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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2011.10.20 (Thu)

【SPECIAL】BOJラインvol.4~田中大貴選手~

リレー形式インタビュー「BOJライン」
vol.4~東海大・田中大貴選手~


111019TANAKA_2.jpg 選手の指名でインタビューを回していく「BOJライン」。第3回の青山学院大の比江島 慎選手からバトンを渡されたのは、東海大学・田中大貴選手です。

 昨年ルーキーながら華々しい活躍を見せ、今や東海大のエースとして注目される田中選手。強気で攻めるコートでの姿とは裏腹に、「人見知りで…」とインタビューではシャイな一面も見せていました。しかし中学・高校時代、強豪校にどうすれば勝てるかをずっと考えてきたというだけあって、言葉の端々から負けん気の強さや内に秘めた闘志が感じられます。“好きな場所にサインを”とお願いしてTシャツを渡すと、「じゃあ先輩たちの上で(笑)」と言って迷いなく一番上にサインをしたことも、そうした部分の表れかも知れません。BOJライン、第4回もお楽しみください。
 

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大きな影響を受けた中学校の先生

111019TANAKA_1.jpgBOJ(以下B):BOJライン第4回は東海大学・田中大貴選手です。よろしくお願いします。比江島選手からの紹介なんですが、仲はいいんですか?
「そうですね。ユニバは学生が4人しかいなくてその4人は結構一緒にいましたし、仲は良いと思います」

B:田中選手を比江島選手は『周りからよく“ライバル”と言われるから少し意識してしまう』と言っていたんですが、田中選手はどうですか?
「自分もそこまでライバル意識はないんですけど、陸さんからも(ライバルと)よく言われますし、試合ではお互いマッチアップするので少しは意識しますね。ライバルかは分からないですけど(苦笑)」

B:では本題に入りたいと思います。バスケを始めたのはいつですか?
「小学校2年です。自分の小学校はやるとしたらバスケしかなかったんですよね。学年が一つ上の知り合いがやってて、それを見てかっこいいなと思って始めました」

B:印象に残っているミニバスでの思い出は?
「ミニバスは監督が全くバスケットを知らない人だったんですよ。だから勝負にこだわるというよりも、毎日楽しくやっていた感じですね」

B:ミニバスから厳しくやってきた訳ではないんですね。そこから伸びてきたのはいつ頃ですか?
「やっぱり中学校だと思います。中学校の先生が自分の中では結構大きい存在なんですよね。すごく良い先生で、自分は指導者に恵まれたなと思っています」

B:どんな先生だったんですか?
「選手としてもすごかったし、指導の仕方も上手くてすごく勉強になりました。あの先生に会わなかったら今の自分は無いってくらい、自分は尊敬してますね。中学の時は毎日バスケ漬けで一日中練習してた感じなんですけど、そこで自分も伸びたかなと思います」

B:中学校で印象に残っている思い出は?
「中学ではずっと全国大会を目指して毎日練習していました。同じ九州に木屋瀬中って、玉井(早稲田大#8)とか園(白鴎大#35)とかがいた強い中学校があって、そことは結構練習試合とか九州大会で戦うんです。自分的にはそいつらに絶対負けたくないという気持ちでずっとやってましたね」

B:他に中学の頃対戦して印象に残っている選手はいますか?
「ジュニアオールスターでは予選リーグで勝って一応決勝トーナメントに進んだんですが、埼玉と当たって、慶應の矢嶋(#19)とか明治の目(#2)とか筑波の池田(#35)にボコボコにやられたのは覚えてますね(苦笑)」


インターハイ出場を逃して経験した挫折

111019TANAKA_3.jpgB:中学卒業後は長崎西高校に進みましたね。長崎西高校は主に地元の選手で構成されるチームだと思いますが、長崎を出て他の高校に進むことは考えませんでしたか?
「さっき話した中学校の先生が、長崎西の先生と仲が良いというか知り合いで。自分に外の高校から話が来ていたかはよく分かりませんが、自分としても高校は外に出るつもりもあまりなかったので、迷うことなく長崎西に決めました。高校でも良い先生に出会えましたし、良かったと思います」

B:高校時代の思い出では何が印象に残っていますか?
「やっぱり他の強豪校が全国から選手を集めてる中、うちは長崎県内の選手だけだったので、そこでどうしたら戦えるのかとか色んなことを考えながら高校時代はやってました。でも全国の強いチームと戦って、良い試合は出来ても結局は勝てなくて、悔しい思いをしてきたことが一番印象に残ってますね。高2の時にインターハイでは明成に2点差で負けて、ウィンターカップは洛南に負けて、自分が高3の時もウィンターカップは明成に負けました。長崎の人からしたら強い学校に対して“よく頑張った”って思うかもしれないんですけど、自分の中ではやっぱり勝ちたかったし、悔しい想いしかないですね。全国大会は」

B:比江島選手もウィンターカップで長崎西高校と戦った話をしていました。
「あの試合は、前半まではすごく良くてほぼ同点(長崎西39-41洛南)だったんですけど、やっぱり後半離されて…。よく覚えてます」

B:高校3年生の時はインターハイには出られなかったんですよね。
「そうです。インターハイ予選で負けて出られないとなった時は、ものすごく落ち込んで苦しい想いをしましたね。今考えてもその時期が今までで一番悩んだと思います。高2の時に自分の学年は自分しか試合に出てなかったんですが、前年で明成とか洛南に良い勝負が出来たのに、翌年はインターハイにも出られないチームになって…。前の年に試合に出てたからこそ悔しかったし、とにかく苦しかったですね。気持ち的にどんどん落ちて行って…その時はバスケットも辞めたいと思いました」

B:そこまで思いつめた時期があったんですね。そこからどう立ち直っていったんですか?
「高校の先生や親と話して、自分がそういう弱い気持ちになったら他のチームメイトにも伝染するし、自分が折れちゃだめだなって気付いたんです。高3の時は自分がこのチームの柱だって自分でも思っていたので、しっかりしなきゃって。そこでもう一回冬のために頑張ろうって奮い立たせることが出来ました」

B:そこで成長した部分も大きいんですね。
「そうですね。技術云々ではなくて、精神的に成長出来たと思います」

B:試合以外で、印象に残っている部員との思い出は?
「思い出してもほとんどバスケしかやってないような感じです(笑)。でも他の部員とも仲が良かったし、自分はスポーツクラスだったんですがそのクラスもずっとわいわいしてて仲が良かったので、学校生活も毎日すごく楽しかったですね」


大学で気付いたものは「変わらなきゃいけない」ということ

111019TANAKA_5.jpgB:ではここからは大学の話に移りたいと思うんですが、まず東海大を選んだ理由は?
「一番は、陸さん(陸川監督)がどこの大学よりも熱心に誘ってくれたことですね。一緒にやろうと言ってくれたことが自分の中では一番大きな理由です」

B:東海大のバスケットはどうですか?
「みんな仲が良いし賑やかですね。すごく明るいチームなので、自分はもともと声を張り上げて盛り上げる事が苦手なんですけど、東海に入ってからはそういう性格とか関係なしにみんなで盛り上げなきゃなと思うようになりました。だから自分ももう少し変わらなきゃいけないと思います。プレー面では、やっぱり高校と比べてもすごくレベルが高いです。でも自分は高校の時もディフェンスをやらないとものすごく怒られるチームだったので、ディフェンスを重視するという点に関してはあまり違和感なくすんなり入れましたね」

B:1年生からスタメンで出番を得ましたね。
「でも自分の中では1年生とか関係なく“絶対試合に出るんだ”って気持ちで入学したので。1年生の時は、周りからも思い切りやれと言ってもらっていたので、思い切りやることを心がけていました」

B:ユニバーシアードや李相伯杯などの選抜に選ばれていますが、東海大以外のバスケットはどうですか?
「今回のユニバは本当にいい経験になりました。限られた出場時間の中でどうしたらいいか自分なりにたくさん考えたし、色んな海外の選手と対戦してすごく良い刺激になりましたね。日本は高さがないので、やっぱりスピード、トランジションがより重要になってくるなと感じました。通用した部分と課題に挙げられた部分と、ユニバで色々見えてきたと思います」

B:どこの国が一番印象に残っていますか?
「自分的には、大会前に急遽アメリカと練習試合することになったんですが、それが印象に残ってますね。アメリカは予想通りやばかったです(苦笑)。自分たちより高いし速いし…すごい選手ばかりでしたね」

B:アメリカはもちろん足も速いとは思いますが、走るバスケットをしてきたんですか?
「走ってきましたね。めちゃくちゃ速かったです。他のチームはあまり速いという印象はなかったんですが、アメリカだけは別でしたね。でかいし走れるチームでした。それに個人の能力も、やっぱり他の国より全然高かったです」


シュートの鍵でもある爪にこだわりあり!

111019TANAKA_6.jpgB:では話は変わりますが、自分はどんな性格だと思いますか?
「自分で言うのもなんですけど、すごい人見知りで…(苦笑)。あまり自分から人に絡めないんです。仲良くなったら大丈夫なんですけど、仲良くなるのに結構時間が必要ですね。東海のみんなはもう全然大丈夫なんですけど、ユニバとかで学生以外の人とは徐々に慣れていった感じでした。仲良くなったら自分を出せるんですけどね」

B:なるほど。大学に入ってから仲良くなった選手は?
「比江島は…あ、呼び捨てするくらいの仲なんです(笑)。ユニバ期間中もずっと『マコト』とか呼んでて(笑)。その比江島は、高校生の時はほとんど喋ったことなくて、選抜の合宿とかで軽く言葉を交わすくらいでした。前から話してた訳じゃなくて、今回のユニバとかで結構話して仲良くなりましたね」

B:比江島選手が、田中選手のことを『腹黒い』と言っていました(笑)
「いや違います。言っている本人が腹黒いと思います! ほんと人のこと言えないですよ。これちゃんと書いといて下さいね(笑)」

B:(笑)。比江島選手は田中選手から見てどんな印象ですか?
「一見大人しそうじゃないですか、まわりから見たら。でも話したらもう…おかしいですよ(笑)。あの人何も考えてませんから(笑)」

B:比江島選手は感覚でプレーしている感じですよね。でも何か“持っている”選手というか。
「そうですね。マコトは持ってますよね。憎たらしいくらいに(笑)」

B:(笑)。性格の話に戻りますが、田中選手はシューターとして爪の手入れをきちんとしているという話を以前伺いましたが、そういうことは気にするタイプですか?
「そうですね。自分はすごいきれい好きなので結構気にしますね。爪は、あまり短くしないで、試合前は絶対切らないです。それはジンクスというか…中学校の大会で一回切って、そのせいか分かりませんがもうその試合がひどかったんですよ(苦笑)。悲惨な思いをしたので、その時から試合前は切らないようになりましたね」

B:爪にはこだわりがあるんですね。金丸選手(10年度明治大主将・現JBLパナソニック)も人差し指の爪にプラモデル用のニスを塗って割れないようにしていると聞いたことがあります。
「金丸さんもシュートの時爪が当たってすごい『シャッ』って音しますよね。自分もシュートが良い感じの時は爪にボールが引っ掛かる感覚がします」

B:では、今後こうなりたいという選手像はありますか?
「さっき持っているという話がありましたが、やっぱり“あいつはすごいな”って思われるような選手になりたいです」

B:今後のシーズンに向けての意気込みを。
「やっぱり昨日の試合(※10/1日本大戦)もそうだったんですけど、気持ちの面でまだムラがあるんですよね。プレー的に上手くいく時もいかない時もそれはあると思うんですが、昨日は気持ちの面でも全然良くありませんでした。青学とやった時(9/25)みたいな気持ちで全試合入れればベストだと思うので、切り替えて頑張りたいです。インカレで優勝するために成長していきたいです」

111019TANAKA_4.jpgB:見ているお客さんに自分のどんなところを見て欲しいですか?
「チームで点数を取ることが求められていると思いますし、そういうところですかね。まだ大人しいとかもっと行けるとか言われるので、少しずつ変わっていきたいと思います」

B:では次にリレーを回す人をお願いします。
「どうなんですかね。あんまり自分から話さないからな…(苦笑)。考えてたのは、祐眞(拓殖大#40)か天傑(青学大#88)か永吉(青学大#25)だったんですよ。どうしようかな…永吉で良くないですか? あいつ面白いから。じゃあまた青学に戻っちゃいますが、永吉に回します。そしたら天傑が嫉妬すると思うんですけど(笑)」

B:(笑)。では次回は青山学院大学・永吉佑也選手です。田中選手、ありがとうございました。

写真上:最近はプレー中にチームメイトと話し合う部分もよく見られるようになった。
写真下:サインは中央に。添えてくれた一言は東海大のスローガンでもある「やってやれないことはない やらずにできるわけがない」のフレーズ。

◆#24田中大貴(たなか だいき)
東海大学・2年・SF
190cm/82kg


(2011.10.2インタビュー)
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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