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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2010.12.07 (Tue)

【2010インカレ】12/5 5位決定戦 日本大VS東海大

【#36養田が流れを変え、東海大が日本大に逆転勝利】
101205youda2.jpg 5位決定戦は東海大日本大の対戦になった。第2試合に両者が出てきた時、コートの雰囲気が変わった。関東1部上位の持つ緊張感が、そこにはあった。

 日本大は#24金城(3年・G)、#24熊(3年・C)をスタメンに据えた。本来、インカレで使いたかった布陣だ。立ち上がりに#24熊がミドルシュートを決めると#29金城も好調、#15熊澤(4年・G)が#4篠山(4年・G)のパスを受けてシュートするなど、いい立ち上がりを見せる。東海大はややアウトサイドの精度を欠いて、追う形となったが、#24田中(1年・SF・長崎西)が3Pやドライブで得点し、一時は逆転。しかし最後はミスもあって逆転され、19-13と日本大リードとなった。

 東海大は2Q、#4森田(3年・PG)でスタート。#5多嶋(4年・G)との2ガードとするが状況がなかなか好転しない。日本大は#0満原(3年・C)が下がっている間点数が伸びず、日本大に一時は13点ものリードを奪われてしまう。しかし#7遥(4年・PF)の3Pが出てリズムを掴むと、ディフェンスも良くなり、じわじわと追い上げを見せるが、両者重いオフェンスは変わらず、日本大が35-26とリードを保って前半を終えた。

 3Qもリードを続ける日本大だが、開始3分で#14森川(3年・F)が捻挫をしてベンチに下がると、流れが変わった。ここから#5多嶋の3Pを皮切りに、東海大は連続得点で追い上げ、残り1分で逆転に成功。日本大はインサイドでここまで重要な役目を果たしてきた#14森川不在でオフェンスが機能せず、#4篠山が攻め気を見せて終盤得点していくが、49-49の同点で4Qへ入った。

101204morikawa.jpg 4Q、東海大は#36養田(4年・PF)が爆発。ディフェンスを回りこむようにかいくぐってレイアップを3連続で決め、波に乗る。しかし日本大も#14森川が足を引きずりながらもコートに戻って執念の3Pを沈め、必死にボールに飛びつき、ディフェンスでも気持ちを見せる。しかし、東海大の勢いは止まらず、#5多嶋の速攻に再び#36養田の得点が続き、日本大の気持ちをたち切って差を広げていく。勝利が見えた東海大は、残り30秒でコートに4年生を送り出した。勝負が見えた残り十数秒、日本大は#4篠山が#5多嶋相手に1対1に挑む。北陸高校時代の仲間であり、いつも互いの対戦を楽しみにしていた両者。仕掛けるタイミングをはかっているどちらの顔にも笑顔が浮かんでいた。#4篠山は#5多嶋をかわし切れこむが、ヘルプに寄られて惜しくもシュートはならず。そのターンオーバーを受けて、東海大最後のボールは#15中務(4年・SF)へ。しかしこれがきれいには打てずタイムアップ。73-58で東海大の5位が決定した。

 両者、最後は笑顔だった。第3シードと第4シードという、上位の対戦による拮抗したゲームには緊張感があった。日本大は森川の捻挫が響いたが、今年は最初から最後までこうしたコンディションに悩まされた年だった。しかし、苦しい状況でもなんとか勝ちを得ようとする意欲で、リーグ戦もインカレも経験の少ない選手たちがふんばりを見せた。そして熊澤が篠山とともに大学を代表する選手に成長を遂げたことに拍手したい。

101205ar.jpg 東海大は最後に立てなおして5位。春のトーナメントに続き、ベスト4の壁を破れないあと一歩の課題が残った年だった。例年以上のハードなトレーニングを重ねたが、リーグ戦の中で起こった方針変更など、散漫な印象はぬぐいきれなかった。選手層が厚いこのチームは何を選択し、何を捨てるかを常に模索しながらの戦いが続く。チームの最適化こそが最大のポイントだが、多くの選手を抱えるだけにそれは容易なことではない。これからも考えながらチームとしての“道”を探る必要があるだろう。

 試合終了後、東海大のメンバー全員が裏のアップ場に集まった。試合前、副将の袋舘からみんなに送られた「秘密企画」と題したメールには、「陸さんを胴上げしよう」と書かれていた。ムードメーカーとして影からチームを支えた袋舘らしいサプライズだ。今年、東海大の監督として10年目を迎えた陸川監督。春には多嶋も「節目の年に勝ちたい」と言ってきた。頂点は叶わなかったが、その思いを感謝に変えた企画だった。チームの“父親”を、彼らは最後に空へ高々と舞わせ、大学最後の大会を締めくくった。

写真上:流れを変えたのは養田のプレーだった。
写真中:森川はこの大会を通して、チームの流れを支えるパフォーマンスを見せた。
写真下:最後の篠山と多嶋の1対1は、ともに笑顔だった。

※東海大・多嶋選手、養田選手、日本大・篠山選手、熊澤選手のインタビュー、両校記者会見のコメントは「続きを読む」へ。

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【INTERVIEW】

「チームに必要な選手になるには何が大事か考えてきた」
東海大の司令塔として考え続けた4年間

◆#5多嶋朝飛(東海大・4年・G・主将)
101205tajima.jpg 一言で言えば試行錯誤の1年だった。好調な要因があるかと思えば、どこかで躓き、持ち直したかと思えば、勝ちきれない。チームとして今年の東海大が良かったかと言われれば、なかなか評価しずらいシーズンだった。
 ただ、それをどうするか、多嶋にとって今年1年はあきらめずに考え続けた年だったのは確かだ。まず個性の強い同級生たちをどうやって同じ方向に向かせるか、最初は少し迷っている風だった。自分たちだけでは変えようのない部分もあった。しかしシーズンも後半になれば4年生が集まり、話し合う姿はよく見られた。それはチームについて真剣に考え、投げない姿勢が形になった姿でもあったし、最後にはこれが今年の東海大か、と感じられるプレーが見える部分も見えてきていた。
 何が足りなかったのか、今は分からないという多嶋。しかし、足りないものを考え続けることをあきらめなかった姿勢は尊重したい。今度はそれを下級生がもう一度考え、つなげていってくれることを期待するだけだ。


―今はどんな気持ちですか?
「結果が出ていないというのは悔しいですね。精神的にも順位決定戦の初日は本当につらかったですし、でも試合はしなければいけないし、その中でも昨日は後輩が頑張ってくれました。みんなに支えられてこの場に立てて勝ててきたし、今までやってきたことを出して、今日は恩返しというか一生懸命やる姿を見せるしかないと思っていました。楽しくやるのもそうだし、一生懸命やるのもそうだし、そう臨んで最後を終えましたね」

―試合では後半から全体の動きが良くなりましたね。
「前半はみんな固くなっていて、オフェンスで止まってディフェンスも悪くなるいつもの東海の悪いところが出てしまったんですが、後半はコーチが0-0からやろうと言ってくれて、後半はみんなのディフェンスが良くなったのがいいオフェンスにつながったと思います。最後は東海らしくディフェンスもオフェンスも続けられたのが良かったですね。最後に4年生も出られましたし」

―昨日は陸川監督が4年生みんなに言葉をかけてくれたそうですね。
「試合前に呼ばれて“気持ちを切り替えろとは言わない、でもまだ上を目指せるから思い切りやってこい”みたいな事を言ってくれました。コントロールも攻めるところも任せるから思い切りやってこいと。信じてやれと。ミーティングの時にも“大丈夫、うちにはコントロールタワーがいるから”と言ってくれてすごく嬉しかったですし、優勝はできなかったですけど最後まで4年生としてやり続けられました」

―今年は陸川監督が就任10周年で、東海大バスケ部も創立50周年で、結果を出したいという話だったんですよね。
「そこは常々言われてきましたし、4年生としても絶対に勝つぞというのはあったし、その分話しあってもきました。でも勝てなかったのだから何かが足りなかった訳ですが、何が足りなかったのかと言えば今は思いつきません。やるべき時期にやるべき事は4年生としてミーティングも重ねてきたし、やれるだけのことはやったつもりです」

―足りないという話ですが、それを4年生がまとまって話し合うようになって、そうしたチームが形になってきたのはすごく伝わってはきました。
「それを後は後輩がどう感じて生かしてくれるかですね。3年生はこれからチームのことを考えて話し合って、今度はあいつらなりのチームを作っていくと思います。その中で今年築いてきたことは生かして欲しいし、今年がどんな風だったか感じてくれているはずなので、それを踏まえてきっといいチームになるはずです。能力の高い選手はたくさんいるので、自分一人じゃなくてみんなに支えられているということや、みんなでやるからこそ出せるパワーに気づいてやってもらえれば、もっと変わって良くなっていくんじゃないかと思います」

―東海大に入って4年間、選手層の厚いチームでここまでやれましたが、それについてはどう感じていますか?
「最初は、出られないし、怒られてばかりだし、同級生の方が活躍していました。悔しいし、苦しいし、いつもみんなからは“早く出ろよ”と言われて悔しくて、最初はそんな風でした。その中で自分がチームにとって必要な選手であるために何をすればいいのかを考えてきて、その形が去年の自分だったり今年の自分として出せました。そういう意味で曲りなりにも成長できたと思います。あきらめずにコツコツと小さなことを積み重ねてきてこうして出させてもらって、本当にいい経験をさせてもらったなと思っています」

―東海大にたくさんの選手がいる中で、存在感のある選手になったと思います。
「得点を取るプレーから大学ではゲームメイクを任されて、最初はやっていくのに戸惑いがあったし、どうやったらいいのか全然分かりませんでした。でも佐々さん(元東海大Aコーチ・現JBL日立Aコーチ)にずっと怒られなからいろんなことを教わりました。それ以外にもいろんな方からいろんな事を教わったり経験を積ませてもらって、それが今の自分を作ってくれたと思います。結果は出せていないので、評価は難しいですけど。でももちろん、やってきたことに自信はあるし、いつも試合前には“もうやるだけ”というところまで準備して臨んでいましたね」

―多嶋選手のいいところは試合によって大きな波がないことだと思います。ケガもないし、安定していましたね。
「そこは丈夫な体に生んでくれた親に感謝しています。後は國友くん(S&Cコーチ)が鍛えてくれたことにも」

―東海大に来て良かったですか?
「東海では勝ち負け以上に得たものが多すぎて言えないくらいです。そういう意味ですごく成長させてもらったと思います」

―それを踏まえてまだバスケット人生もつなげていきたいですね。
「どういう形になるか分かりませんが、頑張っていきたいです」


「東海大の仲間は深い意味で家族でした」
多大な貢献をしたチームきっての仕事人

◆#36養田達也(東海大・4年・PF)
101205youda.jpg 印象的なプレーには事欠かない。早稲田大からリーグ戦で劇的な勝利を奪ったルーキーイヤーから、ラストショットを決めて勝利した2年生の新人戦決勝など、どれも鮮やかな記憶だ。2年の秋から半年間の留学を経験し、この春も指導者となるために勉強を優先。少しプレータイムは減り気味となったが、トーナメントの最終戦では多嶋と息の合ったプレーで勝利をもぎ取ってもいる。今年、3番ポジションとなって苦労したことを明かしたが、それでも大事な時に頼れる存在だった。
 “仕事人”は卒業後、指導者を目指す。人としても選手としても周囲を唸らせられるような、上手いプレイヤーをぜひ育てて欲しい。


ー今の率直なお気持ちは?
「これで本当にバスケが終わりなんだな、と。でも本当に終わり方が良くて、非常に満足しています。4年間を振り返っても、すごく充実してたなって。東海大に入れて、試合に出させてもらって、留学もして。いろんなことを経験して、最後は優勝できなかったんですけど、いい仲間と一緒にバスケができて勝てたことにすごく満足してますね」

ーこの一年間を振り返っていかがですか?
「1年を通してすごくしんどかったですね。4年生がチームを作ろうってことで、朝飛(#5)がキャプテン、袋舘(#28)を副キャプテンに置いて、そこにとらわれずみんなでやっていこうって中で、なかなか上手くいかない時期もありましたし。個人的にもポジションが変わって、3番とか本来の自分のポジションではないところをやってすごい悩みました。どうすればいいのか考えた時、もともとディフェンス志向だったので、3番だったら点も穫らないとダメだし、エースも止めなきゃダメだし。仕事が多すぎちゃって、自分のポジションじゃないなって感じました。そんな中でリーグ戦の途中で怪我をしちゃって、リーグ終わってインカレにポジション戻しました。そうしたらやはりしっくり来るなって思いましたね。でも怪我が最後の最後まで足を引っ張ったなって。動けないですもんね」

ーいろんなポジションができるから、求められ過ぎたということがあるのでしょうか?
「多分そうなのかもしれないですね。1年の時は西村さん('08主将・現JBL日立)とか安部さん('08卒・現JBL三菱)とか慎太郎さん(小林慎太郎・'07主将・現JBLパナソニック)もいたので、ボール運びをしなくても4番の仕事だけで良かったんです。点を穫れる人たちがいたので、その点を穫る過程で自分が何をするのか、すごくよく考えていましたし。あとディフェンスで頑張ろうってシンプルだったんですよ。今回は時々ボール運んだり、ガードからもプレッシャーが強いと辛かったですし、なかなかいい具合にできませんでした。やっぱり自分のスタンスは4番の繋ぎでやりたかったんですが、何でもできる訳じゃないんですけど、やることが多すぎちゃって。結局このポジションにいるときは何をするっていうのが、自分の中で明確じゃなかったのが一番良くなかったと思います。上でやるときは、そのポジションにあったことをやればいいですし、4番だったら、ボール運びをするにしろ4番の仕事でいいですし。チームが自分に対して何を求めているのか、もうちょっと明確にしておけば、良かったのかなって気は今はしますね」

―この1年で戦力と成績が伴わない悩みがあったかと思いますが。
「はっきり言って1年通してしんどかったっていうのはあるんですけど、特にチームバスケットの面で、チームがトーナメントを終わってから1対1とかオフェンス重視になりました。シーズン初めからそうだったんですけど、点を獲るバスケに走っちゃって、本来の東海のディフェンスバスケから考えるとかなり失点も多いですし“これは東海バスケじゃないな”ってずっと思っていたんです。でもリーグ戦で日大に2連勝したのをきっかけに、点の獲り合いでは勝てないから、ディフェンスを重視して本来の東海バスケに変わっていきました。そこからもやもやも解消されたと思います。あとはコンビネーションだったり、上手くいかない部分も若干あったんですけど、ディフェンスに集中していればいいので、そういう意味ではリーグ戦の日大戦以降から“これが東海でやってきたものなんだな”って心が晴れたという気はしました」

―上手くいかなかったオフェンス重視から、途中でディフェンス重視に戻すというのは簡単ではない方向転換かと思いますが、そのきっかけは何ですか?
「慶應大に負けた翌日の月曜日に副キャプテンの袋舘からみんなで集まろうという話になってからですね。みんなで言いたいことを言い合ったし、多嶋や学生コーチからも“点を獲られ過ぎでは勝てないから、本来チームが掲げているディフェンスチームに戻そう”って。袋館がみんなを誘ってくれたのが、功を奏して、一ついい方向に行ったのかなって。だから日大から2連勝をもぎ取れたし、結果的に良かったと思います」

―毎年実力的には優勝候補に挙げられながらも、一歩届いていないというところがあるかと思いますが、養田選手から後輩に何かメッセージはありますか?
「最後気持ちじゃないですかね。相性もありますけど。うちは明治と相性悪いですし。相性は本当は考えちゃダメなんですけど、自分たちのバスケを貫いて欲しいなっていうのはありますね。今の3年以下は個が強いので、いかにチームとしてまとまるのかが、勝利に近づく鍵ではないかと思います。特に3年生以下は試合に出ている奴が多いので、そこをバラバラでやるんじゃなくて。4年生が見せられたかどうかはわからないですけど、まとまれば絶対強くなる。普段は別に個でもいいと思うんですよ。やるときにまとまれば、絶対に負けないと思うんですよね。そういうことを普段の練習から気を配って上手くいかないときは絶対あると思うんですけど、貫いてほしいなと思います」

―やはり満原選手(#0)がどうプレーするかが躍進のカギとなると思うのですが。
「満原を中学から見ていますが、これまでも自分たちの代で結果を残したし、特に心配はしてはいません。ただ、あいつが自分の武器である中をやらずに外に出ちゃうのは、やっぱりちょっと勝算が薄くなる。もちろん満原だけじゃオフェンスの駒は足らないので、みんながどう中で彼を活かしつつ自分たちもプレーするかも大事です。そのためにはお互いに言い合って高めあっていかなければいけないし、それができれば良いチームになると思います」

―話は変わりますが、養田選手と言えばやはり1年生の時のインパクトが強いですよね。付属高校出身の無名選手が新人戦では湊谷選手を止め優勝し、リーグ戦では得点王も獲った近森選手を止めた姿がすごく印象的でしたね。
「試合には出たかったので、試合に出るためにはどうすればいいか、逆算して考えて、チームに何を求められているかを考えた時、やっぱり声を出すことと、ディフェンスを頑張ればチャンスがあるんじゃないかなって思って必死にやっていましたね。点を獲れる選手はいたので、ディフェンスをやっていれば、チャンスがあるんじゃないかなって。それでチャンスがたまたま来て、うまく掴めちゃったのかな(笑)」

―養田選手の“人がやらないことをやろう”という考え方は、どこからきているのでしょう?
「価値観の問題だと思うんですけど、もともと人と同じことをするのが好きじゃないんですよ。ずっと昔からそうだったので、バスケでもそういう部分が出て。もちろん嫌なことは人と同じでもやった方がいいですけど。自分ができることがあれば、集団がやらなくても個でやればいいんだっていう感じじゃないかな。それが良い悪いかはわからないですけど。そういうところから来ていますね」

―会見でも言っていましたが、後藤正規アシスタントコーチ(’08)との出会いはどんな影響がありましたか?
「ディフェンスに関しては特になかったですけど、オフェンスの時に自分がどこにいればいいのかっていうことをすごく悩んでいたんです。4番の時に中のスペースを潰したら駄目だから、広がったり、相手はどこにいたら嫌なのかを考えたりだとか、その時の空間の使い方を教えてもらいました。シュートもそうですし、すごく感謝しています。バスケットに対する考え方は陸川監督もそうですし、点を獲ることが全てじゃなくて、点をどう獲るかを考えなきゃいけないんだなって教えてもらいました。もちろん自分でも点を獲る技術を教えてもらいましたが、それ以上にチームバスケを考える上で、どうすればポイントゲッターに点を獲らすことができるのか、それを利用して自分がどう点を獲るのか、そういうことが後藤さんと出会う後と前では、全然違ったと思いますね」

―養田選手が今後バスケットを続けないということですが。
「指導者になります。僕のモットーとしてはバスケだけではダメで、勉強もしなくちゃいけない。それは東海大学のコーチが掲げているものだから、継承していきたいと思っています。バスケ人生は長くないですし、その後のことを考えてやっていかないといけないし、勉強はパフォーマンスを上げるためにも必要だと僕は思います」

―では、選手としてではなく指導者としてバスケットに携わっていくんですね。
「そうですね、先生として。それにもう動けません(笑)」

―シーガルズはどんなチームでしたか?
「やっぱりみんな言うように家族みたいなチームです。コーチも始めとして良い仲間と共に過ごしてきて、AチームもBチーム良く話して仲もいいですし。それで切磋琢磨もできる。強い絆があるっていうのは感じます。やっぱりこの仲間は、特に4年生はずっと一緒にプレーしてきて、やっていて良かったなと思います。強いチームというより良いチーム。良さの中にも強さもあって、コンビネーションもいいし。なんと言うか深い意味で家族でした」

―最後4年生でコートに立てましたしね。
「そうですね。あれはコーチ始め、応援してくれている人、みんなに感謝しなくちゃいけないことでだったと思います。やっぱり4年生でも中心になって引っ張ってくれたキャプテン、副キャプテンに感謝しています。本当に財産になりました」

―学生の大会は終わりましたが、まだオールジャパンもありますね。
「コーチがJBLを倒すみたいなことを言っているので、また練習がきつくなるのかな(笑)。プレッシャーはないので、気軽に楽しんで、バスケ人生をやっていきたいなと思います!」


「代表に行ったことで救われた」
4年間に区切りをつけ、まだ先のバスケット人生へ

◆#4篠山竜青(日本大・4年・G・主将)
101205shinoyama.jpg バスケット選手は、いくつかの段階を経て成長していく。大学の4年間は特に重要だ。指揮官の言うとおりにしていれば良かった高校時代とは異なり、自分で考え、行動することができなければ伸びることはない。そして、もう一つ大事なのは誰かに認められることだ。どれだけ優秀でも「選ばれなかった」という事実だけで自分に自信を持てず、消えていく選手は少なくない。篠山はそうした危うい大学の時間を、運良く乗り切ることができた。
 3年前、新人王として華々しいデビューを飾った篠山だが、自立した選手になるまでには紆余曲折があった。不調の時はスタメンを外れて“代々木に来るのが苦痛”だと言ったこともある。だが、その彼の背中を押したのは第三者に認められたという事実だ。あきらめていたユニバーシアード代表への選出が彼に前向きな気持ちを与え、自立を促し、昨年の優勝へと導いた。
 最終学年の1年は、少しほろ苦いものになった。けれど、いつでも表情たっぷりで、見ている方が笑顔になる、そんな選手は彼ぐらいだ。最も印象に残った選手の称号、「MIP」の受賞がそんな彼の4年間を象徴していた。


―試合を終えて。
「力不足でしたね。実際。リーグ戦が終わった時は“これは結構できるんじゃないか”と思ったんですが、そこに至るまでのケガ人や練習の感じではこういう結果はあり得ると思っていました」

―森川選手が足を痛めたあたりで少し流れが変わってしまいましたね。
「でもあそこで我慢しきれないのが若いチームも課題だと思うし、後輩たちにはそこをしっかり理解してもらって、来年につなげて欲しいと思います。そこで4年生がたくさんいればいいんですが、来年は森川(#14)、熊(#24)、金城(#29)の3人を中心にうまく解決して欲しいですね」

―今日は最後に多嶋選手(#5)との1対1もありましたね。
「ワシントン(浜松大)を倒して、井手(早稲田大)を倒して、今度は朝飛(多嶋)とやって、と今回北陸の仲間とやれたというのは何かあったんでしょうね。ただ、まさかあの場面でヘルプに寄られるとは…という感じですが(苦笑)」

―秋はケガもあったし、この大会でコンディションは完全には戻っていましたか?
「いや、なかなか戻らなかったですね。自分が得点する時は自分だけの1対1じゃなくて、昨年もあったようにマサさん(09卒・中村)がスペースを作ったところに自分が飛び込んでアシストをもらって決めたり、ボールをもらう前のミートの段階で勝負をつけていく感じの1対1なんです。だから周りの人の協力がなければできません。今年はそこまで今の3年生を動かすことができずに、苦し紛れで自分のドリブルからの1対1になってしまったり。それはしょうがない部分もあるし、そこまで持っていけなかったというのもあります」

―3Pも打つ場面は減りましたね。
「そこはパスの問題もあるし、周りのスペーシングの問題も出てくるし、チームのリズムの問題も出てきます。フォワードではないので自分のリズムでぽんぽん打っていればいい訳じゃない」

―以前は自分でピックして勝負をつける、というのが多かったですが、それも機会が減ったというか、プレーのスタイルが変わってきたのを最近感じます。
「このインカレではそういうプレーはあまりなくなっていたと思うんですが、やはりあれだけでは勝てないと思ったし、自分でポンポンやっていっているうちはダメだと感じました。今年はそれをなくして、なるべくパスで崩せるチームを作ろうと思っていました。ただ、それを完成させるまでには至らなかったなと思います」

―春から自身の体調不良もあって、こうして年間を通してケガ人も出てしまって満足なシーズンだと思っていないでしょうけれど、この1年はどうでしたか?
「逆に去年は何のケガもなかったし、良すぎたのかなという風にも思ったりします。とりあえず学生最後の年にこうなったというのも何か意味があるんじゃないかと思うし、バスケットはこれで終わりじゃないので、こういう終わり方をして次につなげられるかどうかは自分自身だと思います。しっかりいい形で4年間を終えて次につなげられたらと思います」

―昨年のインカレの優勝記者会見で「自分がキャプテンをやります」と言ってこの1年務めた訳ですが、どうでしたか?
「いやもう本当に、二度とやりたくないと思いました(苦笑)。4年生が少なかったので大変だったのと、3年生以下は個性的で一筋縄でいかない感じもしたし、その中でどういう風にキャプテンとして引っ張るかというのは考えました。“こういうヤツにはこういう風な言い方をしないと”とか、“こういうヤツはあまり怒ってはいけないだろう”とか、そういうことを自分なりに気を遣ってやってきたつもりなんですけど、そうそううまくはいかなかったし、自分のケガもあって選手たちと距離感が広がっていってしまうこともありました。キャプテンとして働けたという思いは一切ないですね」

―春から篠山竜青らしい伸び伸びしたプレーがあまりないようにも感じていたのですが、そうしたキャプテンとしての重みみたいなものもあったのでしょうか。
「やはり4年生が少ないのが自分の中で一番ひっかかる部分でした。自分は先頭に立ってやるタイプではないので、これまでは4年生がいっぱいいる中で自分が伸び伸びやれていた部分もあったんですが、今年は自分がそうしていてはチームがぐちゃぐちゃになってしまうし、そこである程度セーブしなければいけない部分もありました。でもそれもいい経験になったと思います」

―バスケットとしては、昨年あたりから本来やりたかった走る形も出てきていましたが、今年はどうだったでしょう。
「今年は得点力もないし、昨年ほど走れる選手がいる訳でもないので、強弱を大事にしていかなければなりませんでした。だから自分としても一回りバスケットの考え方が大きくなったと思うし、走るにはやはりオフェンスにメリハリが必要だということも確認できました。そこで走るだけではないバスケットも勉強できたので、それはそれで悪くなかったと思います」

―ここまで長い間スタメンとして活躍してきましたが。
「本当に人として成長できたと思いますね。監督とうまくいかなくて反省文を書いたこともあったし、文句を言いながらやっていたこともありました。でも自分の中でユニバーシアードのメンバーに選ばれて(※1)、陸さんなんかとやれたのはすごく大きくて、あそこで考え方がだいぶ変わってきて落ち着いて、大人になれたというか、バスケットに対する考え方や取り組み方が変わりました。誰とやれたからというのではなく、とにかく代表に選ばれたのは大きなことでしたね。代表に選ばれておいて自分のチームの監督とお互いイライラしながらバスケをしている場合じゃないなと感じたんです。あの時はノリさんが代表から外れて(※2)、結構サプライズな人選だったと思うんですが、あれでリーグ戦で結果を出さないといけないなと強く思いました。そうしないと“だから竜青が選ばれたんだ”って人から言ってもらえないと思いました。逆に自分の中で代表に選ばれたことをいいプレッシャーにできて、そこから練習や全ての取り組み方について根本から変われました」

―あの時は春にベスト16で終わって、代表も候補には入っていたけれど望み薄で、大丈夫だろうかと思いましたが、選ばれたことが大きかったんですね。
「そうですね、救われました」

―でも4年間、見ていて楽しい選手でしたし、みんなを楽しませてくれたと思います。
「それでいいんじゃないかな。それでこういう終わり方もありだと思います」

―大学バスケットは篠山選手にとってどんな場所でしたか?
「大人になりました。だいぶ。人間として成長できる場でしたね」

―でもやんちゃなところが残るのがいいところでもあったと思いますが。
「それはもちろん、将来は面白いおじさんにならなきゃいけないと思っているので(笑)。でも本当に4年間は濃かったですね。それに、バスケットは人生ですね」

―でもここからまだバスケット人生は続きますね。
「これまでは大学に行かせてくれた親のおかげでした。でもここからです。ここからはバスケット選手として自分の力でやっていきたいと思います」

※1)2009年、ユニバーシアード候補に入っていたが、春のトーナメントはベスト16で消え、選出は難しいと思われていたが、最終的にメンバーに入った。
※2)篠山の前にメンバーに入っていたのは青学大の渡邉裕規(現JBLパナソニック)。学年も一つ上で、渡邉がそのまま代表に入ると思われていたが、篠山と入れ替わりになり周囲を驚かせた。


「全力で駆けてきた4年間は早かった」
実力でシンデレラストーリーの主人公になった男

◆#15熊澤恭平(日本大・4年・G)
101205kumazawa.jpg 一見、日本大学とは不思議なチームである。
 3年生までほとんどプレータイムがなかったにもかかわらず4年生になっていきなり主力級の働きをする選手や、高校時代は無名でも最高峰の関東1部で堂々とプレーする選手が常に現れるのだ。しかしそれはただの“不思議”ではなく、見えないところでの本人の努力、そして周囲の支えがあったからこそだ。熊澤もまた、日本大学に来てから開花した選手。昨年のインカレでディフェンス王を獲得し、今年はU-24、李相佰杯代表と、学生のトップクラスへと上り詰めた。その彼の特筆すべきところは高い能力に甘えないプレースタイルや人間性だ。どうしたら熊澤のような選手になれるのか訊いてみると、「全ては川島監督の何かかな?」。その何かとはマジック?とさらに訊くと、「そうですね」と笑った。
 だが、やはりこれは魔法ではない。
 熊澤はたゆまぬ努力によって、自分の道を切り拓いた。本人は努力とは言わない、という。それならその積み重ねは“実力”と呼べるものだろう。4年間を振り返ってもらうと、「何と言ったらいいんですかね」という言葉を何度も重ねた。言葉にしたり実感したりする間もなく過ぎた4年間は、背中を押してくれた人たちのために“通用しない自分”から逃げず、向き合って乗り越えた証と言える。


―試合後ロッカールームに戻るとき、ユニフォームで目元をぬぐっていましたね。
「学生の大会が終わってしまったので、“ああ終わったな”とちょっと感慨深くて。ガラにもなく泣きました(苦笑)。もう今は思いのほか頭はスカッとしています」

―ともにディフェンディングチャンピオンとして臨んだリーグは悔しい思いをしたので、インカレでは意地を見せようという気持ちはありましたか?
「肩書きはそうですけど、それは先輩の成績なので、僕は気負いみたいなものはなかったです。もしリーグで優勝して臨んでいたらそういう気持ちもあったかもしれないですが、僕達には僕達の成績、リーグ4位というのがあったので、失うものはない、チャレンジャーとして頑張ろうという気持ちでした」

―その結果の、6位という成績をどう受け止めていますか?
「これが、今年僕達が作ったチームだったんだなという感じです。5位決定戦を負けてしまったことは悔しい気持ちもあるんですが、この試合に全部出たなという気が僕の中ではしています。前半はチームの調子がよく、日大らしい速い展開にできたしいいディフェンスもできて、楽しくバスケットをやれていました。でも後半は、やっぱり我慢しきれない課題も出た。学生最後の大会の総決算で、いい部分も悪い部分も出た、本当に日大の全部が出た結果かなと思います」

―そういう意味では、今シーズンはずっと、悪い部分が顔を出してしまってあと1歩ということが多かったですね。
「そうですね、あと1歩頑張ればもうちょっと順位が上がった、優勝までも手が伸びた、とあと1歩というところで全部逃してしまった年でしたね。でも…まあ、甘かったかもしれないです。詰めるところを詰めていければあと1歩を出せたかもしれないですが、そこで甘さが出るチームを作ってしまった、それは僕ら4年生の責任です」

―4年間を振り返ってはいかがですか?
「ものすごく早かった気がします。僕は(#4篠山)竜青や(#3石川)海斗のように有名ではなかったので、何をするにもがむしゃらにやってきた4年間でした。ウェイトでも、脚作りでも、普通の練習でも。あとはやっぱり、先輩達はもちろん同じ学年の竜青、そして川島監督から、高いレベルのバスケットをすごく教わった4年間でした。本当に何と言うのか…4年間を通して、ものすごく、ガーッと走ってきた感じがします(笑)。すごく感謝しています、皆に」

―そうやってがむしゃらに取り組んだ結果、インカレでは熊澤選手のプレーに何度も会場が沸いていましたね。
「嬉しかったです!このインカレは4年間の集大成を見せなくちゃいけない場だったので。別に沸かせようと狙ってやったわけではないんですが、僕のプレーに会場の方が歓声や拍手をくださって、その一つひとつから、僕が4年間やってきたバスケットや、努力とは言わないですが積み重ねてきたことは間違いじゃなかったなと実感できました」

―逆に辛かった時期はありましたか?
「2回、ありました。1回は3年の春に骨折したとき。もう1回は4年目のリーグの初戦で竜青が怪我で離脱することになったときです。骨折は初めての大怪我だったので、バスケットから離れるのが初めてで心身ともにすごく影響が重かったです。リーグの初戦の方は、トーナメントのときから竜青にずっと頼りっぱなしだったので、やはりキャプテンが抜けたことは大きかったです」

―コートに立つ4年生として熊澤選手の負担は大きかったように思います。
「僕は高校ではキャプテンだったんですが、大学ではメインを張って色々やるということを3年間していませんでした。その中で、急遽キャプテン業もやらなくちゃいけない、4年生として引っ張っていかなくちゃいけない、試合も勝たなくちゃいけない…とたくさんの要素がかかってきつかったと言えばきつかったです。でも、貴重な体験ができました。そこで本当にチームのことを考えるようになったし、バスケットに対しても、日本大学というチームに対してもすごく色々と考えるようになりました」

―そうやって最上級生としてチームを引っ張る自分の姿を1年生のとき想像できましたか?
「全くなかったです(苦笑)。やっぱりレベルが違いましたし…。入学当初は身体が細くて練習中からよくコートに転がっていたし、ウエイトもチームで1番持ち上げられなかったんです。そんな状態で入ってきたので、間違いなく4年間Bチームだなということが最初の1年間はよく頭をよぎりました。Aチームにも一応いさせてもらっていたのですが、そんな中でもいずれはBチームに落ちて、日陰な生活をするんだろうなと」

―自分の力が通用しないというのは普通は逃げたくなるものだと思いますが、よく続けられましたね。
「本当にたくさんの人の後押しがあって岐阜からここに来たので、何かはちゃんとやりたいと思っていました。それでずっとウエイトトレーニングなどをやっていたら、たまたま実になって。運がよかったと思います」

―自分に自信を持てるようになったのはいつ頃なんですか?
「2年のときの国体(※)で、岐阜県チームに選んで頂いて、リーグの途中だったんですが一時期チームを抜けたことがあったんですね。そうしたら、国体の方の試合では自分で言うのもなんですがすごく活躍できたんです。毎日いつもすごい人たちの中で練習していたから、本当に自分がバスケットがうまくなっているか信じられなくて自信がなかったんですが、1歩外に出たときにちゃんと通用したので、自分でも見えないところでうまくなったんだと自信になって帰って来ました。そうしたら直後のリーグ戦でたまたま起用されたので、そのままの勢いでできた。だから、僕としては運がよかったと思うんです」
※大分国体。成年男子は全県出場だった。岐阜県代表は初戦で山形に76-66で敗退。

―運をつかむのも実力ではないでしょうか。日大には、高校ではあまり実績がなくても頑張っている選手、実績があっても今はBチームで悔しい思いをしている選手がいると思いますが、彼らにはどんな言葉を掛けてあげたいですか?
「腐らずに、あきらめずにやっていけば、必ずどこかにチャンスがあるということですね。岐阜の片田舎から来た僕なんかがここまでこられるのだから。周りには、僕よりうまい選手がいっぱいいます。Bチームにも、もちろんAチームの飛田や浜田、石栗にしても本当に能力が高い選手です。皆、本当に素晴らしいものを持っているので、あきらめずに最後まで続ければ絶対僕よりうまくなりますよ。僕はそれで成功できたので、僕からはそれしか言えないです」

―一方、4年生の仲間には最後に何を伝えたいですか?
「4年間一緒にやってきたメンバーには、“お疲れ様”と。そしてチーム全体には“ありがとう”ですね。支えてもらったし、その支えがあったから試合に出て頑張ろうと思えました。辛いときも、楽しいときも、ずっと一緒に過ごしてきた寮生なので、1番最後に大きく伝えたいのはやっぱり“ありがとう”です」

―次はそのメンバーとの最後の大会、オールジャパンですね。
「はい、まだ終わりじゃないので、最後までしっかり頑張ります」


【東海大記者会見】

◆陸川章◆#5多嶋朝飛◆#7遥 天翼◆#36養田達也

陸川監督「4年生の“何としても勝ってやりたい”という気持ちと、3年生以下の“何としても勝たせてあげたい”という気持ちを感じた、良いゲームでした。後半に入る前のハーフタイムでやっぱり少しネガティブな雰囲気だったので、負けていたんですけど“0-0でいいんじゃない?”と話して、我々のゲームをやろうという事で後半に入りました。そうしたらまず朝飛(#5多嶋)も3Pを決めてくれて。3Qを1ケタの差で終わればチャンスがあるかなと思っていたんですが、そこをきっちり離されずについていってくれました。養田(#36)も、年齢に合ったベテラン風なプレーでミラクルを連発してくれて(笑)、あそこで射程圏内かなと感じました。粘って粘って追いついて逆転して勝てたというのが、うちらしいゲームだったかなと思います」

多嶋「今日の試合は前半は単発なシュートが多くて悪い東海のリズムだったんですが、やっぱりうちの強みは良いセンターがいる事なので、まずインサイドを支配することを徹底しようと後半に入りました。そしたらそれが良くなったことでアウトサイドのシュートも決まりだして、それでスペースが出来たから養田のペネトレイトも決まって。その辺りのコーチの指示を、選手たちが上手く飲み込んでプレーできた事が今日の勝因かなと思います。学生の大会の最後の試合という事で、試合前はいつもより緊張や気負いじゃないですけど胸のあたりに何かつかえるものがあって、それでゲームの入りも硬くなってしまいました。それでオフェンスの足が止まってそのままそれがディフェンスにも悪影響という状態で。でも、3Qからディフェンスもみんなローテーションとかが良くなって、体張ってリバウンドも取って、そこから良いモーションとか良いブレイクも何本か出せるようになりました。最後に後半で東海のバスケットが出来て勝って終われたというのは本当に良かったと思いますし、個人的にも最後に竜青(日本大#4)とやれて良かったです」

遥「僕は楽しもうという気持ちでこの試合に臨んだので、前半負けていたんですがネガティブな気持ちとかは全然なかったです。ただ純粋にバスケが大好きだからそれをコートに出そうかなと。それで結果的に勝てたことはすごく嬉しかったです。それに後輩たちが繋いでくれて最後に4年生でコートに出たときは、東海で良かったなとか、決勝の場には立てなかったけど最後にああいうチャンスがあって良かったなと思いました」

養田「試合前は、学生最後とかは気にせずにいつも通り自分の仕事をやるだけだと思っていました。それで確かに前半は硬くていつもと違うなと感じたんですけど、後半には流れに乗ることが出来ました。出ている5人が一生懸命やっていたので、他も便乗して自分もやらなきゃと思ったことが良い流れを生んだのかなと思います。あとは4年生を中心として、応援している人も含めてみんなの勝ちたいという気持ちが上回ったのかなと。日大も気持ちは絶対あったと思うんですけど、後半とか試合が進むにつれて東海の方が強いなと思いました。それが結果に繋がったのかなと思います」


【日本大記者会見】

◆川島淳一監督 ◆#4篠山竜青 ◆#15熊澤恭平

川島監督「今日は最終ゲームで、やっとスタートメンバーが揃ったなという中の5位決定戦でした。特に東海にはリーグ戦で負けているし、勝ちたいという気持ちは選手たちも十分だったと思います。ただ、スタートのメンバーは多少対抗できる手応えはあるんですが、他はまだ力不足かなというのが今回のゲームで出てしまったという感じです。まぁうちらしい良い形も出たし、悪い形も出たし、両面が出た試合でしたね。私としては、4年生2人が最後までうちらしいバスケットを出してくれたので満足しているというか、あとは後輩たちに託すだけという気持ちです」

篠山「チーム的には監督さんが言うように、良いところを3Qくらいまでは出せて最後に詰めの甘さも出た、ある意味今年1年間の総まとめとなる試合でした。良いところも出たし課題も浮き彫りになったので、後輩がこの試合をしっかり真剣に受け止めてくれたら来年に繋がる試合になると思います。まだオールジャパンもありますけど、もうそろそろ後輩たちには自分たちが最上級生になるんだって自覚を持ってやってもらいたいと思います」

熊澤「インカレの今までの試合はほとんど出だしが悪かったんですが、今日は非常に出だしから日大らしいバスケットが展開出来て、前半はすごく楽しくやれました。でも後半追い上げられた時に我慢しきれなかった部分もあって、それは日大がリーグを通して悪かったところだと思います。あとは個人的にも今日はあまり調子が良くなかったので、チームに申し訳なかったという気持ちです。ただ、こういう敗戦で後輩たちは大きくなると思うので、後輩たちにはこの試合を忘れずに来年も良いチームを作って欲しいと思います」
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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