2016年12月 / 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月


第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2012.01.04 (Wed)

【SPECIAL】BOJラインvol.7~長谷川智伸選手~

リレー形式インタビュー「BOJライン」
vol.7~拓殖大・長谷川智伸選手~


hasegawa_t1.jpg 選手の交流の輪をたどってインタビューをつなげる「BOJライン」。第6回の日本大学・石川海斗選手からバトンを渡されたのは、拓殖大学・長谷川智伸選手です。

 勝負所でもまるで吸い込まれるように入るきれいなシュートの持ち主。これまで何度も3P王を獲得している、言わずと知れた大学界屈指の3Pシューターです。長谷川選手の大学での大きな飛躍の裏には、大学以前から悔しさをバネに積み重ねた努力があったことがお話から感じられました。もちろん前回の石川選手からのご質問にある通り、3Pシュートの秘密についてもお話を伺っています。BOJライン、第7回もどうぞお楽しみ下さい。


[続きを読む]

ジュニアオールスターで知った“全国”という世界

hasegawa_t2.jpgBOJ(以下B):BOJライン第7回は拓殖大学・長谷川智伸選手です。よろしくお願いします。石川選手からの紹介ですが、2人はいつから仲が良いのですか?
「高校の時も出会ってはいると思うんですけど、僕は選抜チームとかアンダーとかに入ってなかったので全然話した事なくて。こういう風に友達になったのは大学に入ってからですね。ご飯食べに行ったり遊んだりすると楽しいし、普通に仲良いです」

B:長谷川選手から見て石川選手の印象は?
「海斗はバスケのことで言えばド派手で、観客を魅了するプレーがすごいなぁっていつも思いますね。プライベートでは、ツンツンしているように見えて実はお茶目で面白いし、可愛いところもあります(笑)」

B:試合中はクールに見える選手ですよね。では本題に。バスケを始めたのはいつ頃ですか?
「小学校5年生です。両親がバスケをやっていたので、その影響がどこかにあったのかも知れないですね。でもミニバスには本当は4年生の時に一瞬入ったんですけど、チームに性格的に合わない選手がいたので辞めて、5年生でまた入り直したんです(笑)。小学生ってまだ子どもだからそういうところあるじゃないですか。だから、4年生はやっているうちに入らないので、ちゃんと始めたのは5年生ですね」

B:ミニバスはどんなチームでしたか?
「チームができたばかりで僕たちが1期生だったんです。だからチーム自体もそんなに強くなかったし、よくて県のベスト4くらいでした。小学生の頃は身長も別に大きくなかったんですけど、周りが小さかったので僕がセンターをやってたんですよ(笑)。今とは全然プレースタイルも違いますね。4番ポジションぽい感じで、今の上杉さん(拓殖大#26)みたいな。シューターでは全然なかったですね」

B:長谷川選手の出身は島根県ですよね。#11佐々木選手や#40藤井選手も島根ですし、拓殖大は島根出身の選手が多いですね。
「そうなんですよ。あと僕の代に1人と1個下にもう1人いるので、Bチームも合わせれば島根で5人いるんですよね。ちなみに祐眞(#40藤井)は家もすごく近くて、小さい頃から普通に知り合いでした。拓大自体OBの方も島根出身の方が多くおられるみたいで、池内さん(監督)が僕に声を掛けてくれたのも島根のOBの方が池内さんに声を掛けてくれたかららしいんです。拾ってもらえてほんとありがたいですね。それで祐眞は、僕が池内さんから『呼べないか』って言われて、電話しまくって誘ったんです。『拓大は学年関係なく仲良くて楽しくバスケできるし、若いチームで絶対これから強くなるから』って説得して。それで入ってきてくれた感じですね。これも一つの縁かなと思います」

B:#11佐々木選手とはいつから知り合いなのですか?
「あいつとは中学の時ジュニアオールスターで同じチームになって初めて出会ったんです。同じ島根でも地区が離れていたので、今まで一緒に試合する機会もなくて。そこで初めてあいつを見て、『でかっ!』って思いましたね(笑)。島根にこんなやついたんだって驚きました」

B:その2005年のジュニアオールスターでは、島根は結構勝ち進んだそうですね。
「そうなんですよ!奇跡的にベスト4まで行ったんです。僕ら予選リーグで東京Aになぜか逆転で勝っちゃって、そこから決勝トーナメントも全部逆転とか1点差、2点差で勝って。だから周りから“ミラクル島根”って言われてたんです(笑)。でも準決勝では福岡にボッコボコにされました(苦笑)。福岡は狩野(東海大#33)とかマコト(青学大#56比江島)とか上野翼とか玉井(早稲田大#8)とか、すごいメンバーで強かったですね。そのジュニアオールスターで、海斗とかマコトとか有名選手の存在を実際生で見て知って、『すげー!全国にはこんな上手いやつらがいるんだ!』って思いました。それは結構自分の中で大きかったです。どこのチームも強豪で自分は憧れていたので、全部のチームが印象に残っていますね」

B:中学の頃を振り返っていかがですか?
「中学も全然強くなかったですよ。島根だし地方なので…みんな身長も小さかったし。他の県の強い中学に比べたらうちは楽しくやってた感じかなと思います。きつい時もありましたけど、他のみんなに比べたら全然だと思いますし(苦笑)。楽しかった思い出ばかりですね」


仲間と共に切磋琢磨した高校時代

hasegawa_t6.jpgB:そこから福岡大大濠高校に進んだ経緯を教えて下さい。
「とりあえず僕、島根は出たかったんです。全国で通用するとかしないとかじゃなくて、上手い選手たちとただ単に一緒にバスケしたいなと思って。それでどこ行こうかって考えた時に、僕一人っ子なんですけど、『何かあった時にすぐ行ける距離で』とか『頭がいい学校じゃなきゃ駄目』とか、条件がいろいろあってなかなか親が許してくれなかったんですね。でもある日なぜか分からないんですけど『大濠なら行っていいよ』ってお母さんから許可が出たんです。それで、じゃあ大濠に行こうと。でもリクルートもその頃には全部終わっていたので、田中先生(元福岡大大濠高監督)から『入るなら一般で勉強して入りなさい』って言われて。それでもやっぱりレベルの高い高校でやりたかったし、絶対大濠に行きたいと思ってそれから一生懸命勉強しました。あの頃が多分人生で一番勉強しましたね。それで何とか一般で受かって、入学した感じです」

B:そうだったんですか。高校では周りがみんな全国レベルという環境になったわけですが、最初はどうでしたか?
「もうやばかったです!1個上も2個上も、先輩方がみんな能力高い人たちでほんと上手くて。というか大濠はもう全部の代すごいですよね。自分たちの代も全中で優勝してる勇人(早稲田大#6大塚)とか岸(法政大#37)とかいたし、上野翼とか大下内(順天堂大#9)とか…中学校のスターばっかり集まっていて。いつも『すげー!』って思ってました」

B:3年生の時はインターハイベスト16、ウィンターカップ不出場と、思うような結果が出ませんでしたね。
「そうですね。自分たちの代も良い選手はいっぱいいたんですが…、福岡第一も強くて。まぁ負け惜しみになっちゃうんですけど、セネガルの留学生もいたしジミー(早川)もいたし、そんなこと言ったら狩野も玉井も…とか(苦笑)。第一は強かったです…いや、こんなの言い訳ですけどね」

B:すごい選手が同じチームにたくさんいる中で、長谷川選手は3年間のうち試合に出られない期間も長かったと思いますが。
「そうですね。ようやく3年生でシックスマンとして試合に出させてもらえるようになりました。2年の頃ちょこっと出たくらいで、ずっとメンバーに入るか入らないかくらいだったんです。3年は基本シックスマンで、たまーにスタメンで使ってもらえたかな。でもシックスマンでも本当にいい経験になりましたよね。大濠に行ったからこそレベルの高い試合に出られて、強いチームと対戦できて。それは今につながっていると思います」

B:試合に出られない時期は辛くありませんでしたか?
「辛かったですよ。使ってもらえなかったり、試合に出てもシュートを決められなかったりして悔しい気持ちはありました。田中先生も、もちろん池内さん(拓殖大監督)もそうですが、やっぱりシューターとして僕を試合に出してくれてる訳じゃないですか。その期待に応えられない時は悔しいなって思いますね。でもバスケが好きなので、辛い時とかスランプとかがそこまで記憶に無いんです。試合に出られない時期も『3年までに絶対出てやるぞ!』って気持ちでしたし。だから自分的にはウェイトもシューティングも人一倍自主練してたと思います。一個下に矢嶋(慶應大#19)がいて、あいつもシューターでタイプ的に自分と同じだったから、僕ずっとあいつのポジションを狙ってたんですよ(笑)。しかも矢嶋もめっちゃ自主練するやつなんです。だから絶対あいつには負けないと思って、切磋琢磨してましたね」 

B:矢嶋選手が良きライバルだったんですね。
「そうですね。自主練する時、体育館で自分が一方のゴールでシューティングしてると、いつも逆側のゴールで矢嶋がシューティングしてるんです。それで終わった後部室で『お前今日何本インした?』って聞いたりして。でも『長谷川さん何本ですか?』って聞かれて『500本だよ』とかって答えるじゃないですか。そしたらアイツ、その数が負けてると体育館に戻るんですよ!もうバッシュも脱いでたのに、もう一回靴ひもを結び直して。それで僕より1・2本多く打って戻ってきて、『俺501本です!』と言ってきて(笑)。お互いそんなことばっかりしてましたね。どっちもすごく負けず嫌いなので。それも良い経験だったなと思います。そういうライバルの存在があったから頑張れたのかなって。でも高3の時はシックスマンとして出させてもらえていましたけど、最終的にスタメンにはなれなくて…、だからこそ大学に入ってスタメンになれた時は相当嬉しかったですね。そういう3年間の思いもありましたから」


拓殖大のバスケットが「自分のスタイルに合っていた」

hasegawa_t5.jpgB:大学1年の時はインカレでの3P王もありましたし、華々しいデビューでしたね。
「いや、あれは本当に池内さんと先輩方が立ててくれたおかげです!シュートが入らなくても使ってくれたし、先輩たちも何も言わないで好きにやらせてくれたので。多分宇佐美さん(09年度主将・現JBL2日立電線)や他の4年生も相当我慢してたと思うんですよ。僕みたいな1年がポンポンポンポン打つから(苦笑)。でも我慢して優しくしてくれたので、本当に先輩方のおかげですね」

B:あの時の宇佐美選手の代くらいから拓殖大も1部に昇格を決めて、変わってきましたね。
「そうですよね。僕が入る前は3部の入れ替え戦に行ってたと聞いて正直少し不安もあったんですけど、入学したら宇佐美さんを筆頭に2・3・4年生がすごく意識高くて、良い意味で思っていたチームと全然違うなと思いました。そうしたらその年に1部に上がって、そこから勢いに乗って…入学する前に思っていたことからすれば驚きですよね。絶対あの時の宇佐美さんたちの努力があったから今の拓大があるんだと思います」

B:大学で長くプレータイムを得るようになった訳ですが、高校までの自分から大学に入ってどういう部分が変わったと思いますか?
「高校はミスすることに正直少しビクビクしていたし、自分は田舎から来た下手くそだったので上手い人たちと一緒にやること自体慣れなくて。でも大学に入って、池内さん(監督)って見ての通りあまり怒鳴る方ではないんですよ。諭すように、僕が調子悪くても『シューターとして出してるんだから打たなきゃダメだ』って言ってくれて。入らないと消極的になりがちなんですけど、そういうことを言ってもらえると『打たなきゃ』って自覚も生まれるし、思いきってやりやすいですね。こういう雰囲気って拓大だからこそだと思うんですけど。本当に自分のスタイルに合っていたというか、『お前拓大行って良かったな』ってみんなに言われます(笑)。チームメイトも池内さんも自分が入らなくても我慢して信頼してくれているから、そういうところで思いきってプレーしやすいですね。そこは大きく違うかなと思います」

B:ではここまで大学3年間を振り返っていかがですか?
「1年目にしていきなり1部に昇格したり今年のトーナメントも決勝まで行ったり、3年間本当に池内さんと先輩方には良い思いばっかりさせてもらってますよね。試合にも出させてもらって3年間ここまで成長できたと思うし、先輩と池内さんに恩返しできるように自分ももっと頑張らなきゃいけないですね」

B:09年度まで2部にいた拓殖大も、ここ1、2年で“強い”というイメージがついてきたと思いますが。
「そうですかね。でもみんなそんな自分たちが強いなんて思ってないと思いますよ。うちは常にチャレンジャーだし、スタイルがイケイケな感じで勢い重視ですから(笑)。でもそれが拓大らしさだと思いますね」


シュートのコツは「気負いしないこと」

hasegawa_t7.jpgB:ではここからは長谷川選手のシュートの上手さの秘訣について探っていきたいと思います。シューターという役割を自覚したのはいつ頃ですか?
「中学生の頃に若干シューターという感じだったんですけど、やっぱりまともに意識したのは高校ですね。自分は能力もないし上手くないんですけど、シュートだけは人より自信があったというか負けたくなったので、結構シューティングしてて。そしたら僕が1年生の時に、3年生の先輩から『お前、何か1個だけ武器作れよ。お前だったらシュートが得意なんだし、とりあえずシュートだけでも上手くなれば試合で使ってもらえるから』ってアドバイスされたんです。それからやたらとシューティングするようになりましたね。それで今があるのかなと。本当にあの一言がなかったら、僕自身そんなにシューターという自覚はなかったと思うし、中途半端な感じで終わっていたと思います。田中先生にも今池内さんにもシューターとして使ってもらえているし、それは本当に良かったですね」

B:そうだったんですか。長谷川選手と言えばクラッチシューターのイメージがあるのですが、石川選手からも『どうしたら勝負所であんなにシュートが入るのかコツを知りたい』という質問を預かりました。
「え!それ本当に海斗からの質問ですか?絶対あいついじってるだけでしょ(笑)!全然あいつの方が勝負強いですから。僕とかペーペーです、ほんとに(笑)。僕、年下の奴は上手いやつがいてもあまり認めたくないんですけど(笑)、同学年と先輩たちはみんな尊敬してるんです。島根の田舎から来た僕からしたら、みんな大スターですから。だから海斗からそんな質問されるなんて驚きですね(笑)」

B:本当に石川選手が言っていましたよ(笑)。『あそこまで3Pが入ると厄介だ』と。
「そうなんですか。コツかぁ、うーん…。やっぱりアシストのおかげじゃないですか?周りのみんながいつも打ちやすいシチュエーションを作ってくれるので。あとは…あまり気負いしないことですかね。いつもの感じで打った方が入ると思うし。試合中打つ時は、もう入れる事しか考えてないですね。小学生の時ミニバスの監督に『シュートは悩んでも入らないから悩むな。入れる事だけ考えろ』って言われたんですよ。今でも本当にその通りだなと思ってて。タイミングとかリズムとか色々変に考えすぎたら入らなくなっちゃうから、自分のリズムだと思ったら打つようにしてます」

B:シュートはどういう練習をしているんですか?
「基本はスポットシュートですね。まずそもそも普通にシュートが入らないと、あれこれ動いても入らないと思うので。それから拓大のスタイル的にフレアスクリーンの動きで打ってみるとか、色んなスクリーンを自分でイメージして動きながら打つことはたまにしてますね」

B:中学や高校ではどれくらい自主練していたんですか?
「小学校や中学校の頃は休みの日に親父と体育館に行って、教えてもらいながらシューティングしたりしてました。田舎なのでバスケしかやることないですから(笑)。数は全然覚えてないですけど、多分中学の時は300本とか多い時でも500本くらいだったと思います。それで高校の時は、もっと打ってましたね。土日も、平日も練習終わったら大体ずっとシューティングしてたし。何本だろう…覚えてないな。本数も一応決めてたんですけど、大体“気が済むまで!”という感じで。だから多分リバウンドしてくれてた1年生はかなり大変だったと思います(笑)。絶対内心『いつまで打つんだよ』とか思われてましたね(笑)」

B:シューターを目指しているプレーヤーに何かアドバイスをするとしたら?
「なんだろう…色々ありますね。手だったり肘だったり体の重心のバランスだったり足の曲げ具合だったり…池内さんによく言われるのは“足首”の曲げ具合なんですよ。膝を曲げる時に、足首をもっと曲げろって。他にも色々ありますけど、まぁ詳しくは池内さんの動画をユーチューブで見て下さい(笑)。シュート何とかっていうのがあるはずなので。アドバイスするとしたら、その動画を検索して見て下さいってことですね(笑)」

B:シュートフォームを変えたことはありますか?
「高校の時ちょっと先生に言われて変える感じになったんですけど、やっぱり小学生の頃から身についてるものだし、変えちゃうとどうしても入らないんですよね。この年で変えても慣れなくて打ちづらいし、だったら自分のフォームで打った方がいいかなと思って。言ってしまえばシュートは入れば勝ちなわけで、入らなかったらフォームがいくらきれいでも負けじゃないですか。今のシュートフォームは小学生の頃お父さんとお母さんに教えてもらったんですけど、これで定着させてますね。シュートフォームも大事だと思いますけど、自分は変えなかったです」

B:以前狩野選手(東海大#33)に、極限まで集中した時、言わば“ゾーン”に入った状態になると、『どんな体勢で打っても不思議と必ずボールがあそこ(リング)に行く』というお話を伺いました(9/11インタビュー)。長谷川選手もそういう感覚になる時はありますか?
「あぁ、その気持ち分かります。何て言えばいいのかな…、口で説明しづらいんですけど、体で感じるんですよ。『あ、来てる』って。リーグ1巡目の青学戦は、自分も最後の方でゾーン入ってました。決まりだすとなぜかほんとに落ちなくなって…。ああいう時は本当に無心なんです。もはや勝敗すらあんまり頭になくて、他の事を何も考えずに“打って入れる”って考えしかないんですよね。ほんと不思議ですね、あの感覚は。僕には解明できないです。辻さん(青学大#14)とか、シューターの人はみんなあるんじゃないですか?」


大学界の同じシューターはみなライバル

hasegawa_t3.jpgB:長谷川選手にとって、同じシューターの辻選手はやはりライバル的存在ですか?
「そうですね。辻さんは、絶対超えたい人なんです。高校の時からの目標。まぁ辻さんからしたら僕なんて全然ライバルじゃないと思いますけど(笑)、一方的にライバル視してます。まぁ正直、辻さんの事はシューターとして大学界で一番尊敬してますね。シュートももちろん僕より全然入るし、そこからドライブしてアシストもできるじゃないですか。あれかっこいいしずるいですよね(笑)。僕ももっとドライブ上手くなりたいです。今年くらいからドライブも行くようにしてるんですけど、その見極めがまだまだ甘いと思うので、もっと練習しないといけないですね。あとは狩野とか館山(専修大#33)とか、大学界のシューターには学年関係なく負けたくないです」

B:こうなりたいという選手はいますか?
「ここではあえて辻さんの名前は出さないです(笑)、絶対超えたいので!憧れてるのは、年代は少し違いますが岡田さん(青学大06年度卒・現JBLトヨタ)や川村さん(現JBL栃木)ですかね。本当にすごいなって思います。ああいう大事な場面で決められる選手になりたいです」

B:では話は変わりますが、自分自身どんな性格だと思いますか?
「性格ですか?えー!どうなんですかね?うーん…。これ僕以外に聞いた方が分かるんじゃないですか。ちょっと藤井呼んでいいですか?あいつ小学校から僕のこと知ってるので。祐眞ー!ちょっとこっち来てー!」
(拓殖大#40藤井選手が登場)

長谷川:「俺の性格ってどんなん?」
藤井:「性格?えっと…とりあえず明るくて、元気で、」
長谷川:「うわ、なんか恥ずかしい!(照)」
藤井:「それで、結構ふざけて面白いから誰とでも仲良くなれて、先輩とも後輩とも仲良くて、みんなに好かれるような人だと思います」
長谷川:「おぉー、らしいです!いやーこいつ持ってますね(笑)」
B:素晴らしい解答ですね。
藤井:「あと、ギャグを言わせたらこの人の右に出る人いないので…(笑)」
長谷川:「そういうこと言うなよ(笑)!そういうのいらないから!はい、ありがとね!」
(藤井選手、立ち去る)

B:仲が良いですね(笑)。
「拓大はいつもこんな感じなので(笑)」

hasegawa_t4.jpgB:先輩とも後輩とも仲が良いという話でしたが。
「そうですね。高校の時から久保田さん(早稲田大#14)とか織田さん(青学大#6)とか、先輩とも割と仲良いですね。みんなかまってくれるので。あとは辻さんとか田渡さん(筑波大#34)とかも大学入って仲良くなったし、同学年だったらマコト、海斗、館山、浜田(日本大#19)とか…。同期はもちろん、仲良い先輩も多いですね。高校と違って大学ってフレンドリーというか、他のチームの選手とも自由に仲良くなれますよね。みんな関東に集まってるし」

B:先輩から可愛がられるタイプみたいですね。
「そうだったら嬉しいですけど(笑)。こういうこと言ってると『調子に乗るな』って言われるので(笑)。みんな優しい先輩ばっかりで、仲良くさせてもらってますね」

B:では次に回す人を指名していただけますか?
「じゃあ大東文化大の遠藤さんで!普通に仲もいいですし。4年生の話を聞きたいですよね」

B:では次回は大東文化大学・遠藤選手にお話を伺います。長谷川選手、ありがとうございました。

写真上:サインに添えたコメントは「一撃必殺」。シューターらしい一言。
写真下:リーグ戦中、自分の試合は終わり、他の試合を観戦していた長谷川選手。カメラを向けるといい笑顔に。

◆#94長谷川智伸(はせがわ とものぶ)
拓殖大・3年・SG
182cm/80kg


(2011.11.5インタビュー)

※文中に出てくる背番号は2011年度の番号で表記しています。
関連記事

テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

EDIT  |  10:07  |  その他の記事  |  Top↑
 | BLOGTOP |