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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2013.10.02 (Wed)

【SPECIAL】BOJラインvol.18〜藤井祐眞選手〜

リレー形式インタビュー「BOJライン」
vol.18~拓殖大学・藤井祐眞選手~


131001fujii1.jpg 選手の指名でリレー形式にインタビューをつなぐ「BOJライン」。第17回の青学大・張本天傑選手からバトンを渡されたのは、拓殖大・藤井祐眞選手です。

 狭いところをスルスルとかいくぐり、体勢を崩しながらもリングにねじ込むスコアリング能力の持ち主。ウィンターカップ個人得点の歴代記録(1試合79得点)も持っており、その規格外のプレーで下級生の頃から存在感を放ってきた選手です。これまで諦めずどんな劣勢のときでもがむしゃらにプレーし続ける姿勢でチームを鼓舞し続けてきました。最終学年となる今年も、下級生の多いチームを強い気持ちで引っ張っている頼もしい存在です。

 今でこそユニバーシアード代表のキャプテンを務めるなど輝かしい経歴を持つ藤井選手ですが、中学時代はジュニアオールスターなどには選ばれない無名の選手だったと言います。そこからどのようにステップアップしてきたのか、インタビューで詳しく伺いました。第18回BOJライン、どうぞお楽しみください。


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「全く試合に出られる気がしなかった」偶然進んだ強豪校

131001fujii5.jpgB:BOJライン、張本選手からの紹介で第18回は拓殖大・藤井祐眞選手です。今までたくさんの選手から藤井選手の名前が候補に挙っていたんですが、満を持しての登場となりました。友達が多いんですね。
「多いですね。みんな大学に入ってから仲良くなりました」

B:大学で知り合ったんですか?
「高校の頃から知ってはいましたけど、みんなそれぞれ遠いし会うのも全国大会の時とかだけじゃないですか。やっぱり大学は試合で会う回数も増えるので、自然に仲良くなりますよね」

B:張本選手から、藤井選手と河上選手(早稲田大#21)と小林選手(青山学院大#3)と、4人で『いつメン』なんだという話を伺いました。(BOJラインvol.17
「そうです、『いつメン』です(笑)。いつも一緒にいます。バシオ(小林)の家によく集まりますね」

B:張本選手は、藤井選手の目から見てどういう人ですか?
「笑かしてくれるヤツですね。面白いです。なんかいきなりめちゃくちゃな日本語でボケかましてくるんですよ。意味分かんないです」

B:そうなんですか(笑)。では本題に入りますが、バスケットを始めたのはいつ頃ですか?
「始めたのは小学校4年生の途中くらいです。小4からクラブ活動みたいなのが始まるんですけど、自分、お兄ちゃんがサッカーをやっていたので、最初はサッカー部で入部届けみたいなのを出したんですよ。でも近所に住んでいた仲の良い1個上の先輩がいて、その人から『俺はバスケ部だから、これからあんま遊べなくなるな』って言われたんです。その人から『一緒に遊びたいならバスケ部入れば?』って誘われて、それでバスケ部に入った感じですね」

B:お兄さんは、バスケットはやっていないんですか?
「やってないですね。ずっとサッカーでした」

B:サッカーからバスケットに転向して、バスケットの方が自分に合っていました?
「どうなんですかね?それは分からないですけど…。サッカーもおもしろいし、好きですね」

B:サッカーもできるんですね。藤井選手は運動神経が良さそうですが。
「いや、そんなことないですよ?足もそんな速くないし」

B:そうなんですか?小学校で目立っていませんでした?
「はい。全然普通でした(笑)」

B:それは意外です。そういえば、同じく島根県出身の長谷川智伸選手(12年度拓殖大主将・現NBL三菱電機)から、家がすごく近所だったという話をお伺いしましたが。(BOJラインvol.7
「あ、めっちゃ近いんですよ。自転車だったら5分くらいかな。隣の小学校でしたね」

B:それは近いですね。幼い頃から対戦はしていたんですか?
「はい。自分たちは弱かったんですけど、ノブさんのチームは結構強かったのでいつもボコボコにされていました」

B:ミニバスはそんな強いチームではなかったんですね。
「そうですね。県でベスト8くらいのチームでした」

B:中学校は湖東中に進みましたね。過去に全中優勝もしている強豪校だと思いますが。
「そうです。でも自分、バスケが強いからとかじゃなくて、普通にあがる中学校が湖東中だったんですよ。家からほんと1、2分のところにあって、もう家のすぐ目の前。その学区内で自分たちの小学校はみんな湖東中に進む感じでした」

B:そうだったんですか。入学してみてどうでしたか?
「やっぱりレベルが高かったですね。先輩たちが上手すぎて、最初は全く試合に出られる気がしませんでした」

B:ただ段々試合に出られるようになって、中学校3年生の時には全中にも出場しているんですよね。
「はい。でも自分たち、3年間で一番弱い代だってまわりから言われていたんです。自分の1個上と2個上の先輩たちがめちゃくちゃ強くて。県でも負けなしで、もし全国に出られれば上位を狙えるようなチームだったと思います。でも先輩たちは2年連続、中国大会で1点差とか数点差で負けて、全中は出られなくて。だから自分たちの時は本当に運良く出られた感じでしたね」

B:どんなチームだったんですか?
「中3の時は、自分たちの代が2人しかいなかったんです。だからもう頑張るしかないみたいな。めちゃくちゃ小さいチームで、自分が170cmちょいしかないのにチームの中で2番目くらいに大きかったですね。全国行けば180とか普通にいるじゃないですか。全国に出た中で一番小さいチームだったんじゃないかと思います」

B:チームの中では大きい方だったんですね。それでもポジションはガードだったんですか?
「そうですね。ガードとかフォワードでした」

131001fujii6.jpgB:全中では、本丸中と木屋瀬中と対戦しているんですよね。
「そうなんです。よく覚えてます。全中で優勝した木屋瀬にはもう、ボコボコにされましたね。玉井(早稲田大#8)とか園とか占部(占部賢人・鹿屋体育大#0)とか…。めちゃくちゃ強かったです。全く歯が立たなかった。力の差がありすぎました」

B:藤井選手は、ジュニアオールスターには選ばれていないんですね。
「いや、普通に選ばれてないですよ。実力です、実力(笑)。僕なんて無名の、普通に湖東中学校の一部員って感じでしたから」

B:そうだったんですか。中学校で覚えているエピソードはありますか?
「覚えていることといえば…坊主です(笑)。自分たち、大会ごとに絶対五厘刈りにするんですよ。入学する時とかはそれがめちゃくちゃ嫌でしたけど、しているうちに慣れますね(笑)。五厘軍団でした。でも五厘はもうしたくないですね」


一歩一歩前に進んでいった全国大会

131001fujii11.jpgB:そこからどうして藤枝明誠高校に進んだんですか?
「誘われた、というのが一番ですね。全中が終わったあとに声がかかって決めました」

B:藤枝明誠は、その頃から力をつけ始めたわりと新興チームでしたよね。不安はありませんでしたか?
「藤枝明誠は確か自分が入学した年が選手を集め始めてまだ3年目とかで、自分が中3の時にインターハイ初出場でしたね。今の高3が7期生くらいです。でも入る前に練習とかにも参加させてもらって楽しい雰囲気だったし、結構自分に合っているかなと思ったので別に不安はなかったですね」

B:越境して県外の高校に行くことに、抵抗はなかったんですか?
「いや、特になかったです。もともと中学の先輩たちが県外に出るかどうかすごく迷っていて、島根に残った先輩たちから『絶対県外に出た方が自分のためになるから』って言われていたので、とりあえず県外に出たいという気持ちはありましたね」

B:藤枝明誠の練習はどんな感じなんですか?
「いや、藤枝は楽といえば楽ですよ。でも朝練がキツいですね。朝早くからめちゃくちゃ走るので」

B:朝練は何時から?
「一番早い時で、4時半起きとかでした。ごはん食べて学校行って、走ってシューティングして、みたいな。5時半くらいから練習始めて、2時間くらいは練習していました」

B:それはすごいですね。藤枝明誠と言えばオフェンシブなスタイルですが、練習もオフェンス重視なんですか?
「もう、めちゃくちゃオフェンス重視ですね。オフェンスの練習しかしないくらい。ディフェンスはほとんどやらないです。ただ、ディフェンスのフットワークみたいなのはほぼやらないんですけど、一対一の練習がメインなのでやりあっていく中でディフェンスの足も作るみたいな感じでした」

B:高校1年の時から藤井選手はスタメンで試合に出ていたんですよね。1年のインターハイは1回戦敗退でしたが。
「そうですね。あの時は趙明(順天堂大11年度卒)がブロックにいったところで怪我して、そこから崩れてしまって。交代して自分と同じ代の中国人が出たんですけど、まだそんな上手くなくて、途中まで勝っていたのに逆転負けでした」

B:その年のウィンターカップは、創部以来の初出場だったそうですね。静岡の予選はどんな戦いだったんですか?
「あの当時の静岡は、飛龍高校がかなり強かったんですよ。坂本健さん(11年東海大卒・現NBDL豊田通商)とかがいて。インターハイ予選の時も負けて自分たちは2位でインターハイに出ていたので、絶対冬はリベンジしようみたいな感じでした。勝った時は、めちゃくちゃ嬉しかったですね」

B:初出場のウィンターカップは、福岡第一に負けてベスト16でしたね。
「強かったですね。並里成さんとか、熊吉(11年度日本大卒・現曙ブレーキ)とかいて」

B:翌年、高2の時の全国大会と言えば、ウィンターカップで1試合79得点の大記録をうちたてましたね。バスケファンを驚かせました。
「あれは監督から試合前に『80点とってこい』と言われて、分かりました、と。80点を狙ったんですけど、届きませんでした。でも全部前からプレスをかけて、ボールとって速攻みたいな。まぁ言ってしまえば、やらせですよね(苦笑)。自分ばっかり攻める状態だったので」

B:でも狙ったからと言って79点も普通取れないと思います。同じ試合で、藤井佑亮選手(大東文化大12年度卒)も54得点だったんですよね。
「そうですね。兄ちゃんも結構点取りましたね」

B:兄ちゃんですか(笑)。兄弟だと誤解している人もいそうですよね。字も似ているし。
「兄弟ですよ。普段から兄ちゃんって呼んでいます」

B:お兄さんがふたりいるんですね(笑)。高3のインターハイでは、ついにベスト8の壁を破ってベスト4までのぼり詰めました。毎年徐々に順位を上げて、力をつけてきている感覚はありましたか?
「そうですね。自分たちの代になってから静岡の新聞とかで藤枝明誠もよく取り上げられるようになったし、強くなってきた感覚はありました。それで高3のインターハイでついにメインコートに立てて。その頃には県内でも大差で勝てるようになっていたし、新人戦は東海大会で中部第一に大差で勝って優勝したのでそれは結構自信になりましたね。まぁ夏の東海大会は、決勝で中部第一に負けたんですけど」

B:その東海大会が、張本選手は高校時代の試合の中で一番嬉しかったと言っていました。
「あれはすごく覚えていますね。めちゃくちゃ悔しかったです。ずっと接戦で、シーソーゲームでした。やっぱり天傑(青学大#8張本)と直輝(専修大#11宇都)にやられましたね。それに向こうにフェイ(日体大#88万)が入って来たじゃないですか。それでサイズアップして、リバウンドが強かったのは痛かったですね」

B:張本選手と万選手がいれば相当大きいですよね。それでも宇都選手も張本選手も、しきりに『3人じゃ勝てない』と言っていたんですが。
「いやいや、その3人に負けましたから(笑)」

B:中部第一は全国では相性の悪い延岡学園にいつも当たって勝てなかったという話でしたが、逆に藤枝明誠は福岡第一とよく当たっているんですね。
「あ、そうですね。1年のウィンター、2年のウィンター、3年のインターハイと。一回も勝ててないです。福岡第一は強かったですね」

131001kobayashi.jpgB:高3の時は国体で準優勝でしたね。決勝で京都に敗れ、優勝まであと一歩でしたが。
「はい。あれはホント行けると思ったんですけどね…。あれも接戦の試合だったんですよ。完全に、キャリー(河上)とバシオ(小林)にやられました(苦笑)」

B:『いつメン』にやられたんですね(笑)。最後のウィンターカップは振り返っていかがでしたか?
「最後は大濠に負けたんですよね。インターハイで勝った相手だったし、ウィンターの時も途中かなりリードしていたんですが。そもそも、あそこは洛南が来ると思っていたんです。国体でも京都に負けていたし、洛南対策みたいな感じでやっていて。なのに洛南が大濠に負けて、正直予想外の対戦でしたね。もうあの時は、田中貴啓(慶應義塾大#5)がヤバかったです。マジですごかったです」

写真下:“バシオ”こと青山学院大の小林選手。インタビュー中に最も名前が上がった選手。


教えられたものではない「ボールへの執着心」

131001fujii13.jpgB:ここから大学の話に移りますが、どうして拓殖大を選んだんですか?
「そりゃあもう、池内さんの『来て』という、その一言で(笑)」

B:他に候補はあったんですか?
「いろいろありましたよ。専修とかも結構考えていましたね。直輝とも『どこにすんの?』とか連絡取り合っていたので。でも結局拓大にしました」

B:宇都選手と藤井選手が同じチームというのも面白そうですね。大学に入って、最初はどう感じましたか?
「一番始めに京王杯で青学とか日大とか強いチームとやった時に、やっぱりレベルの差は感じましたね。体つきが全然違うので吹っ飛ばされまくりだったし、ドライブもできないし」

B:ドライブにも結構行けていたイメージですが、高校との違いを感じていたんですね。拓殖大は爆発力があって乗せたら怖いチームですが、特に1・2年生の時は勢いがありましたね。
「そうですね。特に2年の時はすごかったですよね。あの頃の拓大の、意味分かんないくらいの4Qの強さ。何十点負けていても必ず4Qで追いついていましたから。4Qになると、長南さん(11年度卒・現NBDL黒田電機)とノブさん(長谷川智伸)のシュートが急に入りだすんですよね(笑)」

B:見ていても楽しいチームでしたが、やっている本人たちも楽しかったのでは?
「楽しかったですね。毎回接戦だったし、雰囲気も良かったですし」

B:一転して昨年は、なかなか上位に食い込んでいけずに苦しいシーズンでしたね。
「去年は苦しかったですね。リーグも最初負けばっかりだったし、インカレも日大に負けちゃったし。そういう意味では、去年1年間は一番苦しいシーズンだったと思います」

B:負けている試合でこそ、藤井選手が最後までゴールに向かい続けるシーンが多く見られました。ああいう時はどういう心境なんですか?
「自分は負けず嫌いだから、諦めたくないし、最後まで絶対全力でやろうとはいつも思ってやっていますね」

B:そのがむしゃらで一生懸命なプレースタイルはどこから来るものなんですか?
「いや、別に教わったものではないですよ。ボールへの執着心というか、気持ちです。頑張らなきゃいけないって」

131001fujii7.jpgB:それは高校の頃から?
「いや、高校の時は、ボールというよりゴールへの執着心。とにかく点を取ることを考えていました。でも大学に入ってからは、この身長で直輝みたいに40点とか取っていくのは難しいじゃないですか。それでゴールからボールへと変わっていったのかなと思います」

B:そうだったんですね。藤井選手は今まで、何を糧にバスケットをしてきたんですか?
「うーん…最初は、ただ楽しくてやっていただけですね、純粋に。それで中学生の頃は、先輩たちが上手かったので先輩のようになりたいって気持ちでやってきました。高校とか大学に来てからは、もっとうまくなりたいって。ただ単純にうまくなりたいし勝ちたいしって感じですね」

B:まっすぐな気持ちで取り組んできたんですね。バスケットを辞めたいと思ったことはありませんでしたか?
「あるんじゃないですか? さすがに(笑)。でもあまり覚えてないです。でも高校の時とか、あー辞めたいってことはありましたね。まぁあまり悩んだりめちゃくちゃ落ち込んだりはしないですね」

B:大学の話に戻りますが、今年はバンバ選手も入って、チームも大きく変わりましたね。
「そうですね。だいぶ。リバウンドが強くなるのは大きいですよね」

B:バンバ選手には、自由にやらせるという感じでしょうか?
「そうですね。自由にやらせる、拓大らしい感じです。そんなインサイドにこだわることなくやっていますね」

B:藤井選手自身としては一緒にやっていてやりやすいですか?
「結構やりやすいです。自分も今まで2番ポジションだったのが今年から1番ポジションになったので、バンバがああいう風に攻めてくれると助かるなと。合わせとかアリウープもどんどん狙っていけますし」

B:春の試合は、ポイントガードになったことで藤井選手の攻めるシーンが少し減ったかなと思いました。
「そうですね。1番になって、ゲームの流れが悪い時とかはコントロールしなきゃいけないだろうし、そういう状況を見て自分は行ける時に行こうかなと。自分が攻めてまわりが寄って来たところで、バンバとかに裏を出せば簡単に決めてくれるし。攻める意識がなくなったわけではなくて、攻めるバリエーションが増えたというか、自分がそんな無理しなくてもいろんなところで攻められるようになったかなと。だから今年はそういう風に去年とは違う色を出していきたいと思っています」

B:2番ポジションと1番ポジションとで、違いは感じますか?
「違うっちゃ違いますね。去年までは達也さん(鈴木達也・12年度卒・現bj奈良)がいたので、本格的にガードをやるのは今年からですが。でも意識とかは違っても、そんなやること自体は変わらないかなと思います」

B:ユニバーシアードでも1番ポジション?
「そうですね。1番とか、たまに2番とか。長谷川さんが、シュートを打てとか点を取ってこいという時は2番で出ます。でもそういうところは池内さんも一緒ですね。攻めて欲しい時には成田(#39)とかにボールを運ばせて『祐眞、点取ってこい』とか言われるので。そういう時は2番で出ます」

131001fujii8.jpgB:ユニバーシアードはどうでしたか?
「やっぱり世界は強いですね。大会自体はすごく楽しかったですけど」

B:どこの国が印象に残っていますか?
「3位になったセルビアですかね。自分たちは40点差くらいで負けて…。強かったですね。セルビアもだし他のチームも、基本的に手が長いんですよ。『え、そこ届く!?』みたいな。普通にパスを出しても触られますし、いつも通るようなパスも通らない。あとはデカいので、フリーなら全部ダンクに持っていかれるし」

B:ユニバーシアードは張本選手が怪我で抜けたり永吉選手がA代表に招集されたりと、メンバーが直前で抜けましたよね。
「でもユニバの時はそれまでの準備の期間が結構長かったのでまだ大丈夫だったんですけど、李相伯の時は直前に急に抜けちゃって、事前練習でやってきたセットプレーとかゾーンとかができなくて困りましたね」

B:藤井選手は張本選手が抜けてからキャプテンになりましたが。
「そうですね。でも自分も天傑が抜けてからいきなりキャプテンと言われたので、キャプテンの自分がというよりは4年生で引っ張っていこうと。直輝とかもいろいろ声をかけてくれるし、試合中も自分や直輝が率先して声を出すようにしました」

B:ユニバーシアードは、他の競技の試合は観に行けるんですか?
「行こうと思えば行けるんじゃないですかね? 自分たちはあまり行く余裕がなくて見てないですけど、他の競技の人がバスケを観に来てくれたりはしていました。選手村とかで他の競技の人もいましたね」

B:国際大会に行って何か感じたことはありますか?
「やっぱり世界の高さとか、フィジカル、シュート力を肌で感じて、今の日本じゃ劣っているのかなと思いました」

写真上:1年生の新人戦にて。今より少し幼さを感じる顔立ち。このときは青山学院大と決勝を戦った。


遊びで身につけた1on1スキル

131001fujii4.jpgB:話は変わりますが、藤井選手の1on1の秘訣についてお伺いしたいと思います。藤井選手は結構体勢が崩れていてもバスケットカウントを取れますよね。ああいう時、ゴールは見えているんですか?
「いや、見えてなくて感覚で打つときも結構多いですね。でもファウルが来たらヨッシャって感じで、見えなくてもリングに投げて、入ればカウントですし」

B:狭いところもガンガン抜いていきますよね。接触を嫌がる選手もいますが、全くひるまないというか。
「そうですね。まぁ痛いのは嫌ですけど、そんなこと言っていたらバスケできないですからね(笑)」

B:あと藤井選手は抜いたあとの一歩もすごく大きく跳んでいる印象です。
「そうですか?うーん、なんなんですかね…どうやって抜いてるんだろう。考えてやったこと無いから分かんないです(笑)。まぁ直輝も言っていたけど、基本、ズラして行くってのは一緒ですね」

B:考えてどうこうよりも感覚でプレーしているんですね。小さい頃から攻めるスタイルだったんですか?
「プレースタイルはたぶん変わらないですね。ドライブで行く感じでした」

B:ドライブにはハンドリングが大事になると思いますが、ハンドリングはいつ頃一番練習したんですか?
「中学じゃないですかね。ミニバスでも練習はしていたんですけど、一番は中学かなと。練習というか、中学の頃はいつも練習後に先輩たちと一対一をやっていたんです。そういうので多分ハンドリング力もついたのかなと思います」

B:シューティングと一対一とでは、どちらを多くやっていましたか?
「中学の時は間違いなく一対一ですね。とにかく遊びの感覚で、ずっと一対一をやっていましたね。高校の時は、同じくらいどっちもやっていたかな」

131001fujii9.jpgB:小さい頃にやっていたことが今に生きているんですね。ポイントガードになれば3Pもこれまで以上に求められると思いますが。
「でもスリーは、調子が良ければ大丈夫です。そんな苦手意識はなくて。ラインが遠くなった時はちょっと打ちづらいなと思いましたけど、今は慣れたし全然大丈夫です」

B:では最後に今後のシーズンについて。下級生も入ってきて、4年生としてチームを引っ張ることが求められますね。
「そうですね。下級生が多くて試合によっては波があると思うので、そういうところをコントロールしていければなと。でも自分はずっとユニバでいなかったんですけど、帰ってきてだいぶみんなディフェンスが拓大らしくなってきたなと思いました。練習中からみんな激しく前から当たって頑張っているのは、いいんじゃないかなと思います」

B:青学・東海の牙城を崩したいところですね。
「狙います、もちろん。打倒青学、東海です。その2チームは倒したいですね。他のチームもですけど。でも青学、東海以外の他のチームって、抑えるべきポイントが結構分かるじゃないですか。ポイントをしっかり抑えて自分たちのバスケットがちゃんとできれば勝てると思うんですけど、東海・青学みたいなチームはポイントが定めづらくて強い。だからこそ倒したいですね。でも、バシオだけにはつかれたくないですね。ディフェンスがいやらしいんですよ、あいつ(笑)」

B:確かに小林選手はいつも良い仕事をしていますよね。
「そうなんです。一昨年なんてトーナメントの決勝で礼生(東海大#0ベンドラメ)からスティールして、おいしいところを全部持っていって。バシオをつけるのだけは、NGでお願いします(笑)」

B:藤井選手は、普段のオフは何をしているんですか?
「普段は、寝ています。遊ぶとしたらバシオんちです(笑)。休みの日とか出かけるとしたら、バシオの家か、バシオとデートか…」

B:小林選手と常に一緒なんですね(笑)。どこに行くんですか?
「いや、それは言えないっすよ(笑)。秘密です」

B:(笑)。では、次にインタビューを回す人を指名してください。
「いや、どうしよっかな〜。誰でもいいんですよね?じゃあバシオにしようかな…いや、でもまた青学に戻るからな…。誠司(青学大#13鵤)とかでも良いんですけど。じゃあ青学はやめて、キャリー(早稲田大#21河上)にしよう。ケです。あ、キャリーの新しいあだ名は、ケですよ。新しいあだ名は、合宿を重ねていくうちに変わっていったんです。呼びやすいじゃないですか。『おい、ケ』って」

B:(笑)。河上選手とはいつからそんな仲良くなったんですか?
「いつですかね?1年のときとかたぶん全然しゃべってないですよ。早稲田が2部だったし。2年とか3年ですね」

131001fujii3.jpgB:藤井選手は自分が出ない試合もよく観戦に来ていますよね。青学大と延世大の定期戦とか。
「そうですね。だって大好きですもん。バシオが大好き。これちゃんと書いといて下さいね(笑)。向こうも俺のこと大好きなので。バシオの他にも、天傑もいるし、誠司もいるし」

B:鵤選手のことも好きなんですね(笑)。
「誠司、めちゃくちゃ可愛いんですよ。やばいです。じゃあ誠司はまだ2年だから、2年後にインタビュー回してあげてください。誠司と礼生(東海大#0ベンドラメ)は2年後。あいつら生意気なんですけどね。かわいいやつです」

B:では次回は早稲田大・河上宗平選手にお話をお伺いします。藤井選手、ありがとうございました。

写真下:サインに添えた言葉は「疾風迅雷」。悩みつつ、通りかかった後輩にも相談しながら彼らしい言葉として選んだ。


◆#40藤井祐眞(ふじい ゆうま)
湖東中→藤枝明誠高→拓殖大
4年・G
177cm/70kg
・2006 高知全中出場(中3)
・2009 インターハイベスト4(高3)
・2009 国体準優勝(高3)
・2009 ウィンターカップベスト8(高3)
・2011 新人戦 得点王
・2012 トーナメント 優秀選手賞
・2012 関東学生選抜代表
・2013 李相伯杯代表
・2013 ユニバーシアード日本代表


(2013.8.7インタビュー)

※選手の所属チームなどはインタビュー時のもので掲載しています。

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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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