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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2011.09.18 (Sun)

【SPECIAL】リレー形式インタビュー「BOJライン」vol.1 ~田渡修人選手~

リレー形式インタビュー「BOJライン」
vol.1~筑波大・田渡修人選手~


110920TAWATARI6.jpg この度、BOJでは新企画をスタート致します。

「BOJライン」は、選手自身に次のインタビュー相手を指名してもらい、友達の輪をたどって取材を敢行するという試みです。選手の素顔や過去のエピソードなど、普段の試合のインタビューでは知りえない事を探っていきます。プレー姿からは想像もつかないような選手の一面や、新しい魅力が見えてくるかもしれません。また、あの選手からあの選手へ?という意外なつながりが見えてくるかも。どのような交流の輪が続いていくのか、お楽しみに。

第一回目は筑波大学主将・田渡修人選手です。

※掲載は不定期になります。

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今期、筑波大バスケット部の主将。
185センチの大型ガードはプレーもダイナミックで今後の期待も集める。
バスケット一家に生まれた田渡選手のここまでの歩み。


110920tawatari_2.jpgバスケを辞めようと思った中学時代

BOJ(以下B):第一回目は田渡選手です。よろしくお願いします。まずバスケを始めてから京北中に入るまでの経緯を簡単に教えて下さい。
「幼稚園の年中でバスケを始めました。それより前から京北に行ったりしてたんですけど、兄ちゃん(※1)が入団したんで自分も一緒に入るわって感じで。それで小学生の時は海斗(日本大#3石川)とかと一緒にやってて、ミニバスは強かったですね。それから京北にって感じです」

B:中学で一番印象に残っている思い出は?
「なんですかね…。僕、中2まで全然試合出てないんですよ。ベンチにもギリギリ入るか入らないかくらい。とりあえずデブだったんです(笑)。それで自分らの代になって試合に出られたんですけど、都大会でベスト16で負けちゃって。でも、うわー駄目だなーって思ってたらジュニアオールスターに選ばれたんですよね。選ばれると思ってなかったので、それは自信になりました。それは印象に残ってます」

B:その頃には痩せてたんですか?
「痩せてないです(笑)。中学の頃の僕のプロフィール知りたいですか?卒業のとき、168センチだったんですよ。それで体重が78キロ。ただのデブでした(笑)」

B:(笑)。その頃対戦して印象に残っている選手はいますか?
「誰だろう…ジュニアオールスターの時は、滋賀とやったんですよ。めっちゃ上手いやついるわって思ったら日体大の横江(日本体育大#23)でした。あとは青学の中川(#13)もいた。で、その滋賀に負けました。あと対戦した訳じゃないんですけど、全中が東京開催だったので見に行ったんです。そしたら沖縄のコザ中に超絶上手いのがいるなぁって思って、それは並里(現bj琉球ゴールデンキングス)でしたね。よく覚えてます」

B:田渡選手はお父さんが京北バスケ部の監督で、兄弟も3人ともバスケットをやっていて、家族がバスケ一家という感じですよね。バスケが嫌になったり辞めようと思ったりしたことは無いんですか?
「中学のとき、母親に辞めたいって言ったことあるんですよ。正直、小学校までは結構自信あったんですね。ミニバスも強かったし、僕の中で今までで一番自信がある時期は小学校なんです。でも中学に入って、試合は出られないし、練習すらさせてもらえないし…という感じでもう何にも面白くなくなった。楽しいとか上手くなりたいとか、何にも思わなくなってしまいましたね。背も伸びなくてただ太ってくだけだったし(笑)。それで中2のときに、母さんにもう辞めたいって言いました。そうしたら、“ふ~ん、そんなもんだったんだ。まぁ別に良いけどさ”みたいに言われて。それで逆に“え、ちょ、そんな感じなら続けるし!”みたいな(笑)。悔しかったんで辞めませんでしたね」

B:負けず嫌いな子供だったんですね。お母さんの一言がバスケットを続けるきっかけになったと。
「母さんめっちゃ言ってくるんですよ。今日も実家から来たんですけど、朝家出る時に“今日はターンオーバー減らしてね”って冷たく言われました(笑)」


敗戦の悔しさをバネに、大きく飛躍

110920tawatari_3.jpgB:中学時代辞めずにそこからバスケを続けてきて、自分自身伸びてきたなと感じた時期はいつ頃ですか?
「高2ですね。高2のインターハイで、光泉高校に、また横江に負けたんです。そのときは、チームメイトに二ノ宮君(※2)(10年度慶應大主将・現JBLトヨタ)がいたから、絶対負けないと思ってたんですよ。でも、いつもはあの人が大体40点くらいとって僕が20~30点くらい取るんですけど、その時は僕が10点しか取れなかった。調子が悪すぎて結構交代もさせられて、結局3点差で負けたんです。だからその試合が終わって、本当に自分のせいだと思って落ち込みましたね。普段は負けてもすぐ切り替えられるんですけど、その時は切り替えられませんでした。で、そこからとにかく二ノ宮君の足を引っ張ることはしたくないと思って、めっちゃ練習を頑張りましたね。二ノ宮君だけのチームとは思われたくなかったし、そのためには自分が伸びるしかないと思って。それでウィンターカップで二ノ宮君が怪我してて、今までだったらそこで“どうしよう”って焦ったと思うんですけど、その時は夏からやってきたことに自信があったので、やってやろうという気持ちで試合に臨めました。それで結構活躍できたし、そのあとトップエンデバーにも選んでもらえたので、上手くなったなと思ったのはそこですかね。そこ以外はあまり思ったことないです(笑)。あの時は、自分が伸びてく実感がすごいあった。やってて、相手に止められることは止められるんですけど、なぜか結果的に思い通りに行くんです。あの時は面白かったですね」

B:“練習を頑張った”というのは具体的には?
「練習中に、今までだったら二ノ宮君から合わせでパスをもらうことがすごく多かったんですよ。それはもう出来るなって自分でも思ったので、今度は自分が切れ込んで二ノ宮君に合わせようかなと。二ノ宮君もノーマークで打ててそっちの方が楽じゃないですか。あの人はシュート全部入るし(笑)。だから、目の前の相手をまず抜いてそこからさばくっていう、今までと逆のことを、いつも二ノ宮君がやっていてくれたことを僕がやるようにしました。多分それで伸びたのかなって思います」

B:ではその二ノ宮選手が卒業して、高校3年生のときの思い出は?
「インターハイが終わって国体で、八王子のワドゥとかとプレーしたんですよ。それで3位になれた。そこで完全に1番ポジションをやらせてもらえて、その辺から“ガードって面白いな”と感じ始めましたね。まぁウィンターカップでは、ガードをやるはずだったんですけどなぜか自分が攻める感じになって…結局シュート乱射でした(苦笑)。ベスト8は行けたんですけど、フォワードみたいになっちゃいましたね。でもメインコートに立てたのは嬉しかったです。それにその時の戦力考えたら、明らかに洛南が最強ですから(笑)。あの時の洛南は、どんだけいるのってくらい揃ってますからね」


先輩から教わったPGというポジション

110920tawatari5.jpgB:それで高校を卒業して、なぜ筑波大を選んだんですか?
「自分は小さい頃から、JBLに行ってその後教員になるのが夢だったんですよ。やっぱり父親を継いで体育科の教員になりたくて。でも結構どこの大学も教員になれるから、色々迷ったんです。練習も色んな大学に行きました。でもやっぱり学歴は大事かなと思って、筑波は体育科の教員の中でも上の方なので、それで決めましたね。バスケも強いしって感じで」

B:入学する前とした後では筑波大の印象は変わりましたか?
「練習そこまでキツくないって聞いてたんですけど、行ったらキツかった(笑)。でも練習が楽なよりはキツい方が全然いいですよね。楽すぎたら絶対勝てないし。筑波は田舎ですが、その分すごくバスケするには良い環境だと思うんです。もうバスケするか、勉強するか、寝るかしかないですから(笑)。だからブレなかったし、筑波に行って正解でしたね」

B;筑波大は結構システムも多くて、頭を使うバスケットですよね。
「そうですね。自分は初めて本格的にポイントガードになったんで、特に頭使わなきゃいけなくて大変でした。1年の最初とか全く何も分からなくて、セットプレーも今だったらどこで攻めようとか考えながらやるんですけど、その時は適当に毎回ただノリでコールしてましたね(苦笑)。それで、(片峯)聡太さん(09年度主将・現福岡大大濠高校監督)に毎日のようにしつこくしつこく質問してました。聡太さんは、僕がそんな風に相談してくるって思ってなかったみたいなんですよ。結構プライド高くて絶対人に質問しないやつっているじゃないですか。僕もそっち側の人間だと思われてたようで。だから、僕があまりにも色々聞いてくるから驚いたらしいです。で、聡太さんがめっちゃ色々教えてくれたんですね。僕がディフェンスでついてるときも、こうした方が良いよとかって色々言ってくれて。聡太さんがガードでいたから、今の自分がいるんだと思います。高校の時二ノ宮君も色々教えてくれたんですけど、あの人は“勝手に見ろ”って感じで口では教えてくれないから(笑)」

B:じゃあ今までで影響を受けた人といったら、片峯さんと二ノ宮選手?
「そうですね。聡太さんは大学に入ってガードを始めて、一番身近にいた存在で、本当に色んなことを学ばせてもらいました。二ノ宮君は、何というか、バスケの全部が凄すぎて…僕の中で神様みたいな存在なんですよ(笑)。僕の弟も二ノ宮君大好きで同じこと言うんですけど。聡太さんも二ノ宮君も、二人とも尊敬してますね」

B:では大学の4年間で一番印象に残っていることは何ですか?
「試合で印象に残っているのは、2年の時のリーグ戦で慶應に勝った試合。ずっと弱い弱いって言われてたのに最後の最後で慶應に勝てたのはすごい嬉しかったし、その時はスタートで出してもらえたので自信にもなりました。それでそのあと育成キャンプに選ばれて。それまで、誠也(#99加納)はドイツに行くキャンプに選ばれたり、タカ(#15山口)はフレッシュマンキャンプに呼ばれたりしてたんですけど、僕だけ何にも選ばれてなかったんですよ。まぁ確かに選ばれるような選手でもなかったし。でも2年で初めてそういうのに選ばれて、嬉しかったですね。3年になって聡太さんもいなくなって、その頃から意識も変わりました。そこから上り調子に…きてるはずです(笑)。これからきます!」

写真:2009年度リーグ。片峯選手が右側の田渡選手にアドバイスしている。左はJBL日立サンロッカーズに進んだ鹿野選手。


苦しい時期を乗り越え、吹っ切れた現在

110920rtawatari4.jpgB:試合以外のバスケ部員との思い出は?
「うちのバスケ部ってAチームもBチームも関係なく色々言ってくれるんですよ。で、自分は足りないところが多くて、一回同期のみんなから“こうして欲しい”って結構言われたんです。その時に割と厳しい事も言われたんですけど、言わないでなぁなぁになるよりも、言ってくれて良かったなと。そこで意識も変わったし、言われたのがすごくありがたかったですね。遊んだ思い出とかもいっぱいあるんですけど、それが一番印象に残ってます」

B:それはいつ頃ですか?
「4年です。つい最近です(笑)。4月ぐらいですね」

B:色々悩んでいたという時期ですね。性格的に悩むタイプなんですか?
「僕、よく“悩みなさそうだね”って言われるんですけど、これでも悩むんですよ!人に言わないだけで!でもいつもは割とすぐ解決出来るんですけど、春は実習とかが重なったこともあったし、全く上手くいかなくなりましたね。悩むというか、もうどうすればいいのか分かんなくなりました。そうこうしてるうちにトーナメントも終わっちゃって…もう地獄のトーナメントでしたね。でも今はみんなと話した事もあって、だいぶ色々吹っ切れて良くなったと思いますね」

B:トーナメント後の李相伯杯などで段々良くなっているように感じたんですが。
「そうですね。筑波だと結構自分も攻めなきゃと思ってプレーしてるんですが、李相伯は自分がそこまで無理しなくてもいいというか、自分より点を取れる人がいっぱいいるので、本当にゲームコントロールだけに集中していればいいという環境でした。その点悩まずにやることを絞ってやれましたね。だから良かったというか、結果的に一試合目も勝てたんだと思います」

B:では今年、キャプテンになって苦労していることはありますか?
「プレー面では特に去年からあまり変わってないと思うんです。ガードとしてチームをまとめて、それにプラスしてキャプテンとして時には厳しいことも言うという感じで。でも、今チームから言われているのが、コート外でもう少しリーダーシップを発揮してほしいということ。それは苦労していますね。コートの外でもキャプテンとして行動に示さなきゃいけないと思ってるんですけど、どこをどう示すかってところが難しいです」


「同期はほぼ全員友達」幅広い交友関係
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B:自分自身、どういう性格だと思いますか?
「うーん…すぐ調子に乗る性格ですね(笑)」

B:友達が多そうな印象を受けるんですが、大学に入ってから特に仲良くなった選手はいますか?
「同期の選手はもうほとんどじゃないですかね。ほぼ全員友達(笑)。後輩とかも、みんな僕のmixiとかツイッターにつけてる名前で“シューティ”って呼んでくるんですよ。他の大学の後輩なのにタメ口だし、すっごい生意気です(笑)。まぁ全員友達ですね」

B:ライバルは誰ですか?
「大学の選手じゃなくてもいいですか?今は…弟(田渡凌・現京北高校)ですね。あいつには本当に負けられないんで、もうプレッシャーですよ。でもまだ負けないです、まだ。あいつに本当に“抜かれた…!”って感じたら、僕もうバスケ辞めて教員になります(笑)」

B:弟の試合も見に行くんですか?
「ウィンターとかは時間があれば行きますね。あとオフの時とか京北の練習にはよく行きます。2日間オフがあったらやっぱり1日は動きたいので」

B:では、今後“こうなりたい!”という選手像はありますか?
「二ノ宮君…いや聡太さんかな…。バスケットボールプレーヤーとして尊敬してるのは二ノ宮君で、ポイントガードとして目指してるのは聡太さんです。よし、上手くまとめた(笑)」

B:学生バスケットも残りわずかですが、今後の抱負をお願いします。
「そうですね。僕ももう4年ですもんね。辻(青山学院大学#14)に昨日、“今年は全勝で行くから”って言われたんですよ。いやいや…絶対勝ちますからね。絶対インカレ優勝です。ついでにオールジャパンも優勝しますから(笑)」

B:ファンにここを見て欲しいというところは?
「何だろう…別に試合中そんな変なことしてないからな(笑)。やっぱりドライブからのアシストと、あとは終盤の勝負どころでシュートを決めた時のテンションの上がりようを見て欲しいです。きっとめっちゃテンション上がってますから(笑)。よく試合中笑えるって人から言われるんですよね。自分ではそんなつもりないのに」

B:では、今後インタビューの中でこれを選手に聞いたら面白いんじゃないかという質問はありますか?
「うーん…。辻とかが回ってきたら、一発ギャグとか変顔をお願いしてみて下さい。あいつめっちゃ持ってますから。でも僕が次回すのは辻じゃないです」

B:では次は誰を指名しますか?
「久保田(早稲田大)で。めっちゃ仲良いんですよ。本当ウケますからあいつ」

B:久保田選手にどのようなことを聞いたら面白いと思いますか?
「もう何でも喋らせれば面白いと思います。むしろ質問しないでずっと喋らせてればいいと思います(笑)」

B:では次回は早稲田大学・久保田遼選手にお願いしたいと思います。田渡選手、ありがとうございました。


◆#34田渡修人(たわたり しゅうと)
筑波大・4年・主将・PG
185cm・78kg


(2011.9.11インタビュー)

※1 兄は東洋大バスケット部に在籍していた。
※2 二ノ宮選手の方が1歳上だが、田渡選手はずっと「二ノ宮くん」と呼んでいる。
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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