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第71回 全日本大学バスケットボール選手権大会
筑波大学が3年ぶり5回目の優勝

2020.01.15 (Wed)

【2019インカレ】優勝・筑波大インタビュー

「4年生になることに意味がある」
大学でしか学べない、4年目に得られるもの


◆#88牧 隼利(筑波大・4年・主将・SG)

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今大会のMVP、学生最後の集大成でようやく掴んだ日本一。決勝後は嬉し涙と最高の笑顔が交錯した。昨年は3年生主将として4年生を最終日まで残すことに目が向いていたが、今年は「優勝」の2文字を追いかけた。しかしラストイヤーは順風満帆にはいかず、春のトーナメント戦では決勝で白鴎大に破れ準優勝。リーグ戦は後半に失速し5位に沈んだ。チームが一体となったのは最後の1カ月。牧が見せ続けた姿が仲間に伝わり、結果が最高の形となって表れた。
「4年生」にしか経験できないこと、体現できないことがある。ここでしか味わえない学びを体感することが、大学バスケットボールの意義なのかもしれない。


―優勝おめでとうございます。今の気持ちを。
「素直に嬉しいです。リーグは負けが混んで、チームが苦しい状況でしたがインカレはいい成績を残すことができました。チームとしての一体感を感じることができましたし、これが勝つチームだと思いました」

191215maki1.jpg―『勝つチーム』とは言葉にすると、どんなチームでしょうか?
「学生バスケはプロと違うものがあり、コートの内外で今年一貫してやってきたことが出ると思います。挨拶、感謝を忘れないこととか、細かいところですがそういうところからプレーに出ると思います。下級生にもそれが伝わったのかなとも思います。リーグ中は声かけの面で下級生のことを気にしていました。特に菅原(#8)、山口(#27)にはリーダーシップを求めていたりしていた中で、最後は彼らの口から『4年生のために』と言ってくれました。それは嬉しかったですし、自分が頑張る姿勢を見せ続けることでついてきてくれることがわかりました。力があるメンバーがたくさんいるので、リーグ後半に自分と増田(#11)の調子が落ちた時に、下級生からしたら『自分たちがやったほうがいい』という気持ちもあり、衝突のようなものもありました。プレー中にコミュニケーションをとって、最後はチームみんなが攻めることができるのが筑波大の強みなので、それを出すことができてよかったです」

―高校から勝ってないと言われてきたところもあると思いますが、大学と高校では全く違いますね。大学で勝つ難しさは何でしょうか?
「1~4年生までいて、年齢の差があることは大きいと思います。あとは、高校よりも大学として見られます。『筑波大学』として見られることが大きな違いです。各大学の色があると思いますが、そのカラーを感じます。フィジカルも全く高校とは違いますし、スピードだけではやっていけないところもあります。精神面でも違いますね。高校までは先生がまず柱になっていますが、大学では選手や自分の考えが大切になってきます。それがまとまらないと難しいですね」

―高校とはチームメイトに対する伝え方も違いますよね。
「そうですね。ミーティングはもちろんですが、それ以上に4年生が中心となり『勝ちたい』という意識を練習中からみせてきました。これが下に伝わるまで、やり続けることは大切だなと思います」

―学生バスケットボールで学んだことは何でしょうか?
「片峯先生(福大大濠高)も、吉田先生(監督)も人間力を育ててくれました。文武両道を大切にしました」

―チームが崩れかけたり、2年連続主将を担うことになり、牧選手も辛かったと思いますが、その中で支えてくれた人は誰でしょうか。
「今思うと増田だと思います。この1年で彼も変わりましたし、1人だけじゃなくて2人で頑張ろう、それが出せて最後よかったです」

―これから先はまた違う難しさがあると思いますが、どんな風にバスケットボールをしていきたいですか?
「スキルはまた一から見直していこうと思います。でも勝つメンタリティやリーダーシップを大学では学べたので、プロになっても出していきたいです」

―学生である意味、大学バスケットボール界に4年間いる意味を考えたことがありますか?
「4年生は違いますね。下級生の頃から思っていたのが、インカレでは4年生が活躍することです。『なんでだろう』と思っていました。でも実際4年生になると『勝ちたい』気持ちは大きくなりますし、みんなで勝ちたいという気持ちが持てて楽しいし、でもその分苦しい。でもチーム一体となっている感覚を味わうことができるのは学生バスケならではですね。4年目をやり抜く、4年生になることに意味があると思います」

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※村岸選手、増田選手、森下選手のインタビューは「続きを読む」へ。
※伊藤選手のインタビューはこちら



[続きを読む]

「最上級生としての責任は勝つこと」
壁を乗り越えて、ただひたすら勝利を求めて


◆#10村岸 航(筑波大・4年・SF)

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3年ぶりのインカレ日本一は、1年目に見た景色と全く違った。自分たちの力で掴んだ優勝は今までの苦しさを全て吹き飛ばす最高の結果だった。3年生まではプレーにやや遠慮が見られたが、春先にスタートに抜擢されたチャンスを活かし自信をつけたという。その後は打点の高いジャンプシュートや豪快なダンクシュートを決め、何度もチームを盛り上げてきた。負けが重くのしかかった最後の1年間は勝利のために越えなければならない厚い壁。それをどう越えるのか、最後の責任を果たそうと奮闘するラストイヤーの村岸の背中は頼もしかった。


―優勝おめでとうございます。今の気持ちは?
「だた、嬉しいです。苦しい期間が多かったので。優勝して今とても嬉しいです」

―リーグ戦とインカレの間の1カ月の雰囲気はどうでしたか?
「たしかにリーグ戦終わりの雰囲気は悪かったです。でも逆にそれをプラスに捉えました。少しでもこのままでもいけると思ってしまったら、優勝はなかったので。最後の白鴎大戦で逆転負けをして叩きのめされて終わったと思います。完全に気持ちを切り替えるために4年生でミーティングを何度もしましたし、練習では厳しくハードに細かいところまで追求していきました」

―リーグ戦は村岸選手個人としては、良い面もあったと思いますが、インカレではさらにチームが変わったということが大きいですね。
「そうですね。リーグ前半は自分でも調子がいい感覚がありました。でもチームが勝てなくなった時に、自分の気持ちも落ち込みました。4年生として声を出し続けられることができないこともあり、良い時と悪い時があるリーグ戦でした。でもトーナメント戦はスタメンで使ってもらったことで自信がつきました。先生も『積極的にやれ』と言われて。それがリーグ戦までできました。アテンプトの部分では増えて、積極的になれたと思います」

191215murakisi1.jpg―筑波大での4年間を振り返って。
「1年目は試合に絡む機会がなく、優勝でシーズンが終わりました。試合に出ていないので実感がなかったです。2年目、3年目は上には行くけど勝てないことが続いて、苦い経験をたくさんしました。やはり4年生になり、最上級生としての責任は勝つことで、勝たないといけないプレッシャーも重かったですね。リーグ戦では負けが込んできたときは『早く終わってほしい』とも思いましたし。でもインカレは通していい形で試合ができて『これは勝つしかない』という気持ちが出てきました。一方で終わりたくないという気持ちのほうが強かったのですが、最後は優勝という最高の形で終わることができました。4年間はとても充実していたと思います」

―プレータイムが伸びない期間もありました。どう突破口を作っていこうとしたのでしょうか?
「ありましたね。ラストイヤーの力は大きかったと思います。3年生のときはモチベーションがなかなか上がらない時もありました。4年こそやってやるぞという気持ちですね。チームだけでなく、個人としても活躍したかったので」

―後輩たちに一言。
「牧(#88)、増田(#11)が抜ける穴は大きいです。伊藤(#0)は声で引っ張ってくれましたし。今年の4年の穴を埋めるのは大変だと思いますが、負けて雰囲気が悪くても修正する力を残せたと思います。後輩たちがもし負けが込んだ時に、下を向かずに、今年やったことを覚えていてくれれば、優勝はまた狙えると思うので、頑張って欲しいです」

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「頑張りの“点”が“線”になり、チーム一丸となれた」
最後のチャンスで掴んだ勝つチームの感覚


◆#11増田啓介(筑波大・4年・SF)


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今までにないほど調子を落としたリーグ戦。負けが続いた終盤に「勝ちたい気持ちが強い、優勝したい」と話したが、牧とともに走ってきた7年間の最後に、かける想いは強かった。残りの1カ月でもう一度気持ちを整理し挑んだインカレでは、増田のプレーと意識が変わったのは一目瞭然。チームに選手が豊富に揃い、点を取ることだけが仕事ではなくなった今、ボールをつなぐプレーを続け、その結果のアシスト王獲得。想いは変えず、方法だけを変える。短い期間での大きな挑戦は、今後の自身のためにも、チームのためにもなっていくだろう。


―リーグ戦以降、増田選手個人としては何を変えていこうと思ったのでしょうか?
「気持ちの面ですね。リーグ戦の最終戦が象徴的ですが、リードしているのに逆転されてしまう試合も多くて。そこで気持ちで負けずに、自分たちがやってきたことを徹底することを心掛けようと思いました。リーグは終わり方が本当に悪くて。全員が変わらないといけないと試合でわかりました。オフの期間に学年で話し合いをして、オフ明けの練習からハードにできるようになりました。でも、強度が落ちるときがあるんです、どうしても。その時はもう一度集まって話をして、強度を再び上げました。それを1カ月繰り返しました」

―それが悲願の優勝になりました。
「本当に嬉しいです。高校のときから優勝ができなくて。高校2年の時のインターハイは優勝しましたが、お互い欠場選手がいて。今年の春のトーナメントも決勝までいったのに負けて。自分たちの代で本当の優勝ができなくて。最後のチャンスで、やっと掴むことができました」

―なぜ勝てないと思いましたか?
「高校の時もある程度選手が揃っていましたし、周りからも強いと言われてきて。でも一体感のあるチームにころっと負けてしまいました。そういうことが多かったです。高校はそれで終わってしまったけれど、大学はそれで終わりたくないとずっと思っていました。今年の大学はどこが優勝してもおかしくないと思うんです。その中でチーム一丸となれましたね」

―ディフェンスがとてもいい大会でした。それもリーグ戦の反省から変えたと聞きましたが。
「そうですね。この大会は自分たちの強みが生きました。全員が大きく、得点が取れて、ディフェンスではオールスイッチができることです。でもみんなができるということが裏目に出て、人任せにすることがあります。それでリーグは負けていました。チームで勝つにはディフェンスからだと思いました」

―4年生になり、周りを活かすようなプレーも増えました。今大会はその結果のアシスト王ではないでしょうか。
「下級生の頃は好き勝手やっていました。攻めて、シュートを決めて。そう言ってくれる先輩たちだったのでとにかくリングに向かいました。でも今年は全員が得点に絡めるし、自分が何十点取らなくても山口(#27)、牧(#88)、井上(#75)が得点を取ってくれます。一番いいのはみんなが10点くらい取って、勝つことです。それか誰かが当たっていたら、その選手に任せればいいと思ったので、プレーも変わったと思います」

191215masuda1.jpg―準決勝の大東文化大戦は得点が分散していました。山場だったと思いますが、準決勝の大東文化大戦を振り返って。
「お互いディフェンスのチームで、絶対にオフェンスがうまくいかず、点の入らない時間が続くことはわかっていました。それはみんなで共有して、結論としては我慢比べをしようとチームで決めていました」

―伊藤選手のインタビューで、リーグ戦は『頑張ろう』ということだけだったという話が出ました。インカレは少し落ち着いていたようにも見えます。
「そうですね。リーグではみんながそれぞれ頑張っていても、線になっていなかったです。それぞれが点で頑張っていました。インカレはチームになって。5人がまとまって一つになってできたと思います」

―筑波大の4年間を振り返って。
「楽しい9割、辛い1割です。この優勝を合わせればですが(笑)。1年生の時は先輩が圧倒的力で優勝を見せてくれました。雄大さん(馬場・現テキサス レジェンズ)がいなくなり、そこから苦しい時期が続き、その悔しさをバネにしてできた優勝でした」

―これからどんなプレーヤーになっていきたいですか?
「色々なことが足りていません。シュート力、ハンドリング、ディフェンスなど。筑波の仲間からも学ぶことや見習うことはたくさんありました。同じチームながらリスペクトしていましたし、これらも学ぶことがあると思います」

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「いかに自分が技術を身につけられるかだと思っていた」
努力で食らいつき、成長力を示した4年間


◆#15森下 魁(筑波大・4年・C)

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今年はバックアップ的役目が多くなり、インサイドの負担を分け合った。高校からバスケットを始め、1年目はプレイヤーとしてコートに立つことはなかったが、2年目以降は毎年着実な成長を示してチームに貢献してきた。この4年間で動きも技も多彩になったが、遅れてスタートした分、倍速で周囲に追いつかなければならなかった状況は、それだけの努力も必要だったはずだ。それだけに最後に掴んだ栄冠の喜びはまた格別だろう。


―優勝というのはどんな気持ちですか?
やはり最高ですね。1年生で優勝を経験して、そのあと2年、3年と経験できませんでした。でも自分たちの代でこの結果が勝ち取れるというのは本当に嬉しいです。上級生も下級生も気持ちが入っていました」

―森下選手は1年のときに病気もあって、出場はしていませんね。そこから選手として戻していった訳ですが、大変だったのでは?
「そうですね。だからそのときはチームのサポート役でした。大変ではありましたが、時間は十分にあったので、身体を戻して、チームに対してやれることを考えて、ここまでこられました。この結果につなげられたと思いますね」

―毎年プレー幅が広がっていくな、と思えたのが素晴らしかったです。
「高校からバスケットを始めて、先生もたくさん指導してくださって、自分は下手くそなのでそれをいかに自分が吸収できるかが大事でした。いかに自分が技術を身につけられるかだと思っていました。もちろんぜんぜん足りないのでここからもやっていきたいと思っていますが」

191215morisita1.jpg―リーグ後半にチームでうまくいかないことが増えて、牧選手や増田選手もどうすればいいのか悩んでいたと思います。森下選手はどう考えていましたか?
「前半はいい感じて勝てていて、後半になってだんだん負けが増えて、しかも最終試合は気合が抜けていて、最後の最後に負けてしまいました。でも自分たちがインカレに向けて何ができるのか、課題をリーグ戦で見つけられたともいえます。改善できれば必ず変わるというのは感じていて、それをインカレまでの練習期間に修正できました。チームで約束事を守れたのが勝因です」

―気持ち面でガラッと変わったようなことはあったのでしょうか?
「いろんなミーティングをしましたね。みんなでも、4年でも。こういうことがしたい、こういうことをやろうとか、いろんなことを言い合いました。自分は多くを発言するタイプではないんですが、牧や増田が言っていく中で一つの目標に向かってみんなが一つになれたのがよかったと思います」



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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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