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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2008.09.21 (Sun)

9/21 関東大学リーグ4部 1次リーグ最終戦

一橋大 63(16-25,13-17,20-12,14-28)82 成蹊大
0921_seikei.jpg4部リーグには、1~3部とは違った厳しさがある。
1ブロックのチーム数は6と少なく、より力が拮抗している中で、一発勝負の1次リーグを勝ち抜きブロック2位以内に入らなければそこで早くも3部昇格への道は断たれてしまう。リーグ初めの時点である程度チームを完成させておかなければならないのだ。

Cブロックでは1次リーグ最終戦を残して、成蹊大が1敗。一橋大が2敗。
獨協大が全勝で1位通過を決めており、昨年まで2年間3部で戦った一橋大と、この3年間で2度入替戦までたどりつきながら跳ね返されている成蹊大のどちらかはリーグの後半を中位リーグで過ごさなければならない。
3Qに点差は5点まで近付いたが、最終的に勝利の女神は成蹊大に微笑んだ。

詳しいゲームレポートと一橋大・田部学生コーチ、上妻選手のインタビューは「続きを読む」へ。

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■GAME REPORT■
前半は成蹊大が13点リードした。だが3Q、成蹊大のゾーンディフェンスに対し、一橋大の連続3Pが決まって試合が動き出す。一橋大はさらにスティールからの速攻も決め、残り5分41-46として成蹊大をタイムアウトに追い込んだ。
成蹊大はここでガードを#8中島(4年・G)からタイプの違う#23藤居(3年・G)にチェンジ。タイムアウト明けに一橋大の3Pが決まってついに1ゴール差となるが、成蹊大の1年生コンビ・#13藤本(G・昌平高)と#16古森(F・世田谷学園高)が落ち着いて決めて追いつかせない。さらに#23藤居が一橋大のシュートミスをどんどん速い展開につなげ、3Qが終わる頃には49-59と点差を10点まで押し戻した。

4Qは、一橋大が8点差にすれば成蹊大が10点差に戻す繰り返しとなる。だが残り7分、一橋大の軸・#7上妻(4年・G)が4ファールでベンチに下がると、流れは一気に成蹊大へ。#23藤居がそのファールで得たフリースローを2投きっちり決めると、一橋大の運びにプレッシャーを掛けマイボールに。これを#4常盤(4年・PF)が3Pにつなげて54-69とする。一橋大はタイムアウトを取って上妻を戻さざるを得ないが、オフェンスのリズムが戻らずリバウンドが取れない。速攻のミスも重なり、時間が過ぎていく。その間に成蹊大は#23藤居、#4常盤がアウトサイドを決めて20点差とすると、#23藤居がボールをキープして時間を使う。これにマッチアップの#7上妻は仕掛けていくが、無情にもファールコール。1分半を残してエースを失った一橋大はそれ以上の反撃はできなった。63-82で成蹊大が上位リーぐへの切符を手にした。


◆田部雅之(一橋大・4年・学生コーチ)
下級生のときはスカウティングを担当、昇格したばかりの3部Bで6位残留に貢献した。
4年生となった今年は、昨年までベンチワークを担っていた竹田コーチに替わって、チームを率いる立場を引き受けた。
試合中は落ち着いて流れを読んでいるように見えるが、本当は「すごく緊張していた」という。
自分たちの代で3部復帰はならなかったが、語る言葉は潔かった。
ただ1つだけ、申し訳ない、と繰り返した。

―4部の厳しさをよく知ってはいたけれど、のまれてしまったという感じでしょうか。
「それなりの覚悟をしてきたつもりですが…言い訳はしたくない。これが実力です」

―納得できるだけの準備をしてこの試合に臨めましたか?
「この1週間、成蹊だけを見てきました。この試合に勝った方が上位リーグ、というのはわかりやすく照準もしぼりやすかったです。僕が1年の時からよく練習試合をやっていて知っている部分の多い相手で、そこから1年生が入ってどう変わったかというのも考えうることは全部やってきましたが、こういう結果になりました」

―その結果を分けた1番の要因はなんだと思いますか。
「気持ちではないです。こんなに落ち込んでいるのを見てもらえばわかると思うんですが、勝ちたい気持ちは全員が持っていた。ただ、その中で、ちょっとした判断ミス、プレーが揺るんだ時間、というのが多少あったんだと思います」

―#7上妻選手のファールトラブルも痛かったですね。
「でもあれは僕が『行け!』って行かせたので、あいつのせいじゃない。あれがあいつのいいところでもありますし」

―最後、残り1分で3年生をコートに送り出しましたが、何か意図はあったのですか?
「3年生はそれぞれ能力もあるし、バラエティに富んだ選手が多いんです。その3年生が来年3部でできなかったってことにすごい申し訳ない気持ちと、それからこの悔しさを忘れないで来年3年生が中心になって3部に上がって欲しいっていうのとを最後に伝えたかったからです」

―今年は、学生コーチとしてベンチワークを前コーチから引き継ぎましたが、そういった指示で迷うことはありませんでしたか?
「はい、夏まではよかったんですよ。三商大戦(※1)でも関西1部の神戸大と競れましたし。ただその後、林(#5)や上妻、鈴木(#9)といった主力が1週間ごとに怪我をして、合宿も彼らを欠いたまま行った。それで新戦力が台頭したといういい面もあったのですが、じゃあそこに復帰した主力をどう合わせるかという難しさもあって、思うようなチーム作りはできませんでした。学生とはいえ、勝負事なので僕らが責任を感じないといけないですね。本当にOBの方も来てくれたのに、申し訳ないです」

※1 一橋大(旧東京商科大)、大阪市立大(旧大阪商科大)、神戸大(旧神戸商業大)による学校対抗戦。48回目を迎える今年は一橋大がホスト校だった。



0921_kou.jpg◆#7上妻史明(一橋大・4年・G)
2年生のときにチームに加わった『遅れてきたエース』。
一橋大のメンバーは皆、受験勉強というブランクがあり、入学後も学業が厳しい。そのため、大学でも体育会でバスケットを続けようか悩んだ末に参加する選手が少なくない。
その分、自分でやると決めたことだから、最初からプレーはもちろん声掛けなどの行動にも責任感があった。
「チームが苦しいときこそ笑って、皆を励ませるようなガードになりたい」(3年時のインタビュー)
だが、その責任感が大き過ぎたのか―。この試合では険しい表情に終始してしまった。

―1次リーグを終えて、ブロック3位という結果をどう受け取っていますか。
「リーグ戦に向けて調整してきたつもりではあったのですが、夏くらいから怪我人が出てメンバーが入れ替り立ち替りを繰り返してしまいました。僕自身もリーグ戦の1週間前に足を捻ってしまって、コンディションが完全に上がりきっていない中で1次リーグを迎えた形で。悔いが残ると言えば、悔いが残る形になってしまいました。でも、結局は1次リーグに照準を合わせられなかったのも、実力のうちだと思います。この結果を結果として受け止めるしかないですね。ただ、自分達で(4部に)落としてしまったので、自分達の手で戻して終われたらなっていうのが僕ら4年生の目標だったので、それが早い段階でかなわなくなってしまったのはつらいです」

―3Qを終わって5点差まで詰めましたが、そこから届かなかったのは何の差だったと思いますか?
「ちょっと、気持ちがはやったって言うんですかね。追いつけるって思ったところで、しっかり攻めずに簡単にシュートを打ってしまった。その早打ちしたために戻りが遅くなって、成蹊大にイージーな2点を決められて、せっかく5点まで行ったところがまた10点に開いていってしまったと思います。それはこの成蹊大戦だけじゃなくて、リーグ戦を通じて結構あった印象ですね。あとちょっとってところまで行っても、最後どこか足りない部分がどうしても多かったかな。それが何かと言われると、やっぱりメンタルが弱いってことなのかなと思います」

―明後日からは最もモチベーションを保ちづらい中位リーグとなりました。どう戦っていきますか?
「そうですね、やっぱりどのチームも同じように、上位リーグに上がって3部A昇格って目標を持ちながらやってきたと思いますし、僕らは運よく下位には行かなかったのですが、下位の人たちはまた下に落ちたくないって思いを持ちながらやっていくと思います。でも中位リーグはもう昇格も降格も全く関係ない位置にいるということなので、何を目標にというと難しいところではありますね…。今言えるのは1つ、僕達4年生は学生生活を部活に懸けてきたわけなので、その4年間がムダじゃなかったって思えるようなリーグ戦の終わり方にしたいと思いますし、1~3年生には来年につながるような経験をしてもらえればと思います」
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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