2016年12月 / 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月


第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2010.12.07 (Tue)

【2010インカレ】12/5 3位決定戦 関東学院大VS明治大

【合計15本の3Pを沈めた明治大が関東学院大を圧倒】
101205sato.jpg 明治大と関東学院大の3位決定戦は、高確率で決まる3Pと堅い守りでリズムを掴んだ明治大が、75-63で勝利した。

 開始早々、#20若林(4年・SG)が2本の3Pを含む8点を稼いで8-2とした明治大。関東学院大も#28河野(3年・PG)のミドルシュート、#1パプ(4年・C)の1対1で盛り返すが、24秒オーバータイムになるなど明治大の堅守に攻めあぐねる。16-12で2Qに入ると、明治大は#19田村(3年・PF)が#1パプをスピードで翻弄する1対1を見せてチームに勢いを与え、#20若林、#14金丸(4年・SG)がそれぞれ2本連続の3Pを沈めて32-12と一気に点差を開いた。ようやく決まった#1パプのゴール下で、関東学院大は1Q後半から約10分ぶりの得点。その後#81横瀬(1年・SG・延岡学園)がバスケットカウントを獲得しここから追い上げたい関東学院大だが、トラベリングなどのミスが続きて勢いに乗れないまま、20-39で試合を折り返した。

 後半は、#31原田(4年・PF)や#28河野といったガードフォワード陣の得点で少しずつ差を縮めた関東学院大。だが、チームの柱となる#1パプの得点が伸びず、前半で開いた差を追いつくまでには至らなかった。結局、その後も#14金丸らが3Pを決め続けて追い打ちをかけた明治大が、75-63で勝利し3位入賞を果たした。

101205kangaku.jpg 関東学院大は#1パプが抑えられた分、周りの選手が攻め気を見せて後半追い上げたが、やはりチームの柱となるパプの点が伸びないのは苦しかったか。明治大のアウトサイドシュートを止める守りが出来なかったことも大きい。結果は4位。しかし、#1パプが入学した頃、3部Bまで転落し、バスケットの質も悪くなっていた関東学院大は見事ここまで到達した。3年前のトーナメントでいきなり3位に入ったが、次第にパプがいるせいで甘えていることに周囲も気付き、少しづつ成長を遂げてこの結果を得た。パプ最後の年につかんだインカレ出場での4位は、チームとしても誇れる事だろう。パプと原田という4年生2人の4年間の集大成の活躍と、それについていった後輩たちの活躍があってこその結果だ。

 この試合、#11佐藤(3年・PG)にアシスト王を取らせるために、試合中アシスト数を数えていた明治大。周りの選手が佐藤のためにも3Pを沈めていった事が勝利に結びついたと言える。惜しくもアシスト王は1本差で京都産業大の熊谷に敗れたが、リーグ戦中ガードとして悩み、一時は試合に出ることさえおぼつかなかった佐藤を、そうして周囲が盛りたてることができた明治大は、一つ成長したと言えるだろう。春は全く勝てず、リーグ戦でも苦しんだ明治大。しかしこの最後の大会で1年間やってきたというディフェンスも機能し、エース・金丸以外の選手も攻め気を見せて見事3位。苦しんだ1年だったが、同時に得たものも多かった1年だった。

写真上:アシスト王まであと1本だった明治大・佐藤。
写真下:シュートが決まるたびに、関東学院大ベンチも沸いた。

※明治大・金丸選手、若林選手、駒水選手、関東学院大・パプ選手、原田選手、河野選手のインタビューは「続きを読む」へ。

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【INTERVIEW】

「全部自分が行かなくても、周りが攻めてくれる」
苦しい中でつかんだ、チームとしての成長

◆#14金丸晃輔(明治大・4年・SG・主将)
101205kanamaru1.jpg ここまでベスト4の壁をなかなか破ることができなかった明治大が、ようやく手にした3位という結果。そこに至るまでにこの1年は出足から苦しんだ。トーナメントも、新人戦も初戦で消え、リーグ戦は終始元気のない様子で入れ替え戦をぎりぎりの回避で乗り切った。戦い方もこれまでの明治大とは異なり、ディフェンス重視という形が仇になり、オフェンスの練習が減った分、不調も招く形となっていた。しかし、インカレはそれが少し形になってきた。コートで仕事をするプレイヤーは多いとは言えないが、それでもディフェンスで耐え、金丸や他の選手が思い切ったオフェンスで点を取り、勝利を勝ち得た。
 今年、キャプテンとしてプレーで引っ張り続けてきた金丸は終始、「みんなに攻めて欲しい」と言ってきた。そんなキャプテンの思いに最後は応えられるチームとしてインカレを終えた。


ー3位という結果で試合を終えました。タフな試合が多かっただけに、疲労度も尋常ではなかったとは思いますが。
「3Qの始めとか、内容が悪い時もありましたけど、勝てたし、最後に4年全員で出られたし、満足しています。体力は、最終日っていうのもあったし、前半で結構足に来ていて、個人的にはシュートが全然入らなかったですね。でも、若林(#20)を始め、みんなシュートを積極的に狙いに行ってくれたので、よかったです。助かりました」

ー試合中は佐藤選手(#11)と指でサインし合っていましたが、あれはアシストの本数を数えていたのですか?
「そうなんですよ! あいつがあと6本でアシスト王だったので。前半からアシストの本数を数えてました。2人で、“あと4本だぞ”とか言いながら。楽しんでました(笑)」

ーインカレ全体を振り返っての感想を聞かせて下さい。
「倉敷芸術大戦の時(緒戦)は最悪だったんですが、次の拓大戦にはそれを引きずらないで、出だしからどんどん行くことができました。拓大もキーになった試合だったんですが、一番キーになったのはやっぱり東海だったかな。明治はいつもベスト4で負けていたし、それ以上がいけてなかったから。あとは、インカレを通して最後まで集中力を切らさずにやってこられたことがよかったと思います」

ー結果論ですが、こうしてインカレで3位で終えてみると、リーグ戦ももっと上を狙えたんじゃないかなと思うのですが。
「言い訳になってしまうんですが、リーグ中は毎週水曜日に練習試合があったし、練習も3時間とか結構ハードにやっていました。一人ひとり疲れも溜まっていたと思います。あとは、リーグの時はまだインカレみたいに最後まで集中力が続かなかったことと、粘りがまだまだ足りなかったんだと思います」

ーこうしてリーグ7位からジャンプアップしてインカレ3位ということで、リーグからインカレまでチームの成長を感じられたのではないですか?
「そうですね。僕たち4年生の最後の大会なので、リーグ戦と同じことはしないって決めていました。最後まで集中力を切らさないということはかなり意識してきたので、それが達成できてよかったです」

ー今シーズンは、学生バスケと代表活動を平行しながらのシーズンでしたが、いかがでしたか?
「ハードでしたね。春にケガをして、直ったらすぐに代表合宿に行って、夏にジョーンズカップに参加して。その後にレバノン(親善試合)との試合とかもあったんですけど、それに行くと、明治との合流が遅れたり、リーグに間に合わなくなってしまったり、大学の試験もあったりと色々と調整が大変でした。本当は、ちょっとレバノン戦に行きたかったけど、大学バスケは今年最後だし、明治の方に力いれようと思っていました。結局、レバノンに行かずにオフをもらったんですが、2・3日だけで、その後はすぐに北海道とか色んなところ行ってかなりハードでしたね(苦笑)」

ー金丸選手が「代表に集中したい」と伝えれば、塚本コーチはそういう環境を整えてくれるのではと思ったのですが、それを口にしなかったのはなぜですか?
「代表に行ったら、リーグ序盤の青学戦や東海戦は、休養のためにプレイングタイムを考えるって言われていました。それで負けるのは嫌だなと思って。それに、代表はまだこれから先がある。でも、チームは今年が最後だし。だから、チームの方を優先しました。悔いは残したくなかったし、今年は懸けていたので」

ー今シーズンはキャプテンとして過ごしてきましたが、いかがでしたか?
「きっと、今年が最初で最後のキャプテンでしょうね(笑)。僕は声を出して引っ張っていくタイプではなくて、プレーで引っ張っていくタイプ。練習中とかは、若林(#20)が声を出して引っ張って行ってくれるので、あいつに頼っていた部分がありましたね。うーん…やっぱりキャプテンは大変でした!(苦笑)。練習中にだらけていたら集めて仕切り直したりしなきゃいけなかったし、キャプテンだからだらだらしちゃいけないっていうのもあるし…大変でしたね」

ー主将の目から見て、今年の明治大はどんなチームでしたか?
「去年みたいに運動力が豊富な選手がいるわけではないから、ディフェンスで粘って、ロースコアーゲーム持ち込むというか。オフェンスがダメな分、ディフェンスを頑張って、リズムを作って行くっていうチームでしたね。本当にディフェンスを頑張ったと思うし、オフェンスもよくなったと思います。リーグの最初の方は、僕がどんどん攻めていたんですが、後半に入るとみんな攻め出して。最終戦の筑波戦とかは、卓哉(#11佐藤)とかもガンガン攻めていたし。インカレはみんなが攻めるのが普通になっていましたね。その形の方がいいなって思いました」

ー1年のころからずっと“点を取らなければならない”というプレッシャーがある中やってきて、最終学年でこうして周りの選手が攻めるようになってくれたことは、金丸選手にとって、精神的に楽になったのではないですか?
「もちろん僕が点を取らなくていいという考えはないですが、本当に楽でした。去年は、英悟さん(金丸英悟・09年度主将)がスクリーンかけてくれて、岩澤さん(岩澤裕也・09年度卒)も結構僕にボールをくれたので、攻めやすかったんですよね。でも、今年は攻めるのが無理な時が結構あって。だから、僕がおとりになって、ディフェンスを引きつけて、周りに気持ちよく打たせるっていう仕事もありかなと思いました」

ー周りの選手が積極性を持ってくれることで、金丸選手自身の成長にも繋がったのではないですか?
「ディフェンスは僕に寄ってくるし、2・3人来るのは当たり前で、もう慣れたというか、“またか”、みたいな感じだったんですよね、今年は特に。それをどう打開していくかが、僕の課題でした。今までは“自分が!”ってなっていて、自分ばかりが行き過ぎていました。でも、今日の試合もそうだったんですが、ポストに立って周りを見ていたら、加藤(#66)が合わせてくれたり、田村が空いていたり…。僕が無理に攻めるよりも、そうする方が楽だったんですよね。そこら辺は1・2年の時は絶対になかったことなので、成長したなと感じています。今は、卓哉とか田村とか攻められる選手がいるので、“ここは自分で、ここは周りを使おう”という考えになって、パスを出せるようになりました。全部自分で行かなくても、周りが決めてくれるから」

ー東海大戦での、試合を決めた若林選手へのパスも、今シーズンの金丸選手だからこそ出せたパスなのかなと思うのですが。
「仮にそこのポジションが別の選手だったら出していなかったです。若林が誰よりも一番シューティングしていたから。それに、どんなに不調な試合でも打ち続けなきゃいけないプレイヤーなので。あいつが外していても、誰も責めなかったと思いますよ。でも、僕は若林を信じてパスしましたけど(笑)」

ー来年、後輩たちが今年以上の成績を残すためにはどんなことが必要だと思いますか?
「来年、スコアラーは田村になると思うんですけど、あいつは30点も40点も取るタイプじゃなくて、ロールプレイヤーというか。色々なことが出来る選手。だからって、あいつだけに任せないで、5人で点を取っていくっていうスタイルで頑張ってほしいと思います。練習は今年よりもきつくなると思いますが…(笑)」


「生き残るために何をするか」
常に考え、生み出した自分のスタイル

◆#20若林 良(明治大・4年・SG)
101205wakabayashi.jpg 4年間、ずっとシュートを打ち続けた。シューターとして、調子がいい時も、悪い時も、打つことをあきらめない姿勢が常にあった。
 近年、明治大は機動力が高い選手を集め、これまでの日本の既成概念にとらわれないバスケットを目指そうともしている。高さがなくオールラウンドとも言えない若林にとって、それはどのようにチーム内で生き残るか常に試される状態でもあっただろう。しかしその中でどうすれば試合で使われるかを考え、シューターの役割に徹し、ディフェンスも磨いた。それが自分に求められている道であり、生き残るための道でもあった。そうして貫いた道は、東海大を破るシュートを生み、明治大に3位という結果をもたらす原動力ともなった。その努力に大きく拍手を贈りたい。


―最後の試合が終わりましたが、今の心境は?
「もっと泣けるかなって思っていたんですけど、今日はやりたいこともできたし、まぁ良かったかなと。今日は最後だと思って意気込んでいたわけじゃないですし、普通に自分たちがやることをやって、それが結果に繋がっただけなので。良かったなっていうのが感想です」

―32年振りにベスト4に入って、3位という結果を残したことに関しては?
「もちろんベスト4は狙っていたんですけど、それより1戦1戦やっていくことにみんな集中していたし、拓殖大戦も手を抜いていたわけじゃない。東海大戦も集中してやった結果が、ベスト4になったと思います。もちろんメダルは狙っていましたが、自分たちのやれることを集中してやったことの結果が悪くても、自分たちは納得できるので。どちらかというとリーグ戦は自分たちのやりたいことができなくて負けてしまった試合が多かったので、それがなければいいかなと思っていたので。結果が付いてきたのはもちろん良かったですけど、自分たちのやりたいことができたのが、一番良かったですね。30何年ぶりとかは自分たちはわからないので、そんな何年ぶりとかよりも自分たちのやりたいことをやって勝てたのが、良かったかなと」

―リーグ戦からインカレの期間までに何か手応えというのはあったのでしょうか?
「リーグが終わってから、リフレッシュ期間というのがあって、みんなその時に気持ちの整理ができたと思います。練習が始まってからもみんな今まで以上に言いたいことを言えたと思うし、自分たちの言いたいことを言える練習環境っていうのができていたので、そこら辺が変わったところかなと思います」

―言いたいことを言う中でも統率が取れていないといけないかと思いますが、金丸選手のキャプテンシーはどうだったのでしょうか?
「もともとリーグ前から言いたいことは言えるようにしていたんですけど、どこか遠慮する部分があって。晃輔も“自分はプレーで示すタイプだ”って言っているし。でも、リーグ後半辺りから、言いたいことも言えるようになって、プレーだけじゃなくて声も出して引っ張っていってくれるキャプテンになったと思います。それに、3年生が思い切りよくやってくれるようになって。卓哉(#11佐藤)は本当に積極的になったと思います。リーグ戦では、点が止まる時間帯があったんですけど、インカレではなくなっていったのは、卓哉が自覚を持った…と言ったら言い方が悪いですが、責任感が強くなったと思います。リーグ戦で負け越したりと、精神的につらい部分があったのがインカレに繋がって、今チームを引っ張って行ってくれる存在になったと思います」

―佐藤選手もリーグ戦中試合に出られない時期もありましたね。
「思い切りやってくれればいいと思ったので、もっと楽しそうにやって欲しいなって。多分、リーグ戦中は外から見ていてもしんどそうな雰囲気が伝わる試合が何度かあったと思うので、そこを思い切りやれるようにフォローできれば良いと思っていました。できたかはわからないですけど。あとは行央(#35岸本)が成長した分、卓哉も思い切ってできたと思います。それに田村(#19)も引っ張っていくようになりました。なんていうんですかね…言葉では表しづらいんですけど、みんなが気持ちを表現できるようになったということですかね」

―今まで戦力的には充実していたと思うのですが、それでも破れなかったベスト4の壁を破れたのはどうしてでしょうか?
「うちの伝統なのかもしれないんですけど、ベスト8で力を使い果たしてしまうことがありました。ベスト8の時にベストゲームを持ってきてしまうっていう。今年に関しては、東海にピークを持ってきてしまったから、慶應戦は走り負けてしまった。一つの壁にピークを持って行き過ぎていました。全力でやるのはそうなんですけど、慶應さんにしろ、青学さんにしろ、ベスト8では余裕のある展開で持って行って、ベスト4でも突き放せるだけの力を持っている。ベスト8にピークを持ってくると、うちはどうしても次に力が抜けてしまうので、それを今回は拓大戦で追い上げられもしましたけど、ある程度リードした試合展開で持って行けたのが大きくて、東海戦に良い形で入れたと思います。壁っていうのは結果論なんで良くわからないですけど、自分の中では上を見過ぎずに1戦1戦できたのは大きいと思っています。それに、“ベスト4になろう”っていう気持ちが今年は強かったですね」

―ベスト4以上を目指すためには、どういったことが必要だったと思いますか?
「青学さんも慶應さんも、ベンチメンバーがすごい。やっぱり彼らが盛り上げてくる。6人目、7人目、それ以降の選手はスタートを助ける意味でも大切になってくると思います。トーナメントって毎日続くから、精神的な意味でも体力がないといけない。どれだけ余力を残してやれるかっていうのが大事だと思うから、ベンチメンバーっていうのは絶対大事になってくると思います。今回、自分はベンチだったので、そういう意味で重要な役割だったと思います。もっとシュートが入ればよかったんですが(苦笑)」

―やはり若林選手をベンチに置いておくというのは、安心感があるから置いておくという意味があるかと思いますが。
「どうなんですかね? 結構自分の3Pは博打ですけどね。入るか入らないかは日によるので。明治の良いところって大きい選手が動き回れるところだと思うし、それに応えられるのがスタートのメンバーだと思います。その中で、自分は小さい分運動量っていうのは意識しているから、マッチアップの、特にスコアラーが疲れてくれたら、自分の仕事は一つ成功だと思っていました。去年からシックスマンだったので、塚さんのゲームプランの中で組み立てやすいっていうのはあると思います。安心して使っているかどうかはわからないですけど、でもやっぱり勢いに乗せることができるタイプのプレイヤーではあると思います。自分が出た時に、晃輔、田村、卓哉と、自分が点を獲れるようになると、スコアラーは4人になる。それは、流れが来たときに一気に離せるきっかけになるので」

―4年間を通して、若林選手は“自分が何をすべきか”というのが常に明確で、それに向かって努力しているという印象を受けました。
「何をしないと生き残れないのかというのは、常に考えてきました。去年は特になんですけど、明治は190cmで動き回れる選手が多い。じゃあ、その中で180cmの自分が試合に出るには何が必要かっていうのを考えた時に、まずはディフェンスが必要だと思いました。高校の時は、ディフェンスが全く出来ない選手だったんですが(苦笑)、でも、出るにはやるしかないと思って。それで、下級生の頃は先輩と1対1をしながらディフェンスの練習をしましたね。でも、今度はそれだけだと試合には出られない。他に武器になるものがないといけないと思った時に、今度は高校時代から打って来た3Pだと思ったんですよね。金丸晃輔にディフェンスが寄った時に、外から確実に3Pが打てる選手がいたら相手にとっては嫌だろうなと思って。あとは、全体のバランスを見て我慢するということを塚さんに教えられました。こんな感じで、自分のオリジナルを常に求めていました。今年は、それぞれを特に毎日全力でやれていたと思います」


「支えてくれたいろんな人に感謝したい」
最後の年に見せたセンターとしての意地

◆#31駒水 豪(明治大・4年・C)
101202komamizu.jpg 3Pも打てるプレーの幅広さがあるが、その一方で戦の細さもあり、インサイドで他の強いセンターと戦うには苦戦する場面も多かった。しかし、インカレではそうしたハンデを気持でカバーするような懸命なプレーが目を引き、時折見せたガッツポーズからもそうした心の強さが見えた。できることを一生懸命やろうという気持ちが、チームの3位にも貢献したのではないだろうか。それには、周りの支えもあったと言う。チーム全員が助けあう意識で戦えたこと。それも今回の明治大躍進の大きな理由ではないだろうか。


―学生最後の大会を終えて、今の心境は?
「実感的には寂しいなって思っています。4年間やってきて、きついことばかりで。僕が一番塚さんに怒られていたと思うんですけど、4年間やってきて3位になれたことが、非常に良かったです。塚さんを信じて付いて行ってよかったです。それから塚さんに怒られて僕が落ちているときに、同期とか後輩がみんなで支えてくれたので、支えてくれたいろんな人に感謝したいです」

―試合に出られなかった時期もありましたが、そんなときも仲間が支えてくれていたんですね。
「そうですね。でも4年生が引退して今年になって、自分が出ないといけない状況になって、結果が出せなくて、本当に塚さんに指摘されて。逃げ場がないじゃないですか。そういうところですごく辛かったです」

―金丸選手というアウトサイドの中心選手がいると、やはりインサイドの重要性が問われるわけですが、そのことの責任も大変だったのではないですか?
「そうですね。晃輔に求められることって常にマッチアップする相手に勝って、20点以上獲ることじゃないですか。僕の場合、相手に勝つんじゃなくて、いかに対抗できるかってところなんです。能力がないのは最初からわかっているし、ファウルも多いんですけど、ファウル5つを加藤(#66)とどう使って、相手のセンターをいかに止めるかということを考えていました。リーグ戦でもスタッツにファウルランキングってあるんですけど、この大会でも僕と加藤が断トツで1位なんで(笑)。ふざけているわけじゃないですけど、良い記念です(笑)」

―記者会見で明治と慶應では目指すところが違ったところが結果に出たということを言っていましたよね。
「やっぱり慶應は2部から上がって、一歩一歩積み重ねているじゃないですか。で、僕らは今年1部でプレーしたばかりで、ベスト4になった瞬間、“明日、明日”とは言っていたんですけど、どこか満足していた部分があったと思います。そういうところで気持ちの部分が出ちゃっているのかなと。慶應はベンチメンバーとか出しながら決勝にピークを合わせて来ているのに、僕らはピークが東海大戦で来ちゃって。そこから落ちてきちゃったので。全体のレベルアップが必要だと感じました。うちがリーグ戦で弱かったのもそういう部分だと思いますし、トーナメントでは全ての試合を100%でやるのは無理だと思いますし。いかにスタメンだけじゃなくて、ベンチメンバーも平均的な力でいけるようになるのが、必要なんだと感じました」

―しかし、明治大も2部から着実にステップアップして、今年3位という結果を残せましたよね。
「うちのチームは役割がはっきりしていて、大事なシュート託せられるのが、見ればわかると思うんですけど(笑)、晃輔(#14金丸)とか田村(#19)とか若林(#20)なんですね。そういったメンバーにボールを託して、他のメンバーはディフェンスだったり、スクリーンとかに集中して、チームの意志疎通ができて、平均的に上手い5人の選手が好き勝手にやるイメージじゃないので。そういうところで意思疎通ができていたのが、結果に繋がったんじゃないかと思います」

―明治大が今年躍進を果たしたわけですが、後輩たちにはどんな期待をしていますか?
「来年はまた新しい新人も入ってバスケが全然変わってくると思うんですよ。塚さんもおっしゃっていましたけど、来年2メートルの選手が入ってくるのでインサイド中心になると思います。そういう選手にいきなりスタメンを簡単に受け渡すんじゃなくて、加藤やメンバーに入っていない三富に、新人を蹴落とせって言っているわけじゃないんですが、必死に対抗してお互いにレベルアップすれば、いままでずっと課題と言われてきた明治のインサイドが良くなると思います」

―まだオールジャパンもありますね。
「そうですね。学生の大会じゃないのでモチベーションがあるかわからないですけど(苦笑)、最後にJBLの選手とやって自分がどれくらい通用するか試したいです」


3年分の想いをぶつけたインカレ
家族のようなチームに遺産と少しの宿題を残して

◆#1ファイエ パプムール(関東学院大・4年・C・主将)
102105papu.jpg 嬉しい。でも、悔しい。でも、嬉しい。
 最終戦の直後、パプの気持ちはこの2つの間で揺れ動いていた。確かに、2部リーグ3位、インカレ4位というのは彼の関東学院大のキャリアの中でも最も素晴らしい成績だった。そして外国人選手ながらキャプテンという大役も果たした。それでもやはり、目の前の試合に負けるのは悔しいもの。そんな純粋なキャラクターがよくわかった。
 高校1年で日本にやってきたとき、その体格と運動能力からよく“反則”と言われたものだ。だが彼自身も逆境からの挑戦だった。誰も知り合いのいないところで、誰も先例のないところで。そんな中で4年間バスケットに取り組んだ姿は、これから大学バスケ界に入ってくる留学生選手の模範になるものであったし、日本人の下級生達の手本にもなったに違いない。何よりその明るいキャラクターと深い言葉は今シーズンを代表してファンの心に残るものだろう。


―試合を振り返って。
「私を止められるセンターはいないと言ってきましたが、それは1人ではという意味で、明治はさすが1部だと思いました。最初は私を1人に任せていたのですが、途中で変えたチームディフェンスが素晴らしかった。それでうちはオフェンスの足が止まって、中外のバランスが悪くなってしまい、前半20点しか取れませんでした。39点取られたのは明治大の方がランクが上のチームなので当然です。でもまだチャンスはあると思って3Qに入り、少し点差を詰めましたが、そこで明治はシュートが入ったのに対してうちはミスが出てしまいました」

―リーグや入替戦を通しても、これまでに比べていい結果は残したものの、そうした集中力の切れてしまう時間帯というのは確かにありましたね。
「今年、1部入替戦・インカレ・オールジャパンと全て行けたのは、いいチームだったからだと思いますが、でも自分達にはまだ波がありますね。このインカレでは強いチームと対戦するチャンスがあって、破ったチームもあったし、及ばなかったチームもありました。それは両方とも、これからもバスケット人生が続く自分にとっても、後輩にとっても勉強になりました。来年に向けて勉強して、身体も作っていけば、何も怖くはない。後輩たちは自信を持って、でもこのインカレのことはいったん忘れて、来年に向かって頑張ればまたいい結果が出ると思います。どうやって相手を抜くか、どうやって相手を止めるか、それを勉強すれば相手が青学大でも明治大でも問題ありません」

―3位決定戦は敗れてしまいましたが、それでもベスト4。この結果をどう思っていますか?
「悔しいのもありますが、関東13位から挑戦した私達がベスト4になれたのはよかったと思います。何チームも参加していて、私達が倒した天理大も九産大も関東のチームに勝ってここまで来たかったはずです。その中で私達はランクが上の1部チームを破れて、このチームは強いと思ってもらえたでしょう。もちろん最後の最後まで優勝したかったですが、優勝を狙うにはまだ力が足りなかったなと。準決勝の青山学院大、3位決定戦の明治大と1部チームを相手にしたときに、私達にミスが出たり切替えができなかったりしたのが反省です。でも、2試合とも立ち上がりはいい勝負ができたのは評価したいです。それから点差が開いてもあきらめないで、負けるにしても点差を小さくできたことも。最初から差がついてそのまま大差の敗戦では、私達は弱いと思われてしまったでしょう。そうではなく周りにいい試合を見せられたのもよかったです」

―パプ選手としては、入学したとき3部Bで、そこからインカレベスト4まで長い道のりでしたね。
「本当にそう(苦笑)。なかなか大変でした。3部Bで優勝してもインカレには出られないと決まっていて、3部Aでも同じで。自分は悔しくして、“どうして?インカレに出たい”という気持ちでした。だから、インカレに出られるようにチームを強くすることに務めました。それでやっとインカレ出場の可能性のある2部リーグまで来ましたが、途中でいくつか失敗があって、インカレに行けるかどうかわからなくなってしまいました。それでもすぐに切り替えて白鴎大を倒して、出場権をつかみました。そうして、関西1位の天理大と、去年優勝している日本大を倒せたのはすごいことだと思います。3年前は3部Bだったチームがですよ。私もインカレは初めてで、他のチームメンバーは全国大会自体が初めての選手もいたのです」

―4年生としては最初で最後のインカレで、印象に残ったのはどの試合ですか?
「まずは青学大戦。彼らはすごいです。バスケットのいいものを全て持っている。いい選手もいる。私達が青学大に勝てるとは誰も思わなかったでしょうし、事実あんなに(71-91)負けたのは悔しいですが、前半いい試合ができたのは誇りです。それから日大戦。実は日大も青学大も明治大も、1年生のトーナメントのとき当たって勝っているんですね。だから私はどうしても負けたくなかった。以前勝ったのに今負けてしまったら、自分のキャプテンとしての役割がなくなってしまうからです。勝って、私がキャプテンだと周りに見せたいと思っていて、日大戦ではそれができました」

―日本の大学でプレーしたことは、パプ選手にとってどんな経験になりましたか?
「他のセネガル人選手もインカレに出たことがあると思いますが、今まで4位に入った人、チームはないです。天理大だって5位でしたから、嬉しいですね。私達は4年間3部でインカレに出られなかったですが、そうして最後に出られて結果を残せてよかったです。ずっと出ていても結果を残せなかったらもっと悔しかったでしょう。4年間やれば最後に何か得られます。日本のバスケにも慣れてきましたし、4年間よく我慢してやれたと思います。それは関東の大学バスケットファンの皆さんもわかってくれていると思います」

―前例がない、という意味で言えば、留学生の選手がキャプテンを務めたのもパプ選手が初めてではないでしょうか。
「どれだけ日本語がわかっても、日本で生まれていないし文化も違うところがありますから、外国人がキャプテンになるのはあまりないと思います。ですが、私は“お前しかいない”と言われてキャプテンをやらせてもらって、学年に関係なく接して家族みたいなチームを作りました。バスケと勉強とをきちんと両立させたいと思って取り組んで、それができたと思います。プレーの面でも、この1年は交代もなくファールアウトしないように考えてプレーしてきましたし、練習でもキャプテンだから最後まで残らなければというように全て考えてやってきました。このようにやるべき役割が多く、キャプテンは日本人でも簡単ではないものです。そこで大事なのはどれだけチームがついてきてくれるかですが、うちのチームは周りがついてきてくれて、それでインカレ4位になれたのでよかったし嬉しいです。私は外人だというだけではなく、キャプテンらしいところ見せないといけないと思っていました。このチームがここまで来られたのは、私がいたからではなく、周りがついてきてくれたからです」

―貴重な経験になりましたね。
「歴代の関東学院のキャプテンよりも、絶対もっとやれるようにと今年チャレンジしてきました。それでこの結果になったので、歴代で1番(のキャプテン)とは思わないですが、間違っていなかったと思います。こうして外国のチームでキャプテンをやったことは自信になりましたし、これからどんなチームに入ってもしっかりコミュニケーションできると思います。まだまだ足りないところもありますが、また世界に出て頑張れば、自分はもっと上にいけるようになると思っています」

―後輩達にはどう来シーズンにつなげてほしいですか?
「すごくいいものを残してあげられたと思うので、それをずっと忘れないでくれれば。自分と原田の力ではここまでしかできなかったので、私達ができなかった活躍を今度は後輩達がやってくれたら嬉しいです。新キャプテンも、私よりもっとできる人が現れたらいいなと思います。というか、これまでのメンバーより上を狙わないといけないものです。来年後輩がどのくらいやってくれるか、もちろん2部リーグの他チームも皆強いですが、期待していつでも応援しています」


「試合はどれも印象深い」
集中してやれたことが呼び寄せた結果

◆#31原田佳明(関東学院大・4年・PF)
101205harada_papu.jpg 対戦経験の少ない1部のチームからすれば、原田の活躍はおそらく予想外だったのではないだろうか。どのチームも前田への警戒はあったが、リーグ戦の後半から調子を上げてきていた原田への注意は薄かった。しかしそれにしても、この大舞台で上位のチームを倒すシュートを堂々と決めていった勝負強さには拍手したい。普段は上級生らしい雰囲気はあまりないと言うが、それでもチームのことを考え、しっかりとプレーで4年生らしさを表現した。関東13位から4位へ、パプと2人で歩いた4年間を締めくくるには、悔しさもあるだろうが手にしたものも大きいだろう。


―今の心境はどうですか?
「まぁ勝ちたかったですけど、ここまでこれて楽しかったですね。悔いとかはないです」

―4位という結果についてどう思いますか?
「ここまでくるとは全然思っていませんでした。でも試合をやっていくうちに通用する部分も見えてきて、1戦1戦大事にやってきたからこういう結果になったのかなと思います」

―天理戦は大きな勝利だったと思いますが、そこで気持ちが切れるということはありませんでしたね。
「そうですね、ずっと集中していました。逆に天理戦で勝てたことがチームのレベルアップになって、その勢いでここまでこられたんだと思います」

―日本大戦でもいい活躍を見せましたね。チームとしても勢いがあった印象ですが。
「前田(#32)のところにずっと相手のディフェンスが集中していて、たまたま自分が空いていただけですね。日本大戦は、やっていて楽しかったですけど、一回離されたときに追い上げるのに必死でした。でも何でかはわからないですけど、そこまで焦りはなかったです」

―青学戦では逆に勢いが出せなかったように思いました。
「前半まではついていったんですけど、一回離されたときに集中が切れてしまって。パプの所にも2人いて、集中が切れたから外のシュートも入らなかったのが悪循環でしたね」

―そこで決勝進出が消えて、今日の試合に対するモチベーションはいかがでしたか?
「青学戦も勝ちたかったんですけど、青学戦の後のミーティングで、先生から3位と4位じゃ全然違うから絶対に3位を取りに行こうと言われて。今日も堀さん(コーチ)からも色々作戦とか言われて、試合前には切り替えていましたね」

―ここまで勝ち進んで、今までのどの試合が印象的ですか?
「そうですね…ほとんど全部印象に残っています。どれがという試合はないですね。天理戦も日大戦も勝てて嬉しかったし、青学戦もやれて楽しかったし、今日の明治戦もみんなで楽しくやれたと思うので、全部印象深いですね」

―今大会、自身の調子というのはどうでしたか?
「良かったですね。集中できていた分、思い切りよくやれたかなと思います。入れ替え戦から切り替えて、パプと最後だから思いっきりやろうと思ってインカレに臨んだのが良かったと思います」

―リーグ戦の時も良いシュートは決めていたと思いますが、特にこのインカレで存在感を発揮しましたね。この大きな舞台でどうして決められたんだと思いますか?
「うーん…気付いたら思い切りやっていました。リーグ戦の時は集中していない試合も何個かあって不安定だったんですけど、この大会は、大会通じてずっと集中してやってこられたと思います。1回戦の天理戦で調子が良かったことが、きっかけになったかもしれませんね」

―今シーズンを振り返ってどうでしたか?
「春のトーナメントの時は全然試合に出ていなくて、正直練習もしっかりやってなかったんですけど、試合に出るようになって、4年生としてしっかりやんなきゃなという想いが出てきました。もうちょっと早く気付いておけば良かったなと今は思いますけどね」

―4年間で一番大変だったことは何ですか?
「やっぱり4年生がパプと2人しかいなかった事ですね。よくパプと2人で、どうしようとかは話していました。でも1年生とかもちゃんとやってくれていたので、そこまで大変という感じではなかったです。それにパプは頼りになるので。僕より全然しっかりしてますしね」

―4年生がパプ選手と2人しかいないという事で、役割の違いなどはありましたか?
「パプが練習中とか結構みんなに声を掛けるじゃないですか、それで僕は…その話を聞くという感じで(笑)」

―あまり自分から言うタイプではないんですね。
「そうですね。自分はそういうタイプではないので、パプに頼っていましたね。もうちょっと助けられたのかなと思います」

―パプ選手がチームに与えた影響はどのようなものですか?
「パプがすごく努力してるので、みんなも残って自主練するようになりましたね。今まではそんな事なかったんですけど。パプが来てから、すごくみんなの意識が変わったと思います。それに堀さん(コーチ)が来たこともありますし、チームが変わりましたね」

―2年前に堀コーチが来たことも、チームにいい影響を与えたんですね。
「そうですね。私生活とか、練習態度とかが大きく変わりました。戦術とかも増えたと思いますし、何よりバスケに対する姿勢が変わったと思います」

―関東学院大での4年間を振り返ってどうでしたか?
「とりあえず、パプがいなかったらこんな経験は出来なかったと思うし、パプと同級生という事で自分はツイてるなと思います。それも含めて、周りに恵まれた4年間でしたね。パプが本当にここまでチームを変えてくれたというか、パプが今まで作ってきた土台があって、みんなやるときはやるというチームになったと思います。今まではインカレに出る枠にもいけませんでしたけど、最後にこういう結果になって本当に良かったです」

―下級生も活躍していますしね。
「そうですね。パプ以外にも出来る奴はいっぱいいるので来年も強くなれると思うし、またインカレも出られると思うので、パプがいなくなった穴をみんなで頑張って埋めてほしいです」
写真:準決勝ではパプと言葉を交わしながらベンチへと戻っていた。


「1番大きいのは自信」
初のインカレで見えた課題と手ごたえ

◆#28河野誠司(関東学院大・3年・PG)
101205kouno.jpg 昨年までの関東学院大の司令塔は下級生時から長くコートに立ってきた選手だったため、その分河野のプレータイムは少なかった。昨年は引き継ぎということで徐々にゲームに絡むことも増えたものの、その舞台は3部。また、高校時代も全国区というわけではなかった。それでも、ガードらしい気持ちの強さを持って、初めての2部リーグ、1部入替戦、そしてこのインカレを乗り切った。その中で河野がいつも考えていたのはゲームコントロールだという。インサイドの強みをどう生かすか、シューターにいかに気持ちよく打たせるか、下級生にどれだけのびのびとプレーさせるか。もちろん、目の前の相手、対戦チームのガードにも負けられない。それだけの仕事を、黙々とこなした。この経験は必ずや、来シーズンの糧となるだろう。


―インカレの全ての試合が終わりました。今どんな心境ですか?
「ベスト4に入れたのは嬉しいですが、最後に勝てなかったので悔しい気持ちが大きいです。ベスト4はベスト8とまた違って、ディフェンスの当たりも強く、ベスト4の壁と言うか、その壁は大きいなと試合をして改めてわかりました」

―1部のガードプレイヤーと対戦して、見つけた課題やここは通用すると思ったことはありますか?
「まず違うのは体格です。ディフェンスでついていっても吹っ飛ばされたりして、自分は体格の面でまだまだダメだなと思いました。それからゲームコントロールがうまいなと。ターンオーバーも少ないし、一つひとつのプレーが1部の選手は違うと感じました。通用した部分は…うーん、パプに対する裏パスや、気持ちですかね。ディフェンス時の気持ちは通じたかなと思います」

―インカレのラスト3日間という未知の大舞台でも堂々とプレーしていたのは、やはり気持ちの強さだったのですね。
「いや、内心すごく緊張していました(苦笑)。でも自分が緊張したところ見せるとチームの皆も緊張してしまうので、できるだけ笑顔を見せて、全員でやっていこうという気持ちが大きかったです」

―昨年まで司令塔を務めた選手が卒業し、メインガードとしてプレーしたこの1年間はどうでしたか?
「やっぱり、2部チーム、そして入替戦やインカレで対戦した1部チームはレベルが違うなと思い知らされました。ディフェンスも半端ないし、一つひとつのプレーの大事さがすごくわかりました」

―昨年から指揮をとる堀コーチは、現役時代はガードポジションだったんですよね。指導で印象的だったことはありますか?
「いかにゲームコントロールするか、です。どうやって仲間を使うかというのを常に考えさせられて、チームコントロールやゲームコントロールを学ばせてもらっています」

―まだオールジャパンがありますが、このインカレベスト8の経験で得たものを、来シーズンにどうつなげていきますか?
「1番大きいのは自信です。この気持ちを来シーズンに向けて、また新チームでも個ではなくチームで頑張っていきたいと思います。自分としても全国大会はバスケット人生で初めてだったので、今回はパプや前田といった全国大会の経験者に助けられた部分が大きかったですが、これで皆インカレも経験したので、全員で助け合っていければ。入替戦も経験できたので、来年こそは1部昇格を目指していきたいです」

―年を追うごとにチームの経験値が上がって、まとまりも出てきていますね。
「そうですね。自分でも1年のときから毎年いいチームになっていっていると思いますし、堀コーチがいらして変われた部分もありますし、これまでの経験は大きかったなと思います」

―残すはオールジャパンですね。
「この4年間、パプがいたのはすごく大きいことでしたが、でもパプの力だけで勝てたわけじゃないということを示したいですし、パプが卒業した後もまた皆で全員バスケをやっていけるチームを作っていけるよう、最後まで取り組みます」
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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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