より濃かった1年+3年間

◆#00藤江建典(白鴎大・4年・F)
091203fujie1肩にいつもはない黒いテーピング。
1回戦の中部学院大戦で腕を押さえて1度下がったが、やはり肩が外れてしまったのだという。
それでも1度コートに立てば、強気なプレーは変わらなかった。
藤江の代名詞ともいえる“強気”さはしかし、周りがくれたものだった。
福岡第一高では自分たちの代でインターハイベスト4、ウインターカップ優勝という成績を残しながら、関東の大学に進むには「自信がなかった」。
九州の名門・九州産業大を選ぶが、1年目を終えたときに恩師の転任が決まる。悩んだ藤江を後押ししてくれたのはチームメートたちだった。「お前は関東に行くべき」―。
白鴎というチームにも恵まれた。何点取っても「好きにやらせてもらっているから」と笑った。結果も残した。春のトーナメントベスト8はチーム史上初。リーグ2部3位もチーム最高位だ。
学生最後の大会を終えて、支えられた4年間だった、とコートにいるときとは対照的な柔らかい笑顔を見せた。
もちろん、関東王者に歯が立たなかった悔しさもあるが、それは次のステージで。この支えはこれからも、藤江という選手のそばにある。


―これで大学バスケは引退となりましたが、実感はありますか?
「なんて言うか…中途半端に負けるより、今日みたいに“やっぱり1部は強かったな”という感じで終わった方が逆にすっきりしているというか。いや、悔しいんですよ。悔しいんですけど、相手が強かったという印象が強いです。だから今はもう本当に、“終わった”という気持ちしかないですね」

―関東王者の日本大という強い相手との対戦でしたが、どんなゲームプランで臨んだのですか?
「日大は皆能力があるしユニバーシアードを経験してきた選手もいるので、どう守るとかじゃなくてもう真正面から当たろうと臨みました。最後は気持ちだって言って。それだけです」

―実際やってみて、“真正面からぶつかって、気持ちで守る”ことはできたと思いますか?
「皆はどうかわからないですが、自分としては自分のマッチアップだけでも0点に抑えようという気持ちでやりました。カバーも行けるところは行ったつもりです。が、最初にも言ったように相手の方が1枚うわてだったという感じでした」

―24点差がついてしまったハーフタイムにはどんな指示があったのですか?
「前半で点差がじわじわあいていったとき、やっぱり元気がなくなってしまったんですが、“日大は楽しくやっているのにうちは何でこんなに静かなんだ?”と齋藤さん(監督)が怒って、それで最後の大会なんだから楽しくやろうと再確認して、後半に入りました」

―では、後半は楽しくできましたか?
「いやー、やっぱりあそこまで負けていたから、楽しくはできなかったですね。悔しかったですし。それでも最後はもう思い切りやろうと思って…どんどん打っていきました」

―シュートなんですが、藤江選手のいつものシュート率と比べるとあまり入っていないなと感じたのですが、やっていてはどうでしたか?
「昨日右肩を2回外しちゃったんですよ。それで今日は朝からずっと痛くて。インカレに入る前は、タッチはめちゃくちゃ良かったんです。大東や青学との練習試合でもシュートはよく入っていて。でも昨日のアップのときと試合中に肩を外してしまって、それからテーピングをガチガチに巻いて痛み止めを飲んで、気合でやったという感じです」

―なぜここで?という感じですね。
「本当にそれしかなかったです。どうして最後の最後でって、こんな形で終わるのかなと思いました」

―1回戦は、試合中に外れたときいったん下がって、また出てきましたよね?すごい根性だなと思ったのですが。
「それは、外れたままで終わると今日の日大戦が不安だったからです。齋藤さんにももう1回確認してこいと言われて、それでテーピングを巻き直して出たんですけど、今日も全然ダメでした。春(トーナメント準々決勝)にボコボコにやられた青学とインカレ前に練習試合したとき、負けはしましたがこんなもんだっけ?と思えるくらいチームも自分も成長できて、日大にもそのくらいやれるだろうと思っていたんですが、自分が思い描いていたようには…できなかったです」

―白鴎は今シーズン、トーナメント・新人戦・リーグといい成績を残してきましたが、最後に宿題が残った感じでしょうか?
「今日やって、今のままじゃダメだと後輩達はわかったんじゃないかなと思います。リーグからインカレまでの1ヶ月は自分達的にはいい練習をしてきたと思ったんですが、それでもまだ通用しないというのがわかりましたし、だからもっと頑張ってくれると思います」

―今回は藤江選手にとって3回目のインカレでしたが、1回目は九産大のメンバーとしてでしたね。今年九産大も3年ぶりにインカレ出場を果たしましたが、メンバーと話したりしましたか?
「はい、昨日ずっと一緒にいて話していました。九産の今の4年生は、自分が関東に行くことに賛成してくれた、と言うかむしろ“お前は関東に行った方がいい”って後押ししてくれたんです。もちろん自分が1年のときの2~4年の先輩達も、お前は関東に行けと言ってくれて。すごく支えられているなと思いましたし、あの九産での1年があったから今の自分があると思います。今思うと本当に、色々な人に感謝しないといけないなと改めて思います」

―九産大の佐野監督は、「もともといいものは持っている子だけど、今あれだけ活躍しているのを見るとやはり関東に行ってよかったと思う」と言っていました。
「佐野さんは“行ってよかったね”って会う度に言ってくれます。本当に皆…優しいですよね」

―白鴎もまたよく迎えてくれましたよね。
091203fujie2「そうですね。本当に、1番白鴎の皆に感謝しないといけないと思います。自分があそこまで好きにやっても誰も文句を言わない。逆にあそこまでやってお前ら嫌じゃないの?って、腹を割って話したこともあるんですよ。そうしたら後輩に、“藤江さんが1番やってきてるって皆認めているから誰も何も言わないわけで、むしろエースと言われるからにはもっと自覚を持って、ダメなときがあっちゃダメなんですよ!”って言われたんです。今年のリーグで拓殖に1戦目ボロボロに負けたときも、自分は膝を怪我していたんですが、それでも30点は取ってこないとダメなんだって皆に言われて。それで、本当に気持ちが変わって、2戦目はかなり強気でやったし、そうしたら勝つことができて(4Qに逆転勝ち、藤江は27得点)、皆はそれでいいんだよみたいなことを言ってくれました。振り返ると何だかホント…本当に支えられてますね、皆に」

―大学進学のとき“自信がない”と言っていたのが信じられないくらいの活躍ぶりでした。
「それはやっぱり好きにやらせてもらった部分がありますし、関東で強いところとやるうちに名前負けしなくなったので…だからやっぱり関東に来てよかったです」

―白鴎での3年間はでは、1つのチームに4年いたくらいの濃さでしょうか?
「それ以上ですね。色々な経験をさせてもらいましたし、来てよかったと思うし、本当に成長させてもらいました。だから今は本当に、感謝の気持ちでいっぱいです」
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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