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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2009.11.28 (Sat)

【2009リーグ3部】4年生ラストインタビュー(終)

思い出深い代々木のコートを笑顔で去る
3部4年生インタビュー


091109kgall来年度のリーグ再編により自動的に2部昇格は決めたものの、それに足るだけの力があると証明するために代々木第2に乗り込んだのは、3部A優勝の関東学院大と、同準優勝・神奈川大だ。

関東学院大は、2007年にトーナメントで3位入賞と鮮烈な記憶を残した。一方で、2008年の入替戦で2部の壁に跳ね返されたのもまたこの代々木第2だった。同様に神奈川大も、2007年に新人戦で初のベスト8に進出とチームに歴史を刻んだが、同じ年の入替戦で2部降格と苦みも味わった。

3部のチームが代々木第2で試合をすることはなかなかないが、以上のエピソードを考えると、この2チームがこのコートでシーズンを締めくくることは運命として決まっていたのかもしれない。この最後の機会に、両チームとも格上のチームを倒し、試合終了時には4年生がコートに立って、笑顔の印象を残した。

他の3部チームの4年生より少しだけ長かったシーズン最後の日に、実感はまだわかなくとも充実していた日々を振り返ってもらった。

写真:試合前にスタンドのメンバーと円陣を組む関東学院大。この日は一足先に引退した4年生の姿もあった。

順位決定戦 大東文化大VS関東学院大レポート
順位決定戦 順天堂大VS神奈川大レポート

※関東学院大・高杉選手、尾崎選手、神奈川大・蓮見直紀選手、蓮見勇紀選手、綿貫選手、芳賀選手、石川選手、飯泉選手のインタビューは「続きを読む」へ。

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「最初の1年を頑張れたから今がある」
◆#16高杉和正(関東学院大・GF・主将)―13勝1敗・3部A優勝
091109takasugi「ディフェンスを頑張って、速攻では1番先頭を走る。後はシュートは必ず決める。その3つをとにかく頑張りました」(2007トーナメント)

「それはそれでパプ以外のメンバーが攻め気を持って頑張れた。あの試合があったから今があるのかなと自分では思っています。パプも僕らが何も言わなくても自分で気持ちを切らさないでいてくれたし、チームもいい雰囲気になってきたので今思うとよかったと思いますよ」(2008リーグ:パプの出場停止を乗り越えてのリーグ準優勝に)

「チームをまとめるのがキャプテンとしての自分の役目なので、それをしっかりやることと、登録に入れなかったメンバーも練習を頑張ってくれているので、そいつらのためにも2部に上がりたいです」(2009キャプテンインタビュー)


―最後勝って終われましたね。
「はい、めっちゃよかったです」

―立ち上がりはいつもの関東学院の勢いがないのかなと思ったのですが、やっていてどう感じていましたか?
「緊張は皆あったかもしれません。でも、慎吾(#45尾崎)のシュートでうちが先制したので、あれで行けるんじゃないかという、いつも通りの気持ちになりました。前半はシュートが入らない時間がありましたが、ディフェンスをやれば相手も簡単にはシュートが入らないから、ディフェンスを頑張ろうと皆で声掛けしていました。だから心配はあまりなかったです。シーズン最初からずっと練習していたディフェンスをぶつけたんですが、それが効いたのが今日1番の勝因だと思います」

―3Q終わって40失点と堅守が光りましたね。4Qは一時追い上げにあいましたが、最終的に立て直せたポイントはなんだったと思いますか?
「リーグの神大戦(6週目。1戦目は神奈川大、2戦目は関東学院大が勝利)もそうだったんですよ。1戦目の3Qが終わって10点くらいリードしていたのに、4Qに神大がディフェンスを強くしてきてうちは受身に回って逆転された。今日も受身になって追い上げられたので、そこで皆で声出して、受身にならず、相手のチームファウルが5つだから積極的に行こうと切り替えられたのがよかったと思います」

―では、今シーズンを通しての話に移りますが、まず自分の出来はいかがでしたか?
「うーん…あえて言うなら、キャプテンらしくなかった。それが唯一、悔いまではいかないですが、もっとできていたらチーム的にもよかったかなと思います。自分がチームを引っ張る感じじゃなかったんですよ。もちろん、それでも1人ひとりが自分達でしっかりできるからいいというのもあるかもしれないですが、自分としてはもっと、引っ張っていきたかったなと。途中、就職活動で参加できなかった時期もありましたし」

―今年の4年生は多かれ少なかれそれで苦しんでいましたね。
「自分もちゃんと復帰したのが9月だったので、試合には出られないかなと思いました。でもそんなことを考えていても意味はないので、自分のできることをしっかりやろうと。そうしたら、プレータイムを結構もらえたので、一生懸命頑張ってきました」

―最後は代々木でできてよかったですね。このコートにはたくさんの思い出があるのではないでしょうか?
「本当にたくさんありますよ!2年でトーナメント3位になったときもここでしたし、個人的にはいい思い出です。それで最後もできたので嬉しかったです」

―関東学院での4年間を振り返っていかがですか?
「言い表しにくいんですが…とにかくいい経験でした。キャプテンをやらせてもらったこともそうですし、トーナメントで3位になるという経験もなかなかできないことだったと思います。しかもそのとき3部Bのチームでしたし(笑)、そういう意味ではすごくいい経験をさせてもらいました。僕は最初Bチームだったんですよ。高校まではすぐAチームに入れてしまっていたのですが、大学でBチームになって、Bチームでも全然試合に出られなくて…という経験も、今試合に出ているから言えるのかもしれませんが、よかったと思います。振り返ると1年のときが1番辛かったですね。でもそれでやめようとは思わなかっですたし、試合に出たいという一心でやっていました。そうやって頑張れたので2年になって試合に出られたのかなと思います」

―その道をともに歩いた他の4年生に対しては、今どんな思いがありますか?
「4年は長いじゃないですか。楽しいときもあれば、辛いときもあって、そういうときいつも一緒にいたので特別な思いがありますね。でもそのメンバーとバスケをやるのも最後だから、今日は本当に勝ちたかったし、勝ってよかったです」

―下級生にも経験を引き継げたと思いますか?
「去年までは、例えば尾崎(#45、4年)の次の選手がいなかったんですが、今年は河野(#28、2年)がしっかりつないでくれました。1年でも、(#13尾野)卓や(#37)坂本、(#44)外山も今年プレータイムをもらっているので、来年2部に行くにあたってもそれはいい経験だったと思います。正直な気持ちを言えば、自分達も2部の舞台でやりたかったですが、それは言ってもしょうがないですし、今の気持ちとしては“来年2部頑張れよ!”的な感じです(笑)」

―2部に復帰するまでの間を支えた代になりますね。高杉選手のバスケットのキャリアは今後も続くのですか?
「いえ、本気でやるバスケはこれが最後かなと思います」

―では、大学4年間に限らず今までやってきたことを今日出せましたか?
「そうですね。一生懸命頑張ったので、はい。全部このコートに出し切りました」

―最後に改めて、来シーズンは2部で戦う下級生にメッセージをお願いします。
「“頑張れ”しかないですね。僕らができるのはこうして2部に上げる、ここまでなので、あとは頑張れと。後輩達も自分達でしっかりできるやつらなので、もうああだこうだ言うことはありません」


「この4年間は自分にとって“全部”」
◆#45尾崎慎吾(関東学院大・G)
091109ozaki「やっと同じところに来たよと昨日話しました」(2007トーナメント:ベスト4進出を決めて、同じ高校出身の東海大#24古川に)

「勝ったことよりも負けたことの方が得るものが大きい。改善していかないといけない部分もあるし、いっぱい得たものもある。それを財産に練習につなげていきます」(2007新人戦:トーナメント直後で期待が高まったが、ベスト8をかけた筑波大との2回戦を延長の末1点差で敗れて)

「負けてしまったけれど、そんなに差は感じませんでした。パプだけではなく、チームで戦えたという部分に関しては評価したい」(2009トーナメント:1部リーグで14年ぶりの優勝を飾ることになる日本大に4点差の惜敗)

「(去年の入替戦での「忘れ物」は取り戻せそうか?)うまいこと言いますね(笑)。確かに、4年の僕らが2部にあげるという気持ちにならないと、それだけの責任を持たないとダメだと思います。自分としても学生でバスケットをするのも本当に最後でしょうから、悔いのないように。それで最後に“やっていてよかったな”と思えるようにしたいです」(2009リーグ)


―順位決定戦は尾崎選手が先制点をあげ、関東学院ペースでしたが途中ちょっと足踏みしましたね。
「そうですね、2Qの出だしにちょっと足が止まりましたね。なんだろう…その時僕は外で見ていたんですが、やっぱりオフェンスが単調だったかなと。それがリーグからのうちのシステムではあるんですが、(#1)パプと(#32)前田しか攻めていなかった。それでも徹底して、周りは2人が上手くできるよう生かす形をできれば問題なかったのですが、向こうが2Qからパプにダブルチームに寄り出してからちぐはぐしてしまいました」

―そこで踏ん張れた要因は何だったと思いますか?
「確かにあそこで一気に持っていかれたかもしれないですよね。でも、今日は前田の調子がよかったので。シュートを外さないし、あれが続いている限りうちは負ける気はしないです。下にはパプがいるし、問題ないと思えたのが大きいです」

―尾崎選手も、終盤の大東大の追い上げを断ち切るきれいなレイアップを決めましたね。
「全然きれいじゃないですよ(笑)。足が疲れていましたし、3Qにチャージングを取られたとき膝が入って、動きの調子が悪くなっていたので1回下がってアイシングしましたし」

―確かにそれまでの尾崎選手はなかなか思うようにできていないようにも見えましたが、足を痛めた以外の要因も何かありますか?
「相手は2部ですから、それが普通です。自分達は挑戦者なので、通用する部分もあるけれどそういうちぐはぐする、思うようにできないところもあると思っていたので、自分としては予想通りです。それでもゲーム展開としては、うちのペースにできたかなと思いますよ。ただ、やっぱり経験値が違う分、15点くらい離れたときにこのペースで離れるかなと思ったんですが、ついてこられましたね。そこが3部と2部の力の差だと思います。本当に難しい試合でした」

―その難しい試合を勝てて、「忘れ物」は取り戻せましたか?
「取り返せましたね。楽しんでできました。ここ(代々木第2)ではホント、いい経験も苦い経験もしていますからね。2年のときはトーナメントで3位になったし、3年になって(入替戦に敗れて)2部に上がれなかったし、でも最後の年に上がれたので、よかったかな」

―振り返ると、濃い4年間という感じでしょうか。
「楽しかったです本当に。いやー、面白かったですよ。それも全部あいつ(ちょうど#1パプが通る)が入ったおかげなんですけどね。最強の男です」

―そのパプ選手とですが、力があるゆえに、コミュ二ケーションやバランスを取るのに難しい部分もあったのではないですか?
「いや、そんなことないです。バスケットに対して熱いから、通じるものは一緒です。そこは全世界共通。だから別に問題はなかったです」

―では、関東学院での4年間は、尾崎選手にとってどんな経験になりましたか?
「何か…“全部”ですかね。つらいこともあったし、大変だったし、楽しいこともあったし、悔しい思いもしたし、嬉しい思いもしたし…みたいな。一言では、“全部”としか表せないです」

―それが今日を持って終わりという実感はありますか?
「ちょっと寂しいですね。バスケットが好きですし。でも、やっぱりちょっとほっとします、引退って。4年生として仕事をしたなという気持ちです。チームを2部に上げて、順位決定戦も勝って、来年後輩達は2部の5位からスタートできます。それは僕と高杉の責任だったし、最後の役目かなと思っていたので、その仕事を果たせたことにほっとしています」

―1選手として今シーズンは納得いくものでしたか?
「うーん、僕的には正直いっていないです。もっとうまくなりたいなぁと思いましたけど…僕はたぶんもうこれで本気でバスケットをすることはないので。これからやるなら、楽しく。それは自分のモットーですから。バスケットが好きだから、楽しくやれれば僕はそれでいいです」

―最後の本気バスケのチームメートになった4年生は自分にとってどんな存在ですか?
「今年の春にみんな就職活動で抜けてしまったんですが、戻ってきた高杉だけではなく、4年生全員が特別だと思っています。3年まで一緒にやったので、なんだかんだ4年間やってきたようなものですね。今日見に来ていたヤツもいたし、この最後の試合で皆の気持ちをもらえたかなと思います。だから、皆で勝ち取った2部です」

―これで安心して後輩に引き継げるという感じですか?バックアップの#28河野選手は今日もプレータイムがありましたが。
「いやいや、まだまだですよ!(笑) まぁでも、今年は下級生主体のチームでしたし、4年の僕と高杉が抜けても河野と(#31)原田がいるので、問題はないです。今日も本来のスタメンが1人いない状態で戦えましたし、それをまた1年生センターがつないでくれて、パプ以外はちっちゃいチームですが色々なバリエーションがあって面白いと思います」

―もう練習がなくなって、今年はこの後どうしますか?
「関西が地元なので、インカレは見に行くかもしれないです。古川(東海大。高校時代のチームメート)くらい見に行ってあげようかなと(笑)。あぁ、高校のつながりで言えば黒ちゃん(白鴎大#32黒川。2年後輩)と2部で試合したかったですね。でももう引退なので。本当に、楽しかったです!」

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写真左:試合終了の瞬間、近くにいた4年生の2人でハイタッチ。
写真右:いつも笑顔でプレーしてきた尾崎。ラストゲームでは後輩からの握手攻め!



「気持ちが強い子ばかりでした」
◆幸嶋謙二監督(神奈川大)
091109koujima「1年生もここ(気持ち)が強い子ばかりなんですよ。地道な練習を3時間~3時間半くらいやるのですが、文句を言わないんです」(2006トーナメント)

「ベスト8に入って代々木で試合をしないと、どんなに頑張っても評価はされないんだといつも言っています。そうでなければこの大学界では相手にされないんだと」(2006新人戦:ベスト8決めの専修大戦を前に)

「うちは他のチームと比べて上回っていることははっきり言ってありません。でもバスケットに対する姿勢みたいなものは負けていないつもりです。20点差で勝てる相手がどこもないなら、1点勝つバスケット、それしかありません。周りはうちが弱いと思っているかもしれませんが、選手はどんどん成長して、強くなっています。それが実感できるので、あとはもう僕の責任です」(2006リーグ)

「今日、競ってよかったというやつは誰もいません。新人戦もベスト8を狙いたいと思います。よくやったと言われるだけでは辛いので」(2007トーナメント・ベスト16決めで日体大に10点差の逆転負け)

「最初の10分(5-25)が悔しいのですが、それをリーグまでの2ヵ月半でどれだけチームの力にできるかを試合の後ずっと言っていました。“なぜできなかったのか”や“なぜやられてしまったのか”を覚えておきなさいと。今日言って明日できることではないので、ちょっとずつ、ちょっとずつ」(2007新人戦:東海大との準々決勝後)

「入替戦までの練習も毎日成長しているのが目に見えるようだったので、自信を持って出てきました。だから今日はホントに悔しい。でもこれがバスケットだし、経験だと思います。今はかわいそうな部分がありますが、来年は本当に強くなる。2年生と3年生は全く違って、3年になると全部が見えてきますから。負けは、全部僕の責任です。この結果を僕自身真摯に受け止めて、来年ここで勝てる、本当に強いチームをもう1回作りたいと思います」(2007入替戦:国士舘大に敗れ3部A降格)

「やっぱり上級生。基本的にコート内は彼らに任せているんです」(2009リーグ)


―4年間、チームの主力として活躍した選手たちのラストゲームとなりましたが、最後はどんなお気持ちでしたか?
「正直に言うと、やはり思い入れはありましたね。彼らが4年間ずっとチームを支えてくれましたし、辛い時期もありましたし。4年前に2部に昇格したときは主力が4年生で一気に抜けてしまったので、彼らが背負って、1から教えなくてはいけないところをゲームに使ってと無理もありました。彼ら自身も悩みながらやって苦しんでいましたし、それでも2年は2部にいられたのですが3年目に3部に降格してしまった。あのときはおそらく1番辛かったと思います。そこでよく耐えてくれたなというのが、こちらの思いです」

―悩みながらも4年目に実を結んだのではないでしょうか。特に40分運動量の落ちない今年のスタイルは素晴らしかったです。
「観て下さっていた方はわかると思いますが、1年目はコントロールを教えました。申し訳ないですがはっきり言ってしまえばサイズや能力に劣るメンバーなので、時間や空間の使い方をまず覚えた上で、次は、とスタイルを変えていきました。ジェリコ(・パブリセビッチ、元男子日本代表ヘッドコーチ)もオシムさん(元サッカー日本代表監督)を観ても、やはりこのスタイルしかないと思います。でもただ走ればいいというだけではないので、まず2年間は時間や空間の使い方を教えたつもりです。だから本来であれば、3年目にいい舞台で活躍させてあげたかったんですが…。先ほども言いましたがあの1年は苦しかった。でもそれをいい風に解釈すると、そこをまた土台にして頑張ってくれたので、この彼らの最後の1年はよかったのかなと思います。でも、かといって今の3年がダメかというと全然そんなことはなくて、ただ4年生に頼ってしまう部分はあるものの、とてもいいんですよ!」

―それは新チームに期待が持てますね。4年前と同じように、メンバーががらりと入れ替わる来シーズンはどのように指導しようと思っていますか?
「先ほどからいいことばかり言ってしまっているんですが(苦笑)、でも今年の4年生はそれだけのことをやってくれました。何より応援してくださる方が増えたんです。これは本当に今年の4年生たちが残してくれた財産です。なので、これからも、なぜ応援してくれているのかを選手も私も忘れずにやっていきたいですね。学生らしくだとか、相手に敬意払うといった当たり前のことを本当に頑張りきれるか。それがやはり観ている方々に訴えられることです。それを今年の4年生はできましたから、今度はそれを守るのが僕の仕事だと思って、また頑張ります]


「自分1人じゃこんなチームはできなかった」
◆#3蓮見直紀(神奈川大・G・主将)―13勝1敗・3部A準優勝
091109naoki「課題はたくさんあります。でも、課題があるほど上手くなると思うので、この課題を次につなげられるよう頑張っていきたい」(2006リーグ)

「この大会ではすごく得たものがあります。今までこういう舞台に出ることはできませんでしたが、ベスト8に残ったことでまず認められたと思うし、より上のレベルで戦えたのを無駄にしたくないと思います。(怪我でコートに立てなかったので)見ていて気持ちがやりたくなりましたが、それはしっかり溜めてリーグで爆発させます」(2007新人戦:チーム初のベスト8も、怪我のため主将ながらベンチを温めた)

「能力的には去年より今年のほうがいいんですが、何かが足りないと言うか…それはチームの“和”でした。でも、それに気付いたのはリーグの終盤と遅かった」(2007リーグ最終戦)

「キャプテンの川上さん(#45)も辛いことがいっぱいあったと思いますが、自分の話も聞いてくれて、あの人がいなかったらこのチームはなかったなと感じています」(2008リーグ:3年で副将を務めたがケガ。最終週以外ベンチから見つめた)

「当初の“2部に1年で復帰”という目標を達成できなくて悔しい思いはあるんですが、この2戦は本当に神大らしいバスケができたので、今はとりあえずすっきりしています」(同:結果的にこの2戦が4年目の伏線となる)


―全ての試合が終わって、今はどんな気持ちですか?
「本当にホッとしているというか、やったなという気持ちで満足しています」

―これで引退ということになりますが。
「そこは言葉にならないですね。まだ実感していません。でも終わった後“感謝”というのがすぐ頭に浮かんできました。リーグ最後にケガをしてトレーナーが毎日ケアしてくれて、最後に試合に出られたというのもあるし、いろんな人が僕たちを支えてくれて最後にああやって結果として出たというのもあります。この1年もそうだし、ここまで4年間やってきて本当にデカいものがあると感じます。今日はチームとして最高に良かったと思いますね」

―弟の勇紀選手や綿貫選手たちと1年生の頃から試合に出てきて、今年はチームを率いる立場でしたね。
「元々自分はキャプテンタイプじゃないんです。小・中・高とキャプテンをやってきてダメだったんです。うまくまとめることができなくて、正直キャプテンという言葉にはトラウマがありました。今年も正直『あ~、自分じゃダメだな』という気持ちがあったんですけど、だけどやっぱり自分一人じゃなくて主務もそうだし他の4年生もみんなが自分を支えてくれてこのチームができたなという実感があります。自分一人じゃこんなチームはできなかったと思います。みんなのおかげです」

―直紀選手は少し考えすぎる部分があるのでは、と周囲の人は思っている部分もあったのですが、そこがダメだなと感じる部分なのでしょうか?
「考え込みましたね(苦笑)。考えてそれを外に出すことがあまりできなくて、そういう時は弟には出すことはできるんですけど、自分の中で抱え込んでしまうことが多いんです。でも苦しい時は勇紀(#1・弟)が話を聞いてくれて、なんだかんだ支えがあったかなと。仲は悪いんですが(笑)」

―いつも仲が悪いと言ってますよね(笑)。
「でも本当にそうなんです。つい最近練習に復帰したんですけど、ささいなことで喧嘩しました(笑)。あいつには全部言えてしまうんですよね。それは原因にあると思います」

―でも今日は綿貫選手と蓮見兄弟の3ガードの場面もあって、みんなが見たかったシーンだったように思います。4年間ケガもあってなかなか3人が揃う場面がなかったですし。
「あれはむちゃくちゃ楽しかったですね。今日はケガの痛みも覚悟してやっていました」

―チームとしてもそれに引っ張られるようによさが出ていたのではないでしょうか。
「今日、小島と大久保がインフルエンザで来られなかったんですが、みんなの思いは一つだったと思います。前日に幸嶋さん(監督)があの2人が来られなくてもあいつらの分も一緒に戦おうと。そういう気持ちは今年のチームは一体感として持てています。やっぱり周りから応援されていて、自分たちは何ができるのかということですよね。いいプレーをすることはもちろん、学生らしいバスケをやり続けることが恩返しかなと思っていました」

―2部と3部を行き来して、波乱の4年間でしたね。
「自分たちが1年の時に幸嶋さんに『今年の1年生が十字架を背負っている』とよく言われていました。しかも自分はあまり試合には出ていなかったんですが、瞬(#2綿貫)や勇紀や石川(#10)がずっと試合に出ていて、眠れない日もあったと言っていたし、チームを背負っていて大変だったと思うんです。でもそういう苦しい経験が最後で喜びに変わったというのは、最後までみんなが頑張ってくれて、証拠としてこの結果が出たんだと思います」

―大浦キャプテン(05年度当時。現在はアシスタントコーチ)たちが2部に上げてくれて、その主力が抜けた後に蓮見選手たちが入学して、大変だったと思います。
「入学前に大浦さんの試合は何回か見に行ったんですよ。それで、大浦さんも僕らが高校の時に幸嶋さんとわざわざ来てくれていろんな話をしてくれたんです。だからその時から大浦さんを尊敬していたし、神大の試合を見てすごいなと思ったし、期待に応えたいというのはありましたね」

―ではそれを受け継げたと言えますか?
「神大は決して能力が高い訳じゃないんですよね。でも先輩たちが持っていた泥臭さをしっかり受け継いでこられたと思います」

―当時から3部は白鴎や関学といった手強い相手もいました。そういう相手に勝っていくのは何が重要でしたか?
「気持ちだと思います。『勝ってやろう』というのと、一人ひとりが自己中心的になるんじゃなくて、チーム全体でやるということが本当に大事だと思うし、そこは他のチームよりは上かなというのはありますね」

―これからは?
「プレイヤーとしてはもうやらないかもしれませんが、今度は指導者としてこの舞台に立てたら最高だと思っています。またここに帰ってきます!」

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写真左:表情には、リーグ最終週に負った怪我の痛みが読み取れる。しかし楽しさが上回った。弟の勇紀選手とのダブルチームは圧巻。
写真右:試合後は涙が浮かんだ。これに後輩や勇紀選手が笑顔で駆け寄って冷やかしたのも微笑ましい光景。また、実はこの後ろで綿貫も静かに涙していた。



「原点を見せて恩返しできたかなと思います」
◆#1蓮見勇紀(神奈川大・G)
091109yuki「途中相手の流れになりましたが、最初からそういう時間は絶対来るとわかっていて、どう修復するかも幸嶋さん(監督)が試合前から言ってくれていたので、焦りはしなかったです」(2007新人戦:当時1部の早稲田大を倒してベスト8)

「2ヶ月やってきてあいつも身体がボロボロなのに、オフェンスで負担を掛け過ぎている。周りがもっと自分から動いて、ドライブしてシュートまで行くくらいの気持ちがないとと思います。あいつ1人ではやっぱり勝てないので、何とか頑張りたい」(2007リーグ:#2綿貫の奮闘にふれて)

「今年は4年生がコートに出ていなくて、それでも幸嶋さんは“負けは4年生のせいだ”と言うんですが、結局は試合に出ている自分達のせいです。4年生は本当は試合に出たいけど、出られない悔しさがある。自分達はその気持ちに応えなければならないのに、できなかった。甘さが出てしまったなと思います」(2007リーグ)

「今シーズンはケガを3回もしてしまって、手術も2回して…こういう状況はバスケットをやってきて初めてだったので、戸惑いましたし、辛かったです。でもいつも、チームメートや友達や家族、本当に色々な人が応援してくれていて、それが支えになりました。兄の直紀(#3)ともすごくたくさん話して、“勇紀が必要だ”と言ってくれたのが自分の糧になりました」(2009リーグ:リーグ中に3度目のケガも最終週に復活)


―シーズンを勝利で終えていかがですか?
「この試合に勝つことがこの1年の目標だったので、それを達成できたこと、そして最後に4年生で出られたことが本当に嬉しくて、本当によかったです。最後皆がどんどんコートに入ってくる度に、“あー、やばい”となって…危なかったです(笑)」

―勇紀選手も間に合ってよかったですね。今シーズンは本当に苦しかったのでは?
「そうですね。だから今日は緊張しました。それもあって正直今、試合の内容をあまり覚えていないんですよ。本当に無我夢中でやっていた感じでした」

―ルーズボールなど、らしいプレーがたくさん出ていたと思います。
「それしか今できないなって感じだったんですよ。本当にそれが後輩に見てもらいたいところで、真似してくれれば本当にあぁよかったなと思いますね」

―チームとしても、今シーズンのリーグで出たよさを、この一発勝負の順位決定戦でも出せたポイントはなんだったと思いますか?
「確かに入替戦とかだといつも、皆緊張してなのか何かいいプレーができないんですよ。(#2綿貫)瞬とか(苦笑)。それで今日も最初は心配だったんですけど、ベンチで見ていてそういう面でも成長したなと思えました。頼れる感じで、安心していられました」

―勇紀選手はベンチから見る時間も長かったですよね。1年のトーナメントでいきなりケガで、2年春のプレシーズンもケガで、そして今年のリーグも、と。そこから得られたことはありますか?
「治ってもまたケガという状況は初めてだったので、特に今年は考えてバスケをしたし、精神的に成長できたかなと思います。出ているメンバーにどういう声を掛けるかとか、そういう声掛け1つでモチベーションも変わるとか、途中から出る選手がどれだけ流れを変えるかが大事か、とか。途中から出る難しさも改めて知りましたね」

―見ている側は直紀選手との2ガードも楽しみにしていましたが、どちらかがケガをしていることが多くて、実はなかなか実現されないできました。最後に一緒にコートに立って勇紀選手自身どうでしたか?
「小さい頃からずっと一緒にやっていたので、コートに立てば“次はディフェンスだな”とかやることが目と目が合ってわかるんです。だから、最後に一緒にコートに立てて…色々と込み上げてきましたね。試合中もお互い、最後だし自分達ができるのはディフェンスだから当たろうか、みたいな気持ちでした。“お前いけるか?”“俺いけるよ”みたいな感じで話していましたね」

―最後という言葉が度々出てきましたが、神大での4年間は振り返るとどんな時間でしたか?
「いい経験をさせてもらいました。先輩も本当にいい人たちで、1年の時の入替戦で改めて先輩達のすごさを知りましたし、その次の年はリーグもなかなか勝てなくて降格とどん底も味わいました。そこから自分達で立て直そうとやってきて、最後はまとまれた。今年のチームはそこが強かったと思います。最高な形で終われました」

―1・2年のときは2部の高いレベルにぶつかりましたし、3年のときも3部4位に沈みと、勝ち切れないことで周りから厳しいことを言われたこともあったのでは?
「それはありましたね。どうしたら勝てるのかが分からなくなってしまった時期がありました。特に2部にいるときなんか、もうずっと悩んでいましたね。でも、それでも自分達でやるしかないと思って試行錯誤をしながらやってきて、自分たちのやり方を見つけられたので、それを徹底してできたことが成長にもつながったと思います」

―4年生の中でも、#2綿貫、#10石川、#3蓮見直紀選手と勇紀選手の4人は1年の頃からずっと試合に出てきましたが、彼らに対する思いがあれば教えてください。
「インサイドの石川は、特に2部でやっていたとき周りがすごい選手ばかりだったので、あいつ自身もすごく悩んだと思います。でも今年になって、幸嶋さん(監督)もよく言うんですが、あいつの成長がキーになりました。皆が見ていても分かるくらい、すごく頼れる存在になったと思います。で、そこに瞬がいて。瞬は僕らが見ても“すごい。レベルが違う”と思うくらいです。瞬もやっぱりどんどん頼りがいのある存在になっていったなと思います」

―「成長」というのは神大の毎年のキーワードでしたが、もうこれで終わりという実感はありますか?
「実感はないですねー。でも、こうやって本気で、皆で1つの目標を持ってやるバスケも終わりかなと思うと、それが最近寂しいです」

―4年間に限らず、これまで本気でやってきた時間分のものを今日は出し切れましたか?
「ミニバスを始めたときの教えが、やっぱり声出しとルーズボールだったんです。それが本当に原点だったので、それを今日…まぁ、出せたかな。それを出そうとはずっと思っていました。最初に言った“それしかできないな”はそういう意味なんです。試合前も、昔の地元の友達とか、ミニバスのとき同じチームだったヤツとかもう本当に色々なメッセージが来て、それでもう泣きそうになってしまいました。3部の、國學院や駒澤の同級生も見に来てくれていたんですよ。そいつらの分まで頑張らなきゃな、こうして今まで応援してもらった分そういうところで恩返ししたいなと思って今日はやっていました。それで勝てたので、本当によかったです」

―勇紀選手たちは神大の1時代を築いた代になると思いますが、チームには何を残せたと思いますか?
「自分たちが入る前からも、ディフェンスのルーズボールとか粘りとか、そういう地味なところを頑張るチームなので、その伝統をつぶさないように毎日の練習からずっとやってきました。後輩もそれを引き継いでくれたかなと思いますね。それが残したかったことでもあります」

―それを引き継いで、新チームにはどんなチームになっていってほしいですか?
「皆仲がいいので、それがいい方向に行ってくれれば本当にいいチームになると思います。あと来年の入試が来週あるんですが、僕らもそこで一緒にバスケするのでどんな子が来るか楽しみで。期待しています」


「チームは変われるんだなと思った」
◆#2綿貫 瞬(神奈川大・F)
091109watanuki「(入学からの2ヶ月は)楽しいです。バスケも充実しているし入って良かったと思います」(2006新人戦)

「昨日も練習を14時からやって16時過ぎには終わったのですが、綿貫なんかは19時半くらいまでシューティングしていたんですよ」(2006入替戦:幸嶋監督より)

「自分はスピードもジャンプ力もないし、能力はそんなにないと思います。だから気持ちだけで何とかしようという意識しかないですね。ただ、勝負所で(周りがオープンでも)見えていないと言うか、見えていても自分で行く気持ちが強すぎて(苦笑)。少しずつ周りも見て動かせるようになりたいです」(2007新人戦)

「確かに、このリーグ戦は自分の調子が全然上がらなくて。トーナメントが終わってから取り組んできた『皆で攻めよう』というのはいい方向に向かっている感じがあるんですが、その上で自分が要所で点を取ることが全然できていないんです」(2008リーグ:開幕3週で2敗。自身も前年の入替戦から続くトンネルに)

「これまでは自分がボールを持っている時間が長かったんですが、今は皆攻められるのが大きいです。やることはやってきたし、それを自信を持ってチームで出すだけ。もうベスト8を狙うだけなんです」(2009トーナメント:2部の大東大に勝ってベスト16)

「表現するのが難しいんですが、自分が1年だったら絶対に出来ないディフェンスです。4年生だからどんな状況でもアイコンタクトでやれたという感じでした。自分としてはパプがいようが関係ない、行ってやろうと思っていました。それで流れを作ろうと。最後もいつも通りやっただけです」(2009リーグ:関東学院との全勝対決に先勝)


―最後の試合を終えてどんな気持ちですか?
「周りの人に支えられて勝ったという感じですね。この舞台で恩を返したかったので、そういう気持ちで臨んでいたんですけど、最初は気持ちが先行してしまいました」

―最初はミスもありましたが、硬かった感じでしょうか?
「そうですね。本当に最後ということで緊張で押しつぶされそうで、やばかったですね(苦笑)。やっぱり最後って、なんと言うか…言葉で表現するのが難しくて…なんとも言い表せないですね」

―前の週にオールジャパン予選で東海大のBチームに負けてしまいましたが、その部分をひきずったりはしませんでしたか?
「それはなかったです。順位決定戦が一番の目標だというのは明確だったので、この1週間は練習も普段通り成長し続けてできたと思います」

―去年やその前と比べると、ハーフコート、トランジション、ディフェンスと見違えるようなバスケをするようになったと思います。成長を感じる4年間だったのでは?
「個性がある感じになりましたね。自分自身に関して言うと、今回は自分はPGとしてやってきました。これまでは自分が攻めるばかりだったんですけど、幸嶋さんからも『気持ちよく皆にバスケをさせてやれ』と言われていたので、意識し続けてやったのが個性が出てきた要因だったと思うし、今の見違えるようなバスケをできるようになった理由だと思います」

―下級生の頃はディレイドをやっていて、24秒ギリギリで綿貫選手が打つ場面が目立つ苦しいバスケでした。それがトランジションを入れたりして、今はプレーに幅が出てきたのを綿貫選手自身もインタビューでも言っていましたが、見ていても実感させられます。
「確かにそうですね。下級生の頃は無我夢中でした。攻めようとか、点を取らなきゃとか、そういうことしか考えていなかったと思います。今思えば若かったですね。今は爆発力も出てきたし、ディフェンスでも流れが来ると信じていれば頑張れるようになりました。それにプーさん(#19飯泉のニックネーム)にしても大山(#9)にしても、センター陣にしてもすごく成長したなと思います」

―1年生の時からゲームの中核を担ってきて、責任も大きかったと思いますが。
「責任の重さはずっと感じていました。2年で3部に落ちて、あの時は『何やってんだろ、バスケやってる意味あんのか』って、たくさんの人に支えられてやってきたのに、合わせる顔がなかったです。ものすごい責任を感じていましたね。3年の時も2部に上がれなかったことで責任を感じていたし、最後の年である今回は絶対に上がらなくてはいけないとリーグ戦は必死でした。入学してから4年間スタメンで使ってもらっていましたし、そこは本当にずっと思っていました」

―逆に、綿貫選手がいなければダメなのではと思わせるような時期もありました。
「そうですね。昔は自分がやらなくてはという思い込みでプレーしていたし、頼りにされていると思うとそうなってしまっていました。もちろん攻めるのが自分の役割であることを言われてもいたし、分かってもいたので。でも今は違います。チームの意識というのが変わったと思いますし、変わるんだなとも思います。意識の高さや質は本当に大切で、練習中からも変化を感じます。なんだかんだ今も怒られたり、出られなかった時期があったメンバーも、『やるしかない』と自覚してゴールに向かっていくようになりました。4年間でそういう風にチームとして成長して結果が出たということが一番大きいですね」

―最後はベンチ入りした4年生をみんな出場させられましたね。
「芹澤(#20)にしろ芳賀(#5)にしろ永吉(#7)にしろ、練習では僕らの相手をして勝つこともあるんです。あっちの方がコミュニケーションがしっかりしているし。そうしたメンバーがとけ込んできたのも良かった思います。最後は4年生で一緒に出たかったんですけど、交代したのは残念でした(苦笑)。でもラスト2分くらいかな。あいつらのプレーを見ているうちに涙が出てあふれて止まらなくて。冷静を装ってたけど、やばかったですね。最後というのが頭に浮かんでしまうとダメでしたね」

―大学バスケの4年間はどんなものでしたか?
「苦しかったけど、最後は楽しかったと思えたのが一番です。このチームでやれて良かったと思います。そこで頼りにされて、信頼されて、スタメンで出られて幸せだなって。感謝ですよね。それしかないです」

―来年2部でやる後輩に何を伝えたいですか?
「伝えられることがあまりなかったように自分自身は思うんです。でもとにかく、個性豊かなメンバーだし、頑張れとしか言えないですよね。やり続けることでしか道は開けないし、それは伝えたいです。逃げないでやるということを」

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写真左:#2綿貫に代わって#20芹沢がコートへ。思い切りよくドライブに行った。
写真右:#7永吉はこのゲームのラストショットを放ったが決めきれず苦笑い。



「残せたのは声を出して頑張ること」
◆#5芳賀祥平(神奈川大・F)
091109haga「くるかなと思っていたら本当に交代がきたので、ずっと笑っていようと思って出ました。笑っている方が調子がいいんですよ。高校の時はセンターだったのですが、コンバートされてからシューティングを1日200本はやってきたので、それが今やっと出てきたと思います」 (2007新人戦:勝負所で起用され延長戦勝利を引き寄せる活躍)

「4年間一緒にやってきて、あいつもなかなか試合に出られなくて辛いこともあったと思います。でも、陰で盛り上げ役をやってくれたりして、チームメートから1番信頼されているのはあいつなんです。なので、最後に出て、しかもシュートを決めたときは、“嬉しい!”という全員一緒の気持ちだったと思います」(2009リーグ:蓮見勇紀より)


―今リーグはベンチから見守る時間が長かったですが、心掛けていたことはありますか?
「4年なので、声を出してベンチの雰囲気を作ったり、チームの調子が悪いときに出ている5人に声を掛けたり、応援側もふざけすぎていたら4年がまとめてもうちょっとマジメにやろうぜとか言うようにしていました。基本的には周りの下級生に乗ってきてくれるヤツがいっぱいいたので、とてもやりやすかったです」

―プレータイムとしては、スタメンで出ている他の4年生に比べたら短かったと思います。そこで頑張れた理由というのは?
「やっぱり、バスケが面白いと言うのが1番だと思います。プレータイムはしょうがない。能力の差です」

―それでも、芳賀選手が短い時間できっちりシュートを決めたときと他の4年生が本当に嬉しそうにしていました。
「それくらいのことはやっているつもりです!というのは冗談です(笑)。やっぱりディフェンスができないと神大では出させてもらえないんですよ。それは監督にもよく言われていました」

―今日の試合で、監督に名前を呼ばれたときはどんな心境でしたか?
「もうシュートを打つしかないという気持ちですね。昨日もシューティングで打ち込みましたから。神大で1番スリーが入るのは自分…のはずです。昨日も38連続インまでいきました。幸嶋さん(監督)にジャマされて途絶えましたが(苦笑)」

―その後に続いて#20芹沢・#7永吉選手も呼ばれましたが、今シーズン同じ立場に置かれて過ごしたその3人への思いはありますか?
「特別意識はしていないですが、あいつらも頑張っていたので最後出られてよかったです。最後を4年で締めくくれて、本当によかったと思います」

―神大での4年間は自分にとってどんな経験になりましたか?
「本当に、試合に出られたり出られなかったりで本当にキツかったんですが、仲間の中で“頑張ろうぜ”みたいな声があったので、それでやり切れたというのが大きいです。今シーズンも自分が何かしたというわけじゃないんですが、何かしら力になっていればいいなと思います」

―一緒に過ごしてきた仲間は自分にとってどういう存在になりましたか?
「こんな感じです(と横で待っているメンバーを指す)。蓮見兄弟とは毎日絡んでいたんですが、こいつらが頑張っていて、じゃあ俺は何してんだ?という話になるので、頑張らなきゃダメだというのがありました。あいつらもいつもすごく努力していたので」

―バスケではいつもコートに出るのは5人ですが、その外にいる時間が長かった4年生として、後輩に見せられたものはありますか?
「いやー、本当にないと思いますが、しいて言うなら声じゃないですかね。練習中も常に声を出していたし、そういうのでもり上がれていたと思うので、声を出して頑張るというのが1番の残せたところじゃないかなと思います」

―自分としてはやり切ったという気持ちですか?
「そうですね、これで終わりでもいいと納得しています。と言うか、学生バスケはもうこれ以上はできるものではないなと思います」

―後輩たちには、2部でどんなプレーを見せてもらいたいですか?
「下級生も成長していい伝統ができてきていると思うので、また来年につながってくれればと思います。今ビッグラインナップにしているのですが、それでもディフェンスを、平面でのバスケも頑張ってもらって、それに立体バスケを乗っけてもらえればなと思います。神大の基本はやっぱりディフェンスなので、そういう部分を頑張ってほしいです」


「大学の仲間とは深い付き合いができました」
◆#10石川 協(神奈川大・C)
091109isikawa「自分は綿貫達と違って全然下手なので、ベンチに下がったとき代わりに出てくれる先輩には本当に助けられました。これからもっと練習して成長していきたいです」(2006リーグ)

「オフェンスで(#2綿貫)瞬と(#1蓮見)勇紀が孤立してしまった。インサイドにいいタイミングで入れなくて、でもそれでもアタックすれば何か起こるじゃないですか。逆に東海はそういうプレーをしていました。あんなプレーを僕らはしたいんです。それを今日学べたので、まずあとの2試合。今日と同じでは本当にただの笑われ者なので、気持ちを入れ直して声を出して、1人ひとりがゴールを決めてやるんだって気持ちでやっていきたいです」(2007新人戦:準々決勝で東海大に完敗。しかし順位決定戦に向けて)

「タイムアウトなどでベンチに戻ってもまず怒られるのは自分でした。自分は波があるから。いや、波がありすぎるからなんですよね。自分でももっと観ている人の心を動かせるようなプレイヤーにならなければと思います。去年は試合前は緊張で眠れなかったんですが、幸い去年よりは寝れているので、この後も頑張りたいです」(2007リーグ:5週目に初勝利)


―順位決定戦はセンターが強い順天堂大との対戦でした。
「はい、しかも#24小島と#42大久保がインフルエンザで急きょ交代要員がいなくなってしまって、ファールできないぞと思って臨みました。それでも最初にファールをしてしまってちょっと焦りましたが、その後はうまくできてよかったです」

―得点も要所であげていましたが、調子としてはどうでしたか?
「昨日の練習のタッチがよかったので、今日は逆にこわかったんですが、1本目のシュートが普通に入ったのでよかったです。ディフェンスも、審判の笛が辛目でしたがうまく合わせられたと思います。まぁ、出ているメンバーは4年が多いので、皆気持ちが乗っていたので自分も周りに合わせればいいだけでした」

―最後はベンチ入りした4年生皆でできましたね。
「本当にいい感じでしたね!試合前に、芳賀とかが“今日俺出られるかな?”とか言っていたんですよ。それで“出してやるから!”と言って臨んで。ラスト3分くらいで(#5)芳賀が出て、点差も変わらずいけたので(#20)芹沢、(#7)永吉と全員出られたのでよかったです」

―今年は、シーズンを通して活躍が見られましたが、個人的には去年までと何が変わったと思いますか?
「やっぱり4年になって気持ちが変わったんじゃないですかね。最上級生なので変な行動、変なプレーを後輩に見せてはいけないなと思って。そういう部分で、去年はスタメンから外れたのですが、今年また戻ることができたと思います。チームとしても後輩が僕ら4年に乗っかってきてくれて、これまでみたいに(#2綿貫)瞬だけのチームではもうなかったと思います。もちろん、つらい中では瞬に頼っちゃうんですけど、そこはチームのエースなのでいいのかな、と思います」

―同学年はガードの選手が多い中で、インサイドプレーヤーとしての難しさはありましたか?
「何て言うんですかね…1年のときから試合には出してもらっていたんですが、自分としては1年のときは“ディフェンスを頑張って、あとオフェンスはリバウンド”という意識でした。その意識が根底にあってしまったので、2・3年と“自分で行け”と言われたときちょっと戸惑ってしまいました。でも今年に限っては、行って失敗してもいいと言われていたので、徐々に慣れていきました。リーグも、全試合ではないですが所々目立てたと思うので、自分の中ではよかったです」

―皆はできると思って、ずっと石川選手に「行け!」と言っていたんだと思いますよ。
「うーん、皆にそう言われるんですが、そうですかね?自分ではそんなに力を持っていると思えなかったです。高校のときまでは、変な話自分が主に得点を取っていたのでその分までは失敗しても許されるという感じだったんですが、大学に入ってそういう立場じゃなくなったのかなと思ったんですよ。それで、無理に行って失敗しちゃダメだというのがずっと無意識に自分の中であって、ブレーキになっていたのかもしれません。それなのに幸嶋さんに「行けー!」と言われて、“言われたからやる”だったのでうまくいかなかったのかなと思います」

―今年は自分で行くぞと思えたんですか?
「思っていました。ただでさえ蓮見兄弟が怪我をしていたので、大変なときに瞬に頼りきりになるのではなく、自分がちゃんとやらなきゃだめだと。それでうまくできたので、よかったです」

―神大での4年間は自分にとってどんな経験でしたか?
「バスケット面でも得るものがありましたし、バスケット以外でも自分のスキルアップになったと思います。それは体育会での上下関係だったり、あとは大学の仲間と色々な話ができたことだったり。高校のときだったら言い合いになっていたことでも、大学ではたとえきつい口調でもその中で言われていることは本当のことだなと思って受け入れたりというのがお互いできました。思い出すと、1・2年のときは瞬からよくどやされましたね(苦笑)。その度に“言われちゃった、あぁやらなきゃ!”と思って頑張って。だからタメなんですが、ちゃんとした姿勢で「はい!」って敬語で返事をしていました(笑)」

―そうだったんですか(笑)。4年生になって関係はまた変わりましたか?他の4年生は石川選手にとってどんな存在だったと言えますか?
「やっぱり支えてくれた部分が大きいです。特に直紀、勇紀、綿貫なんかは僕らを引っ張ってくれていました。逆にその3人の調子が上がらないときは自分たちがなんとかしなきゃという感じになりましたし、芳賀たちもプレータイムが少なくても元気に応援してくれたので、皆がうまく1つのチームを作れたと思います」

―そのチームがこれで終わりという実感はありますか?
「まだ学校あるのに部活ないんだなと思います。授業が終わった後、なにか買って食べてから部活に行くんじゃなくて、そのまま帰れるんだって。変な感じです。でも、なぜかわからないんですが、綿貫や蓮見兄弟は泣いていたのに、自分は泣かなかったんですよ。試合前も、終わった今も、不思議なテンションでいます」

―来年以降、後輩たちにはどんなチームを作っていってほしいですか?
「僕らの背中を見てくれたと思うので、それで伝わったものまた背中に背負って次の後輩に見せていくという伝統みたいなものを作っていってほしいです。あと、毎年そうなんですが、今年も本当の意味で嫌われ役をできるヤツがいませんでしした。お前それ違うだろう?とか、ダメなプレーに対して怒る人というのが。それは監督からも言われていたんですが、誰かがその役をやらないといけないということを、知ってもらいたいなと思います」


「Bチームでも頑張れば認めてもらえることを見せられたと思う」
◆#19飯泉達也(神奈川大・G)
091109iizumi「練習で紅白ゲームをやっているときもいい活躍をしていたので、幸嶋さん(監督)も“使おう”ということになったんです」(2007リーグ:蓮見勇紀より。綿貫らとは1歩遅れてチャンスをつかんだ)


―順位決定戦を振り返っていかがですか?相手にも(※)、この場所にも、色々な思いがあったのではと思うのですが。
「いえいえ、今日は楽しんでやれと言われていたので。でも最初は緊張していました。ガチガチですよ。昨日も寝られなかったんです。最初に1本決まってから、自分としてはやっと少し楽になりました。チームは(#2綿貫)瞬が序盤に足を痛めてしまって少しリズムがおかしくなってしまったのですが、その苦しいときに今日はインサイドが声を出してくれたので助かりました」

―自分としても大事な3Pを決めて貢献しましたね。
「(#11)内藤とかが“どんどん打ってくれ”って言ってくれたので、今日は楽に打てました」

―飯泉選手はじめスタートメンバーの活躍もあり、最後はベンチ入りしている4年生皆がコートに立ちました。
「泣きそうになりましたね。全員出したかったので。そのためには、それだけの差をつけることが必要でしたが、いつも通りやればできると言われていて、本当にいつも通りできたんですよ。全員がプレーできてよかったです。あとは(#7永吉)隼人が決めてくれれば全員得点だったんですが」

―シーズン全体を振り返ると、今年はどんなシーズンだったと思いますか?
「蓮見たちや綿貫、石川は1年のときから試合に出てきたんですが、そいつらを中心に4年がしっかりまとまっていました。それで瞬や(#3蓮見)直紀が練習中に怒ってくれるので、練習中に気が抜けるというのは毎年に比べたら少なかったと思います。下級生もそれにだんだん応えてくれたし、伸びてくれて、いいチームになれたと思います」

―飯泉選手はプレータイムが長かったですね。見ていて安心するプレーぶりでした。
「今年は他の2番ポジションのメンバーが怪我ばかりだっただけです。蓮見兄弟もですし、(#9)大山も怪我明けで。幸嶋さんにも言われていたので、覚悟はしていました」

―先に名前が出た同級生とは違い、飯泉選手は2年の途中からチャンスをつかみましたが、今こうして主力になれたことについてはどう思いますか?
「自分が出始めた代の入替戦で国士舘に負けて、チームを3部に落としてしまったので、あの責任をずっと感じていました。今年はしっかりプレーできて、置き土産といったら変ですが、2部に上げられたので個人的にもよかったです」

―練習中の話が先ほど少し出ましたが、去年と今年で1番変わったところはどこだと思いますか?チームとしてのプレーがかなり見違えたと思うのですが。
「やっぱり“4年”がコートに出ている。それが大きかったと思います。僕らも4年になって変わったんですよ。今シーズン初めの頃は毎週4年生だけでチームをどうするかってミーティングをしていました。そこで自分や石川は瞬とか直紀に怒られて(苦笑)、そこから意識を変えて後輩にも言うべきことは言うようにしてきました」

―神大での4年間は、自分にとってどんな経験になりましたか?
「本当にいい経験になりました。最初自分はBチームだったので特にですね。神大はBチームでも頑張れば認めてもらえるチームです。そういうのは後輩にも見てもらえたと思いますし、だからこれからもどんどん頑張ってほしいですね。能力のあるやつがいっぱいいるので」

―ときには怒られたり(?)もしましたが、4年の仲間はどんな存在になりましたか。
「かけがえのない、と言うか。今までやった中でも相当いいメンバーだと思います。熱くて。楽しかったです。この代好きですね。自分としてもすごい好きです」

―それが今日で終わってしまったのですが…。
「ちょっと寂しいものもありますが、これから1ヶ月Bチーム(神奈川県学生秋季大会)の応援が続くので、まだ気持ちは切らしません」

―「置き土産」の2部で、下級生にはどんな戦いを見せてほしいですか?
「うちはディフェンスから走るというのがカラー。今日もいいところで走れたので、そういうのを続けてほしいです。あとはフロントコート陣がほとんど残るので、ゴール下で負けないような強いプレーを、熱いプレーをしてほしいです」

※順天堂大とは、この代のメンバーにとって初の公式戦となった2006トーナメントのベスト16決めで対戦し、2点差の接戦を演じた(順天堂大が勝利)。2005年、2006年の入替戦でも対戦。リーグは4年間違ったため顔を合わせることはなかったが、最終学年の最後の公式戦で再び相見えた。

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写真左:このチーム最後の円陣。「Bチームも勝負だと思うので皆で勝ちに行ってください」(綿貫)、「皆ともっとバスケがしたかったのに怪我で1人で練習している日が多くて“何も残せない”と思ったこともあった。後輩には逆に支えられて、この4年間は皆のおかげ」(蓮見勇紀)、「大学生活では辛いことが自分の場合はたくさんあった。でもあきらめなかったから、こうして最後こういう喜びを皆と分かち合えた。来年、八幡(来年度主将)はきつい、きついと周りから言われていてわかりきっていることだけど、八幡中心にほかの3年も逃げなければ、来年の最後にはまたこうして喜びを皆で分かち合えると思う」(蓮見直紀)。勇紀選手が言葉に詰まった時は「勇紀頑張れ!」と声が飛んだ。
写真右:最終Qのラッシュに沸くベンチ。中央が八幡。
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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