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第70回全日本大学バスケットボール選手権記念大会
12/10〜12/16@大田区総合体育館・駒沢オリンピック公園総合運動場屋内球技場

2018.11.03 (Sat)

【2018リーグ2部】5位・慶應義塾大

1部との順位決定戦まであとわずか
光った4年の結束と統率力

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 慶應義塾大は12勝10敗で5位に食い込んだ。昨年はスタメンのほとんどがリーグ途中に怪我でいなくなるという苦境に陥ったが、今季は多少の欠けはあったものの、最後は全員揃ってシーズンを戦い抜くことができた。

 下級生主体のチームが多かった中、慶應大は数少ない4年生のチームであり、大学バスケットは4年生、と言われる醍醐味を味あわせてくれた。過去と比べても最も小さく、センターなし、3ガードにフォワード2人という布陣。スタメンの平均身長は、同じように4ガードないしは5ガード構成で1部昇格を果たした2013年よりも小さい179cmで、危機感は高かったはずだ。しかし主将の#4鳥羽をはじめ4年生5人がチームの核を形成し、ポイントゲッターである3年生の#10髙田と#9山﨑が上級生になって安定感が増してきたことが大きく、得点面では3年生がチームを引っ張った。また、#8吉敷や#6小原といった慶應義塾の一貫校出身選手の活躍も目を引いた。

 昨季より改善が見られたのはディフェンス面で、失点は昨年の1試合平均75点から68点にまで減少。総失点数は日本体育大に次いで2位という低い数字だ。オフェンスでは大きな相手には苦戦したが、2位の法政大には1巡目は4Q終盤まで接戦となり6点差、優勝の日本体育大にも2戦目は5点差と僅差の勝負をしており、1部昇格の実力者に迫った数少ないチームの一つとなった。連戦になるとパフォーマンスが落ちる試合もあったが、それでも長くなったリーグ戦で終盤は4連勝としぶとさを見せ、最終戦の4位がかかった順天堂大戦は、ビハインドから1点を争う試合を勝ちきる好試合でシーズンを締めくくった。接戦から落とした試合も多いため、これは2か月で見せた一つの成果といえるだろう。

 国士舘大が延期再試合を勝利したことで順位決定戦への道は断たれたが、今年は4年生がチームとしてどうあるべきかの哲学を示してコミュニケーションも強化。オフェンス・ディフェンスとも4年が見せることでチームが浮足立つことも少なかった。また、SNSによる発信、練習にダンスを取り入れるなど他と一線を画す取り組みも見せた。バスケットボールの枠組みに縛られず、広い視野で活動しているのがこのチームの特色。それを大事に取り組みを続けて欲しい。


【個人ランキング】
#10髙田淳貴 得点ランキング3位(409点/平均18.6点)
#10髙田淳貴 3Pランキング3位(59本)
#9山﨑 純  3Pランキング8位(37本)
#4鳥羽陽介 3Pランキング9位(37本)
#7澤近智也 リバウンドランキング9位(162本)

※鳥羽選手、原選手、小原選手のインタビューは「続きを読む」へ。


【関連記事】
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【2018リーグ2部】10/21レポート(東洋大会場)
【2018リーグ2部・コラム】泥臭く、あきらめず 〜慶應義塾大・吉敷秀太〜


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澤近のゴール下での奮闘ぶり、また高確率のアウトサイドシュートは何度もチームを救った。彼も怪我が多かったが4年目にして立派に最上級生として見せた。


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得点源として試合に出続けた髙田。それでも最後まで安定してシュートを撃ち続け、得点ランキングは堂々3位。


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リーグ中盤から復帰した山﨑。変幻自在のパスと、勝負どころの1本を入れられる強さがある。



[続きを読む]

【INTERVIEW】

「それぞれができることを最大限に追求してきた」
意識を高め、全員で取り組んで見せた“慶應らしさ”

◆#4鳥羽陽介(慶應義塾大・4年・主将・G)
181103toba.jpg慶應義塾の4番として見せるべきものを見せたシーズンだった。怪我が多く、4年間を通して無傷で過ごせた時間は少ない。しかし、今年のリーグ戦は全試合に出場。ディフェンスで激しく体を張る姿や国士舘大相手に5本の3Pを決めた試合など、主将としての頼もしさは抜群だった。
1年生から試合にコンスタントに出ていたのは鳥羽だけ。しかし4年目の今年は登録された4年生5人が主力となってチームを支えた。このメンバーでどこまで勝てるのかという状況から、最後まで4位争いに絡む5位は見事だ。慶應大としての魂をきちんと表現し、それを下の世代に伝えた1年間だった。



―順天堂大との最終戦、どちらが勝つかわからない試合でした見事でした。22試合を戦い抜いて、振り返ってみてどうですか?
「最後は勝ちきれて良かったです。リーグ戦は山﨑(#9)がいない状態で始まって、途中で原(#5)が離脱する場面もありました。どうなるかなという思いはありましたが、吉敷(#8)や小原(#6)、試合に出ているメンバー、ベンチメンバーも本当によく頑張ってくれた思いです。それが結果にもつながりましたし、それがここまでチームが成長できた要因であると思います」

―昨年は順位的に低迷し(10チーム中8位)、今年もメンバー的には層の薄さもあって危機感はあったと思います。
「春シーズンを戦って早慶戦を勝つ目標がありました。でも結果が出なくて、そこで4年生たちで初心に帰ろうということで話し合いました。自分たちは何のためにバスケットをやっているのか、このチームで何ができるのかということを本当に突き詰めてリーグ戦に臨みました。一人ひとりが役割を発揮していかないと、人もいないですし結果が出ないということを春に痛感しています。1部に行くぞという気持ちの中で、それぞれが最大限できることをやってリーグ戦で結果を出そうとしてきました」

―春の結果から危機感が生まれて、そこからチームの意識も変えられたんですね。
「夏合宿に入る前にかなり上級生で話し合って、夏合宿でもチームで数多く話し合いました。それでリーグ戦の準備ができたのが良かったです。4年生の自覚は春以上で、気持ちが強くなりましたね」

―他の人の話を聞いていると鳥羽選手や学生コーチの発信力がすばらしかったという話ですが、どのようなことを意識していましたか?
「試合をしていく中で大事なことは役割分担とチームの共通認識だと思っていて、一試合一試合学生コーチにスカウティングしてもらい、それでこの試合はこう戦っていこうと皆で共有し、1週間かけて練習で繰り返していきました。チームルールを徹底することは練習中から厳しく言ってきて、あとは役割りの中でそれぞれができることはやっていこうとしてきました」

―鳥羽選手の役割は?
「僕の役目はディフェンスを頑張り、点を取ること。チームを主将として勝たせるということですね。その中でチームルールを徹底させることをかなり自分の中で意識していました」

―限られたメンバーでどう戦うのか、突き詰めた様子がよくわかります。鳥羽選手は怪我も多く、大変な4年間でしたね。
「でも今年1年間を見ると怪我は少なく、リーグ戦を一度も欠けることなくコートに居続けられたのは良かったですね」

―鳥羽選手は今のチームの中ではキャリアがある選手です。大濠から入学して、慶應での4年間は負けることも多くて、難しかったと思います。その中で得られたこととは?
「1年の頃は福元さんを中心に引っ張ってもらいましたが、正直高校時代との環境とのギャップで苦しんだところもあります。その中で自分は限られたメンバーの中で、自分が引っ張っていくことを下級生の頃から意識してやってきました。でも辛いこともあったけど、謙虚に何事にも取り組めば、叶えられないことは何もないと、大学バスケを通じて感じられたし、得られたものだと思います。本当に慶應に来て良かったと思っています」

―後輩たちにはどのようなことを伝えたいですか?
「今年1年慶應らしさみたいな部分をもう一度振り返って、作り直してここまで頑張ってこられました。来年以降も今年以上にそれを追求して欲しいですね。限られたメンバーの中でも絶対に戦えるということは今年証明しました。僕らの次の上級生がさらに強い強い慶應を作っていってくれたらと思います」

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「苦しいときも大変なときも努力を継続してきた」
怪我を抱えつつも4年間の研鑽を見事に披露

◆#5原 匠(慶應義塾大・4年・G)
181103hara.jpg鳥羽と同様4年間怪我に悩まされた。4年目の今年も春先に怪我をし、早慶戦前になんとか復帰したものの、リーグ戦序盤に疲労骨折が発覚。再び欠場を余儀なくされた。だが、最後のリーグ戦をそのままベンチで終えるつもりはなく、後半に入って強行出場。出られる時間は限られたが、できる限りのプレーを見せて最終戦の順天堂大戦では勝利を呼び込む3Pを沈め、自分にできることをやり切って4年間を締めくくった。怪我や劣勢に負けない強い気持ちとプレーで、慶應義塾を体現する選手だった。


―最後の一戦が本当に大事な試合で、それを勝ちきりました。
「負けたら即引退という状況で、まず勝つこと。そこからは国士舘大の結果次第で他力本願ではありますが、自分たちができることはしっかりやろうと全員で話し合っていたので、それがちゃんと出せたと思います」

―怪我もあって個人としては難しいリーグ戦だったと思いますが、どのように貢献しようと考えていましたか?
「4戦目で怪我をしてそこから10試合ぐらい欠場してしまいました。でもコートの外からプレーを見て、客観的に見てわかる部分はあったので、そういうところをタイムアウトのときとかはメンバーにしっかり共有しました。あとは雰囲気の部分でベンチメンバーで一緒に盛り上げて、どうやったらチームがいいムードになって勝っていけるかを考えて、それは復帰したあとも継続してできるようにとやっていました」

―この最終戦は長く出番があり、治っていないという話でしたが怪我した部分は大丈夫だったのでしょうか?
「本当はここまで出るのはリスクがありました。でもやりきらないと後悔すると思ったので、そこは阪口さんともしっかり話しました。そこで使っていただけて良かったです」

―今年は4年生がしっかりしていたのがとても印象的でした。
「鳥羽(#4)だったり澤近(#7)、吉敷(#8)、小原(#6)はとても真面目な選手で、僕や小原、吉敷は下級生の頃はなかなかプレータイムがもらえなくて苦労してきました。でもコツコツ努力を継続してきたことを、最後の最後に出せたのは4年間の集大成だと思います。そしてそういう姿を後輩に見せられたのは今後の慶應につながるはずです」

―慶應大の4年間はどうでしたか?
「僕は実家が大阪なので、地方から出てきて一人暮らしからスタートしました。大変なことも多かったし、人生で一番苦労したかもしれません。でもいい同期や仲間に巡り会えました。ありきたりかもしれないけど、かけがえのないものを手に入れられた4年間だと思います。
すぐに形になるものじゃなくて、4年間かけてコツコツと信頼関係を築いて。実ったという言い方でいいのかどうかわかりませんが、今後の自分にとって絶対に生きてくる4年間になりました」

―怪我が多くて満足に1年間出られた年がなく、辛い思いもあったでしょうね。
「本当に仲間や家族の支えは大きかったです。こういうところでは話せないぐらいの感謝の気持ちです。家族にもチームメイトにも愛情を感じましたね」

―これで引退になるかどうかは国士舘大の結果次第ですが。
「でも自分たちのやることはやりきれたので、あとは結果を真摯に受け止めて、どうなっても次にしっかり進めるようにしたいと思います」

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「これまでの集大成として挑戦してきた」
最終学年で見せたその努力と成果

◆#6小原 陸(慶應義塾大・4年・G)
181103kohara.jpgガードは豊富なチームだが山﨑がリーグ開幕前に怪我、原がリーグ序盤に怪我をしたことで小原が担う責任は一気に大きくなった。過去3年間は長いプレータイムを得てきたわけではない。だが、スタメンガードとしての責務を果たし、印象的なプレーも見せた。上位との対戦では国士舘大戦で勝利を引き寄せる3Pを沈め、法政大戦ではビッグマンの中にドライブで切れ込み、2連続でレイアップを決めるなど、主力の一人として十分務めを果たした。


―最終戦を勝って今どんな思いですか?
「本当にいい22試合をやって、自分としても成長できたと思います。その結果12勝してチームとして順位決定戦への望みもつなげられました。本当に今は嬉しい気持ちです」

―今年は出番も多く責任のかかるシーズンだったと思います。
「最初は少しビビっていたとことはありました(笑)。でも試合を重ねるにつれて慣れていった部分がありましたし、匠(#5原)の代わりをしなければいけないという責任感もありました。4年生としてという部分もあったので、気持ちの部分で負けないようにということを意識していました」

―吉敷選手(#8)とともに慶應志木から大学でもバスケットを続けて、一貫校出身の選手がこうしてチームを支えたというのはとても大事なことだったのではないかと思います。
「お互いに刺激しあったということもありますし、下級生の頃は出番もなくて辛いところもあったんですが、それでもお互い励まし合いながらやってきました。それで頑張って頑張って、下から支えられたというのは本当に内部校ならではのことだったかなと思います。後輩にも続いて欲しいですね」

―高校時代はそこまでキャリアはなくて、そこで大学に入って全国区の選手たちとプレーしたり対戦するというのはどんな気分なのでしょう?
「そこは本当に憧れでした。自分自身高いレベルに挑戦したいという思いがあったので、毎回毎回自分としては挑戦という気持ちでやっていました。入部して同期の鳥羽や全国で優勝しているような選手と壁を感じることはありました。でもそれを乗り越えるというか、もっともっと頑張ろうという風に思えたのが今につながっていると思います」

―慶應の一貫校だけで何百人という部員がいますが、大学で続ける人はそこまで多くないですよね。そこでやり続ける意味とは?
「本当に今までやってきたことの集大成として、一番高いレベルに挑戦したいということが一番ですね。それさえあれば4年間の間にしんどいことがあっても、ここを乗り越えようと思えるし、頑張っていけます」

―今年の4年生はどんな仲間でしたか?
「自分自身に厳しいし、お互いを高め合える仲間でした」

(2018.11.3インタビュー)


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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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