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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2013.07.14 (Sun)

【SPECIAL】BOJラインvol.17〜張本天傑選手〜

リレー形式インタビュー「BOJライン」
vol.17~青山学院大学・張本天傑選手~


130703_1.jpg 選手の指名でリレー形式にインタビューをつなぐ「BOJライン」。第16回の専修大・宇都直輝選手からバトンを渡されたのは、青山学院大・張本天傑選手です。

 199cmの高さと強靭な身体、そして過酷な練習で培った機動力からなるダイナミックなプレーが持ち味。強豪・青学大でみるみるその実力を開花させ、今や大学界のみならず代表クラスのプレーヤーとして将来が期待される選手です。

 今回の取材で今後のシーズンへの意気込みもお伺いしましたが、そのあとトーナメント決勝で不運な怪我に見舞われ、秋シーズンはリハビリから試合復活を目指すことに。学生最後の年にして、大きな試練が訪れることになりました。しかし術後の経過も「順調です」とのこと。再びコートに戻って来て、素晴らしい活躍を見せてくれる日を待ちたいと思います。

 BOJライン、第17回もどうぞお楽しみ下さい。

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日本でバスケットを本格的に始める

130703_2.jpgBOJ(以下B):BOJライン、第17回は青山学院大・張本天傑選手です。よろしくお願いします。宇都直輝選手からの紹介ですが。
「直輝がインタビューする前から、『次はお前に回す』と言われていました。でももうちょっと早い時期に誰かから回ってきて欲しかったんですけどね(笑)。大貴(東海大#24田中大貴)あたりから来ても良かったのにな」

B:田中選手は、張本選手と迷った末に永吉選手に回していました(笑)。(BOJラインvol.4)。
「あいつめ…(笑)」

B:同じく毎回名前は出るのに未だにインタビューが回ってない藤井祐眞選手(拓殖大)もいます。でもみんな誰に回すかかなり悩みますね。タイミングなどにも左右されているかも。
「大丈夫です。自分の次は祐眞に回しますから」

130703_14.jpgB:もう決めてあるんですね(笑)。
「はい。自分、祐眞とキャリー(早稲田大#21河上)とバッシー(青学大#小林)と、4人で『いつメン』なんですよ。いつも一緒にいるメンバーで、超仲良いんです」

B:確かに試合の合間などもいつも一緒にいますね。では本題に入りますが、バスケットはいつから始めたんですか?
「始めたのは、小学校2年生くらいです。最初は中国で始めました。お父さんが昔バスケをやっていたので」

B:出身は中国のどのあたりなんですか?
「遼寧省ってところです。奉天って分かります? 満州とかの。そのあたりです」

B:北の方ですね。
「そうです。めっちゃ寒いです(苦笑)」

B:いつ日本に来たんですか?
「来たのは…小5かな? それくらいです。もともと、自分がこっちに来る前にまず両親が日本で働き始めて、自分はひとりぼっちで中国に残ったんです。小学生だし、親が恋しくてよく泣いていました。でも冬休みに1ヶ月くらい日本に遊びに来て、親にもいいよと言われてこっちに来ることになって。そのときに最初に住んだのは、岐阜だったんですけどね」

B:愛知ではなかったんですか。日本に来て最初はどうでしたか?
「岐阜の地元の小学校に入ったんですが、最初は日本語も全く分からなかったので苦労もありました。でも頑張って勉強して。で、自分はバスケをやるつもりはなかったんですけど、その頃に親が働いていた料理屋の駐車場にバスケットボールのリングを買ってくれたんですよ。それで小学校のミニバスみたいなものに入りました。その後、中学校にあがるときに愛知に引っ越して親が中華料理屋を始めたんです。中学校は地元の学校に入りました」

B:愛知県の三好北中学校ですね。
「そうです。バスケは全然強くない学校です(笑)」

B:強いチームではなかったんですね。
「はい。自分もそのときはめっちゃデブで(苦笑)。全然走れなかったんですよ! むしろ体力はチームの最後くらいでした。まぁ身長が高かったのとバスケはある程度できたのとで、ジュニアオールスターには入れてもらえたんです。そこでちょっと注目してもらえた感じですね」

B:ではジュニアオールスターのときはまだ太っていたんですか?(笑)
「そうです(笑)。めっちゃ太ってましたよ。お腹とかヤバかったです」

130703_3.jpgB:想像がつきません(笑)。身長はいつごろ伸びたんですか?
「うーん…いつごろというか、急に伸びたんじゃなくずっと右上がりに伸び続けた感じですね。その頃から結構背は高かったです」

B:ジュニアオールスターでは、宇都選手と同じチームになりましたね。
「そうです。あいつは、反抗的ですごかったです(笑)」

B:そうなんですか(苦笑)。
「その頃からすごいですよ。認めている人の言うことしか聞かないし(笑)。まぁそれでジュニアオールスターで宇都と仲良くなって、一緒に中部第一に行こうとなりました」


「試合より練習の方が緊張した」高校時代

130703_9.jpgB:中部第一高校に入学してどうでした?
「最初は全然走れなくて、体力もなくて…もう本当に、最初は毎日が地獄のようでしたね」

B:練習が凄まじかったらしいですね。
「やばいですよ! ほんとに。俺、自信持てます。絶対全国でベスト3に入るくらいのキツさです、あれは」

B:何が一番つらかったですか?
「ランがやばいんです。まず練習のうち、まるまる一時間はアップなんですよ。それもずっと走るメニューばっかり。いや、もうそれがありえない感じで(苦笑)。練習に来なくなる奴もいたし…。まぁそのキツい練習おかげで、高2くらいから走れるようになりましたね」

B:人間、そういう風な環境で追い込まれると走れるようになるんですね。
「なりますね(笑)。間違いなく走れるようになります」

B:それだけ鍛えれば体重も落ちたのでは?
「落ちました。もう逆にガリガリに痩せて(笑)。他のみんなもガリガリでした」

B:運動量が多くて、太れないんでしょうね。
「そうなんです。自分なんてガリガリだったので、朝練のときに自分だけ弁当を食べなきゃいけなかったんですよ(笑)。自分にとっての朝練は食べることなんです。みんながバスケの朝練をしている中、自分だけ机を出してコーチと対面しながら弁当を食べるんです。体重が足りないから太れ、ということだったんですけど。でもいくら食べても全然太れなかったんですよね」

B:それはすごいですね(苦笑)。それだけ練習がハードだったんでしょうね。中学の頃は全然走れなかったという話でしたが、高2の頃に走れるようになったと。
「はい、徐々に走れるようになりました。それと同じくらいのときに、ダンクも突然ある日できるようになりました」

B:そうなんですか。ある日突然?
「そうです。あれは高1の終わり…いや高2かな? なんか、練習以外の時間にも自主練をしなきゃいけなかったんですよ。自分で足りないことを考えて、自分なりのメニューを探して自主練するんです。それでまず自分は走れなかったので、走れるようになろうと思って坂ダッシュを10本くらいやったんです。そのあと体育館に入って、高く飛べないから飛ぶ練習をしようと思ってダンクの練習をしたら、一発でできたんですよね。『あれ? できちゃった』って(笑)」

B:厳しい練習の成果でしょうね。いつの間にかジャンプ力もついていたという。
「ですね。ダンクもできるようになったし、そのおかげで今これだけ走れるというのはあります。だから本当に高校のときの監督には感謝していますね」

B:部員は何人くらいいたんですか?
「部員は、30…40人近くいました。AとBに分かれて練習します。自分が高3くらいから地方の人も入って来始めたんですが、基本的には愛知県内の人がほとんどでしたね」

B:厳しい練習でやめてしまう人もいたということですが、逃げずにやりきったのは何人くらいいるんですか?
「一回も逃げなかったのは、たぶん自分と宇都とキャプテン(一戸 真)くらいですね。3人だけ。3人は、同じジュニアオールスターでやっていたメンバーでもあったし、頑張りました」

B:宇都選手が、仲間同士で助け合わないとやっていけないと言っていました。みんなでバレーコートをぐるぐる走るメニューの話を聞きましたが。
「そうそう、5人で走る練習メニューがあるんですよ! いつも宇都が一番前で自分が一番後ろで、真ん中にあまり走れない人を挟むんです。俺が後ろから背中を押しながら走って、宇都も声とかかけて、それでちゃんとタイムを切るようにやっていましたね」

B:助け合いながら工夫していたんですね。
「そうですね。大変でしたから。もう。試合前より、練習前の方が緊張しますもん(笑)。今日は一体何やるのかな…乗り越えられるかな…って。丸一日オフなんて本当にインターハイの県予選の決勝の次の日くらいしかなかったと思います」

写真:2010年の新人戦で。大型ルーキーとして同じく青学大の永吉に注目が集まっていたが、張本も光るものを見せていた。


全国大会で強敵と対戦

130703_7.jpgB:それだけ練習していると、試合でもあまり疲れない感じですか?
「そうですね。1日2試合でも、そんなに疲れなかったですね」

B:すごいですね。全国大会では、高1から高3までインターハイに出て、高3のときはウィンターカップ初出場だったんですよね。全国大会の思い出はありますか?
「高1のときのインターハイは、1日目の試合で自分は調子良かったんですけど、宇都が熱中症になってしまってそれでボコボコにされました。うーん…でもそれくらいで、インターハイは正直あまり印象がないですね。一番印象に残っているのは、最後のウィンターカップかな」

B:高3のときはインターハイもウィンターカップもベスト8決めで延岡学園と当たっているんですね。
「そうなんですよ。なんなんですかね、この組み合わせのくじ運(苦笑)。延岡はやりたくない相手だったんですよ。永吉がいてセネガル人がいて、川元とかもいるじゃないですか。自分たちのチームは宇都と自分とフェイ(日体大)の3人でやっている感じだったので、全く強みを出せませんでした。悔しかったですね」

B:中部大第一も、3人そろえば十分豪華なメンバーのように思えますが。
「いやでも3人じゃやっぱり足りないんですよ、延岡とか全国で優勝するようなところとやるには。他の人もみんな練習は結構頑張っていたんですけどね」

B:キャプテンはどんな選手だったんですか?練習も耐えぬいたということですが。
「はい。でもキャプテンは結構怪我が多くて、試合はあまり万全な感じで出られなかったんです。怪我無しでやっていたのは、俺と宇都くらいですね」

B:話を戻しますが、延岡戦では誰とマッチアップしたんですか?
「自分は永吉です。でもあの頃は自分、ガリガリに痩せていたので…。永吉はもうパワーが、えげつないえげつない(苦笑)。今はまだなんとかなるんですけど、あのときはちょっとキツかったですね。でももう一回今同じメンツで戦ったら、負ける気はしないです」

写真:2010年のトーナメントで。まだ体の線も今より随分細い。


成長のカギはチームメイトとの切磋琢磨

130703_6.jpgB:それは面白そうですね。ではここから大学の話に入りますが、どうして青学大を選んだんですか?
「自分で言うのもなんですけど、高校のとき自分、結構頭が良かったんですよ。成績もクラスでずっと一位とかで。それで親からも『行くなら良い大学に行きなさい』と言われて、最初は青学ではない他の大学に行こうとしていたんです。でも長谷川さん(青学大監督)から声をかけてもらったときに、バスケをやるなら厳しい青学でやりたいと自分で思って。青学もいい大学だし、それで行きたいと親に言いました」

B:青学は練習がキツいと言われていますが、中部大第一高でやってきた張本選手ならそんなことはなかったでしょうね(笑)。
「はい。もうびっくりしましたよ! 高校時代に比べたら全然楽です。アップにも及ばない(笑)。でもそのかわり、練習よりトレーニングがきついですね」

B:大学は高校よりもどちらかと言えばトレーニングをしっかりやりますからね。
「そうですね。だからたぶん練習はどこの大学も同じような感じだと思いますよ。キツいのは筋トレとかラントレとか、そういうトレーニング系ですよね」

B:吉本トレーナーに鍛えられていると#7野本選手も言っていました。(BOJラインvol.14
「そうですね。鍛えられています。特に野本が一番ウエイトとか頑張っていると思いますね。真面目に、ストイックに。ただ、あいつの課題はメンタルです(苦笑)」

B:そうなんですか(笑)。
「あいつ、練習中は誰にも止められないんですよ! 動きもキレキレだし、シュートも入るし。でもいざ試合になったら『どうした!? 何かあった!? 』って思うくらい、毎回驚きで(笑)」

B:(笑)。試合に練習の成果を出せればいいですね。
「出せればいいんですけどね…。誰もいないところにパス出そうとする珍プレーもありますからね。あれはやばいです」

B:オールジャパンのときもありましたね(苦笑)。
「あと去年の李相伯の話で、試合中に野本がフリースローをもらったんですけど、急にバンクシュートでフリースローを打ち始めたんです。そんな打ち方、今まで練習でも一回も見たことないのに(笑)。それで2本ともバンクシュートで打って、2本とも外して」

B:どうして本番でいきなり(笑)。
「そうなんですよ。え、どうしたどうした!? って聞いたら、『試合前にウォンさん(元 炳善・東海大九州部長)から今日バンクシュート入るよって言われて…』とか言って。いや、ほんと意味分かんないですよね。めっちゃ天然なやつなんです」

130703_4.jpgB:かわいい後輩ですね(笑)。青学大では同期も畠山選手、永吉選手、小林選手とキャラクターの濃い選手が集まっているかと思いますが、第一印象はどうでしたか?
「想像していた感じとは違いましたね(笑)。でもバスケットに対してはみんなすごく情熱を持っていて、コートに入れば熱い人ばかりです。それは良いと思います。ライバル関係でもあって、よく練習中も喧嘩とか言い合いもしますし」

B:練習からガツガツ本気でやれているんですね。
「はい。なかなかそういう仲間って、出会えないじゃないですか。それは良かったなと思います。高校のときも、自分は宇都とそういうライバル関係だったんです。いつも練習中は喧嘩ばかりして、練習が終わったらすぐ仲直りしてました(笑)」

B:素敵な関係ですね。大学の話に戻りますが、張本選手は大学2年生のときに飛躍的に成長した印象を受けます。自分自身、振り返っていかがですか?
「たぶん1年のときに、練習中アレクさん(湊谷安玲久司朱・10年度卒)とかとマッチアップしていたのが大きかったと思います。ファーストチームとセカンドチームというのがあって自分は常にセカンドチームにいたので、いつもスタメンのアレクさんとマッチアップしていました。練習でそれだけレベルの高い選手たちとやれるのは青学くらいだと思うんですよね。それでアレクさんたちが引退してから、その穴を福田さん(福田真生・11年度卒)と中川さん(中川真雄・11年度卒)と自分の3人で埋めようと。そこもライバル関係だったんですよね」

B:3人で切磋琢磨して、張本選手がスタメンを勝ち取りましたね。
「そうですね。コートの中では先輩とは思わず、ライバルだと思って戦ってきました。それに1年のときに少し怪我をして、吉本さんと1カ月か2カ月くらいウエイトしていた時期があったんです。まだトーナメントとか始まる前の時期だったんですけど、そこでトレーニングして体もガッチリしてきたし、それもうまくつながったんだと思います」

B:2年生のときは、自分のやるべきことが明確になってプレーにも自信が表れていたように感じました。自分の役割は徐々に見えてきたものなんですか?
「はい。その怪我している1年のときに、トレーニングしながらみんなが練習しているのを見て『あ、こういうのが足りないな』とか『自分はこうしなきゃだめだな』とか気付いて。それで自分がどういう仕事をしなきゃいけないのかが分かりました。成長したと言うか、2年のときは本当に自分がやるべきことが見えたことが大きかったと思います」


「目標がないまま練習していた」 王者の苦悩

130703_11.jpgB:2年生のときは2年連続4冠達成を成し遂げて、とにかく強かったなという印象を受けます。
「そうですね。辻さん(辻直人・11年度卒・NBL東芝ブレイブサンダース神奈川)もおったし…」

B:シューターの存在は大きかったですね。その頃、勝ち続けるあまりモチベーションを保つのが難しいという話を青学の選手たちからよく聞きました。それは張本選手も同様ですか?
「それはありましたね。そこまで行くと、チームとして成長しづらいじゃないですか。相手もいないし、上にも行けないし…。だから正直、目標がないまま練習をやっていた感じなんです。特に去年はリーグ戦中ずっと雰囲気悪いままに終わってそのままインカレに入ってしまったので、それも敗因のひとつだったかなと。それで去年の負けがあったから、今はこうしてチームも大きく成長したかなと思いますけどね」

B:去年のインカレ決勝での負けはやはり相当大きかったですか。
「ショックですよ。あんな負け方、もう悔しくて悔しくて…。あんな号泣したのも初めてかも知れないです」

B:あの決勝戦は、序盤からどこか追い込まれている感じでしたよね。
「そうですね。向こうもたぶん気持ちが入っていたので…。正直僕ら、前の日の明治戦が良すぎてしまったんですよね(苦笑)。長谷川さんから準々決勝の大東戦で怒られたんですけど、準決勝にピークが来てしまいました。決勝で修正するのが一番良かったんですけどね。決勝は、自分の足も3Qくらいからずっとつっていました。全然走れなかったですね」

B:それは気持ち的な問題ですか?
「そうだと思います。自分、普段は全然足つらないタイプなので。でも決勝はプレッシャーと緊張と…そういうのが全部合わさって、全然いつものプレーができませんでした」

B:負けて学んだものは、今まで勝ち続けてきた試合から学ぶものとはやはり違いますか?
「違いますね。負けるとたくさん改善点が見えるじゃないですか。それで全員で課題を修正しようとしていく、その過程が大事だと思うんですよね。勝つと、自分に足りないものが個人としてもチームとしてもあまり見つからなかったりするんです。そこがたぶん一番違うと思いますね」

B:去年は、勝ち続けることの難しさを味わったシーズンだったんですね。
「目標がないというのは難しかったですね。でも今は去年負けて目標も明確になったし、そういう意味ではやりやすいです。今年は自分、インカレに本当に全部懸けているので。トーナメントやリーグ戦がどうでもいいというわけじゃないですけど、全部インカレで最後に優勝するためのものだと思っています」

B:やっぱりインカレは4年生の力が重要になってくるのではないでしょうか。去年の東海大は主将の狩野選手があれだけチームに魂を入れましたし。
「そうですね。4年生になって自覚も出てきたというか、やらなきゃいけないなと思います。4年生は一番大変ですね。責任も感じるし、今までの年と全然違います。昔を思えば、自分たちは先輩の背中を見てバスケしてきたじゃないですか。だから俺たち4年がやらないと後輩もついてこない。今下級生で試合に出ている人も多いので、その面でもちゃんと自分たちが引っ張らないといけないと思いますね」

B:昨年は、インカレのあとにオールジャパンでJBLのレバンガ北海道を破りましたね。かなり白熱した好ゲームでした。
「あの試合は良かったですね! あれは楽しかったです。目標にしていたJBLに勝てて、インカレで優勝したときより嬉しかったかも知れないです」

130703_12.jpgB:あの試合は主将の山崎選手や比江島選手など、去年の4年生が最後に意地を見せましたよね。今年はエースの比江島選手が抜けたことで、オフェンス面に大きく影響が出るのではと思いますが。
「そうですね。今年はガッツリ点を取れる人がいないので、自分がやらなきゃいけないなという思いはあります。リバウンドとかディフェンスだけじゃなくて、点も取りにいかないと」

B:昨年からシューター不在と言われた青学大ですが、最近は張本選手や野本選手も積極的に打ちますよね。外のシュートはかなり練習している感じですか?
「相当していますね。今も普通に外でボール持ったら打て打て、という感じです。でもやっぱり、去年は辻さんが抜けて絶対的なシューターがいないのが痛かったですね」


代表で感じた、もっと上を目指す意識

130703_10.jpgB:張本選手は日本代表の経験もありますが、代表への意識はいつからあったんですか?
「最初、大学2年くらいのときにユニバを経験してから、いずれはという意識も少しありました。それで去年一回A代表に入れてもらえて、試合も結構出させてもらったのは大きいです」

B:初めてのA代表、デビュー戦でいきなりスタメンだったんですよね。
「はい、なぜだか知らないけどスタメンで(笑)。代表で感じたのは、今のままでは全然通用しないなと。バスケットの経験の違いを感じました。上の人とやればやるほど、うまくなるような気がしたんですよね。だからうまくなるためにも、もっと上を目指したいなと思いました」

B:今後も遠征や海外との試合で経験を積みつつ、もっと自分のプレーを広げていきたいというのはありますか。
「広げたいですね。スリーも打てるようになりたいし、あとはもう少し安定したプレーをしたいです。自分はターンオーバーが多いので、もうちょっと冷静にゲームができたらなと。将来的には上でやりたいし、オリンピックも行きたいです」

B:でもやればやるほどうまくなる気がする、というのは楽しかったでしょうね。
「はい。すごく楽しかったです。それに大学の代表活動ではユニバのときからずっと、自分と比江島さん、(田中)大貴、永吉という同じ4人のメンバーで全部一緒にやってきたので。だから今年はその中で自分だけ入れなかったのは正直寂しかったですね。去年も、アジアカップ前に自分だけ外れて…。でも仕方の無いことだし、チームに残ったからには青学で頑張ろうと思って、リーグ戦の前半は自分なりに頑張ったんです。でも、リーグの後半でふたり(比江島・永吉)がチームに戻ってきてから、俺の存在価値はどこにあるんだろうとか考えてしまって…」

B:あの頃はかなり悩んでいる様子でしたね。
「はい。悩んで、プレーも全然うまくいかなくて。リーグの後半は、自分で言うのもなんですけど、別人みたいでしたよね。去年のあのときが一番つらい時期でした」

B:吉本トレーナーと語り合ったと聞きましたが、いつもそういう悩みは相談するんですか?
「そうですね。吉本さんの家に行って、ふたりで結構語ったりしました。吉本さんとは結構なんでも話せる感じですね。そのおかげで立ち直ることができました」

B:そうだったんですか。ところで今年はスタッフに白鴎大のコーチだった廣瀬さんが加わりましたが、指導は長谷川さんとどう分担しているんですか?
「今は主に長谷川さん中心にやっているんですけど、廣瀬さんが教えてくれるプレーもあるし、長谷川さんのフォーメーションもあるしって感じですね」

B:その環境にはすぐに慣れましたか?
「はい。全然問題なく。みんなから愛されるようなコーチで、いい感じだと思います。ふたりとも熱いですよね。ただ、長谷川さんの熱さには慣れてたんですけど、最初は廣瀬さんの熱さにびっくりして(笑)。『なにこの人、やけどするやん』みたいな(笑)。熱すぎて驚きましたけど、今はもうすごく良い関係ですね」

130703_13.jpgB:そういえば、ゾーンディフェンスは練習していますか? 去年は春先からやっていましたが。
「今年もやっていますよ。京王電鉄杯でもちょっとやりました。最後の早稲田戦かな? その時間帯だけ自分が3番ポジションになる感じでやっています」

B:廣瀬さんも、去年は白鴎大でいろんなゾーンを敷いていたんですよ。2部ではそれにハマってしまうチームも多かったです。
「あ、そうなんですか。それは楽しみですね。長谷川さんのゾーンも結構効くと思いますし」

B:去年からやっている3−2のゾーンも効果的ですよね。張本選手が真ん中にそびえるのは、もはやズルい感じがします(笑)。ボールが中に入りませんから。
「(笑)。でもあれ相当キツいんですよ! あの形だと、真ん中の人の運動量がやばいんです」

B:ゾーンは一見マンツーマンより楽に見えることもありますが、そんなことはないんですね。
「はい。めっちゃキツいです」


「中華料理は全般作れる」知られざる一面

130703_8.jpgB:話は変わりますが、自分の性格は?
「うーん…結構人見知りですね。なんというか、流されやすいタイプなんですよ。みんなについていっちゃう感じです」

B:それは意外です。あと、宇都選手は張本選手が実は甘えん坊だと言っていました(笑)。
「いや、あいつが甘えん坊ですよ! 俺とか仲良い知り合いにはめっちゃ甘えてきますから。会うと『てんけつ〜』とか言って抱きついてくるので、『やめろ気持ち悪い!』って言ってます(笑)」

B:仲良しですね(笑)。宇都選手が喧嘩しそうになると、張本選手がいつも止めてくれるとも言っていました。張本選手は大人だと。
「そうなんです、自分は大人です(笑)。いつも自分が止めに入っていましたね。『やめろやめろ、まぁまぁ…』って。直輝も、自分の言うことは結構ちゃんと聞いてくれるんですよ。他の人の言うことは全然聞かないのに。でもあいつは、大学4年目になっても子供のままな気がします(笑)。試合しても、コイツ変わってないな〜と思いますもん(笑)」

B:(笑)。いいコンビだったんですね。
「まぁそうですね。はい(笑)」

B:張本選手のご両親は愛知県で中華料理屋をなされているという話ですが、張本選手も料理上手だと聞いたことがあります。
「小さい頃から店の厨房にずっといたので、料理はできますね」

B:得意料理は?
「うーん…まぁ中華料理なら全般作れますけど」

B:すごいですね! お父さんお母さんはどんな人なんですか?
「父とは基本、バスケの話題しか話さないです。基本的に、1日1回は親に電話しないといけないんですよ。家族のルールみたいな。たまに父から電話がかかってくると、とりあえずバスケの話しかしないですね。前は試合で悪かったときとか、家に帰って説教1時間とか2時間ってときもありました」

B:バスケには厳しいんですね。お母さんについては、以前新人戦の決勝のインタビューで朝早く起こされた話をしていましたよね(笑)。
「いつも起こされるんですよ! 試合のときに泊まりにきて、本当は10時起きとかでいいのに、朝早くから洗濯機回したり掃除機かけたりしはじめて(笑)。大事な試合の日なのに寝かせてくれないんです。『なにやってんの!? まだこんな時間じゃん』って(笑)。決勝だとか、全くおかまいなしです」

130703_5.jpgB:(笑)。ではそろそろ次にインタビューを回す人を、というところですが、藤井選手と決めてありましたね。藤井選手にどんな話をしたら面白いですか?
「祐眞はたぶん高校時代の話をしたら面白いんじゃないですか? 自分や宇都とも結構高校時代から絡みはあったんですよ。東海大会でいつも当たっていたので。よく覚えているのは、自分たち、高3のときに初めて藤枝明誠に勝ったんです。東海大会の決勝で、4点差。あれはかなり嬉しかったですね。高校の試合の中で、一番嬉しかったです。ずっと勝てなかった相手だったし、その前の新人戦で100点ゲームでボコボコにされていたんですけど、夏に勝てたので。でも勝ったのに、全国では延岡に当たって負けて、あっちの方が上までいったんですけどね(苦笑)」

B:藤井選手は、自分は関係なくても知り合いの試合をよく応援に来ていますよね。青学と延世大との定期戦で見かけたりします。
「そうですね。仲がいいんですよ。いつも俺の家に泊まりにきたり、河上の家にみんなでゲームしに行ったりします。小林を含めて4人でよく遊んでいますね」

B:それでは次回は拓殖大・藤井祐眞選手にお話を伺います。張本選手、ありがとうございました。

写真上:今年のトーナメント決勝戦。怪我をしながらも自らの意志でコートに戻ってチームを奮い立たせた。勝利が見えて先にベンチへ下がる張本を、チームメイトが温かく迎えていた。
写真下:右上にサインし、書いた言葉は「礎」。その言葉通り、チームの、バスケ界の礎となれるか。

◆#8張本 天傑(はりもと てんけつ)
三好北中→中部大第一高→青学大
4年・F
199cm/97kg
・2006 ジュニアオールスター愛知県代表
・2009 インターハイベスト16(高3)
・2009 ウィンターカップベスト16(高3)
・2010 新人戦 優秀選手賞
・2011 新人戦 優秀選手賞
・2011 ユニバーシアード日本代表
・2012 トーナメント 優秀選手賞
・2012 1部リーグ戦 優秀選手賞
・2012 日本代表(ウィリアム・ジョーンズカップ)
・2013 トーナメント 最優秀選手賞
・2013 李相伯杯代表(怪我のため欠場)

(2013.5.7インタビュー)
※所属チームなどはインタビュー時点のもので掲載しています。

 
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