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2012.03.31 (Sat)
【SPECIAL】BOJラインvol.9~辻 直人選手~
リレー形式インタビュー「BOJライン」
vol.9~青山学院大学・辻 直人選手~
選手の指名でリレー形式にインタビューをつなぐ「BOJライン」。第8回の大東文化大学・遠藤祐亮選手からバトンを渡され、今シーズンのトリとなるのは青山学院大学・辻 直人選手です。
王者・青山学院大学を引っ張ってきたエースシューターの辻選手。ディフェンスを物ともしない驚異の成功率を誇る3Pシュートに加え、今季はドライブやアシストでも魅せてくれました。2年連続3冠達成に加え、数々の個人賞も受賞し、輝かしい実績を誇る選手です。
関西出身でみんなの盛り上げ役という一面を持ちながらも、意外に人見知りで気を使ってしまうという意外な面も。インタビューでは自身の葛藤や部員とのエピソード、そして持ち味であるシュートについてなど、様々なお話を伺いました。今シーズンを締めくくる第9回BOJライン、どうぞお楽しみください。
BOJ(以下B):BOJライン、第9回は青山学院大学・辻直人選手です。よろしくお願いします。遠藤選手からの紹介ですが、辻選手から見て遠藤選手の印象は?
「かっこいいです!」
B:遠藤選手はかなりの人見知りだそうですね。今年の学生選抜で仲良くなったとお伺いしましたが。
「そうですね。自分も実は人見知りで…。それに今まであまり接点が無かったんです。だから学生選抜で結構仲良くなりました。今は結構飲んだりして…良い感じです(笑)」
B:辻選手も人見知りとは意外です。では本題に入りますが、バスケットを始めたのはいつ頃ですか?
「小学校5年生です。多分他のみんなより遅めだと思います。自分、小さい頃からソフトボールをやっていて、野球選手になるのが夢だったんですよ。小学生の頃はソフトボールもバスケも2つともしていて、中学からはバスケだけになりました」
B:ソフトボールからバスケットへと移っていったのはどうしてですか?
「それは全部兄ちゃんの影響ですね。小5の時も、兄ちゃんがバスケを始めたから自分も始めたんです。僕かなり兄ちゃん子で、小さい頃は兄ちゃんの真似ばっかりしてたんですよね」
B:そうだったんですか。ミニバスはどんなチームでしたか?
「自分が入った時に作ったチームなんです。6年生の時に大阪ベスト16くらいで、全然強くなかったですね。練習も週1か週2くらいで、そんなに厳しくなかったと思います」
B:そこから中学校に上がってバスケ1本になったと。
「そうです。でも中学も全然強豪ではなくて、市の大会も優勝できないくらいだったんです。メンバーもほぼ小学校からそのまま上がった感じでしたからね。でも中2くらいから外部コーチに来てもらうようになって、中3の時に大阪で優勝しました。それは印象に残っています。ミニバスから一緒にやってきたチームメイトなので、めっちゃ仲良いんですよ。だからこそ優勝できたのは嬉しかったですね」
B:その頃対戦して印象に残っている選手はいますか?
「いや、自分はミニバスも中学も全然上までいけなかったので、そういう選手たちとはあまり対戦してないんですよ。一方的に知ってるってだけで、戦ってはいないんですよね」
無名の立場から開花した高校時代
B:そこから洛南高校に進んだのはどうしてですか?
「自分、全然有名な選手じゃなかったし、本当にたまたまなんです。洛南に1回練習に行ったら、枠が1つ空いていて『来るか?』と声掛けてもらって。確か1月くらいに練習に行ったので、本当にギリギリでしたね」
B:強豪校ということで中学と高校とでは環境も大きく変わったのでは?
「変わりましたね。アレクさん(湊谷安玲久司朱 10年度卒・現JBL三菱)とかテレビで見ていた知ってる人がいっぱいいて、すごいなと思いました。最初は憧れと言うか、ただただ“すごいなぁ”って気持ちで毎日練習してましたね。それでやっぱり最初は試合に絡めなくて。でも1年の最後に新チームになって、初めてスタメンになれたんです。ちゃんと試合に絡むようになったのはそこからですね」
B:洛南高校と言えば、やはりウィンターカップの印象が強いと思います。2年時、3年時にはウィンターカップで全国制覇を成し遂げましたね。
「自分たちは負けてから気付くんですよ。インターハイで負けて初めて、もっとやらなきゃって。夏に負けて、だから冬に勝てるんだと思います」
B:洛南高校のメンバーはとても仲が良いイメージがありますが。
「そうですね。自分たちの代は特に仲良いですね。みんながみんな仲良い学年ってあまりないと思うんですけど、自分の代は12人くらいいて全員仲良いんです。卒業後も結構つながりがあって、関東に来てる人もそうですけど、関西の方に帰る時は関西にいる仲間に声掛けて集まったりします」
B:洛南高校での部活以外の思い出はありますか?
「やっぱり授業ですかね。授業は楽しかったです。スポーツクラスなので、バスケ部だけじゃなく体操部とか陸上部とか色々集まっていて、みんなめっちゃアホなんですよ(笑)。唯一勉強してたのは吹奏楽部(※1)の人たちだけかな(笑)」
B:洛南高校といえば京大合格率も高い進学校というイメージですが、スポーツ推薦の生徒たちは普段、そういう人たちと触れ合う機会はあるんですか?
「体育祭みたいなイベントでは結構一緒にやります。体育祭は、スポ科の威厳をバーンと見せる貴重な機会なんですよね(笑)。陸上部でめっちゃ足速いやつとか、めっちゃゴツイやつとかいっぱいいるので。それは楽しかったですね」
B:ではここからは大学の話を伺いたいと思います。青山学院大に進んだのはなぜですか?
「まず練習やトレーニングがしっかりしているということですね。青学に行けばゴツくなるという話は聞いていたので。高校の時に、自分に足りないのはフィジカルだって思ったんです。それに青学にはアレクさんがいるというのもありましたね。アレクさんには電話で冗談交じりに『他のチーム行ったら試合中覚えとけよ』みたいに言われました(笑)。まぁ自分も同じこと言って比江島を来させたんですけど(笑)。(橋本)竜馬さん(10年度卒・現JBLアイシン)もそれまではあまり関わりがなかったんですが、電話がかかってきたりしましたね」
B:辻選手にとって湊谷選手はどんな存在なんですか?
「高校の時はそりゃもう偉大な先輩で畏れ多い存在ですよ!(笑)今はフレンドリーになって普通に話せるようになりましたね。高校の時は全然で、ペコペコしてました(笑)」
B:話に聞くところでは、湊谷選手からは後輩に対してかなりムチャ振りをされるとか(笑)。
「それはありますね。とりあえず『なんか面白い事して』ってのはよく言われていました。どんな時でも、どんなテンションの時でも(笑)」
B:それは大変ですね(笑)。そういえば以前、田渡選手が、このBOJラインが辻選手に回ったら一発ギャグや変顔をやってもらいたいと言っていましたが…。(BOJラインvol.1より)
「そういうのはやめましょう(苦笑)。あいつ好き放題言ってるな…」
B:ではそれは今度のさよなら試合で、ということで(笑)。
「いやいや、大勢の前で滑るのは嫌です! そこは面白いやつらに任せて、自分はアシストに回ります(笑)」
環境の変化に苦悩し「1年の時はずっと悩んでいた」
B:それでは大学の話に戻りましょう。大学1年生の頃は相当苦労したようですね。
「めっちゃきつかったですね。1年の時、トーナメントでいきなりスタメンになったんですよ。でも開始3分で交代させられて、そこから一切出番なし、みたいな…。落ち込みましたね。1年の時はいい試合が一つもなかったです」
B:青学は当時人数も少なかったし、1年生の頃は雑用なども大変ですよね。
「それはありますね。高3から一番下の学年になると、準備とか仕事も急に増えるじゃないですか。それに自分、高校の時は実家通いだったので、大学から一人暮らしになったことも大きかったと思います。多分そういう環境の変化が、バスケにも影響してしまったのかもしれませんね。精神的に結構きつかったです。1年の時はずっと悩んでました。正直ずっと“青学(を選んで)ミスった”って思ってて(苦笑)。ほかの大学に行けば良かったな、とか(笑)」
B:そういう気持ちが変わってきたのはいつ頃ですか?
「2年生ですね。2年生になってようやく色々慣れてきたので。1年生の時は、良かった試合って最後のオールジャパンくらいですよ。オールジャパンのレラカムイ戦が唯一輝けた試合でした(笑)」
B:あの試合は大盛り上がりでしたね。レラカムイをあと少しまで追い詰めて、歓声も凄かったですし。辻選手は28分の出場でチームハイの22得点。
「あれは最高に気持ち良かったですね。あの時はただ『出たらやったろう』みたいな気持ちでした。1年だったし、勝ち負けとかあまり意識してなくて。それに自分、東京体育館が好きなんですよ。何となくやりやすい気がして。だから頑張ろうって思っていたら、ほんとに結構うまくいきましたね」
B:東京体育館はウィンターカップの会場でもありますしね。よく天井が高いとシュートが打ちづらいという選手もいますが、天井の高さは気にならないタイプですか?
「天井はあまり気にならないですね。それよりゴールの後ろの奥行きが広いと嫌です。こういう風にゴール裏に席があればいいんですけど、何もなくて広いのは打ちにくく感じます」
B:なるほど。2009年の大阪開催のインカレ会場もやりにくいという選手は多かったですね。
「あぁ、あれはやりにくかったです。広すぎるのは嫌ですね」
B:そのオールジャパンを終えて、先ほども仰ったように2年生になって徐々に慣れてきたと。
「そうですね。2年のリーグ戦くらいで慣れてきて、やっと少しずつ思う様にやれるようになってきたかなと。積極的に打って行こうと思ってました。でもまだ遠慮していた部分はありましたけどね。先輩とかに変に気を使っちゃうんですよ、自分。意外に思われるかもしれないですけど(笑)」
B:2年生の時は新人戦でも優勝しましたが、リーグの慶應大戦でのシュートがすごくて、そこから一気に頭角を表した印象があります。そこから上級生になって3年時には4冠を達成しました。強さが際立っていたと思いますが。
「あの年は5人のバランスも良かったですしね。その中で自分の役割もハッキリしていて、すごくやりやすかったです。4年生の存在も大きかったですしね」
写真上:1年生時のオールジャパン、レラカムイ戦で。思い切りのいいシュートでレラカムイを焦らせた。
写真下:2年生の新人戦で。勝負際のシュートを決めた後の表情は見どころの一つだった。
最上級生として芽生えた“責任感”
B:それから今年度は4年生になって、去年3冠を成し遂げている分、周囲からの期待は大きかったと思いますが。
「でも去年は去年、今年は今年という感じで自分はあまり気にしてなかったです。(#88張本)天傑も出てきたしガードも変わるし、2人変わればチームも結構変わると思うんですよ。去年とはあまり比べていませんでした」
B:4年生になって何か変わった部分はありますか?
「“責任”というのは結構感じる様になりましたね。4年生として」
B:でも今年のリーグ戦の間はかなり悩んでいる様子でしたね。
「そうですね…なんというか、大学ではなくもっと先のことを考えちゃったんです。バスケット選手として先があるんかなとか色々考えて、不安になってしまったというか…。それで目の前の試合に全然集中できなかったんです。でも兄ちゃんとかに相談して、吹っ切れましたね。バスケットを始めたきっかけが兄ちゃんだって話しましたけど、やっぱり自分の中で兄ちゃんの存在って大きいんです。相談して結構スッキリしましたね。それに今回のオールジャパンでも、アイシンとこういう試合ができて自信にはなりました。自分の調子が良かったわけじゃないんですけど、その分他のことがやれたと思うし」
B:アイシン戦は点数の開きはありましたが、流れを変える活躍を見せていたと思います。2本連続で決めたシーンはさすがだと思いました。
「もうやっとフリーで打てた!って感じでした。全然打てなくて。あとは最後のシュートも決めたかったですね。コースばっちりだったのに、疲れて短くなっちゃいました。この試合はほんとマークが厳しくて全然打たせてもらえなかったです」
B:JBLに進む来年度からはずっとそのような環境になりそうですね。
「今よりも周りのレベルも高くなるわけですしね。でも外国人もいるので、また戦い方も違ってくるんじゃないかなと思います。この前おみくじ引いたら、『努力を続けなさい』的なことが書かれていたんですよ。まさに入ってからのことかなと。来年度は本当に努力の年にしたいですね。今シーズンは責任とか色々あったんですけど、来年度は本当に努力しないといけないなと思います。洛南の先輩でもある(竹内)公輔さん(JBLトヨタ)にも言われたんですけど、『とにかくルーキーらしく思い切りやったらいい』って。それを頭に入れて頑張りたいです」
B:期待しています。大学の話に戻りますが、今年の4年生は本当に横のつながりが強いですね。
「そうですね。不思議と自分が行くとこ行くとこ、自分たちの代っていつも仲が良いんですよ。中学も洛南も青学も。だから本当に周りに恵まれてたなと思いますね。他の学年では淡々とやる人も多かったんですけど、自分の代は“みんな一緒!”って協調性はすごくあったと思います。逆にそれがアカンかった部分もありますけどね。練習中とかリーダーがいないというのは長谷川さん(監督)にもよく言われていたし。仲が良すぎて、“俺が”ってやつがあまりいなかったんですよね」
B:それでもインカレの終盤、4年生が変わった印象を受けますが。
「そうですね。あそこで自分も伊藤(#7)にメールして思ってる事を伝えたし、言いあった事が良かったんだと思います。最後だし、わだかまりなくして試合に臨もうと思ったし。やっぱりキャプテンの伊藤が言うことでチームもまとまると思うので、言いましたね」
B:部員とは部活以外でもよく遊ぶんですか?
「普通につるみますよ。夏にはみんなで車で海に行きましたね。海に行く途中でコンビニに寄ったんですよ。それで自分たちは先にコンビニから車に戻って福田を待ってたんですけど、福田が車間違えて違う車に乗り込んでいったんです(笑)。いきなり知らない人が助手席に乗り込んできて、その車の人も相当びっくりしたでしょうね。僕ら車の中から一部始終見て爆笑してました。それは面白かったですね」
写真下:4年生のインカレ最後の場面。優勝が見えた青学はメンバーをすべて4年生に。辻選手の目には既に涙があった。
活躍のカギは徹底的に試合を想定した練習
B:ではここからは辻選手のシュートについてお伺いしたいと思います。シューターとして意識し始めたのはいつ頃ですか?
「高校の時ですかね? それまではただシュートが好きって感じで。でも高校で本格的にシュートを武器にしようって意識し始めました」
B:どういう練習をしてきたんですか?
「高校の時は、朝練を結構頑張っていました。シューティングばっかりしてましたね。自分は寮じゃなかったですけど、一番に行って鍵開けて朝練してました」
B:シューティングは何本インなど数で打っていたんですか?
「いや、数はあまり。洛南ってみんな推薦で後輩もみんなすごい奴らばっかりだから、あんまりシューティングのリバウンド役とかさせられないじゃないですか。だから自分一人で、とりあえず満足するまで打つ感じでしたね。何本インとかではなかったです」
B:大学に来てシュートに関してはどんな指導を受けましたか?
「練習メニューとしてはシューティングメニューがあるんですけど、個人的には結構ステップについて教えてもらいましたね。自分、スリーを打つ時にアウトサイドの足からステップする癖があったんですよ。それをちゃんとインサイドの足から踏むように1年の時は言われていました」
B:辻選手はディフェンスを物ともせずに躊躇せず打って入りますよね。その秘訣はありますか?
「僕ディフェンスは見てないんですよ。出だしはディフェンスのことも見てますけど、打つ時はリングだけを見てますね。だからディフェンスはあまり気にしてないです。相手がブロックに来た時は、打ってから体をぶつけてますけど」
B:それでバスケットカウントを獲って『ヨッシャー!』と叫ぶ姿も印象的ですが。
「自分アツくなりやすいんですよね(笑)。コートの中だと」
B:長谷川監督が以前『辻はノーマークよりディフェンスがいた方が入る』と仰っていました(笑)。
「ノーマーク、嫌いなんですよ。ドフリーでゆっくり打つシュートってあんまり練習してなくて。やっぱり試合の中で自分はノーマークにならないと思っているので、普段のシューティングも動きながら自分なりのステップとかで打ってるんです。でも今度からノーマークの練習もしないと駄目ですね(笑)」
B:大舞台でも必ず決めますし、メンタルの強さを感じます。
「いや、でも自分緊張するとお腹痛くなるんですよ。高校の時とか。大学入ってからも、リーグ戦はあまり緊張しませんけど、インカレとかオールジャパンみたいな大舞台では結構緊張してましたね」
B:同じシューターをライバル視することはありますか?
「いや、あまり…。みんなシュート入るから、特に誰を意識するとかは無いですね。同じ学生はそういう風に見てないです。でもJBLに入ると古川さん(JBLアイシン)とか金丸さん(JBLパナソニック)とか川村さん(JBL栃木)とか岡田さん(JBLトヨタ)とか、同じポジションにすごい人がいっぱいいるじゃないですか。だからそういう2番ポジションの人はよく見てますね。ああいう人たちって、シュートだけじゃないじゃないですか。それは自分も参考にしなきゃと思います」
B:今後、こういう選手になりたいという意気込みを。
「シュートはもちろんですけど、やっぱりバスケがもっと上手くなりたいですね。小さい1プレーにしても、もっと上手くできると思うので。もっと努力して上手くなりたいです」
B:将来的には日本代表も視野に入れたいですよね。
「そうですね。やっぱり目指すものがないと。チームとしてチームの勝利を目指すのももちろんですけど、代表というのも個人としての目標として狙っていきたいです。身長が小さくても、岡田さんみたいにチャンスはあると思うので。頑張りたいです」
B:楽しみにしています。では次にインタビューを回す人を指名して頂けますか?
「え、これ自分が指名するんですか?ってか遠藤が僕を指名したんですか!? へー。これチーム外の方がいいですよね? 誰がいいやろ…。じゃあ洛南繋がりで、中央の佐藤将斗にしましょう。なんか最近よく絡んでるので。あいつは結構僕らの中では可愛いキャラですね。よくいじられてます。前髪のこととか。けど前髪は禁句なんですよね(笑)」
B:(笑)。では次回は中央大学・佐藤将斗選手にお話を伺います。辻選手、ありがとうございました。
写真上:さよなら試合で。緑のユニホームが手元になかったため、試合中は大東大・遠藤選手のユニホームを来てプレー。エンターテイナーぶりを発揮してくれた。
写真下:好きな言葉は「人生1回」。
◆辻 直人(つじ なおと)
青山学院大学・4年・SG
185cm/78kg
(2012.1.4インタビュー)
※1)洛南高校ではスポーツだけではなく吹奏楽などにも1類推薦と呼ばれる枠がある。吹奏楽部も全国有数の名門。
vol.9~青山学院大学・辻 直人選手~

王者・青山学院大学を引っ張ってきたエースシューターの辻選手。ディフェンスを物ともしない驚異の成功率を誇る3Pシュートに加え、今季はドライブやアシストでも魅せてくれました。2年連続3冠達成に加え、数々の個人賞も受賞し、輝かしい実績を誇る選手です。
関西出身でみんなの盛り上げ役という一面を持ちながらも、意外に人見知りで気を使ってしまうという意外な面も。インタビューでは自身の葛藤や部員とのエピソード、そして持ち味であるシュートについてなど、様々なお話を伺いました。今シーズンを締めくくる第9回BOJライン、どうぞお楽しみください。
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兄の影響で出会ったバスケットボール
「かっこいいです!」
B:遠藤選手はかなりの人見知りだそうですね。今年の学生選抜で仲良くなったとお伺いしましたが。
「そうですね。自分も実は人見知りで…。それに今まであまり接点が無かったんです。だから学生選抜で結構仲良くなりました。今は結構飲んだりして…良い感じです(笑)」
B:辻選手も人見知りとは意外です。では本題に入りますが、バスケットを始めたのはいつ頃ですか?
「小学校5年生です。多分他のみんなより遅めだと思います。自分、小さい頃からソフトボールをやっていて、野球選手になるのが夢だったんですよ。小学生の頃はソフトボールもバスケも2つともしていて、中学からはバスケだけになりました」
B:ソフトボールからバスケットへと移っていったのはどうしてですか?
「それは全部兄ちゃんの影響ですね。小5の時も、兄ちゃんがバスケを始めたから自分も始めたんです。僕かなり兄ちゃん子で、小さい頃は兄ちゃんの真似ばっかりしてたんですよね」
B:そうだったんですか。ミニバスはどんなチームでしたか?
「自分が入った時に作ったチームなんです。6年生の時に大阪ベスト16くらいで、全然強くなかったですね。練習も週1か週2くらいで、そんなに厳しくなかったと思います」
B:そこから中学校に上がってバスケ1本になったと。
「そうです。でも中学も全然強豪ではなくて、市の大会も優勝できないくらいだったんです。メンバーもほぼ小学校からそのまま上がった感じでしたからね。でも中2くらいから外部コーチに来てもらうようになって、中3の時に大阪で優勝しました。それは印象に残っています。ミニバスから一緒にやってきたチームメイトなので、めっちゃ仲良いんですよ。だからこそ優勝できたのは嬉しかったですね」
B:その頃対戦して印象に残っている選手はいますか?
「いや、自分はミニバスも中学も全然上までいけなかったので、そういう選手たちとはあまり対戦してないんですよ。一方的に知ってるってだけで、戦ってはいないんですよね」
無名の立場から開花した高校時代

「自分、全然有名な選手じゃなかったし、本当にたまたまなんです。洛南に1回練習に行ったら、枠が1つ空いていて『来るか?』と声掛けてもらって。確か1月くらいに練習に行ったので、本当にギリギリでしたね」
B:強豪校ということで中学と高校とでは環境も大きく変わったのでは?
「変わりましたね。アレクさん(湊谷安玲久司朱 10年度卒・現JBL三菱)とかテレビで見ていた知ってる人がいっぱいいて、すごいなと思いました。最初は憧れと言うか、ただただ“すごいなぁ”って気持ちで毎日練習してましたね。それでやっぱり最初は試合に絡めなくて。でも1年の最後に新チームになって、初めてスタメンになれたんです。ちゃんと試合に絡むようになったのはそこからですね」
B:洛南高校と言えば、やはりウィンターカップの印象が強いと思います。2年時、3年時にはウィンターカップで全国制覇を成し遂げましたね。
「自分たちは負けてから気付くんですよ。インターハイで負けて初めて、もっとやらなきゃって。夏に負けて、だから冬に勝てるんだと思います」
B:洛南高校のメンバーはとても仲が良いイメージがありますが。
「そうですね。自分たちの代は特に仲良いですね。みんながみんな仲良い学年ってあまりないと思うんですけど、自分の代は12人くらいいて全員仲良いんです。卒業後も結構つながりがあって、関東に来てる人もそうですけど、関西の方に帰る時は関西にいる仲間に声掛けて集まったりします」
B:洛南高校での部活以外の思い出はありますか?
「やっぱり授業ですかね。授業は楽しかったです。スポーツクラスなので、バスケ部だけじゃなく体操部とか陸上部とか色々集まっていて、みんなめっちゃアホなんですよ(笑)。唯一勉強してたのは吹奏楽部(※1)の人たちだけかな(笑)」
B:洛南高校といえば京大合格率も高い進学校というイメージですが、スポーツ推薦の生徒たちは普段、そういう人たちと触れ合う機会はあるんですか?
「体育祭みたいなイベントでは結構一緒にやります。体育祭は、スポ科の威厳をバーンと見せる貴重な機会なんですよね(笑)。陸上部でめっちゃ足速いやつとか、めっちゃゴツイやつとかいっぱいいるので。それは楽しかったですね」

「まず練習やトレーニングがしっかりしているということですね。青学に行けばゴツくなるという話は聞いていたので。高校の時に、自分に足りないのはフィジカルだって思ったんです。それに青学にはアレクさんがいるというのもありましたね。アレクさんには電話で冗談交じりに『他のチーム行ったら試合中覚えとけよ』みたいに言われました(笑)。まぁ自分も同じこと言って比江島を来させたんですけど(笑)。(橋本)竜馬さん(10年度卒・現JBLアイシン)もそれまではあまり関わりがなかったんですが、電話がかかってきたりしましたね」
B:辻選手にとって湊谷選手はどんな存在なんですか?
「高校の時はそりゃもう偉大な先輩で畏れ多い存在ですよ!(笑)今はフレンドリーになって普通に話せるようになりましたね。高校の時は全然で、ペコペコしてました(笑)」
B:話に聞くところでは、湊谷選手からは後輩に対してかなりムチャ振りをされるとか(笑)。
「それはありますね。とりあえず『なんか面白い事して』ってのはよく言われていました。どんな時でも、どんなテンションの時でも(笑)」
B:それは大変ですね(笑)。そういえば以前、田渡選手が、このBOJラインが辻選手に回ったら一発ギャグや変顔をやってもらいたいと言っていましたが…。(BOJラインvol.1より)
「そういうのはやめましょう(苦笑)。あいつ好き放題言ってるな…」
B:ではそれは今度のさよなら試合で、ということで(笑)。
「いやいや、大勢の前で滑るのは嫌です! そこは面白いやつらに任せて、自分はアシストに回ります(笑)」
環境の変化に苦悩し「1年の時はずっと悩んでいた」

「めっちゃきつかったですね。1年の時、トーナメントでいきなりスタメンになったんですよ。でも開始3分で交代させられて、そこから一切出番なし、みたいな…。落ち込みましたね。1年の時はいい試合が一つもなかったです」
B:青学は当時人数も少なかったし、1年生の頃は雑用なども大変ですよね。
「それはありますね。高3から一番下の学年になると、準備とか仕事も急に増えるじゃないですか。それに自分、高校の時は実家通いだったので、大学から一人暮らしになったことも大きかったと思います。多分そういう環境の変化が、バスケにも影響してしまったのかもしれませんね。精神的に結構きつかったです。1年の時はずっと悩んでました。正直ずっと“青学(を選んで)ミスった”って思ってて(苦笑)。ほかの大学に行けば良かったな、とか(笑)」
B:そういう気持ちが変わってきたのはいつ頃ですか?
「2年生ですね。2年生になってようやく色々慣れてきたので。1年生の時は、良かった試合って最後のオールジャパンくらいですよ。オールジャパンのレラカムイ戦が唯一輝けた試合でした(笑)」
B:あの試合は大盛り上がりでしたね。レラカムイをあと少しまで追い詰めて、歓声も凄かったですし。辻選手は28分の出場でチームハイの22得点。
「あれは最高に気持ち良かったですね。あの時はただ『出たらやったろう』みたいな気持ちでした。1年だったし、勝ち負けとかあまり意識してなくて。それに自分、東京体育館が好きなんですよ。何となくやりやすい気がして。だから頑張ろうって思っていたら、ほんとに結構うまくいきましたね」
B:東京体育館はウィンターカップの会場でもありますしね。よく天井が高いとシュートが打ちづらいという選手もいますが、天井の高さは気にならないタイプですか?
「天井はあまり気にならないですね。それよりゴールの後ろの奥行きが広いと嫌です。こういう風にゴール裏に席があればいいんですけど、何もなくて広いのは打ちにくく感じます」
B:なるほど。2009年の大阪開催のインカレ会場もやりにくいという選手は多かったですね。
「あぁ、あれはやりにくかったです。広すぎるのは嫌ですね」

「そうですね。2年のリーグ戦くらいで慣れてきて、やっと少しずつ思う様にやれるようになってきたかなと。積極的に打って行こうと思ってました。でもまだ遠慮していた部分はありましたけどね。先輩とかに変に気を使っちゃうんですよ、自分。意外に思われるかもしれないですけど(笑)」
B:2年生の時は新人戦でも優勝しましたが、リーグの慶應大戦でのシュートがすごくて、そこから一気に頭角を表した印象があります。そこから上級生になって3年時には4冠を達成しました。強さが際立っていたと思いますが。
「あの年は5人のバランスも良かったですしね。その中で自分の役割もハッキリしていて、すごくやりやすかったです。4年生の存在も大きかったですしね」
写真上:1年生時のオールジャパン、レラカムイ戦で。思い切りのいいシュートでレラカムイを焦らせた。
写真下:2年生の新人戦で。勝負際のシュートを決めた後の表情は見どころの一つだった。
最上級生として芽生えた“責任感”

「でも去年は去年、今年は今年という感じで自分はあまり気にしてなかったです。(#88張本)天傑も出てきたしガードも変わるし、2人変わればチームも結構変わると思うんですよ。去年とはあまり比べていませんでした」
B:4年生になって何か変わった部分はありますか?
「“責任”というのは結構感じる様になりましたね。4年生として」
B:でも今年のリーグ戦の間はかなり悩んでいる様子でしたね。
「そうですね…なんというか、大学ではなくもっと先のことを考えちゃったんです。バスケット選手として先があるんかなとか色々考えて、不安になってしまったというか…。それで目の前の試合に全然集中できなかったんです。でも兄ちゃんとかに相談して、吹っ切れましたね。バスケットを始めたきっかけが兄ちゃんだって話しましたけど、やっぱり自分の中で兄ちゃんの存在って大きいんです。相談して結構スッキリしましたね。それに今回のオールジャパンでも、アイシンとこういう試合ができて自信にはなりました。自分の調子が良かったわけじゃないんですけど、その分他のことがやれたと思うし」
B:アイシン戦は点数の開きはありましたが、流れを変える活躍を見せていたと思います。2本連続で決めたシーンはさすがだと思いました。
「もうやっとフリーで打てた!って感じでした。全然打てなくて。あとは最後のシュートも決めたかったですね。コースばっちりだったのに、疲れて短くなっちゃいました。この試合はほんとマークが厳しくて全然打たせてもらえなかったです」
B:JBLに進む来年度からはずっとそのような環境になりそうですね。
「今よりも周りのレベルも高くなるわけですしね。でも外国人もいるので、また戦い方も違ってくるんじゃないかなと思います。この前おみくじ引いたら、『努力を続けなさい』的なことが書かれていたんですよ。まさに入ってからのことかなと。来年度は本当に努力の年にしたいですね。今シーズンは責任とか色々あったんですけど、来年度は本当に努力しないといけないなと思います。洛南の先輩でもある(竹内)公輔さん(JBLトヨタ)にも言われたんですけど、『とにかくルーキーらしく思い切りやったらいい』って。それを頭に入れて頑張りたいです」
B:期待しています。大学の話に戻りますが、今年の4年生は本当に横のつながりが強いですね。
「そうですね。不思議と自分が行くとこ行くとこ、自分たちの代っていつも仲が良いんですよ。中学も洛南も青学も。だから本当に周りに恵まれてたなと思いますね。他の学年では淡々とやる人も多かったんですけど、自分の代は“みんな一緒!”って協調性はすごくあったと思います。逆にそれがアカンかった部分もありますけどね。練習中とかリーダーがいないというのは長谷川さん(監督)にもよく言われていたし。仲が良すぎて、“俺が”ってやつがあまりいなかったんですよね」

「そうですね。あそこで自分も伊藤(#7)にメールして思ってる事を伝えたし、言いあった事が良かったんだと思います。最後だし、わだかまりなくして試合に臨もうと思ったし。やっぱりキャプテンの伊藤が言うことでチームもまとまると思うので、言いましたね」
B:部員とは部活以外でもよく遊ぶんですか?
「普通につるみますよ。夏にはみんなで車で海に行きましたね。海に行く途中でコンビニに寄ったんですよ。それで自分たちは先にコンビニから車に戻って福田を待ってたんですけど、福田が車間違えて違う車に乗り込んでいったんです(笑)。いきなり知らない人が助手席に乗り込んできて、その車の人も相当びっくりしたでしょうね。僕ら車の中から一部始終見て爆笑してました。それは面白かったですね」
写真下:4年生のインカレ最後の場面。優勝が見えた青学はメンバーをすべて4年生に。辻選手の目には既に涙があった。
活躍のカギは徹底的に試合を想定した練習

「高校の時ですかね? それまではただシュートが好きって感じで。でも高校で本格的にシュートを武器にしようって意識し始めました」
B:どういう練習をしてきたんですか?
「高校の時は、朝練を結構頑張っていました。シューティングばっかりしてましたね。自分は寮じゃなかったですけど、一番に行って鍵開けて朝練してました」
B:シューティングは何本インなど数で打っていたんですか?
「いや、数はあまり。洛南ってみんな推薦で後輩もみんなすごい奴らばっかりだから、あんまりシューティングのリバウンド役とかさせられないじゃないですか。だから自分一人で、とりあえず満足するまで打つ感じでしたね。何本インとかではなかったです」
B:大学に来てシュートに関してはどんな指導を受けましたか?
「練習メニューとしてはシューティングメニューがあるんですけど、個人的には結構ステップについて教えてもらいましたね。自分、スリーを打つ時にアウトサイドの足からステップする癖があったんですよ。それをちゃんとインサイドの足から踏むように1年の時は言われていました」
B:辻選手はディフェンスを物ともせずに躊躇せず打って入りますよね。その秘訣はありますか?
「僕ディフェンスは見てないんですよ。出だしはディフェンスのことも見てますけど、打つ時はリングだけを見てますね。だからディフェンスはあまり気にしてないです。相手がブロックに来た時は、打ってから体をぶつけてますけど」
B:それでバスケットカウントを獲って『ヨッシャー!』と叫ぶ姿も印象的ですが。
「自分アツくなりやすいんですよね(笑)。コートの中だと」
B:長谷川監督が以前『辻はノーマークよりディフェンスがいた方が入る』と仰っていました(笑)。
「ノーマーク、嫌いなんですよ。ドフリーでゆっくり打つシュートってあんまり練習してなくて。やっぱり試合の中で自分はノーマークにならないと思っているので、普段のシューティングも動きながら自分なりのステップとかで打ってるんです。でも今度からノーマークの練習もしないと駄目ですね(笑)」
B:大舞台でも必ず決めますし、メンタルの強さを感じます。
「いや、でも自分緊張するとお腹痛くなるんですよ。高校の時とか。大学入ってからも、リーグ戦はあまり緊張しませんけど、インカレとかオールジャパンみたいな大舞台では結構緊張してましたね」
B:同じシューターをライバル視することはありますか?
「いや、あまり…。みんなシュート入るから、特に誰を意識するとかは無いですね。同じ学生はそういう風に見てないです。でもJBLに入ると古川さん(JBLアイシン)とか金丸さん(JBLパナソニック)とか川村さん(JBL栃木)とか岡田さん(JBLトヨタ)とか、同じポジションにすごい人がいっぱいいるじゃないですか。だからそういう2番ポジションの人はよく見てますね。ああいう人たちって、シュートだけじゃないじゃないですか。それは自分も参考にしなきゃと思います」
B:今後、こういう選手になりたいという意気込みを。
「シュートはもちろんですけど、やっぱりバスケがもっと上手くなりたいですね。小さい1プレーにしても、もっと上手くできると思うので。もっと努力して上手くなりたいです」

「そうですね。やっぱり目指すものがないと。チームとしてチームの勝利を目指すのももちろんですけど、代表というのも個人としての目標として狙っていきたいです。身長が小さくても、岡田さんみたいにチャンスはあると思うので。頑張りたいです」
B:楽しみにしています。では次にインタビューを回す人を指名して頂けますか?
「え、これ自分が指名するんですか?ってか遠藤が僕を指名したんですか!? へー。これチーム外の方がいいですよね? 誰がいいやろ…。じゃあ洛南繋がりで、中央の佐藤将斗にしましょう。なんか最近よく絡んでるので。あいつは結構僕らの中では可愛いキャラですね。よくいじられてます。前髪のこととか。けど前髪は禁句なんですよね(笑)」
B:(笑)。では次回は中央大学・佐藤将斗選手にお話を伺います。辻選手、ありがとうございました。
写真上:さよなら試合で。緑のユニホームが手元になかったため、試合中は大東大・遠藤選手のユニホームを来てプレー。エンターテイナーぶりを発揮してくれた。
写真下:好きな言葉は「人生1回」。
◆辻 直人(つじ なおと)
青山学院大学・4年・SG
185cm/78kg
(2012.1.4インタビュー)
※1)洛南高校ではスポーツだけではなく吹奏楽などにも1類推薦と呼ばれる枠がある。吹奏楽部も全国有数の名門。
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