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第86回全日本大学バスケットボール選手権
筑波大学が3連覇を達成 3連覇以上の達成は1999年の日本体育大以来

2010.11.04 (Thu)

【2010リーグ2部】10/31 国士舘大VS日本体育大 第2戦

【引退試合となった試合は、日体大に軍配!】
101031nittai.jpg 両者、この試合が引退試合となる。学生バスケットに終止符が打たれる最後の試合を、楽しみつつ、コートに立つ時間を噛み締めながらプレーしているように見えた。

 日本体育大は、自分たちのスタイルである“ディフェンスからの速攻”を、試合を通して貫いた。2Q終盤には、#11北川(1年・G・光泉)、#23横江(3年・G)がスティールから連続速攻を浴びせ、18点差をつけて前半を折り返した。後半に入ると、国士舘大は3Pを次々と沈めてじわじわと追い上げを図る。よく決まる3Pを前に日体大は前半のような勢いを失ってしまうが、タイムアウトでしっかりと切り替え、#24于(4年・F)がインサイドでバスケットカウントを奪うなど、譲らない。我慢の時間帯を乗り越えた日体大は、4Q序盤に爆発する。#23横江の3Pを皮切りに、横江の浮かせたパスに#24于が合わせてアリウープ。さらに、#21熊谷(2年・F)がダンクを決め、完全に主導権を握った。国士舘大も最後は意地を見せたいところ。4年間、国士舘大のインサイドの要として体を張ってきた#4馬(4年・C)が、ゴール下からドライブまで幅広いプレーで日体大から次々とゴールを奪った。

 日体大は最後にベンチの4年生をコートへ送り出し、そして試合終了と同時に4年間に終止符が打たれた。それもあってか、#5吉永(4年・F)は堪えきれずに涙した。最後は日体大が100点を越える102-81で勝利。試合のブザーが鳴ると同時に、両チームの2010年度シーズンに幕が下りた。

 今年の日体大も、尻上がりに調子を上げて来た。原因は「本音を言い合えるようになったから」。リーグ序盤、主将#4永原(4年・G)は言いたいことを言い合えないチームに悩んでいた。だが、それは己の課題でもあり、超えなければならない壁だった。それを見事に超えての4位。永原の顔は充実感に満ちあふれていた。今シーズン、ヘッドコーチが代わり、新生日体大の第一歩が始まったばかり。永原が苦しみながら築き上げた「本音を言い合えるチーム」が、来年以降のチーム作りにおける礎になることを願う。

 一方の国士舘大は「まとめるのが難しい」#4馬が最後に語ったが、それは奇しくも昨年度主将だった吉満(現・九州電力)が嘆いていたことと全く同じことだった。部員数が多く、勉学に励むためのキャンパスはバラバラ。そんな中、チームとして一つにまとまることは容易ではなかったし、まとめることに馬も苦心していた。ハマった時は強いが、そうでない時は波が激しかった。この試合を以って、国士舘大のインサイドを4年間支えてきた馬は引退となる。チームはまだ若い。これからの伸びに期待したい。

写真:102点目を決めた直後にタイムアップのブザーを聞き、涙する#5吉永と笑顔で声を掛ける#10永原。しかし、コートを引き揚げる際には永原もそっと涙していた。

※日本体育大・永原選手、国士舘大・馬選手のインタビューは「続きを読む」へ。

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【INTERVIEW】
変わらなければいけないと思い目指した
”本音を言い合えるチーム”を作り上げた

◆#10永原龍徳(日本体育大・4年・主将・G)
101031nagahara.jpgリーグ序盤に話を聞いたときは、チーム・自分に対しての不満がフラストレーションとなっていた。“本音を言い合えない”。それが、永原が9週で変えたい部分だった。
勝ちもなかなか手に入れられない状態で、苦しい時期もあったに違いない。それでも、最後まで諦めずに目指す姿を貫き通した。結果、最後は“本音を言い合えるチーム”へと変貌を遂げた。
結果には満足していない。だが、チームが変わり、1つになれたことには満足した様子だった。自分ができることはやった。あとは、後輩達に託す。

—最後は連勝という形で終えることができましたね。
「神大に負けた時からチームがバラバラになってしまったんですが、みんなで話し合ってもう一度いい形に持っていくことができました。結果は7位になってしまいましたが、最後にチームが1つになれたので、僕は満足しています」

—特に最終週の2試合は、日体らしさが出せたのではないでしょうか?
「そうですね。本当にそう思います。伝統というものも出せたと思いますし、これからまた下級生がやってくれると思います」

—リーグ戦を通して、チームとして成長した部分はどんなところでしょうか?
「本音を言えるようになったところです。1・2・3年生は、上級生に言いたいことを言えない部分があったので、そこは話し合って話しやすい雰囲気を作るようにしました。それからは、1・2・3年生に色々と言ってもらったし、4年生も言うようになりました。すごく変わったなと思います。あとは、藤田さん(コーチ)を信じてやるしかないという決意を固めてやったので、こう結果になったと思います。」

—リーグ序盤にお話をお伺いした時に、「本音を言い合えないから、そこを変えていきたい」とおっしゃっていましたよね?それが実現した形になりましたね。
「そうですね。そこは変えました。自分もチームも言い合えるようになりました。本当によかったです」

—逆に、課題は何か見つかりましたか?
「言いたいことを今後も言い続けるということですね。良くなってはいるんですが、これからも課題だと思います。あとは、日体のバスケをどういう風にしていくのかというのも課題かなと思いますね」

—9週に伸びたリーグ戦はいかがでしたか?
「長かったです。でも、終わってみれば早かったなって思います。もっとバスケットがやりたかったなというのが本音ですね。ただ、出ているメンバーは本当にキツかったと思います。疲労から、練習に身が入らない時もありました。でも、そこは藤田さんも調整してくれて、チームで頑張ろうって、みんなで励まし合えました」

—9週の経験を踏まえて、来年以降リーグを戦っていく後輩に、何かアドバイスはありますか?
「1試合を大切にすること。そして、研究をすることですね。藤田さんは色々研究して下さっているんですが、それをチームでも研究していくことが大切だと思います。関学戦の前に、パプ(関東学院大#1)対策ってことでみんなで話し合ったんです。結果は負けてしまったんですが、守れた部分もありました。自分たちでも研究した方が、理解が早いかなと思うので、これからやっていったらいいのではと思います」

—今日で引退となるわけですが、4年間を振り返っていかがでしたか?
「正直辛かったです。1年生の時は仕事が大変で。2年生の時は1年生の面倒を見なければならなくて。3年生は楽しく出来たなと思いますが、4年生になるとキャプテンでしたし…辛かったですね(苦笑)。4年間、本当に苦しかったけれど、やってきてよかったなと思いますね。そして、入れ替え戦にいかなくてよかったなと。涙は、悔し涙ではなくて、うれし涙でした」

—今年は小谷コーチから藤田コーチに変わったということで、コーチと選手のパイプ役として悩んだことも多かったのではないですか?
「正直それはありましたね。でも、こうしてリーグで結果が出たので、やってきて良かったと思います。僕自身は、小谷さんの教えて下さったことはしっかりと覚えています。もちろん今年、藤田さんにもたくさんバスケを教えていただきました。キツかったですが、いい勉強をさせてもらったと思っています。色んなバスケットを見られてよかったです」

—ベンチからチームをまとめるという難しさもあったのではないでしょうか?
「そうですね。ベンチで何を言っても聞こえないので。かといって、コートでやれないので。かなり難しかったですね。でも、僕だけではなくて、他の4年生がベンチから声を出してくれていました。最後の方は、コートの5人も声を出してくれたので、最初は苦しかったですが、最後は“どーん”と座って見てましたよ」

—4年間、辛かったことが多かったとおっしゃっていますが、それでも諦めずにここまで来ることが出来た要因は何ですか?
「色んな先輩を見て、その先輩たちに本当に支えてもらってきました。“タツならできる”って。それを励みにして、“自分はやれる”思ってやってきました。それに、僕一人ではなくて、みんながいて、みんなが支えてくれているから、やれると思ったんです。今年はキャプテンに選ばれたことで、“選ばれた以上はやらなければ”と思いました。自分自身成長したかはわからないけれど、やってきてよかったと思います。キャプテンとしては全然ダメでしたが、みんながついて来てくれて、本当にありがたかったです。4年生同士では、色々ケンカもありましたが、それがあったからこそ今があると思っています。やっぱり、仲良しクラブではダメですね」

—永原選手が、後輩に“これは残せたな”というものはありますか?
「“声”ですね。僕だけではなくて、4年生は全員で声を出してやっていたので。苦しい時にみんなで声を出すということは、下級生には残っていると思います。あとは、言い合える環境を作ったかなとは思います。」

—来年以降、後輩に期待することは何ですか?
「来年は横江がキャプテンだと思います。だから、みんなが横江についていって欲しいですね。そして、全員が自ら声を出して、上を目指してもらいたいです。横江も段々自覚が出て来たので、来年のあいつには特に期待しています」


「今はいいことしか思い出さない」
1部昇格&インカレ出場は後輩たちに期待

◆#4馬 隆(国士舘大・4年・C・主将)
101031ma.jpgひょうひょうとしたスタイルはどこか憎めない。なぜか―。
苦しいときに3Pシュートやインサイドでの身体を張ったプレーでチームを救う存在だからかもしれない。
それとも、いつもコートで1番バスケットを“楽しんで”いたからだろうか。
結局4年間で1度しかインカレに出場できなかったことはさすがに悔やんだが、最後まで楽しそうに笑っていた。
「夢はバスケットのコーチです。―未来はわからないけど、ね(笑)」
いつかその笑顔をコートサイドで再び見られる日が来るのを楽しみにしたい。


―これで引退ですね。どんな気持ちですか?
「やっと終わりました…(笑)。そういう感じです」

―この試合では4Qの最後まで点を取りに行っていましたが。
「皆一緒にプレーできるのがもう最後で、この機会しかないので、結果は関係なくやろうと思いました。ハーフタイムに皆にも言ったんですよ。“最後だから、楽しくやろうよ”と」

―リーグ全体を振り返ってはいかがですか?
「うーん、1部入替戦に行けなかったのが悔しいです。ラストシーズンだったのでインカレにも出たかったんですが…。去年の結果による組み合わせではあるんですが、今シーズンは最初から関東学院だったのがな、と。もっとリーグが進んでから対戦すれば2つ勝てたかもしれないと思うんです。2週目には順天堂大にも負けてしまって、それで早々に入替戦争いに絡めなかったので悔しかったです」

―最終学年でキャプテンを務めたのは、どんな経験になりましたか?
「責任のあるキャプテンをやるのは初めてのことでした。それまでは、バスケットの他に学校の授業もありますし、学校以外にもバイトをして働かないと生活が掛かるしで大変だったんですよ。でも4年生になったら授業も週1日になることもあるし、それにやはり気持ちが変わりました。責任感で出て、練習にしっかり出なきゃとか(苦笑)、試合でも大きい声を出していかなきゃなどと思うようになったので、こういう経験ができてよかったです」

―インカレ準優勝などもありましたが、国士舘大での4年間を振り返っていかがですか?
「楽しかった、ですね。合宿などつらいと思ったこともありましたが、でも引退した今はいいことしか思い出さないです。4年間は早かったなと。もう1回なんとか皆と合宿行きたいというくらい(笑)。行くとつらいなあと思うんですが、今はもう1回スタッフでもいいから行きたいなという気持ちです」

―最後に、後輩達にメッセージをお願いします。
「チームのメンバーは、寮もなくバラバラに住んでいるし、キャンパスも3つあって授業との兼ね合いで練習時間に遅れざるを得なかったり来られないこともあります。でもそれは選手の力ではどうにもならないことなので、それでも性格の違う者同士分かり合おうという気持ちでやることが大事です。心を1つにしないとどんなチームも勝てない。頑張るべきなのは、体力や技術でなくて、心です」


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テーマ : バスケットボール(日本) - ジャンル : スポーツ

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