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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2009.11.20 (Fri)

【2009リーグ3部】4年生ラストインタビュー(2)

この手でつかんだ1ランク上の舞台は後輩に託して
3部4年生インタビュー


091025rikyotop来年度のリーグ再編により、3部A8チームのうち4チームが2部への昇格を決めた。同率ながら得失点で3・4位を分け、昇格枠にすべり込んだのは立教大と國學院大。立教大は現在の関東大学バスケットボール連盟の元となる組織を結成した超伝統校ながら、しばらく4部で鳴りをひそめていた。ターニングポイントは2005年。4部優勝で3部B昇格を決めると、その後3部Bにわずか1年、3部Aには3年というスピード昇格となった。しかし、その2部の舞台で4年生はプレーできない。4年分の思いは後輩達に託された。
一方の國學院大は3年ぶりの2部。4年生は最短での2部復帰、つまりもう1度2部の舞台に立つことを目指し、昨シーズン入替戦まで進んだが、それは叶わなかった。しかしこちらも4年生の最後の仕事として、チームを2部に上げて終えた。
チームとしての達成感と、1選手としての心残り。複雑な心境を聞いた。

写真:ここ数年の躍進がめざましい立教大。

リーグ最終日の結果、レポートはこちら

※立教大・丸本選手、國學院大・田中選手、粟根選手、傳田選手、大熊選手、宮島学生コーチのインタビューは「続きを読む」へ。

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「望むようにやらせてもらって感謝です」
◆#5丸本紘司(立教大・F)―8勝6敗・3部A4位
091025marumoto2「大学は自分がやるかやらないかだと思います。つまらなくやっても仕方がない。高校(福岡大大濠高)の時はあまり出られなかったので、今は出られているだけでも楽しいです」(2006リーグ)

「僕たちが上級生になったとき、さらにいい形になってチームができあがるんじゃないかと思います。今やるのももちろん重要ですが、加えて何年間かを見通したチーム作りも心掛けているので、楽しみにしていて下さい」(2007新人戦)

「今年にかけているのが個人的には大きいんです。入学したときから『インカレに出たい』と思っていて、あと2年しか学生バスケができない中で、それに挑戦できるのは今年1回。来年インカレを目指せるよう2部に上がりたいと思います」(2008リーグ)

「今年のスタメンで去年のリーグを経験している4年は自分だけ。なのでその経験を伝えたり声を掛けてまとめたりというのを率先してやらなければと思っています」(2009リーグ)

「きっと今頃体育館でシューティングしているでしょう」(松本元監督:2009リーグ。体調不良は完治させたが、その週の練習に参加できなかったため試合にも帯同しなかった國學院大戦を終えて。)


―最終戦を振り返っていかがですか?
「負けてしまいましたが、最後に4年も一緒に出て楽しくやれたので、それはそれでよかったなというのと、最低限2部にあげることができたので、2部の舞台を後輩に残せてよかったと思います。リーグの最初にも言ったのですが、3年の宇野(#15)にしろ菊地(#13)にしろ、上級生として来年にどうつなげるかなど自覚してやってくれるようになったので、最後は僕は何も言わずともというか、個人的にパフォーマンスが悪かったのもあるのですが、あいつらが引っ張ってやってくれたので、それはよかったかなと思います」

―自分のできとしては今年はどんな評価ですか?
「いやー、今年はダメでしたね。去年にかけていたのが大きかったですし、今年の前期は就職活動もあってやっていないですし。ただそれはわかっていたことだったので、今年は3年以下に経験を積ませたり一生懸命やることを教えたりできればいいかなと思っていて、それを意識してやりました」

―後輩の活躍もだいぶ見られたと思いますが、今、今年はどんなリーグだったと言えますか?
「うーん、リーグ戦を通してあまり成長ができなかったなというのがあります。個々を見れば、(#19)婦川や(#20)菅原たちが1年生として頑張るといったことはできたんですが、チームとしては、チームで動けなかったかなと思います。まぁそれは後輩達もわかっていると思うので、来年はしっかりやってくれると思います。自分としてはあまりいいリーグにはできなかったですが、1年を通して楽しくやってこれたのでよかったです」

―今シーズンはインフルエンザにも巻き込まれましたね。その週は順位決定戦がかかった大事な試合でしたが…。
「そうですねぇ、確かに大きなところでしたが…仕方ないですね。後輩たちを信じて、思い切りやってもらえればと思っていました。逆に僕らがいなくてどれだけできるかを楽しみにしているところもあったので、それはいい方にとらえて後輩達にはプラスにしてもらえればいいかなと思います」

―順位決定戦の可能性がなくなったときはどんな気持ちでしたか?
「もちろん、“1番長く試合をしたい”という気持ちはありましたけど…このまま調子よく行っちゃうと来年後輩達が調子に乗ってしまうかもしれないので(笑)、そう考えればこれもこれでよかったのかなと」

―表情や言葉からは達成感が伺えますが、立教での4年間はどんな4年間でしたか?
「1年のセントポールズフェスティバル(※)で神大から始まって、このリーグ最終戦も神大で終わったんですが、OBの方に“あの時は勝ったのに今日は負けて何をやっているんだ”と言われてしまいました(苦笑)。振り返ると色々ありましたが、望んだ大学に入って、望んだバスケットをして、自分なりに達成感や充実感を得られましたし、それ以外にも様々な経験をさせてもらって、何より楽しくできたので、スタッフやOBの方、両親や周りの保護者の方々に本当に感謝しています」

―4年間を一緒に過ごした仲間は自分にとってどんな存在になりましたか?
「色々なヤツがいて、“何を考えているんだかなぁ?”というときもあるんですが(笑)、このメンバーと4年間同じ時間を共にしたことは、本当にいい思い出というか、楽しいことがたくさんあったなと思います。卒業してからも関実(関東実業団リーグ)で一緒にやるヤツもいるんですよ。そのときは敵同士になりますが、また一緒にやるのは面白いだろうなと思っています」

※毎年ゴールデンウィーク頃に開催される、立教系列の小学校~大学までの男女バスケット部が一同に介するイベント。男子中高は系列校同士の対戦(立教池袋VS立教新座)もあるが、それ以外は招待試合を行う。現4年生が大学生として初参加した2006年の相手は神奈川大で、79-78の1点差で勝利した。

091025marumoto 091025rikyo2
写真左:これまではコートに入ればポーカーフェイスだったが、4年生の余裕か、ラストシーズンは試合中にも笑顔を見せることが多くなった。
写真右:いつもベンチを盛り上げていた田口、阿達、荒井のトリオ。来シーズンはコートでの活躍も期待される。



「勝ってくれれば嫌われてもいいとずっと思っていました」
◆宮島辰也(國學院大・学生コーチ/主務)―8勝6敗・3部A3位
091025miyajima―自分の代、かつ学生コーチとしての2シーズン目が無事終わりましたね。
「率直に言うと長かったです。このシーズンはちょっと…苦しかったというのが正直な気持ちです。リーグ戦中、特に後半は監督にも”(連敗が続いているのは)4年生が悪い”と言われていたのですが、それを直せなかった僕の責任というのがすごく大きいと思うので、それが1番反省しなきゃいけないところかなと思います。学生コーチという立場でやっているのに、と。そこは力不足だったなと痛感しています」

―学生コーチは、ほとんど年齢の変わらない選手たちに違う立場から指示を出す難しさというのがすごくあったのではないでしょうか?
「そうですね、きつい練習でも、実際にやりながら怒るではなくて、やっていないという外からの立場なので、選手からしたら“やっていないのに”という思いはあったと思います。でも、そこは割り切って。別に嫌われてもいいし、それで勝ってくれればと、去年からずっと思っていました。そう思えたのは、大学はもちろん高校の先輩がサポートしてくれたのが大きいです。特に法政の福田さん(現関東実業団・日本無線)とはたまに会ったりしてアドバイスもくれて、それで割り切れた部分もあるので、チームは違いますがいい先輩を持てたことに感謝していますし、よかったです」

―プレイヤーと学生コーチとして2年ずつ、このチームでやりきったことは自分にとってどんな経験になりましたか?
「1年で入ったときの5人が、そのまま誰1人欠けることなく4年間できたのですごく自分にとってもよかったし、たぶん他の4年にとっても大きかったと思います。僕はプレーヤーから転向したんですが、最初から最後まで5人でできたのは自分の中でもすごくプラスだなと思います」

―その、他の4年生4人はどんな存在と言えますか?
「5人しかいない分、色々ぶつかったりもしましたが、でもそうしてぶつかったからこそお互いのことをわかることができたと思うので、これからも支えになっていく存在だと思います。この代は皆、実業団だったりクラブチームだったりこれからもバスケットに関わっていくんですよ。だからまたどこかで顔を合わせたりできると思うので、これからもバスケを続けていって、また会うのが1番楽しみですね」

―宮島コーチもバスケットにかかわっていくんですね。
「まだはっきりとは決まっていないのですが、チームに残れたらいいなという形で考えています」

―コーチのキャリアの1歩目として、学生コーチを務めたことで見えてきたものはありますか?
「去年も学生コーチをやっていたんですが、正直練習ゲームも含めて試合は全部監督に来てもらっていたので、そこまでベンチを任されることはなかったんです。でも今年は女子と重なったら監督は女子に行くということになって、監督がいるのといないのとではやっぱり違うなと思いました。その中で僕がベンチワークするにしても同じ学生ということで難しい部分はあったんですが、それでも文句も言わずに話を聞いてくれた、やってくれたというのは僕にとってもすごく大きいことですし、助かりました。リーグを通して僕の采配ミスも正直たくさんあったんですが、それにも何も言わずにいてくれた選手の皆にはすごく感謝しています」

―この経験が、何年後、十何年後かに生きてくるといいですね。
「はい、いい経験になりましたし、いい思い出にもなると思うので、本当に自分にとって大きな1年でした」


「これはこれで自分らしい終わり方かな」
◆#14粟根 聡(國學院大・F)
091025awane「自分がもっとできればいいんじゃないかと思います。高校のときよりミスが多くてこんなんでいいのかって自分自身が思います。もちろんこのままではイヤだし、このままでは終われません」(2006リーグ)

「明治に勝っているのに白鴎に負けて、神大に1敗して。拓殖も落として。そこは“下級生だから”と言われる部分もありますが、今年はそれを言われないようにしようということでやってきたんです」(2007リーグ)


―リーグを終えて、今どんな気持ちですか?
「短かったなぁという感じです。あっという間に終わっちゃったなというのがあって。結果もちょっと悔やまれますが、4年もしっかり全員出て、皆でできたので、よかったと思います」

―リーグ終盤まで順位決定戦進出の可能性があったのですが、惜しかったですね。
「そうですね、頑張りたかったんですが、駒澤に1敗したとき(4週目)からちょっと、チーム的に雰囲気というかバランスというか、テンポが崩れてしまったので、そこから立て直し切れなかったのが順位決定戦に行けなかった要因かなと思います」

―今シーズンは4年4人が出ている時間が長かったですが、それはやっていてどうでしたか?
「試合中だから関係ないんですけど、でもやっぱり嬉しい部分もありました。本当に、そういう面では4年が出るというのは1番いい形なのかなと思います」

―自分の出来としては振り返っていかがですか?
「いやー、もう最悪でした(苦笑)。結局ケガばかりだったので。ただ、さっきも言いましたが4年全員で2部に上がれた、結果を残せたと言うのは1つ達成できたのかなと。それが1番嬉しいですし、皆もたぶんそうだと思います」

―粟根選手は1年から試合に出てきましたが、このシーズンは今までと違いましたか?
「今年と、あと去年もそうなんですが、入替戦で2部昇格という目標があって、それに対する重圧がやっぱり結構ありました。うちは自分含め負けてしまったときに精神面でもろい部分があるので、そこは来年の子達がまた同じ面でつまづかないように、後輩達に伝えていこうかなと思います。それが終わって、やっと4年として引退できるかなというところです」

―國學院というチームでやってきた4年間を振り返るとどんな気持ちですか?
「4年間スタートをはってきたんですが、1年の頃は青木さんとか大石さん(ともに現関東実業団・三井住友銀行)とか引っ張ってくれる人がいて、自分は使われる立場でした。それで結構うまくできていた部分があったのですが、2年、3年、4年になったときは、これは勝手に思っているだけかもしれないですが、自分がしっかりしなきゃいけない、自分が点を取らないといけないと思っていました。でも、それにうまくマッチできなかったのと、やる気がたぶん空回りしてしまったというのが1番素直な感じです。今日も昨日もあまりよくなかったですし、怪我もずっと引きずっていましたし、結局最後までそれでズルズル行って終わってしまったというのがあります。ただ、それはそれで…自分らしいのかなと。バスケを始めてから最後までずっと自分らしく終わったなという感じです。今言ってもどうこうできるものではないので、怪我をしているなりに皆とこうやってできたのが、今は素直に嬉しい、よかったって気持ちです。國學院というチームでできたのは大きな糧になると思いますし、それが1番じゃないですかね」

―一緒にやってきた4年のメンバーは自分にとってどんな存在ですか?
「もう本当に優しいというか…何だろう。仲がいいというのもあるんですが、それだけじゃなくて、家族みたいに支えてくれるじゃないですけど。1年のときから、チームとしてどうしなきゃいけないとか考えてくれていたし、一緒に話し合える立場でもありました。誰1人欠けることなくできて本当に恵まれていたなと思います」

―リーグ全体を見ても仲のよさが伝わってきました。
「本当に3部A自体仲がいいので、それもよかったことですね。本当に楽しく出来ました。ここ(3部A)でバスケができてよかったなと、本当は思っちゃいけないところなんですが(苦笑)、そういう面では今年はそういう思いもありました」

―バスケはこれで終わりですか?
「はい。怪我をするのも今年で終わりです(苦笑)。あとは楽しんでやろうかなと思っています」


「最後までやり切れたことは財産になりました」
◆#41傳田知也(國學院大・F)
091025denda「もし点差が開いてしまっていても、縮こまっていたら追いつくものも追いつかないので、思い切ってやっていくしかないと思います」(2006リーグ)

「4年生がこのリーグにかけていることは、普段からよくコミュニケーションを取っているのですごく伝わってくるし、わかります。だから自分は1年生であと4年あるからとかではなくて、1つ1つ大事にしていきたいなと思っています」(2006リーグ)

「平均的に点なりリバウンドなりを取れているのはいいかもしれないですが、その『平均』をもっと上げたいです」(2008リーグ)

「去年、僕らはそういう小さなところで負けたんです。勝てた試合がもっとあった。もしそれを全部勝っていればインカレだったので、もう今と雲泥の差ですよね。でも、その経験があって今がある。俺たち、弱いんで。おごらないで、2部を目指して頑張ります」(2008リーグ)


―リーグを終えて、今どんな気持ちですか?
「目標にしていた優勝には届かなかったんですが、最低の目標である2部昇格は達成できたので、その点に関してはすごくよかったです。バスケットの内容的にももうちょっと詰められるところがあったと反省していますが、終わってみて、“ぎりぎり合格”って感じです」

―最後は4年4人でコートに立ちましたね。
「他の誰かが悪いという意味ではなくて、4年4人と3年の杉本でやるのがやっぱり1番しっくりくるものがありました。なのでそれはよかったなと思います」

―今シーズンの自己評価はいかがですか?
「全然ダメですね。去年の方がよかったんじゃないかと思うくらいです。4年生としてやるべきことがもっとあったかなと思います。優勝が目標でしたが結局3位という結果になってしまって、自分をはじめ4年生は1番長く出ているからには、もっとやらなきゃいけなかったと思うんです。だからもっとやれたなというのが正直な気持ちです。それはリーグを通しても思っていて、毎週毎週、調子は上がっていたんですが、よくはなかったなと思います」

―その中でも4年間やり通したことは傳田選手にとってどんな経験になりましたか?國學院は練習ですごく走ることで知られていますが。
「最後までやり遂げたのはすごく自信にもなりましたし、これからの人生にも生かせると思います。4年間本当に練習がきつかったので(苦笑)、もう何回も何回もやめようかというのがよぎったんですが、周りの支えがあって、最後まで残れたのは本当に自分にとっていい財産になりました」

―“周りの支え”のおかげなんですね。
「そうですね、いい先輩たちだったり、後輩たちだったり。何より1番はタメの4人です。中でもキャプテンをやっていた幸伸(#0田中)が1番キツかったと思うんですが、それでも僕とかの面倒を見てくれて、あいつがいなかったらやめていたかもしれません(苦笑)」

―その同じ代の仲間は、今どういう存在と言えますか?
「いやーもう、親友じゃないですかね。もともとプライベートも仲がいいし、バスケも同じチームでずっとやってきましたし。高校からの友達でもありますし(※)。うちのチームだけじゃなく、3部Aの4年もそうなんですが、卒業してからも連絡をとって、バスケをしたり飲んだりすると思います」

―今年の4年生は1年生から主力をはってきたメンバーですが、その4人が抜ける新しいチームへのメッセージをもらえますか?
「やっぱり、いきなり大きな穴があいてしまうと思います。でも、今年もプレータイムをもらっていたり、頑張ってきている後輩たちがいるので、そのメンバーでうまく僕たちの穴を埋めて、さらにいいチームを作れるようになってほしいです。國學院の伝統である走るバスケはもちろん、ディフェンスを頑張って、基本的なことを1からやってほしい、そういうところから詰めていくチームになってほしいなと思います」

―傳田選手自身のバスケ人生は続くのですか?
「はい。関東実業団でプレーします。でも、12年間やってきた学生バスケはこれで一段落着いたので、この先はまた違うステージとして頑張りたいなと思います。自分の人生の中での大きな一区切りにはなるかなと」

―学生バスケはもう終わり、という実感はありますか?
「いやーないですよ。明後日も練習がありそうな気がします」

―では、先ほど言っていた“もっとできた”という部分は次のステージで、ということですね。
「はい、今年の反省を生かせればと思います。また頑張ります!」

※傳田と粟根は世田谷学園高出身。大熊も同じ東京都の國學院久我山高、田中は埼玉の白岡高で高校時代から顔を合わせていた。


「5人は信じる友と書いてシンユウです」
◆#91大熊俊喜(國學院大・F)
091025okuma―自分たちの代を終えて今どんな気持ちですか?
「個人的には、トーナメントなどシーズン初めの方はスタートで40分ずっと出られていました。でも、リーグ前の合宿直前にアキレス腱を痛めてしまって、最後の合宿だからと無理やり入る形にしたんですが、やっぱりそこでいいプレーができなくて、リーグに入っても全然ダメでした。代わりにスタートに入った保科(#31)が頼もしかったのもあって、スタートに戻ったのは結局最後の2試合だったので、最後の最後で怪我に泣いた1年だったなと思います」

―その悔しさを、最後の2戦にはぶつけられましたか?
「うーん、でも結果としては負けてしまったので。(関東学院大#1)パプには自分と傳田(#41)の2人で抑えよう、運動量で対抗しようとしたのですが、俺も傳田も2試合とも足がつってしまいました(苦笑)。だから、あまりいい形では終われていないんですけど…実は自分たちが入学してから1度も引退試合を勝っていないんですよ。だから今年は勝ちたかったんすが、ダメだったので、来年後輩には絶対勝ってもらえればと思います」

―入学してからの4年間というのは、自分にとってどんな経験になりましたか?
「大学バスケはプレー以外でも悩むことが多いんだなと思いました。でも、それは社会に出てから絶対生きると思います。苦しい中でも4年でまとまってこれたなと思いますが、中でも(#0田中)幸伸が引っ張ってくれて、あいつが1番精神的に強くなったと思います。ここまでプレイヤーとしては4人でやってこれたので、あとは杉本(#33、3年)が来年つないでくれればという感じです」

―その中で自分らしさというのは出せましたか?
「僕はもう、後輩にも“タメ語でいいよ”っていうキャラクターなんです。この後の打ち上げでも絶対まず自分をつぶしに来るだろうなと思っているんですけど(笑)。それくら仲がよくて、1年のメンバーと2人でご飯を食べに行ったりもしました。そこで、他のメンバーには話せないことも話してくれたりしていて、パイプ役じゃないですけど、そういう役割ができたのかなと思います。副将としても、幸伸はキャプテンとして強く言わないといけない部分があるので、それをフォローしたり、自分から伝えたり。そうやって最後の1年を頑張ってこれたかなと思います」

―一方で、順位決定戦に行きたかったなという気持ちもあったのではないですか?
「はい、上位をずっと狙っていましたし、“最終週は全勝で関学とやろう”と言っていたんですが…リーグ前に1部と練習試合をして勝ったりもしていたので、どこかで気の緩みがあったと思います。今思うともうちょっと一生懸命できるとよかったなと思います」

―後悔もあると。
「そうですね、全然納得のいくリーグではなかったです」

―それを次のステージにつなげられそうですか?
「そうしたいですが、またうまい人たちばかりなので、足を引っ張らないように今からウエイトをして(笑)、また頑張ろうと思います」

―この4年間を一緒に過ごした4人は大熊選手にとってどういう存在になりましたか?
「親友って親しい友達って書きますよね。それが信じるの方に変わりました。皆とても信頼できるんです。僕と宮島(学生コーチ)はスポーツ推薦ではないんですが、それもあって絶対途中でやめたくないと思っていました。まぁ、正直練習がキツすぎて途中何度もやめそうになったんですけど(苦笑)。でもその度に幸伸にしろ周りに相談して乗り越えられました。ここまでやってきて得るものは相当ありましたね。やめてしまったらそこでおしまいじゃないですか。続ける難しさ、言い換えれば続けることの大事さを学びました」

―一般入部でスタメンをつかんだのはすごいですね。この最終週もパプ選手の前から何本も3Pを決める活躍でしたが。
「あれはたまたまです(笑)。先週の立教大戦のときからタッチがよかったですし、逆にそこが攻め手だったと言うか、パプをどれだけ引っ張り出せるかがポイントだったと思うので。それで後半に傳田のレイアップも出たので、貢献できたかなとは思います」

―これで引退となった実感はありますか?
「ありますね。ちょっとですけど。たぶんこれからもっと感じるんだろうなと思います。身体もどんどんたるんでいくんだろうなと(笑)」

―國學院は練習ですごく走りますからね(笑)。最後に、後輩にも一般生がいると思うのですが、メッセージをもらえますか?
「一般生も頑張るからスポーツ推薦組もという相乗効果でやっていけば、もっといいチームになると思います。2年のうち1人が一般なんですが、1番ウエイトを頑張っていていい身体しているんですよ。本当に頑張れるヤツはいるので、あとは結果を出すだけと思います!」


「あれ以上はもう言葉が出なかった」
◆#0田中幸伸(國學院大・G・主将)
091025tanaka2「1・2年生は努力家が多いので、来年、再来年とどんどん伸びていく選手もいると思って期待しているんです」(小林学生コーチ(当時)・2006リーグ)

「自分なんかはよくおどけて声掛けをしていますが、それでチームの雰囲気がよくなればいいと思うし、そうやって皆で盛り上がってやっていくチームカラーが好きです」(2006リーグ)

「このチームはもっと話して、コミュニケーションしていかないといけないと思う」(2007リーグ:敗戦後の長いミーティングを終えて)

「チームには何人もいる中で出られるのは5人だけなので、出ているメンバーはその責任をコートでもっと果たさないといけない。それはベンチから1分だけ出たとしても同じだと自分は思います」(2009キャプテンインタビュー)


―これで大学でのバスケットが終わりましたが、今どんな心境ですか?
「実は試合前も、これで終わりという感じが全然しなくて。今日で引退というのはわかっているんですが、これで終わってしまうという実感が全くなかったです」

―最終戦で言えば、4年の中で田中選手だけプレータイムが短かったのも、実感のなさにつながっているのでしょうか。
「うーん、でも今日は試合前から“1・2年生を多く出したい”と監督も言っていたので、今日はそんなに出ないだろうなとは思っていました。ベンチから声を掛けることで後輩に何かを残せたらと言うか、それで後輩達が何かを感じてくれたら、最後はそれでもいいかなという思いが自分の中にありました」

―それは今シーズンをやり切れたからでしょうか?
「やり切れたかというと半々ですね。最低限の2部昇格というラインを超えられたのはよかったんですが、求めていたのは3位での昇格ではありません。個人としても、チームの目標としても“優勝”とずっと言ってきたので、それができなかったのが、自分の中ではちょっと後悔している部分です。学生みたいに毎日バスケットをすることはもうなくなるわけですから、そう思うと後悔している部分もなくはないですね」

―自分個人としての今シーズンの出来はどうですか?
「トータルだと6~7割くらいで、悪くはないです。でも、その70%評価する部分よりも、残りの30%でもっとできたことがあったんじゃないかという部分の方が大きく感じます。自分が3年だったり、キャプテンではないポジションにいたらその自己評価も変わっていたかもしれないんですが、やっぱりキャプテンという立場で、ガードとしてもコントロールする役割がある等考えていくと、6割くらいの評価しか自分ではできない部分があります」

―それでも他のメンバーは皆“幸伸のおかげ”と言っていましたよ。キャプテンインタビューではキャプテンだからどうこうというのはないと言っていましたが、実際1シーズンやりきってみてどうですか?
「そうなんですか?今年は、監督とコミュニケーションを取るのもキャプテンの自分、それを後輩やチームに伝えるのもやっぱり自分だったので、そういう部分で練習中も含めて去年までより考えながらバスケをするようにはなりました。結果的にそれが一回りも二回りも自分のプレー以外の部分を成長させてくれたかな、とは自分では思っています」

―リーグの最初に、“後輩達に2部の舞台を渡すことが自分達の最後の仕事”と言っていましたが、それは果たせましたよね?
「そうですね、ただ、さっきも言ったようにその中でももうちょっとやれたかなという部分がやっぱりあるので、それを後輩達がいかに感じて、いかに来年2部でやってくれるかだと思います。自分達ももう1度立ちたかったけれどできなかった2部でできるわけですから、すぐ落ちてしまっては意味がない。でも、今の段階では4年が4人抜けてしまううちはその危険も持っているので、今シーズンの課題をつなげてくれればなと思います」

―國學院でやり切ったことは、自分にとってはどんな経験になりましたか?1選手としても大変だったと思いますが。
「卒業生はOBもOGも皆、“会社で働くよりも國學院の練習の方がキツかった”って言うんですよ(笑)。自分達もこれから社会に出て行きますが、精神的にも肉体的にも厳しい練習を乗り越えたので、どんなことがあっても乗り越えていけると思います」

―その4年間を一緒に乗り切った仲間は、もともと知り合いだったと思うんですが、この4年を経て自分にとってどんな存在になりましたか?
「高校の3年間は自分の中ですごく濃かったんですが、それと同じくらい大学も1シーズンが長く、メンバーとも一緒にいる時間が多くありました。休みの日もほぼ毎日ずっと一緒で、家族と同じくらい一緒に時間を過ごしたので、やっぱりすごく思い入れがありますね。試合後の集合でいつもキャプテンからということで話すんですが、今日はその時に何か…話しているときにこれまでのことを色々思い出してしまって、これ以上しゃべったらもう言葉が出ないよって状態になってしまいました(苦笑)。試合中も、他の3人から“お前出ろよ”と言ってもらえて、自分も最後だから一緒にやりたいという気持ちがすごくありました。いい部分でも悪い部分でもぶつかり合ってきた仲間だから、お互いだと思うんですが、持っている思い入れが強い仲間だと思います」

―さて、その4年生5人が抜けて、新チームは新しいカラーになりますね。國學院はなんとなくキャプテンになる選手が下級生のときからわかっている雰囲気ですが、次のキャプテンに、キャプテンだからこそ言えるアドバイスはありますか?
「自分の中では、キャプテンは実力よりリーダーシップがあったりいかに言うべきこと言えるかがすごく大事だと思うので、たとえ試合に出られなくてもそういうのができるメンバーがやった方がチームにとってはいいんじゃないかなと思います。でも、もちろん逆にプレーで引っ張っていくキャプテンもありだと思いますし、それは僕らが決めることではないんですが、ただ、どちらにしろいざキャプテンに決まったら、監督から1年通して“お前のチームだ”とすごく言われます。怒られるのも基本はキャプテンですし、監督やコーチと話すのもずっとキャプテン。すごく大変さがあると思います。でもこれで満足してほしくないので、もっと上を目指してほしいというか…それはキャプテンだけじゃなく1人ひとりなんですが、4年全員が変われれば来年もいいチームができると思うので、頑張ってほしいです」

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写真左:同じ代の全員からねぎらいの言葉があった#0田中。閉会式でアシスト王に選ばれたときも、チームメンバーは大きな拍手と笑顔で祝福した。
写真右:最後に4年生で同じポーズをとってパチリ。
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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