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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2013.11.04 (Mon)

【2013リーグ2部】10/27 日本体育大VS駒澤大

日本体育大が3連勝でシーズンを終了
駒澤大は最後の仕事が待つ入れ替え戦へ


131027sasaki.jpg 1勝16敗で10位が決まっている駒澤大は、8勝9敗と下との入れ替え戦も見える位置にいる日本体育大に挑んだ。開始早々スピーディーな展開を出して勢いに乗ったのは日体大。10−2と駒澤大を置き去りにすると、その後も試合を優位に進めた。駒澤大も徐々に立て直し、#7佐野(3年・SG)の3Pや#33佐々木(4年・SF)と#6斎田(4年・C)の連係プレーなどで得点していく。それでも内外バランス良く攻める日体大を止められず、44−26と引き離されて前半を折り返した。

 3Q、日体大は#88万(2年・C)のゴール下や、#11北川(4年・G)と#1本間(3年・G)の速攻でさらに勢いを加速させる。対する駒澤大はオフェンスリバウンドに絡むが、パスアウトから外のシュートが決めきれずに得点が停滞した。しかし#1井野(2年・PG)らがルーズボールに食らいつき、#6斎田が4ファウルで下がった場面も#14齋藤(1年・SF・県立北本)らが球際に飛び込んで奮闘した。4Q、大きくリードを広げた日体大だが、#19中野(4年・F)、#12周(3年・C)が相次いで怪我に遭いベンチに。それでもそれ以上は詰め寄らせず、79−56で試合終了。9勝9敗でリーグ戦を終えた。

131027morishita.jpg 日体大は、9勝9敗で4チームが並んだ場合4チーム間の成績により入れ替え戦にまわる可能性があったが、他の試合の勝敗によりなんとか入れ替え戦は免れ5位に入った。今年は昨シーズン怪我に泣いた北川・出羽・濱田らが活躍の機会を得たものの、「どこか噛み合なかった」(#11北川)となかなかチームとして完成するまでにはいたらず。負けが重なることで不満や意思疎通のズレも出てきてしまい、そうした部分を解消しきれなかった様子が北川や清水の話からもうかがえた。引退を迎えた彼らの言葉には、後輩たちにこの経験を次につなげてほしいという願いが込められていた。古豪復活となるか、3年生以下はここからが新たなスタートだ。

 一矢報いることは叶わず、1勝17敗でリーグ戦を終えた駒澤大。しかし試合を重ねながらコミュニケーションを取りあい、少しずつ試合勘は掴めてきた様子。足元のルーズボールに飛び込む気迫や、ディフェンスから速い展開を出し息の合った連携プレーで得点する場面も見られた。ディフェンスやルーズボールなど、闘う姿勢を入れ替え戦でも表現したいところだ。

写真:2カ月間にわたり、毎試合40分近く出てチームを引っ張り続けた駒澤大・佐々木。
写真:日本体育大は終盤4年生の森下に出番が。強気にリングに向かった。

日本体育大学:9勝9敗(5位)
駒澤大学:1勝17敗(10位)

※日本体育大・清水選手、北川選手のインタビューは「続きを読む」へ。


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【INTERVIEW】

「学年を気にせずなんでも言い合える関係を作ってきた」
上級生としてのおごりを捨て、チームのために変えた環境

◆#13清水翔平(日本体育大・4年・主将・G)
131027simizu.jpg伝統ある日本体育大にとって、1部復帰は今シーズンの絶対目標。しかしリーグの前半から負けが込み、試合後に暗い面持ちでミーティングを重ねる選手たちの姿を見ることも少なくなかった。そんな中でキャプテンを務め、いろんな重圧とも戦ってきたのだろう。清水は最終戦を終えて、これまで気を張り続けてきたものをやっと緩めることができたような様子だった。
強い体とハッスルプレーでこれまで味方を盛り上げてきた清水。同時にコート外での働きかけも大きかったようで、2年生の頃から学年にこだわり過ぎない関係を構築してきたという。そうした奮闘を後輩たちが受け継ぎ、チームの良い伝統として根付かせてほしい。

 
―リーグ18試合を終えて、今どんなお気持ちですか?
「正直、やっと終わったなー…って。どこか肩の荷が降りた感じもありますね」

―キャプテンとしていろいろ背負うものも大きかったと思いますが。
「そうですね。きつかったです。新チームが始まってキャプテンとして今までやってきて、なかなかチームを変えるのは難しかったですけど、それでも4年がやらなきゃいけないので。でも自分としては、やれることはやったかなと思います」

―良い勝負はしても勝ちきれない試合が多くありました。結果が出なかったのは、どこに要因があったと思いますか。
「なんなんですかね…やっぱり詰めの甘さじゃないですか。4年もそこで引っ張れなくて、むしろ最後の最後でミスするのが4年だったり、集中力ないプレーをするのが4年だったりしたので。結局、4年生のメンタルの部分じゃないですかね」

―自分個人としては、今年はどんなシーズンでしたか?
「今言ったことと同じです。まだまだ詰めが甘かったし、弱い部分がありました。ただ、プレータイムはそう多くなかったんですけど、1分とか2分とかでも出たときに自分のできることをやろうと意識していて。できることと言ったらディフェンスとか声を出すことしか自分にはないので、やるべきことはハッキリしていたかなと思います。でももっとそれができていれば、自分のプレータイムもまた違っていたのかなとか、こうして終わってから思いますね」

―日体大での4年間、厳しい練習も乗り越えてきたと思いますが。
「いやもう、こんな走ることも絶対この先ないですよね(笑)。でもその時その時はめちゃくちゃきつかったんですけど、4年間でやりすぎて、なんか覚えてないんですよ! 本当にやばかったです。この体育館の上のランニングコースも、一体何周走ったか分からないし…。走れるようになったことよりも、気持ちが強くなるってところが大きかったですね。後輩たちも今年はたぶん11月から走り込みが始まるみたいなので、頑張ってほしいです」

―2年生の頃は2部優勝・1部昇格も経験しましたね。あの年は横江選手(横江豊・11年度主将・現bj滋賀)を中心にチームもまとまっていて、見ていて良いお手本になったのかなと思いますが。
「そうですね。あの人って私生活は別にして(笑)、バスケットに関してはすごく怖い方なんですよ。バスケのことになるとすごく真面目というか。自分はポジションも同じだったし、聞けばいろいろしっかり教えてくれましたね。良い見本に…いや、見本にならないですね、うますぎて(笑)。すごいなーと思っていました」

―3年生になった昨年は、チームのポイントガードが次々怪我でいなくなる中で、長く出番を得られたのは大きかったですよね。1部でやれるという手応えはありましたか?
「いや、やれるというか、ただ自分はボールを回していただけで…。自分の中では正直、特に何かできたというのはないですね。でも1部でやらせていただいて、おいしい部分をもらったなというのはあります。下の遼太郎(#1本間)とかが、1部の舞台でやれなかったというのはすごくもったいなかったし申し訳ないんですけど」

―4年間を終えて、自分がチームに残せたものはなんだと思いますか?
「僕が入学して1年生の時に思ったのは、2年、3年と学年があがって後輩ができるにつれて、段々と頑張らなくなると言ったらおかしいですけど、どこかだらけてしまうような、チームとしてそういう雰囲気があるように思ったんです。1年生のときは無理やりにでも声を出さなきゃいけないし練習も一生懸命やるんですけど、2年、3年になるにつれてちょっと緊張感もなくなってくるというか…。練習の集合時間とかも違ったりするので、やっぱり上級生と下級生とで立場が違うんです。それで後輩を必要以上に使うようになったり、口で言うばっかりになって何もしなくなったり。“天狗になる”じゃないですけど、そういうのをチラホラ感じて、あ、これはやばいなと思ったんです。そんなの、上とか下とかどうでもいいなと思って。だから自分は2年になっても3年になっても声を出して、練習も一生懸命やるように意識していました。別に学年が上がるにつれて偉くなるんじゃなくて、むしろ上級生の方がそれだけ経験もあるんだから、出せる声とか見せられるプレーも変わってくると思ったので」

―上級生という立場に甘えることなくやってきたんですね。
「そうですね。もちろん練習中とかは上下関係も必要ですけど、私生活では後輩とも仲良く、あまり上下関係は気にしないでやってきました。そうやってメリハリをつけてなんでも言い合える関係の方がいいかなと。それを2年生になって1個下が入ってきた時からずっとやってきて、結果こうして4年目になって自分があまり試合に出られなくても、下級生が出て活躍してくれたら心から応援できたし、後輩たちも自分が言えばちゃんと言うことを聞いてくれました。だから、自分がやってきたことは間違いじゃなかったなと。そういうチームの雰囲気を、少しでも残せていたらいいなと思います」

―今後、後輩たちにはどんなチームを作ってほしいですか?
「うーん…今年の反省を生かして、もっとまわりを楽しませるような、見ていてワクワクするようなチームにしてほしいですね。今年、見ててもこれはひどいなって試合が結構あったじゃないですか。走るチームを目指して練習でもめちゃくちゃ走ってきたんですけど、でも結局今年も、試合で走れているのか走れていないのかといったらよく分からなかったし…。自分は、もっと楽しくやっていいと思うんですよね。流れとか気にして重くなるよりは、シンプルに思い切りよく、打って、リバウンドルーズ取って、ディフェンスしてって」

―今年はいろいろ考え過ぎてしまったのでしょうか。
「そうですね。特にリーグの1巡目は、別に内容的に悪くはなかったんですけど、ちょっとこだわり過ぎていたのかなって。『パッシングで攻めろ』と言われていて、でも結局パッシングしていてもどこかで攻めなきゃいけないじゃないですか。パスを回して24秒が残り少なくなって、やばい攻めなきゃって感じで攻めることが多かったので…。なんか流れがいまいち掴めなかったんですよね。それは3年生以下も感じたと思うし、もっと気にせず思い切りよくやってほしいですね」

―後輩たちは今年だいぶ経験を積みましたし、来年頑張ってもらいたいですね。
「はい。来年はメンバーも揃っていると思いますし。今年こういう経験をして、ダメな部分が多かったので、もう分かると思うんですよね。あとは遼太郎がすごくリーダーシップのあるやつなので、あいつ中心にチームでまとまって頑張ってほしいですね。どうにかしてくれると期待しています」

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「1プレー1プレーに懸ける思いは誰にも負けなかった」
熱く闘う姿勢を表現し続けた4年間に幕

◆#11北川 弘(日本体育大・4年・G)
131027kitagawa.jpg1年生のリーグから頭角を現し、翌年には2部優勝・1部昇格の一翼を担う存在へと成長した。しかし順風満帆な4年間を送ったわけではなく、いよいよ1部で、となった3年生のリーグ戦は初週の怪我でほぼ全試合を棒に振り、4年目となる今年も一時期スターターを外れるなど苦難が多かった。
最高の喜びから、どん底まで味わった4年間。それでも北川は「もし今、高校3年生の時に戻っても日体を選ぶ」と笑い、どこか吹っ切れたような表情でシーズンを終えた。その理由のひとつが、目にかけていた後輩たちの成長だ。特に今年2年生や3年生がリーグ戦を通してアグレッシブに攻めるようになったことは、彼にも頼もしく映っただろう。強気な姿勢が持ち味の北川は、勝負にこだわるからこそコートで熱くなり、時にそれが仇となる場面もあった。しかしそれでも自身の意志を貫き、決して弱気になることなくその熱量を表現し続けた。後輩たちもその背中から何かを学びとり、来シーズンに生かしてくれるはずだ。

 
―リーグ戦を終えて、どんな心境ですか?
「今のところ実感はないですね。たぶん明日オフで明後日くらいから実感するんかなと。まぁいずれかは来ることなので、特に終わったなーとかはないですよ。こういう風に終わって、自分が求めていた結果ではないのは明らかですけど、まぁ勝負の世界はそんなに甘くないってことを教えてもらったんじゃないかなと今は思います」

―今シーズンを振り返って、苦しいことも多かったかと思います。
「うーん…何かがうまくいってなかったですね、今年は特に。去年は自分も怪我してあまりリーグ戦中にチームがどうこうは分からなかったんですけど、今年は特に何か噛み合ってなかった。4年として空気とか雰囲気は大事にしてきたつもりやし、負け越してた時は特にみんなのことも気に掛けていたんですけど、でも、何かが噛み合わなかったです。やろうとしていることと、自分らの力と。なにかズレが生じていたんじゃないですかね」

―その要因は、あまり分からないままでしたか。
「そうですね…なんて言うんやろ…。本当に言葉では言い表せへんような、もやもやっとしたものがみんなあったんですよね」

―去年の4年生で学生コーチだった林さんも、“全員で同じひとつの方向を向くこと”の大切さを言っていましたよね。そういう点があまりうまくいかなかったんでしょうか。
「そうかも知れないですね。モチベーションとか熱量の違いもあったやろうし、スタッフとの連携もうまいこと取れてなかったなって自分は感じるので。自分らも人間やし、良いように言ってもらえばホイホイやって、冷たくされればふてくされるような部分もなくはなかったんじゃないかって。それは特に、試合に出ていないメンバーが一番敏感に感じていたことだと思います。扱いの差というか、必要とされているかされてないかって部分は。やっぱり出ているメンバーだけがすべてではないし、あいつらの力があったら楽に進められる部分はあるわけで。そういう熱量の違い、扱いの差が、いろんな部分に出てしまったんかなって今は思います」

―結果が出ないと余計にそういう部分が出てきてしまいますよね。
「そうですね。今年は特に負けが続いていたので、そういう風になっちゃったんだと思います。悪循環にはまって。キツい練習してきたのに負けて、あの練習はなんやったんやってことにもなるし。やっぱりみんな大学生であって、プロじゃないので。プロのシビアな世界だったら、選手としてダメなら切られますけど、大学生はそうじゃない。いろんなことが見えるし、いろんなことを学んでいく段階じゃないですか。だからプロのような必死さには当然欠ける部分があって。そういうちょっとのズレから、ボロボロっと土台が崩れていったんじゃないかなと思います」

―それは難しい部分でしたね。チームの話を離れて、今シーズン個人としての出来はいかがでしたか?
「うーん…。もっとやれたなって印象はあるし、もっとまわりを使ってやれたんじゃないかなとも思いますね。途中までは結構順調にいっていて、別に去年怪我したからって特にやりにくさとかはなかったし、通用する自信というか、誰にも負けるつもりはなかったので。でもまぁ、ようあそこで外されて腐らんとやったなって今は思います(苦笑)。正直『なんでここで?』と思ったし、直接聞きにいったりもして。でもよう耐えて、やりきったなと思いますね」

―北川選手は1、2年生の時はがむしゃらに速攻に走る姿が印象的でしたが、今年はまわりを生かすプレーも増えましたね。
「たぶんあの1、2年のときがあったから今があるんだと思います。やっぱり横さん(横江)の存在は大きかったし、あれが自分の中の完成形で、あれを求めて日々の練習からやっていたので。プレーも真似したし、いろんなことを教えてもらいました。それで去年も、水さん(水沼孝広・12年度卒)がいきなりガードとして開花したじゃないですか。それも良いお手本だったし、あとはNBAの映像とかもいっぱい見るようにしました。それでこれなら自分にもできるんじゃないかってプレーと、これは無理だからまだちょっとってプレーを自分の中で分けて、できるやつをとりあえず今は伸ばそうと考えたんです。年を重ねるごとに、自分の力がどれくらいなのかだいたい分かってきたというか。無理なプレーは無理やし、そういう部分は人にパスして預けられるようになりましたね。ちょっと大人になったんかなと(笑)」

―そうだったんですか。4年間を終えて、日体大にはどんな想いがありますか?
「でもなんだかんだ日体で良かったなって思いますね。1年の頃から試合に出られたのは大きかったし、見本になる先輩たちもいたので。もし今、高校3年生の時に戻って先生から『どこでも好きなとこ選べ』と言われて全大学から推薦が来てたとしても、日体を選ぶかなと思います」

―1年生の頃に、横江選手を追いかけて日体大に進学したと言っていましたよね。
「そうですね。高校の先生からも『横江のところに行ってこい』と言われて。それで自分も横さんのことが好きだったし、横さんも自分のことが好きだったので(笑)、いいかなと思って日体に決めました。全然誰も知らない東京の学校に飛び込むよりも、誰か知っている人がひとりでもいた方がいいかなとも思って」

―そこから始まった4年間は、いかがでしたか?
「この4年間を振り返ったら…波瀾万丈でしたね。もう、考える暇もないくらい、追い込まれて、走り続けてきたので。今日まで本当にあっという間でした。あっという間すぎて、今記憶に残っているのは1部に上がった瞬間と、怪我した瞬間と、手術した瞬間。この3つの光景がわーっと浮かぶくらいで、あとはもう何がどうなっていたとかは覚えてないです。とにかく必死にやってきた4年間でしたね」

―以前、『怪我した時は終わったと思った』と言っていましたね。
「終わったと思いましたね。びっこ引いても歩けへんし、手術したあとは平行棒使っても歩けへん。そんなん選手として終わりじゃないですか。あーこれが終わりっていうんやなって。でも徐々に回復しだして、思ったより順調に動けるようになったのは嬉しかったです。今も別に支障はないし。前みたいには動けないと思っていたし、自分のプレースタイル的に手術する時は辞めるときだと思っていたんですけど、怪我に対する考え方も変わりましたね」

―ではこの4年間で、自分は後輩たちに何を見せられたと思いますか?
「闘う姿勢は、あいつらにちょっとでも分かってもらえたんじゃないかなと思います。自分は全然クールじゃないし、審判に文句も言うし。でも、言い訳に聞こえるかも知れないですけど、自分としてはあれが熱量やと思うんですよ。たった1プレーかも知れへんけど、自分からしたら大事な1プレーやし、1プレーにこだわるからこそ自分がファウルだと思ったときに吹かれなかったらそりゃ文句も出るわけで。あれが自分のエナジーというか、不器用かも知れないけど自分なりの表現やったと思います。1プレー1プレーに懸ける思いは誰にも負けなかったと思うし。特に出羽(#8)とかには、闘う姿勢を学んでほしかったんですよね。あいつは能力もあるし、期待しているので」

―出羽選手は、そつなく攻めるというか、あまり感情をむき出しにしてプレーするタイプではありませんよね。
「そうなんですよね。あの感じ、同じ光泉高校だった清水(明治大#10清水隆平)にそっくりなんですよ! 不思議ちゃんというか、文句も全く言わないし、自分からしたら何考えているのかよく分からなくて(苦笑)」

―確かに清水選手も、淡々と冷静にプレーしている感じです。
「そうなんです。高校のときはあいつがキャプテンで、自分が副キャプテンでずっとやってきたんですけど、『こいつ何考えてんねやろ、ほんまにやる気あんのかな?』って最初は思いましたね。でも、あいつほど自分が信頼できたやつってそんないないんですよ。ガードとして、今までバスケやってきた中でトップクラスに清水隆平のことは信頼していました。まぁ出羽も清水と似ているので、『あーこういうやつもいんねんな』とは思いますね(笑)」

―北川選手としては、もっと熱くやってほしいと?
「特に出羽には、熱くやってほしいなと思っていましたね。ポジション的に。清水はポイントガードやったんで、熱くなりすぎてまわりが見えなくなっても困るじゃないですか。高校のときは、いくら負けていても清水を見れば安心できたんです。『あ、こいつは大丈夫やな』って。でも出羽にはもっと勝ち気に、『俺が俺が』って行ってほしくて。でも出羽もああいう性格なので、アイツらしいっちゃアイツらしいかなとも思うし、別に良いんですけどね。ただ自分はそういうファイトスタイルにこだわってきたし、勝ちってことに対して一番こだわってきた自信はあります。そういう部分は少しでも見せられたかなと。本当はもう少しあいつらに、どうしたら勝てるかとかも見せてあげたかったんですけど、結果がすべてなので。そこは申しわけなかったですね」

―でも今年、3年生がかなり経験を積めたのは大きいですよね。
「そうですね。今年、リーグの後半くらいからやっぱり勝ち星とか下の入れ替えとかも見えてきて、そのなかで自分が何を残せるかと考えたら、やっぱりあいつらを成長させなあかんと思って。特に出羽とか遼太郎(#1本間)には、ガーッと強く言ってきた部分もありました。それでリーグ終盤に出羽が攻めるようになったのは、思い切り行けと言ってきて良かったなと思いましたね。自分がいなくなる前に、なんとかあいつらを成長させたかったので。そういう意味ではあいつらには本当に感謝しています。たくさん成長もしてくれたし、助けてもらったので。下のやつらには感謝しかしてないですね」

―後輩たちに、来年どんなチームを作ってほしいですか?
「うーん…やっぱりもっと自分らで話し合って、自分たちのチームを作ってほしいですね。コーチに『こういうスタイルや』って与えられてそれだけをやるんじゃなくて、自分らで感じて、自分らで話し合って、自分らの好きなバスケットを追求してほしい。もちろんチームとしての方向性は大前提で、そこにプラスアルファしてですけど、走るチームだと言われたからってそれだけにこだわってやる必要はないと思うんです。ランメニューひとつにしても、基礎体力はまず基本の部分として大事やからってことで取り組んでほしくて、それだけになる必要はないんかなと。やっぱり今年は、これやと言われたことしかやらなかった気がするんですよね。どんなに走ってきても、ただ走るのとコートで走るのとでは別物やったし、だから今年自分たちは、試合中困ったときに一番弱かったんかなと。与えられたものしかなかったから、当然向こうも対応してきて、それができなくなった時にどうしようもなくなってしまった。だからもっと与えられたものだけで終わるんじゃなくて、そこからの応用で、自分たちでもっと創造して、勉強して、自分たちらしい時間の使い方をしてほしいですね。たとえ雰囲気が悪くなって追い上げられたり引き離されたりしても、自分たちが楽しいと思える、やっていて気持ち良いバスケットをやっていたら、流れも取り戻せると思うんです。困ったときこそ自分たちで考えて自分たちのバスケットを出していけば、反省点も『これはできんかった』とか『これは使える』とかもっと次につながるものが出てくると思うし。とにかく、自分たちで楽しくやっていってほしい、それだけですね」


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今季は苦難も多かった日本体育大だが、3連勝で入れ替え戦を回避し笑顔でリーグ戦を締めくくった。

 
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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