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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2014.07.24 (Thu)

【SPECIAL】BOJラインvol.24〜大垣慎之介選手〜

リレー形式インタビュー「BOJライン」
vol.24~拓殖大学・大垣慎之介選手~


oogaki_3.jpg 選手の指名でリレー形式にインタビューをつなぐ「BOJライン」。第23回の白鴎大卒・白濱僚祐選手(現NBLアイシン三河)からバトンを渡されたのは、拓殖大学・大垣慎之介選手です。

 内外問わないオフェンス能力と抜群の走力で、拓殖大のキーマンとなってきた大垣選手。下級生の頃はチーム事情で4番ポジションを担うなどの苦労も経験しましたが、年々プレーの幅を広げ、今年は日本学生選抜やヤングジャパンにも選ばれました。藤井祐眞選手(現NBL東芝)が卒業した今年の拓殖大の中で、チームを引っ張る最上級生としての役目にも期待です。

 明るい性格で友だちも多い大垣選手。関西のイントネーションでの話はどこかおっとりと聞こえる部分も。しかし詳しくお話を伺うと、試合のイメージからはあまり想像がつかない、意外な一面も明らかになりました。大垣選手の新たな魅力が見える第24回BOJライン、どうぞお楽しみください。


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きっかけは兄の試合の応援

oogaki_4.jpgB:今シーズンの第1弾となるBOJライン、第24回は大垣選手です。よろしくお願いします。白濱選手(13年度白鴎大卒・現NBLアイシン三河)からの紹介ですが、『どうして小山に遊びに来てくれなかったのか』と訴えていました(笑)。
「いやーまぁ……距離には勝てへんなと(笑)。行きたい気持ちはやまやまやったんですけど、八王子から小山(栃木県)はさすがに遠いです(笑)」

B:距離に阻まれたと(笑)。では本題に入りますが、バスケットはいつから始めたのですか?
「本格的に始めたのは、小4くらいですね。もともと野球をやりたかったんですけど、兄がバスケをやっていたことがきっかけでした。小3か小4くらいのときに、家族で兄の試合を見に行ったんですよ。でもバスケのルールも全然知らへんし、何もすることがなくて暇で…(笑)。そのときに、バスケ部に入っている同級生たちはベンチで応援していたんです。それを見て、きっとこれから兄の試合を見に来ることも増えるだろうし、自分も応援くらいできたらいいな〜と考えて、それで入りました(笑)」

B:始めてみて、バスケットはいかがでしたか?
「始めてみたら、結構楽しくなりましたね。でも兄が卒業して、ちょっとやる気がなくなったというか、あまり練習に行かへんようになったんです。けど新しいコーチが来て、それがきっかけで小5の途中くらいからちゃんと練習も行くようになりました。その新しいコーチが、高校とか大学とか社会人とか、いろんな試合に連れて行ってくれたんですよ。そういうのを見ていたら、『次の練習であんなプレーやりたいな』とか、イメージがついてきたんです。そこから、バスケがめっちゃ好きになった感じですね」

B:それはひとつの転機でしたね。ミニバスは強かったんですか?
「結構強かったですね。自分は城西小という小学校で、ミニバスもそこのチームだったんですけど、京都でも1位になって全関西大会に出て、全関西でも4位になりました。でも最後の大会、全国大会につながる京都の決勝で、ブザービーターで負けたんですよ。それまではずっと京都1位だったんですけど、そこで初めて負けました」

B:ミニバスの全国大会は出ていないんですね。相当悔しかったと思いますが。
「そうですね。悔しかったです。でもそのときに負けた相手チームが、隣の小学校のチームだったんですよ。だから進む中学がみんな一緒で、それでそのメンバーが揃った亀岡中は府内では強かったですね」

 
中学の恩師との出会い

oogaki_1.jpgB:府内では強かったという話ですが、全国大会も出ていますよね。
「はい。しかも僕らが入学するときに、ちょうど福嶋一夫先生という方が違う中学校から亀岡中に来たんです。その先生に巡り会えて、良いチームメイトにも巡り会えて、それで近畿大会、さらに全中と行けた感じですね」

B:福嶋先生はどんな先生なんですか?
「福嶋先生は、僕の恩師なんです。バスケはもちろんですけど、バスケット以外のところもいろいろ教えてくれました。人間性を重視する先生だったので、そこは中学の3年間でだいぶ成長できたかなと思います。結構厳しい先生で、めっちゃ怒られたし、中学生の頃は恐いなぁと思っていたんです。でも卒業したらすごく優しくて、今でも定期的に連絡を取るんですけど、大会が終わるごとに連絡をくれたり、僕もちょっと上手くいかないことがあったら電話して相談したりしています。今でもいろいろお世話になっている先生ですね」

B:良い先生に巡り会えたんですね。中学はどんなチームでしたか?
「亀岡中は、京都の中では一番規模の大きい学校で、確か全国でも当時6校か7校しかなかった文部科学省指定の運動部活動指定校というやつだったんです。だから部活の時間も長く取れたし、体育館も大きくてコートが3つあって、部活に打ち込める環境はすごく整っていました。朝練もあったし、部活も夜8時くらいまであって、毎日バスケ漬けでしたね」

B:部活に力を入れている学校だったんですか。大垣選手は遠い地域からの越境入学ではなく、そこがたまたま進学する中学校だったんですよね?
「そうです。普通に地元の中学がそこでした。そういう環境が整った部活に恵まれたのも、本当にたまたまですね。家族といる時間よりもバスケ部といる時間の方が長かったと思います。だからすごく部員もみんな仲が良いし、今でも地元に帰ったときは遊びますね。今でも一番応援してくれる仲間です」


力を出し切れなかった全国大会

oogaki_5.jpgB:大垣選手自身、全中に出る前にジュニアオールスターに選ばれていますが、そこが初めての全国大会ですか?
「そうですね。あれが初めてでした。ジュニアオールスターは、予選で千葉に負けたんですけど、あまり何もできひんかったというか…。選抜のチームなので、自分のプレーが100%出せる人もいれば出せへん人もいると思うんです。自分はどちらかというと出せへん人で、あまり良い思い出はないですね。でも楽しかったです。いろんな人がいたし、全国はすごいなぁと思いました」

B:そのあとの全中の方が、自分の力は出せましたか?
「そうですね。でも全中も、なんとなーく負けちゃった感じなんですけどね(苦笑)」

B:どんな試合だったか覚えていますか?
「覚えています。予選リーグの1試合目、北海道のチーム(湯川中)とやったときは、確か前半終わって6点くらい勝っていました。でもそのとき、自分たちの隣のコートで山形第六中が試合していて、その年は山形開催だったこともあって応援が凄まじかったんです。だから僕ら、ハーフタイムに隣のコートを見て、『めっちゃワイワイしてんな〜』とか『ホームってすごいな〜』とかのんきに話していて。そうやって気を抜いていたら、3Qの出だしで相手にいきなり3連続でスティールされて、流れが向こうに行ってしまって(苦笑)。それで逆転負けでした。勝てた試合を落としちゃった感じでしたね」

B:予選リーグの2試合目はどうでしたか?
「2試合目は香川の中学校(丸亀東中)と対戦して、笠井(青山学院大学#18)とかがいましたね。あそことは大会の1年くらい前に練習試合をやって、そのときは余裕で勝ったんですよ。でも全中では、予選の1試合目ですでに一敗していたこともあったし、僕らのチームのキャプテンの体調が悪かったこともあって、相手の勢いに呑まれてしまったというか…。そのまま力負けという感じでした。全中は結局2敗で予選敗退となってしまって、あまり全国では力を出せずに終わりましたね」

B:その年の全中は、開催地・山形第六中が優勝したんですよね。現在仲が良いという高橋貴大選手(青山学院大学#5)も、優秀選手賞に選ばれていますが。
「貴大は本当にスーパースターでしたよ、マジで。まず中学生なのに今の身長と同じくらいで180cmくらいあって、ガタイもあって、3Pもめっちゃ入るし、何でもできて…。とにかくすごかったです」

B:その頃、大垣選手の身長はどれくらいだったんですか?
「175くらいでした。でも、小6のときは155cmくらいで、中学校でめっちゃ伸びたんですよ。卒業するときは177cmくらいだったので、3年間で20cm以上伸びましたね。気付いたらドアのサッシに頭が当たるようになって、あれ、伸びてるなと(笑)」

B:ポジションはどこだったんですか?
「中1、中2のときはガードでした。背が伸びて、中3くらいでフォワードになりました」


自分自身の成長のため、他県の高校へ

oogaki_2.jpgB:中学卒業後、静岡の藤枝明誠高校に進みましたが。
「一番大きかったのは、恩師の福嶋先生から『お前の場合は京都府外に出て、一皮も二皮もむけてきなさい』と言われたことですね。他県から何校か声がかかっていて、そのうちのひとつが藤枝明誠でした」

B:藤枝明誠高校は入ってみていかがでした?練習も当時はかなりオフェンス重視だったと聞きますが。
「そうですね。練習は独特だと思います。今は違うかも知れませんが、あの時は、ディフェンスの練習も3年間で一度もしたことないくらいです(苦笑)。入学して最初の頃はこれで本当にいいんかなと思うこともあったんですけど、西塚(建雄)先生に3年間教わって、バスケットの基本が身につきました。キャッチひとつとってもゴール下の打ち方ひとつとっても、細かい技術が3年間ですごく伸びたかなと。そういう基本が身についたことで、得点も取れるようになったし、得点の取り方が分かると自然にディフェンスの面でも『相手はこうしたら嫌がるやろ』みたいなのが分かってきました。本当にバスケットの幅が広がったなとは思います」

B:練習のレベルも高かったですか?
「そうですね。そのときの藤枝明誠って、まだ全国でもあまり勝ててなくて、言えば発展途上のチームやないですか。それでちょっとどうなんかな〜って最初は未知数だったんですけど、入学してみたら藤井祐眞さん(13年度拓殖大卒・現NBL東芝)と藤井佑亮さん(12年度大東文化大卒)の2人をはじめ、すごい先輩たちがいっぱいいて。こんな上手い人もいんのやな〜と驚きました」

B:1年生のときはそうしたすごい先輩たちの存在もあって、大垣選手はメンバーには選ばれていないんですね。
「全然入ってないですね。夏くらいに、ちょっとメンバーに入れるかもって感じだったんですけど、たまたまそのときに骨折してしまって。ウインターカップもメンバーに入れなくて、2年のインターハイも出られなくて、2年のウインターで初めてちゃんと出られた感じです」

B:出られない時期はどんな思いでしたか?
「悔しかったですし、自分やったらこうするのにとか思いながらベンチにも入れなかったので、そういうジレンマに苦しんだ時期ではありましたね。それで高2のウインター予選で、やっとメンバーに入ることができたんです。でも、自分でできる自信はあったんですけど、なかなか出場機会に恵まれなくて。そうしたらウインター予選の決勝、興誠との試合で、たまたま前半で祐眞さんがファウルを4つしたんです。それで『お前、行って来い』となって、『ついに来た!』と(笑)。交代したときは相手にリードされていたんですけど、自分が入って逆転して優勝できたんです。あれは高校のときのターニングポイントでしたね」

oogaki_17.jpgB:そんな全国を懸けた大舞台で、それまであまり経験もなかったにもかかわらずいきなり活躍できたのはすごいですね。
「それまで試合に出てないから、もう怖いもの無しだったんですよ(笑)。とにかく攻めることしか考えてなかったです。相手も全く自分のことなんて知らないだろうし、それが良かったんだと思います。あそこで何もできひんかったら高校時代もそのまま終わっていたかなと思いますが、チャンスをしっかりつかめたので良かったです。その試合がきっかけで、その後もちゃんと試合に使ってもらえるようになりました」

B:高2のウインターカップはいかがでしたか?
「自分、高校で全国大会に出るのは初めてでしたし、めっちゃ緊張しましたね。その上祐眞さんが腰をケガしていたので、初戦はなるべく祐眞さんを温存しようということでかわりに僕がスタメンになったんです。それもずっと知らされてなくて、試合開始3分前でベンチに集まったときに、『今日はお前がスタメンだ』的なことを言われて(苦笑)。心の整理もできひんくらい急だったので、『マジか!』と思って、最初は足が震えました。試合の後半くらいになって、やっといつものリズムをつかめた感じでしたね」

B:初めての全国は、手応えとしてはいかがでした?
「まぁ多少は自分もやれると思ったんですけど、でも大濠とやったときは全然ダメで、0得点だったし、何もできないまま負けてしまいましたね」

写真下:藤枝明誠、拓大と一緒だった藤井祐眞と。

 
悔しさも楽しさも経験した高3時代

oogaki_13.jpgB:そこで藤井選手たちが引退して自分たちの代になりましたが、最上級生として自分自身の意識も変わりましたか?
「そうですね。正直、祐眞さんたちの代が抜けるのは不安だったんですけど、自分の代になって自分が中心選手になってから、だいぶ自覚とか、上を目指したいという気持ちも強くなりましたね」

B:高3の沖縄インターハイでは、初戦から延長戦だったそうですね。
「あ、そうです。尽誠学園が相手で、そのときも笠井と対戦しているんですね。あの試合は、出だしから流れが悪くて20点くらい離されたんですけど、4Qでやっと追い上げて延長まで持ち込んで、なんとか勝てたって感じでした」

B:その次の試合は、東海大付三高との対戦でしたが。
「うーん…なんかあまり覚えてないです。たぶん、負けたので記憶から消してます(笑)」

B:嫌な思い出は消すんですね(苦笑)。4Qで逆転負けだったようですが…。
「あ、そうですね。ザック(東海大#10バランスキー)が、最初は外のシュートも全く入らなかったんですけど、4Qになって急に3P入るようになって。そこから流れを持っていかれて、負けちゃいましたね」

B:大垣選手はインターハイのあと、U-18の日本代表としてアジア選手権にも参加しましたね。
「それはすごく楽しかったです。佐藤久夫先生(現明成高校HC)みたいなすごい先生に指導してもらえることも、なかなか無い経験だと思いますし。自分は最初、メンバーの中でも全然主力じゃなくて試合に出られない組だったんです。でも、合宿の途中からだんだん自分のプレーができるようになって、スタメンにまでなれた感じでした。それはうれしかったですね」

B:佐藤久夫先生にはどんなことを教わりましたか?
「バスケットの根本というか、気持ちの部分への影響が大きかったです。久夫先生の言葉は心への響き方がすごいんです。例えば、『気持ちだけじゃ何もできないけど、気持ちがなかったら何もできない』と言われたことがあって、確かにそうやなと思いました。今でもいろいろ覚えているくらい、心に残る言葉がありましたね」

B:いろいろ勉強になったアジア選手権だったんですね。
「はい。大会の結果自体はあまり良くなかった(8位)ですけど、世界で戦ったというのは自分的にもすごくプラスになりました。けど、自分は大会の途中で、右腕の肘の骨を折ってしまったんです。それは悔しかったし、みんなにも申し訳なかったですね」

oogaki_14.jpgB:それは不運でしたね。それにしても骨折して、よくウインターカップ予選に間に合いましたね。
「僕ももう無理やと思いましたが、ギリギリ間に合ったんです。でも、ウインターカップ予選の3日前くらいの練習で捻挫して、靭帯3本くらい伸びて…。無理して試合は出たんですけど、結局全然ダメで、沼津中央に負けて引退しました」

B:そうだったんですか。ケガに泣かされた年だったんですね。
「はい。だから僕、インターハイが終わってからチーム練習をほとんどしてないんですよ。インターハイが終わってすぐU-18の代表に合流して、肘を骨折してチームに戻ってきて、1か月くらい練習できなくて、大会直前に復帰したと思った途端、捻挫して…最後まで全然ダメでした。みんなに申し訳なかったなと思います」

B:やや悔いの残る年だったんですね。卒業後、藤枝明誠の練習に行くことはあるんですか?
「はい。去年、みんなでOB戦に行こうという話になって、祐眞さんとか永井さん(13年度大東文化大卒)とか鈴木友貴さん(13年度大東文化大卒・現bj滋賀)とか、みんなで行きました。で、負けました(笑)」

B:負けたんですか(苦笑)
「はい。角野(現藤枝明誠#4)を誰も止めれへんくて(笑)。めっちゃ上手かったです。しかも僕らも、リーグ戦終わりとかの時期で、そんな長期オフで身体ができてないとかいう訳でもなかったんですよ。それなのに負けちゃいました(苦笑)」

 
拓大で知ったトップレベルの世界

oogaki_6.jpgB:藤枝明誠を卒業後、拓大に進んだのはどうしてですか?
「一番大きかったのは、祐眞さんがいたってことと、関東でやりたかったということですね。色々声がかかった中で、最終的には拓大かなと。でもここに来て良かったなと本当に思いますね」

B:良かったなと思う理由は、特にどういうところですか?
「やっぱり関東の1部でやるっていうことが、どれだけすごいことか、実際プレーしてみて分かりました。間違いなく一番レベルが高いところで、他のチームと切磋琢磨しながらやれているので。それに、池内さんみたいなすごい人に教わることも、みんながみんな経験できることじゃないし、それが自分にとっては良かったかなと思います」

B:池内さんに教わって、3Pも入るようになったと以前仰っていましたね。
「そうですね。シュートはだいぶ教えてもらいました。前より安定して入るようになったかなと思います」

B:そこまで大きくシュートフォームを変えたという訳ではないですよね?
「なんなんですかね?いろいろコツとかを、マンツーマンで教えてもらったんですけど、池内さんにアドバイスされると不思議と入りますね。池内さん自身、偉大なシューターだった方ですし。僕も池内さんの現役時代は話でしか知らないですけど、今でも僕らがストレッチしているときにたまに1人でシューティングをしていると、ほぼ外さないんです。フリースローとか普通に50本、60本は連続で入ると思います。全然外すところ見たこと無いので」

B:名シューターと言われた方ですが、さすがですね。シュート以外の面ではどうですか?高校時代は練習しなかったというディフェンスも、大学に入って強化されたと思いますが。
「そうですね。拓大は結構ディフェンスの練習が多いので、そこで教えてもらいましたね」

B:オフェンスとディフェンスで、エネルギーはどう振り分けていたんですか?
「下級生の頃は、とにかくディフェンスを頑張ろうと思っていました。点を取れる人は、まわりにいっぱいいますし」

B:下級生のとき、大垣選手は4番ポジションだった時期もありましたね。
「あぁ、そうですね(苦笑)。チーム事情的にメンバーが小さくてやむを得なかったんですけど、良い経験になったとは思います。下級生の頃は何より試合に出ることが第一だったので、そのためだったら求められる仕事はなんでもやろうと思っていました」

B:4番ポジジョンだとディフェンスでも毎回ミスマッチになって、それでもよく頑張っているなと思いました。
「頑張るしかなかったですからね(笑)。頑張ってもどうにもならない相手もいっぱいいましたけど…」

写真:1年生の春シーズン。まだ体も細かった。


転機となった新人戦とポジションアップ

oogaki_8.jpgB:得点を取ることを意識し始めたのは、上級生からですか?
「そうですね。あ、でもその前に、2年生の新人戦が結構大きかったですね」

B:確かに、2年の新人戦は得点王でしたね。
「はい。新人戦のときは、点を取るのが自分の役目だと思ったので。大会前に外のシュートもだいぶ練習してきて、それが結果に出たので、あのときは結構うれしかったです」

B:そういえば、あのときは大会の途中で体調を崩していましたよね?
「そうですね。でも僕わりと、よく体調を崩すんですよ。実は今もちょっと熱があります(笑)」

B:え、そうなんですか!?
「まぁ全然、平気なんですけどね。ふいに熱が出ることはよくありますね。昨日も38度くらいかな。今日は昨日よりだいぶ楽なので大丈夫ですけど」

B:アスリートは日常的な運動負荷によって免疫が低下することも多いですが、熱がある中で、練習や試合をすることも結構あるということですか?
「そうですね。新人戦のときは、2試合くらい熱がありました。案外調子良かったですけど。リーグ戦中も何試合かあったんですけど、熱が出た日はわりと調子良いんですよ(笑)」

B:試合中にだるさは感じませんか?
「最初、アップのときとかは『あーだるいな』と思いますけど、試合は始まっちゃえば案外大丈夫ですね。よく分からないですけど、シュートも入ります」

oogaki_18.jpgB:実際に体験できないので何とも言えませんが、不思議ですね(苦笑)。話を戻しますが、昨年、3年生のシーズンはどんな年でしたか?
「3年生になって、ノブさん(長谷川智伸・現NBL三菱電機名古屋)たちが抜けて、バンバ(#23)も入ってきて、わりとチームも変わりましたよね。僕個人としては、一番大きかったのは、やっぱりポジションアップだと思います。やっと本来のポジションで出られるようになったので。祐眞さんとバンバを中心に攻める中で、いかに自分もコンスタントに点を取れるかが役目だと思っていました。去年はだいたい、祐眞さんとバンバに加えて僕が20点くらい取れると勝つんです。そこが取れなくて負ける試合もあって。でも主力としてちゃんと戦えるようになったのが3年なので、結構自分的には充実した年でしたね」

B:昨年は、大垣選手が真っ先に速攻に走って、チームの流れも良くなるケースがよく見られましたね。
「そうですね。祐眞さんが1番ポジションになったことで、息の合った速攻も出るようになって。外から思い切りよく打てばバンバもリバウンドを取ってくれるし、すごくやりやすかったです。下級生の頃まで慣れないポジションをやってきた分、去年はできるようになったことが多くて、良かったですね」

B:バンバ選手とのプレーは最初からうまくいったんですか?
「最初は全然うまくいかなかったんですけど、彼もまだ高校生から上がってきたばかりだったし、まだまだ大学バスケを知らんところから始まったわけで。コミュニケーションをとって、練習を重ねていく中でお互いどういうプレーをするのかとかも分かってくると、やりやすくなりました」

写真上下:2年生の新人戦。この試合のときも体調は良くなかった様子だったが、シュートは好調だった。


今年の拓大は「3年生が支えてくれている」

oogaki_16.jpgB:いよいよ今年は最上級生になりましたね。今までずっと一緒にやってきた藤井祐眞選手も抜けたわけですが。
「祐眞さんは、プレー面ですごく引っ張ってくれた存在でした。自分も、祐眞さんがいたからこそできたことが多々あって。その祐眞さんがおらんようになって、自分でやったり、まわりの選手にやらせたりすることも多くなって、今までとは全く違う環境になったと思います。僕ももう最上級生なので、いかに下級生にやらせるか、というのは考えますね。ちょっとでも良いから下級生に仕事をさせた方が、チームのためにも今後のためにも絶対良いと思っているので。そういう風に下級生にやらせるのも、最上級生の仕事やなと思うようになりました」

B:コミュニケーションも大事にしているとトーナメントでは仰っていましたね。
「そうですね。結局は、しゃべらないと分からないじゃないですか。何十年一緒にバスケをやってきた訳ではないし、大学4年間、特に下級生は1年間とか2年間しか一緒にプレーしてない訳だから、やっぱりしゃべらないと分からへん。そういうところで確認しあって、試合に臨むんが大学バスケというか、当たり前のことだと思うんです。コミュニケーションは一番大事かなと思います」

B:昨年までは、藤井選手がコートで怒ったり引き締めたりする役目を担っていたかと思いますが、今年そういう選手はいるんですか?
「全然いないですね(笑)」

B:でもトーナメントを見る限り、去年以上にチームもまとまっていたというか、一生懸命に全員で戦う印象を受けました。それはどこから来ているんでしょう?
「今年の拓大は、バンバ(#23)もすごいし、成田(#39)もすごく頑張ってくれていて2年生が目立つと思うんですけど、でも今の拓大って何が一番すごいかと言ったら、3年生がチームを支えてくれていることなんです。赤石(#99)にしろ岩田(#29)にしろ飛竜(#0岡本)にしろ、3年生が本当に頑張ってくれています。赤石はすごくインサイドで体を張って頑張るし、岩田なんか僕より身長が低いのに僕の倍くらいリバウンドいつも取ってくれるし、飛竜なんて、ああいう風に(コートで自主練する岡本選手を指差しながら)毎日最後の最後まで体育館に残って自主練しているんです。だから、今年のチームを支えてくれているのは3年生だと僕は思います。あの代が3年生になって、だいぶ自分の役割とか後輩に対する扱い方とかを分かってきました。今年は彼らが誰よりも頑張っているから、自然と下級生も頑張らなきゃ、という雰囲気になってきて。僕は今それが良いなと思います。得点を取る選手以上に、ああいう選手がチームには絶対必要やし、そういう役割を担ってくれているのが3年生だと思うので、すごくありがたいなと思っています」

okamoto.jpgB:3年生が縁の下の力持ちなんですね。
「はい。飛竜なんて、本当に四六時中バスケのことを考えていますからね。こっちが心配になるくらい(笑)。すごいやつです。だからトーナメントも、結局は全員で頑張れたと思うんですけど、やっぱり裏でああいう選手がいつも頑張ってくれているから、まわりもつられるように頑張れたというか…。記録に残らへんプレーとかをしてくれる、ああいう役割の選手が何人か出てきたのが、すごく良かったなと思います。だから負けは負けでも、去年の負け方とは全然違う負け方だったかなと思いますね」

B:特定の選手が目立つと言うよりは、全員で戦っている感じでした。
「そうですね。ベンチから代わった下級生も思いきってプレーするので、すごく良いですね。それに、バンバと1年間やってきて、バンバに頼るところは頼るけど、頼りきらへんという自覚がみんなに芽生えたのも良かったかなって思います。バンバの負担を減らして、いかに全員で戦っていくかですね。バンバも1年間大学でやってきて、すごく成長してプレーの幅も広がっていると思うし。お互いにそれが良かったですね」

写真下:1学年下の岡本飛竜はしぶといディフェンスが持ち味。インタビューは練習後の体育館で行われたが、ずっと反対側で自主練習を続けていた。


両親に「日本一になる姿を見せたい」

oogaki_9.jpgB:大垣選手自身、いよいよラストシーズンですが、最後の年にはどんな思いがありますか?
「そうですね。ラストシーズンなんですよね…。僕、まだ日本一とかになったことなくて。学生選抜とかはありましたけど、ちゃんと日本一になれたことがないので、どうにか最後に日本一になりたいです。優勝して終われるように、やれることは全部やるので、どうにか勝ちたいですね。今年、学生最後じゃないですか。だから最後、おとんとおかんに、晴れ姿を見に来てほしくて。今までも何回か試合は見に来てくれたんですけど、やっぱり優勝する姿を見せたいじゃないですか。自分の子どもが日本一になったらきっとうれしいと思うんです。だから一回でも、その姿を見せてやりたいなって思います」

B:ご両親への感謝の気持ちも込めて戦うんですね。それではここから、バスケ以外の話をお伺いしたいと思います。自分はどんな性格だと思いますか?
「みんなからはよく楽観的だと思われがちなんですけど、意外と神経質というか…。理不尽なこととか理にかなってないこととか、『それは違うやろ』と思うことは、嫌なんですよ。例えば、誰かが遅刻してきたのに、それをなあなあに済ますのとかは嫌で。『そこはしっかりやろうや』って言っちゃいます。意外とみんなが思っている以上にそういうところは神経質ですね。拓大の選手は結構分かっていると思うんですけど」

B:それは正直、意外です。
「そうなんですよ(笑)。まぁ、それも相手を騙す僕の技なんですけどね(笑)」

B:(笑)。そういえば、大垣選手はsomecityに出ていましたよね。それはどうでしたか?
「すごく楽しかったですね。あんな雰囲気なかなか味わえないですし、本当に参加させてもらえて良かったです。正直ストリートバスケって、チャラチャラしているんじゃないかとか、派手な見せ物だろうみたいなイメージがあったんです。でもいざ参加してみたら、ストリートの選手って熱いものを持っている選手がいっぱいいて。どうすればもっとバスケが上手くなれるかとかをみんな本気で追い求めていたし、バスケのことを本気で考えている人たちの集まりだったので、それはすごく良い刺激になりました。良い経験になったと思います」

B:参加することになったきっかけはなんだったんですか?
「CSParkさんの取材を受けてつながりができて、たまたま僕に、『出てみてくれないか』という依頼が来たんです。それでちょうど練習もオフだったので、全然出ますよと。それで僕が適当に拓大の選手を誘って、出るようになった感じですね」

B:CS Parkさんの記事で、指を差す決めポーズをやっていましたよね。最近、いろんな選手があのポーズをやっているのを見るのですが、大垣選手が発端なんですか?
「いや、違うんですよ(笑)。あれは、たまたま僕がそのときにやっただけで、最近は、やってないですよ」

oogaki_11.jpgB:みんなやっていますよね。
「きっと影響力が強いんです(笑)。可愛い後輩たちが僕にはいっぱいいるので、たぶんそういう後輩たちがみんな真似するんですね(笑)」

B:バスケ以外の趣味はありますか?
「趣味…あまりないですね…。オフの日は、友だちと遊んで終わります」

B:大垣選手は藤永選手(東海大#8)や高橋選手(青学大#5)と仲が良いそうですね。藤永選手とはいつから知り合ったんですか?
「アキ(藤永)とは、中学のときに近畿エンデバーがあって、それで一緒になってから仲良くなりましたね。あいつ、めっちゃ良いやつなんですよ。見て分かる通り、めっちゃ良いやつです」

B:高橋選手のことは、全中のときから知ってはいたんですよね?
「はい。もともと知っていたんですけど、貴大とは高3のときのU-18で一緒になって、すごく気が合ったんです。そこからよく遊ぶようになりましたね。よく貴大の家に泊まりに行きます。まぁ藤永や貴大と遊んでも、結局バスケの話ばっかりになるんですよね。みんなバスケが結局好きなので」

写真上下:関東学連90周年記念はメンバーに入り、カナダのビクトリア大と対戦した。

 
中学以来の、地元・京都での試合

oogaki_10.jpgB:今年は関東学連の90周年の親善試合(7月5、6日 VSビクトリア大)の日本学生選抜と、国際親善試合(7月19〜21日 VSスプリングフィールド大)の日本代表(ヤングジャパン)にも選ばれましたね。
「自分は春のスプリングキャンプとか李相伯杯とかもケガして途中で終わっちゃったので、素直にうれしいですね。まぁスプリングキャンプで一緒にやっていメンバーで、みんな知っている顔ぶれなので楽しみです。チャンスやと思うので、しっかり頑張りたいなと思います」

B:国際親善試合は関西(京都・大阪・兵庫)での試合ですしね。
「そうなんですよ。僕、中学ぶりに京都で試合するんです。家族とか友だちも来ると思うし、頑張りたいですね。練習とか学生選抜とかが続くので、ケガしいひんようにしたいです」

B:最後に、京都出身ということでお聞きしたいのですが、大垣選手の京都の一番のオススメは?
「なんですかね?食べ物とかいろいろありますけど…。僕は京都人ですけど、実家に帰ったときは、結構お寺とか行くんですよ。神社めぐり」

B:そうなんですか。それもまた意外です。特にオススメの場所はありますか?
「やっぱりなんだかんだ、清水寺とか金閣寺はすごいですね。定番ですけど。あれだけ町の中にあっても、入ったらシーンとした雰囲気があってすごいなと思います。あとは、紅葉とかもめっちゃ好きですね。紅葉だったら東山高校の近くに永観堂(禅林寺)ってところがあるんですけど、あそこはオススメですね。めっちゃキレイです」

B:京都に行ったらぜひチェックですね。今日は意外なお話がたくさん聞けて良かったです。
「そうですね。だいぶイメージは変わるんじゃないかなと思います(笑)」

B:それでは次にインタビューを回す人を指名してもらえますか?
「ここは、アキにします。船生(青山学院大#0)がうるさいんですけど(笑)、ここはアキで。もうアキにもちゃんと言ってあるので」

oogaki_12.jpgB:藤永選手について、何かエピソードはありますか?
「アキは、さっきも言ったようにめっちゃ良いやつです。それで、めっちゃ僕のこと好きなんですよ。なんでそんなに?ってくらい(笑)。今年の春、スプリングキャンプのメンバーに選ばれたときも、僕はまだ選ばれたことを知らなかったんですけど、先にメンバーを知ったあいつから真っ先に電話がかかってきたんです。そのときアキが『俺とお前、メンバー入ってるぞ!一緒に練習できんな!』みたいな感じでめっちゃうれしそうで、あ、こいつ良いやつやな〜と思いました(笑)。しょっちゅうラインとかもしますね。たわいもない話をします」

B:そうなんですね。それでは次回は、東海大の藤永選手に大垣選手についてのエピソードを語ってもらいましょう。大垣選手、どうもありがとうございました。

写真下:Tシャツに添えたのは「仲間」という言葉。


◆#14大垣慎之介(おおがき しんのすけ)
亀岡中→藤枝明誠高→拓殖大
4年・F
184cm/70kg
・2007 ジュニアオールスター京都府代表
・2007 全中出場
・2010 インターハイ出場(高3)
・2010 U-18 アジア選手権日本代表
・2012 新人戦優秀選手賞・得点王
・2014 日本学生選抜
・2014 学生選抜
・2014 日本代表(ヤングジャパン)

(2014.6.24インタビュー)
※所属チームなどはインタビュー時点のもので掲載しています。


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